芝浜の革財布

wallet 江戸時代、活五郎という魚屋が、江戸は芝、今の港区に住んでいました。腕のいい魚屋ではありましたが、毎月の家賃の払いもままなりません。たいそう酒が好きで、かせぎはみんな酒代にいってしまうのです。
歳末(くれ)も近いのに、今日も酒を飲んで寝てしまいました。さすがにかみさんもたまりかねて、
「ねえ、おまえさん。起きとくれ!魚河岸(かし)に行っとくれよ。」
「おい。夜中に大声出すなよ。いい気持ちで寝てたってえのに。」
「じきに夜が明けるよ。仕事に行っとくれ。」
「まだ、暗いじゃないか。眠む・・・い。」
「もう!歳末も近いっていうのに、仕事もしないで、どうやって借金を返そうって言うんだい。」
「言われなくたってわかってらあ。うちだけが歳末が近いってわけじゃねえや。」
「何を言ってるのさ。おまえさん、ぐずぐずしないで!早く行っとくれ!」
寝ぼけ眼(ねぼけまなこ)で、回りをみまわし、
「わかったよ。かかあ。行くよ。盤台(はんだい)はどこだ。」
「ほら、いつでも使えるようにちゃんと水を張っておいたよ。」
「庖丁は。」
「はいどうぞ。二、三日前に、おまえさん、ちゃんと研いだじゃないか。忘れたのかい。わらじもそこに出してある。さあ、行っとくれ。気をつけてね。」

活さんは、前と後ろに盤台のついた天秤棒を担いで、しぶしぶうちを出ると、
「うー、外は寒いな。かかあのやつ、俺が出かけて一安心だろうよ。しかし、魚屋なんてつまらねえ商売だなあ。みんながまだ寝てるっちゅうのに、朝早くから起きなくっちゃならねえんだから。そうかと言って、働かなくては 飯の食いあげだし・・・かかあはもうじき夜が明けるって言っていたが・・・まだ真っ暗じゃねえか・・・あいつ、時を間違えたな。 そそっかしいやつめ。ここに居てもらちがあかねえな。浜にでも行って一服してくるか。久しぶりだな。磯の香りがたまらねえや!」
活さん、浜をぶらぶらしていると、石っころの間に何かがあります。
「何だ、こりゃ。おっ、財布だ・・・汚ねえな・・・!おっと!重てえな・・おや、金(かね)だ。やったぞ!お天とうさまがおれにくれたんだ!」
あわてて、腹がけのどんぶりの中へ財布をつっこむと、うちへとんでかえりました。
「俺だ。早くあけてくれ。」
「おまえさんかい。随分と早いじゃないか。ちょっと待って。今あけるから・・・」
戸を開けて、だんなを見て、
「どうしたんだい・・・真っ青じゃないか。喧嘩でもしたのかい。」
「そんなんじゃねえんだ。浜で財布を拾っちまったんだ。中を見ると金がいっぺえ入っているじゃねえか。驚いたのなんのって。見ろ、ほれ・・・」
「お金?」中を開けて数え始めます。「ひい、ふう、みい・・・あら、あらっ、四十二両も。」
「しばらく遊んでも暮らしていけらあ。酒と肴を買ってこい。仲間と祝い酒だ。」
活さん、大喜びで、仲間をよんできて、飲めや唄えの大騒ぎ。

次の朝も、活さんは布団の中、かみさんがいつものように起こします。
「ねえ、おまえさん。起きとくれ・・・」
「おい、何だよ。いい気持ちで寝ているときは、起こすな、って言っただろう。もうちょっと寝かせてくれよ。」
「何を言ってるのさ。朝だよ。魚河岸に行っとくれ。」
「魚河岸?商売なんかおかしくって。四十二両あるじゃねえか。」
「ばかなこと言わないでよ。おまえさんが働かなくて、どうやって正月を迎えるのよ。それに、ゆうべの飲み食いの勘定だってどうやって払うのよ。」
「そんなものは簡単さ。四十二両あるじゃねえか。」
「四十二両?どこにそんな大金があるのさ。」
「昨日、芝の浜でおれが拾ってきた財布があるじゃねえか。おめえに渡したろう。」
「芝の浜で財布を拾ったって?おまえさん、なに言ってんのよ!昨日はどこにも行きやしないよ。一日中寝ていたじゃないか。」
「なんだと。浜に行かなかった?そんなことがあるものか。おれを起こして、無理やり魚河岸に行かせたじゃあねえか。でもな、まだ魚河岸が開いちゃあいなかった。一服しに、浜に行って、あの金の入った財布を拾って、おめえに渡したんだ。持ってねえって言うんかい。」
「そうかい、それであんな大騒ぎをしたんだね。そんな夢を見たもんだから。情けないね!いくら貧乏だからって、お金を拾ったなんていう夢を見るなんて!」
「夢?」
「そうさ。夢に決まってるじゃないか。昨日は何回も起こしたけど、おまえさんは起きなかったじゃないか。お昼ごろ、ようやく起きたと思ったら、風呂へ行って、帰りに仲間を引っ張ってきて、おまえさん、『めでたい。うれしい。酒だ、うなぎだ、天ぷらだ・・・さあ買って来い。』って大声上げてた。そして飲めや唄えの大騒ぎ、気でも違ったのかと心配になった。あげくの果てに、ぐてんぐてんに酔っぱらって眠ってしまった。昨日はそんなありさまで、あんたには浜なんか行く暇なかった。」
「本当に夢かい?」
「あたしの言うことがうそだっていうのかい?」
「いや、おめえの言うとおりかもしれねえな。でも・・・本当に夢かい?歳末も近えっていうのに変な夢見ちゃったなあ・・・するってえと何かい?財布を拾ったのは夢で、飲んだり食ったりしたのはほんまものかい?・・・情けねえ!あんな夢見るなんて。これもみんな酒がいけねえんだ。もう酒はやめるぜ。これからは商売に精をだすぜ。金はもらうもんじゃなくて自分で稼ぐもんだ。やっと目が覚めたぜ。」

