
第2話 クローンの攻撃
月曜の朝、会社に電話を掛けた。上司を呼んでもらい、単刀直入に話をした。
「土曜に病院に行ったら白血病だと言われてしまいまして。」
「はっけつびょー!?」
「検査をしてからでないと断言出来ないそうなんですが、まず間違い無いだろうと。」
今日その検査を受けるので休ませて欲しいと告げ、了解して貰う。上司の驚いた声を聞きながら、私は自分の人生が今迄当然のように延々と繰り返してきた平凡な日常から外れて行くのを感じていた。
検査は「骨髄穿刺」と言う物だった。通称「マルク」だそうである。胸骨、或いは腸骨内部の骨髄腔に注射針を刺し、骨髄液を採取し、癌細胞の有無を検査する。
骨髄穿刺の方法は次の通りである。
- (患者に)麻酔薬に対するアレルギーの有無を聞く。
- 骨膜を十分麻酔し、1〜2分待って骨面に垂直に穿刺針を進める。
- 穿刺針が骨に当たったら保護板を皮膚から約5mm離れたところにセットする。
- 穿刺針を中心として左右に回転させながらゆっくり針を進める。
- 穿刺針は徐々に”締め付けられる”ようになり、骨髄腔に入ると急に抵抗が弱まり、自ら垂直に立つ。
- 内筒を抜き注射器を付け、陰圧をかけ骨髄液を吸引する。採取量は0.2mlとする。
(「白血病治療マニュアル」 大野竜三・小寺良尚:編 より)
ちなみに骨髄液を吸引する際の痛みを「吸引痛」と呼ぶが、これには麻酔が効かないので大変痛いそうである。
この病院では胸骨から採取を行っていた。狭い処置室に入り、上半身裸になって仰向けに寝かされる。体とベッドの間に吸湿性のシートが何枚も敷かれる。血が沢山出るのかと想像してしまう。担当医師は若い男女のペアだった。仲が良さそうで軽口を叩き合いながら準備を進める姿は微笑ましい物が有ったが、話を聞いていると二人とも研修医の様に思えて不安がよぎった。
麻酔アレルギーが無いか聞かれる。麻酔は歯医者でしか受けた事が無いが、特に問題は無かったと答える。
顔に白い布が掛けられる。処置が見えないようにとの配慮だが、ちょっと嫌な気分である。
麻酔を注射する僅かな痛みの後、胸に何かが押し付けられる圧迫感と鈍く重い痛みを感じた。「痛かったら麻酔を追加しますから言って下さいね。」と言われたので、「ちょっと痛いです。」と答える。「じゃぁ追加しましょう。」顔に布が掛かっているので見えないが、麻酔針らしいチクリとした僅かな痛みと、そこを中心に痺れのような感覚が広がって行くのを感じた。
「じゃぁ進めますよー・・・・痛いですかぁ?」
「痛いです。」
「じゃぁ追加しましょー・・・・・・痛いですかぁ?」
「痛いです・・・」
「じゃぁ追加しましょー・・・・・・痛いですかぁ?」
「うーん、痛いです。」
「じゃぁ追加しましょー・・・・・・痛いですかぁ?」
「あのー、何か頭がボーっとして来たんですけど。」
骨髄穿刺は中止された。二人の医師は大慌てで電話で指示を仰ぎ、私はそのまま暫く休んで麻酔が覚めるのを待ちながら、腕からの末梢血採取で検査を行う事になった。
「麻酔が効き難いと言う事が今まで有りましたか?」 と聞かれたので、歯医者では問題無かったと答える。この後何度も骨髄穿刺を受けたが、麻酔が効かなかったのはこの時だけであった。
土曜に結果を聞きに来る予約をして病院を後にした。
翌日は出社した。満員の通勤電車に揉まれながら、
「不治の病に罹ったら仕事なんかやめて好きな事をやりまくるって言う手も有るよな。」
と思う。しかし医師の話では白血病は現在では不治の病では無いらしい。数年以内に死ぬ確率が最も高いが、もしかしたら完治して長生き出来るかも知れないと言う。「死ぬ」と言われれば仕事を辞めて旅に出る。以前から見たいと思っていた世界各地の自然のパノラマや古代の遺跡、美術館を生きている内に巡ってみたい。しかし「治る」と言われれば例えそれが低い確率でも目指さずにはいられない。長期の旅行など出来るはずも無く、今よりはるかにやりたい事を我慢し、生活の制限や治療の苦痛に耐えて行かなければならないだろう。
「それで結局死んだらやりきれんなぁ。」
と思った。
