運命の出逢い…な〜んてね!!

 1988年の夏、友達と2人で「西海岸とハワイツアー」に参加しました。実は私はその時、ヨーロッパに行きたくて、アメリカにはなんの興味もなかったんです。ある事情で、行き先がアメリカに変更になってしまったのでした。

 でも旅行はやっぱり楽しいので、サンフランシスコからロサンゼルスまで、浮かれながらやってきました。ガイドさんがいい人で、すごく仲良くなって、リトル東京で一緒に買い物をしていたのです。 
 そこにパトカーが止まって、警官が降りてきました。私たちは、「きゃー、おまわりさんだー!! 一緒に写真撮って〜」と観光客丸出しで、頼んだのです。それが運命の出逢い(?)でした。


 当時の夫は制服警官で、リトル東京を中心に、毎日パトロールをしていたので、結構日本人の間では有名人で、ほとんどの人と顔見知りでした。ガイドさんももちろんよく知っていて、そこで紹介されました。
 私は片言で、冷や汗をかきながら自己紹介をして、ガイドさんも交えておしゃべりしてました。その間も、通り過ぎる人が、みんな彼に声をかけていくので、「この人、顔が広いなあ」と感心していたのです。


 そのうち彼が「今夜、クラブに行くんだけど、行かない?」と誘ってきました。彼は、頼まれて警備に行くのだそうです。
 初対面の人だし、夜出かけるのは…と思っていたら、ガイドさんが「心配しなくても、彼は大丈夫。いい人だと、私が保証する」と言うし、まわりのお店の人も「彼のことは、信用していいよ」と言うし、友達と2人、連れて行ってもらうことにしました。


 夜になってホテルに彼が迎えに来て、友達と3人でクラブへ。クラブはうるさくて、あまり楽しくはなかったのですけど、初めての経験に興奮していました。踊ったり、カクテルを飲んだりして、閉店までいて、ホテルまで送ってもらいました。

 次の日、ディズニーランドに行くのに、リトル東京でバスを待っていたら、また彼が来ました。そして今度は夕食に誘われたのでした。
 ウエストウッドのレストランで食事をして、当時彼が、姉と姪と一緒に住んでいた家に、案内されました。これがビバリーヒルズのプール付きの豪邸で、「この人って金持ちかもしれない」と、打算が働き、頭のなかで電卓の音がしていました。後で、金持ちは姉だけで、夫とは違うことを知り、現実の厳しさに打ちのめされたのでしたが…。
 次の日にはハワイに行くので、住所とTEL番号を交換して、別れたのでした。


 ハワイについてホテルの部屋に入ったら、メッセージランプが点滅してました。聞いてみたら、彼からでした。夜になってまた、TELがありました。
 その頃の私は、英語には無縁の生活でしたので、彼がしゃべっているのを「ふんふん」と聞いている振りをしていることが多かったのです。今思えば、よく続いたなあと思うのですが…。


 その後、日本に帰ってから、手紙と電話のつきあいが始まりました。その頃は、今のようにパソコンも一般的ではなく、Eメールもなかったんです。ですから、1ヶ月のTEL代が15万!!という月もあって、お給料が飛んでいました。そして、会社にも辞書を置いて、昼休みも手紙書いてました。
 そのうち、「来年の冬に、日本に行く」と彼から連絡がありました。彼の姉が、故サミー・ジェームスJr.のマネージャーをしていたので、日本でのコンサートツアーに便乗して、一緒に来ると言うのです。
 その頃には、結婚も考えていたので、両親に話しました。もちろん大反対でしたが、逢うことだけは、承知してくれました。


 冬になり、彼が日本に来て、私も一緒にツアーについて、大阪、東京とまわりました。その間、お互いの気持ちを改めて確認して、彼からの指輪を受け取りました。 その後、彼だけがツアーと別れて、私の実家へ来ました。
 両親が、当然ながら私の通訳では信用できないと言うので、帰国子女の友達に頼んで、来てもらいました。両親は緊張して身構えてましたが、彼と実際に逢って、話を聞いて最後には認めてくれました。


 そしてその年の夏、出逢いから1年の超遠距離恋愛を経て、結婚しました。なんと日本のホテルで、日本式の挙式・披露宴をやったのでした。夫の羽織袴姿は、笑えない迫力がありました。

冷や汗結婚式と大笑い披露宴へ続く…。