それからというものは、活さん、朝早くから夜遅くまで商売に精を出しました。 もともと腕のいい活さん、ご贔屓(ひいき)さんもどんどんふえていきました。三年が経ち、表通りに魚屋の店を構えることができました。

師走のある日・・・
「おまえさん、仕事が終わったら、ちょっとこっちへ来ないかい?」とおかみさんが声をかけます。
「ようやく片付いた。いま行くよ。新しい畳で正月を迎えられるなんて気持ちいいね!・・・ 昔っからよく言うじゃねえか、『女房と畳は新しいほうが・・・』いや、すまねえ。かかあは古いほうがいいな。」
「何もあやまらなくたって・・・。」かみさん、にこっとします。
「おれが言いていのは、『ありがとよ』ってことさ。どこからも借金取りが来ねえってのは気持がいいもんじゃねえか。」活さん、ご機嫌です。
「ねえ、おまえさんに聞いてもらいたいことがあるの。 そいでね、私の話が済むまで怒らないって約束してくれるかい。」
活さん、戸惑いつつも妻の真剣なまなざしに、
「なんのことだかわからねえが、約束するよ。」
「本当だね?」
「ああ、約束するよ。」
「じゃ、この財布を見てもらいたいの。」
「汚ねえけど、財布だな。こいつはなんだい。」
「中に四十二両入ってるよ。お前さん、四十二両と汚い財布に心当たりはないかい。」
「そう言われてみれば、三年めえ、ひでえ夢みたな。夢ん中で、四十二両入った財布を拾ったな。」
「あれは夢じゃなかったんだよ。おまえさん、本当に拾ったんだよ。」
「何だと。本当か!こんちきしょう!」活さん手をあげます。
「ぶつのかい?おまえさん、私の話が済むまで怒らないって約束しなかったかい。」
「した。確かに。」
「あの時は、あんたのこと本当に心配したのよ。おまえさん、商売なんかしないで、毎日酒を飲んで遊んで暮らすって言ってたでしょう。おまえさんが寝込んでいる間に、財布を持って大家さんのところに相談に行ったんだよ。 すると、大家さんは、『あの金を使えば、遅かれ早かれ手が後ろへ回ってしまう。おれがかわりにお上に届けてあげるから、お前さんは夢だということにしてごまかしなさい。』って言うんだよ。お前さんは人がいいから、あたしの言うことを信じて、酒もやめて一生懸命商売をする決心をしてくれたわ。お前さんのおかげでお店も持てたわ・・・でもお前さんが仕事に精を出しているのを見るたびに、 あたしはいつも申し訳ないと思っていたの。このお金も落とし主がでないってことでニ年前にお上からさがってきたんだけど、あたし、心を鬼にして隠してきたの。でもこんなふうにお店も持てたし、お詫びかたがた、このお金を見せることにしたのさ。腹がたつのももっともだわ、自分の女房にだまされて・・・さあ、気が済むまで、あたしを殴るなり、蹴るなり好きにしておくれ。」
sibahama 「殴る、蹴る?とんでもねえ。えれえ。おめえはえれえ!あの時あの金を持ってりゃ、おれは、飲んだり、食ったり、ぶらぶらしていて、しまいには乞食に身を落としていたかもしれねえな。 大家さんの言うように、手が後ろに回って、打ち首だったかもしれねえ・・・こうして借金もなく正月を迎えられるのも、みんなおめえのおかげだぜ。おらぁ、あらためて心から礼を言うぜ。ありがとよ!」
「本当に勘弁してくれるのかい。」
「勘弁するもしねえも、おめえに礼を言ってるじゃねえか。」
「あたしゃ、本当にうれしいよ。今日は、お前さんに飲んでもらおうと思ってお燗をつけてあるの。三年ぶりでしょう。他にも聞いてもらいたいことがあってさ。」
「え?酒かい?燗をつけたって?台所からいい匂いがしていると思っていたら・・・そういうことか。」
「こんなものもこしらえたんだけど。どう?」
「やっぱり古女房はいいな。随分と飲まなかったなあ。ありがとうよ・・・ありがてぇ。じゃあお言葉に甘えて、 一杯やるか・・・この湯のみにたのまぁ・・・おっとっと、久しぶりだな。匂いだけでも酔っぱらっちまうぜ。たまらねえな・・・でも。」
活さん、飲むのをやめます。
「止めとくわ。」
「どうしたんだい。おまえさん。」
「何でもねえ。また夢になるといけねえや。」(Kudos)「古典落語」より

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