土曜、結果を知りたいと言う父と妹を伴って私は病院を訪れた。母は親戚の結婚式に出掛けていた。
血液検査の結果フィラデルフィア染色体と言う慢性骨髄性白血病固有の染色体を持つ白血球(フィラデルフィア陽性クローン細胞と呼ばれる)に対する陽性反応が確認され、早速その日から化学療法が開始される事になった。
化学療法には私の場合2種類の薬が用いられた。
まず抗癌剤「ハイドレア」。これは飲み薬で、腫瘍細胞の増殖を押さえ、血液中の白血球数をコントロールするのに有効だと言われる。
そして坑ウィルス剤「インターフェロン(商品名:イントロン )」。これは注射薬で、元々は肝炎の治療に使われていた物だそうだが、フィラデルフィア陽性クローン細胞の抑制ないしは撲滅が可能である事が解り、慢性骨髄性白血病の治療に使われる様になったそうである。
ちなみにこの他に腎臓の薬も渡された。大量の死滅した異形白血球細胞が尿に混じって排出される為腎臓に負担が掛かるのだそうである。
治療の流れとしては、増え過ぎた白血球を10,000/μl迄減らす為、「ハイドレア」を使用する。その後はインターフェロンで抑制状態の維持を計ると言う物だった。それと平行して白血球が10,000/μl以下になった所で「HLA(human leukocyte antigen:ヒト白血球抗原)」の検査を行い、HLAの型が一致するドナーが得られれば骨髄移植を検討すると言う事だった。異形白血球が多い状態ではHLA検査は出来ないのだそうである。
私の場合比較的病気の発見が早く、白血球もまだそれ程多くない(多い人は300,000/μlにもなるらしい)との事で、ハイドレアとインターフェロンを同時に使い始める事になった。早速その日から投薬を始める事になった。ハイドレアは経口薬であるから難しい事は無いが、インターフェロンは自分で注射をしなければならない。経験が無い私は看護婦さんから注射の訓練を受ける事になった。
インターフェロンは粉末状態で小瓶に入っていた。生理食塩水の入ったアンプルがセットになっており、使用時に溶液を作って注射する。
まずは手を良く洗う。注射器と針を用意し、密封を解いて取り付ける。針と注射器の連結部分、そして針先が物に触れないよう細心の注意を払う。触れたらその注射器は汚染されたと見なし、使用せずに廃棄しなければならない。 消毒用アルコールを浸したカット綿を用意し、アンプルを消毒する。そしてアンプルの口を折る。アンプルは特定の方向に力を掛けた時に折れ易いように作られているのでそれを守る。折る際は細かい破片が出るのでカット綿で包み込むようにして折る。 アンプルに注射針を挿入し、生理食塩水を吸い出す。針がアンプルの外側に触れないよう注意する。残らず吸い出す為のコツを教わる。
インターフェロンの瓶のプルタブを引き開け、その内側のゴム栓を消毒し、注射針を刺して生理食塩水を注入する。瓶を振って掻き混ぜる。泡立たない掻き混ぜ方を教わる。(訓練ではインターフェロンを投薬しないので、この辺は真似だけである。注射するのは只の生理食塩水である。) 私はインターフェロン2本を一度に注射するので、これを2回繰り返す。 再び瓶に針を刺し、溶液を吸い出す。 注射針を交換する。今迄使用した針は液を吸ったりゴム栓に刺すのに適した「太い針」で、その太さと今迄の作業で針先が微妙に変形している可能性が有ることからそのまま体に刺すととても痛いのだそうである。その為新しい「細い針」に付け替えるのだ。2本も使うのはもったいないなと一瞬思ったが、太い方の針は直径が1mm程も有り、確かに痛そうである。さりとて細い方の針はゴム栓に刺すには脆そうで、曲がったり折れたりしそうで、やはり使い分けた方が良さそうだ。 注射器の空気を抜く。注射器をトントン叩いて気泡を針の方へ集め、針を天に向けてピュッと液が飛ぶ迄ピストンを押すと言うお馴染みの動作である。気泡を上手く寄せるコツを教わる。
いよいよ注射である。皮下1.5〜2cm程に垂直に針を刺し、液を注入する。自分で刺すのに適した場所は「腹」か「太股」だと言われ、選ばされる。太股だとズボンを脱がねばならないので「腹」にする。
