足踏み脱穀機
Since 2010/10/03


 我が家では昭和20年代の末ごろまで、稲の脱穀に足踏みの脱穀機を使っていました。昭和30年代に入ると農業用の石油発動機が普及し、父が動力式の脱穀機に切り替えました。

 それでも祖父は、翌年の種籾(たねもみ)にする稲だけは、籾を傷めないようにと、足踏みで脱穀していました。その祖父が他界して以降、種籾は農協(JA)で購入するようになりました。足踏み脱穀機は納屋の隅で忘れられていました。

 父の死後、私がその納屋を引き継ぎました。そして朽ち始めていた足踏み脱穀機を処分することにしたのですが、幼い頃に見た懐かしさもあって、見慣れた銘板やギヤカバーは取り外して保存することにしました。

 下にそれらの写真を掲載します。製造年代を御存知の方、お教え下さい。 

 (写真はクリックすると大きくなります。)

銘板
鉄板に琺瑯で描かれており、「チヨダ式 新國光号」 「埼玉縣・木屋製作所・川越市」など、今も明瞭に読める。変色等は無いが、一部琺瑯が剥がれている部分は下地の鉄板が錆びている。

ギヤカバー

鋳物製。MADE IN JAPAN ではなく MADE IN NIPPON と表記されている。

足踏み運動を回転運動に変える部品
右端の注油口の付いた部品の穴の部分に踏み板を取り付けた軸棒が入り、往復運動をする。ギヤの直径は約23a(9インチ?)。ギヤには「はずみ車」の役目もありそう。 

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