選択

 

 

 病気が発覚してから3ヶ月が経過していた。

 昼休みに会社の休憩室で職場の若い連中が「究極の選択」と言う遊びをしていた。「カレー味のウンコとウンコ味のカレー、どちらかどうしても食べなきゃならないとしたらどっち?」と言った、選びようの無い物を選択させるアレである。確かにこれは草g君でも決めかねる難しい選択だが、その時の私はそれ以上に難しい「究極の選択」を迫られていたのである。

 それは「骨髄移植を受けるかこのままインターフェロンでの治療を続けるか」と言う選択であった。

 

 

 骨髄移植は現状では白血病を完治する可能性が有る唯一の治療法だと言われる。完治すれば長生きが出来る。しかし移植は体への負担が重く、術後の経過が不良だと移植後直ぐに死んでしまう。医師からは「成功の可能性は35%」と言われており、65%の確立で死んでしまう事になる。また、成功しても数ヵ月後に慢性GVHD(移植片対宿主病:移植された骨髄で作られた白血球が患者の体を異物とみなして攻撃する事)と言う症状が出ると、それが治まるまで何年間も家から殆ど出られない不自由な生活を送らなければならない場合も有ると言う。そしてその間に白血病が再発する可能性も低くは無い。

 対するインターフェロンは、完治の可能性は殆ど無いが数年間は間違いなく生きられ、その間の生活クオリティーは骨髄移植後にGVHDが出た状態よりも良く、健康な人と殆ど変わらないと言う(現在の私はインターフェロンの副作用に苦しんでいるが、半年程で副作用は治まると言われている)。しかし数年後に白血病が「急性転化」を起こすとインターフェロンは元よりあらゆる薬が殆ど効かなくなり、そうなるとほぼ間違い無く死亡する。インターフェロンによって何年間「急性転化」が抑えられるかは、インターフェロンが白血病治療に使われ始めたのが最近である為、統計的データが未だ無いと言う。8年生き続けている人もいるそうである。骨髄移植が成功しても再発等で5年以内に死亡する確立はかなり高く、長期生存率は実はどちらも大差無いらしい。もしかしたらインターフェロンの方が生活の質を保ちつつ、かつ長生き出来るかも知れないと言うのである。

 つまり、「完治の可能性が有るが、逆に命を縮める確立も高い骨髄移植」と、「完治の可能性は殆ど無いが、生活クオリティーは比較的高い状態で数年間の命は保証されるインターフェロン」と言う選択になるのである。

 数年間の命が保証されると言っても、その間は何時急性転化が起こるかと言う心配が絶えず付きまとう。そんな針のムシロに座っている様な生活よりは、思い切って移植を選択した方が良いのではと思う。

 しかし白血病の治療法は大変盛んに研究されていて、新聞を見ていると新しい治療法となる可能性を持った研究が意外に数多く紹介されている。インターフェロンで症状を抑えている間に新しい治療法が実用化されると言う希望も有るのでは?と考えてしまう。

 更に移植に対してはもう一つの危惧が有った。それはドナーへの危険である。日本の骨髄移植の歴史において、一度だけ麻酔の事故でドナーが植物人間になった事が有ると言うのである。その為ドナーが100%安全で有るとは保証出来ないと言う。事故が起こった際は局部麻酔が行われていた事からそれ以降は必ず全身麻酔を行うようになったと言うが、原因が何処に有ったのかが解っていないので、それで安全とは言えないのである。

 事故が起こったのはかなり昔の事で、しかもその一回だけだし、麻酔は骨髄移植に限らず毎日数え切れない程行われている。現実的にはまず起こらないだろう。そうでなければ骨髄バンクでドナーを募るなどと言う事は出来ない筈である。とは言う物の万が一妹に何か有ったらと考えると、低い確立だからと言って安心は出来ない。自分が助かりその為に妹が植物人間になったらと想像すると耐え難い程恐ろしい。両親もその事を心配していて、自分達もHLA検査を受け、一致すれば自分達がドナーになりたいと言ってくれている程である。

 そんな両親に対して医師は、例え両親のどちらかとHLAが一致しても移植は妹から行うべきだと言う。

「移植の成否を左右する一番大きな要素はHLAだが、それ以外にも影響を与える遺伝要素が有り、その影響ははっきりとは解っていない。兄妹でHLAが一致した場合、両親から同じ遺伝子を受け継いでいるのでHLA以外の遺伝要素も一致している率が高いが、親子の場合は例えHLAが一致しても受け継いでいる遺伝子は半分しか同じではないので、HLA以外の遺伝要素の不一致から移植の成功率が低くなる可能性が有る。」

と言うのである。

 結局私は妹にドナーになって貰って骨髄移植を受ける事にした。インターフェロンを続けて完治出来る可能性は殆ど無く、迫り来る死に怯えながら暮らすよりは完治の可能性が有る移植に賭けたいと思ったのだ。ドナーのリスクに付いては最後まで悩んだが、もし自分が逆の立場だったら多少のリスクが有ろうとも絶対に妹のドナーになりたいと思う。妹がドナーになってくれると言うのを拒むのは偽善的自己満足に過ぎないと思えた。

 とは言う物の拭い切れない罪悪感は残った。

 

 

 骨髄移植の準備が始まった。移植を行う為には『無菌室』と言う特殊な病室が必要となる。私の通うT大学病院にはこの無菌室が1室有るが、スケジュールは半年先まで詰まっていた。移植は出来るだけ早く行った方が成功率が高いと言う。発病から一年以内に移植を受けるのが理想だと言う。私の場合、病気が発覚したのは3ヶ月程前だが、その半年前の健康診断から病気の兆候が見えていた。と言う事は今から半年以上待つのは得策では無い。O医師は他の病院に問い合わせ、スケジュールが空いている病院を紹介すると言ってくれた。

 しかし半年以内にスケジュールが空いている病院は無かった。私はT大学病院に半年後の予約を入れたのであった。

 

MUST BE CONTINUED TO EPISODE 6