上着のボタンをはずし、下着をまくり上げて腹を出す。刺す位置を決め丁寧に消毒をする。注射器を逆手に持ち構える。切腹を思わせる動作である。「2cm位ではよもや内臓には届かないよな」と、素人的不安を感じながら針を刺す。針が細いせいか上手く痛点を外れたようであまり痛くはない。そこで少しピストンを引く。注射器内に血液が逆流して来る様なら針が直接血管に刺さっていると言う事なので刺し直さなければならない。インターフェロンは筋肉内注射なので、針先が直接血管に入っていてはまずいのだ。ピストンは動きが硬く、少々の力では引けない。そこで力を入れ過ぎると一気に引き上げてしまい気持ち悪い痛みを味わう事になる。 逆流は無かった。いよいよ注入である。ピストンを押し下げる。腹の中に冷たい物が「むにゅーっ」と広がっていった。 看護婦さんが「大変上手」と誉めてくれた。
「静脈注射に比べれば筋肉内注射は楽だよな」と思いながら私は処置室を後にした。ロビーの会計窓口には見慣れた行列は無く閑散としていた。診察を受け、注射の訓練をしている間に随分と時間が経っていた。付き添ってくれた家族はその間ずっと待合室で待っていた訳で、苦労を掛けているなと申し訳無く思った。しかもこの先もっと苦労を掛ける事になるだろうと思うと「自分がしっかりして少しでも家族の負担にならない様にしなければ」と、気を引き締めずにはいられなかった。
会計は二つの窓口に分かれていた。一つ目の窓口で請求書を渡され、二つ目の窓口で支払いをする。一つ目の窓口で請求書を受け取った私は次の窓口へと歩きながら請求書の金額を見た。そしてその瞬間「げっ・・・!!」と声を出した。
「6万XXX円」
これは自己負担分である。金額の殆どは薬剤費で、今回処方されたのは2週間分、とすると1ヶ月に12万円掛かると言う事になるではないか。安月給のサラリーマンにとっては生活を根底から揺るがす程の負担だ。しかし払わなければ生きて行けないのだ。
「これが俺の命の値段と言うわけか・・・」
持ち合わせの現金は全く足りなかった。クレジット・カードが使えないか聞いてみたが駄目だと言われ、私は病院へ借用書を書いてようやく薬を手にする事が出来た。
「仕事が続けられなくなったらどうなるんだ・・・」
と、考えないではいられなかった。
その晩、風呂上りに初注射を行った。痛みも少なく血の逆流も無かったが、最初なので慎重だったせいも有り時間が30分程も掛かってしまった。慣れれば少しは早くなるだろうが、これを毎日続けるのはかなり煩わしいと思えた。
ちなみにインターフェロンの自己注射が認められたのはほんの数年前だそうである。それまでは毎日病院へ通うか入院しなければならず、仕事を持つ人にとっては大変な障害になったそうで、その頃に比べれば自己注射が出来る今はましである。
注射を打った後、自室でテレビを観ていた私はうっかり転寝をしてしまった。
ふと目覚めると時計は2時30分を指していた。
「いかん、ちゃんと寝ないと・・・」
蒲団を敷こうとして立ち上がった私は突然激しい悪寒に襲われた。インターフェロンを打つと最初の2〜3日風邪をひいたように発熱すると聞いていたので、これがそれかと思った。
「早く蒲団を敷いて寝よう・・・」
そう思って蒲団へと伸ばした手が小刻みに震えている事に気付いた。と、見る間にその震えが大きくなり、まるで痙攣のごとく腕全体が超絶技巧を演じ始めたのだ。 これはやばい兆候だと思った途端、震えは急速に全身に拡がり、腕の超絶技巧に歯のカスタネットと足のステップが加わった私はもはや立っている事が叶わず、前のめりに顔から蒲団に倒れこんでしまった。うつ伏せの状態で全く手足の自由が効かなくなった私は必死の思いで顔を横に向け、窒息を避けた。
「むむ、これは単なる発熱の影響では無く何か予定外の症状が出て痙攣を起こしているのかも知れんぞ。」
このままでは取り返しのつかない事になるかも知れないと考えた私は痙攣した手足を必死で動かして床の上へと這い出し、名状し難き宇宙生物の様な動きで妹の部屋へ向かった。