2001年8月12日                        〈毎日曜日発行〉
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   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│81号│
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        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
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          ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
          ┃ 話者は読者と共有する世界で語る ┃
          ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
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 こんにちは。お元気でお過ごしですか?

 書かれた小説のなかからいろんな描写を選び、そこから学びたいというのがこの描
写編の目的です。
 前号から文体のことを考えています。
 文体というのは読者にとってみれば、小説にちらっと目を通しただけでわかるもの。
 それに……興味を持っている題材について描かれているなら多少読みにくくても読
むでしょうが、描かれていることに興味がなければ無理してまで読まない。
 読者は移り気だし、我が儘です。
 そしてそれでいいんです。作者は読んでもらえるように努力するべきなんです。

 そのために自分の描き方、語り方を(個性的に)確立する必要がある。

           --------------------------------

 宮部みゆきは器用な作家です。時代小説も現代小説のミステリーも書く。
 北方兼三も栗本薫もそうでしょう。栗本薫はグイン・サーガがすごい。
    「私の宮部みゆき論」
       http://homepage1.nifty.com/yamamomo/sub1.htm
    「栗本薫 World」
       http://home.interlink.or.jp/~mizoi/kurimoto/kaoru.html
 それぞれジャンルによって文体を使い分けることに秀でているんですね。

           --------------------------------

 ところで、ぼくは初心者に毛の生えた素人だから、描写や語り口について、真摯に
学ぶ必要があるんですけれど。
 ジャンルとはいかないまでも、どう語れば自分の書きたいものを描けるのか、伝え
られるのか――
 そのために前号で、

┌────────────────────────────────┐
│ 修飾語を含んだ長文 ←――――――――→ 断定的な短文    │
│  (複雑化)               (簡潔化)     │
│(心理を描くのに向く)         (行動を描くのに向く) │
│  (文学的)               (物語的)     │
│ (メタファー)              (事実)      │
│  (特別)                (普遍)      │
└────────────────────────────────┘
 という仮説を立てました。
 そして、この心理を描くのに向く長文と、行動を描くのに向く短文のあいだに、す
べての小説が並べられると考えたんです。
 ただ並べられたからといって「なんなんだ」ってことはあるとおもいますが、頭の
中で整理しやすいから。

 じっさいは、小説を書くというのは、職人さんの仕事だから、体で目で覚えなくて
はだめだとおもう。それでこそできる作業でしょう。技は、頭で理解しただけでは、
その通りできない。理屈じゃないんです。(ぼくは反省、大反省です (^o^; が)

           --------------------------------

   ┌──────────────────┐
   │  短文で作られた小説は映像的だ  │
   └──────────────────┘
            っていうのは実感としてわかるとおもう。

(長文は――映像で伝えられないものを伝えようとしているのだから、詩的なものに
 近づくだろう、というのがぼくの考え)
 まっ、言葉とか定義はどうでもいいんですが。


┌────────────────────────────────────┐
│ じっとしていた。                           │
│ 地面が揺れることなど、めずらしくもなかった。どれほどひどく揺れるかが問│
│題で、大したこともなく通りすぎていきそうだった。車から飛び出してきている│
│人間も、何人か見えた。むしろ車の中の方が安全だろう、と私は考えていた。 │
│ 旧型のシトロエンCXパラスのサスベンションほ、ひどくやわらかくて揺れを│
│助長する。ラジオのスイッチだけ入れた。                 │
│ 地方高速道路の、サービスエリアである。走行中なら、気づかなかったかもし│
│れない。逆にやわらかなサスベンションが、路面の凹凸を吸収するように、揺れ│
│を吸収してしまったかもしれないのだ。                  │
│ ラジオでは、早口のDJが、早口だけが芸という感じで、つまらないことを喋│
│りまくっていた。                            │
│ いつの間にか揺れは鎮まり、色めき立ったサービスエリアの駐車場も、静かに│
│なりつつあった。私は煙草に火をつけた。東京からのんびりと走ってきたので、│
│運転中も煙草は喫っていた。サービスエリアに入ったのほ、用を足すためだ。 │
│ 車が、また揺れた。余震かと思ったが、車に寄りかかった人の姿がサイドミラ│
│ーに映っている。ジーンズを穿いた女だった。両手を車のルーフの縁につき、そ│
│こに額を押しっけるようにしている。                   │
│「どうした、気分でも悪いのか?」                    │
│ ドアを開け半身だけ外に出し、私は声をかけた。まだ若く、少女と言ってもい│
│い歳恰好だ。頬には、赤い面皰が密生している。              │
└────────────────────────────────────┘
 北方謙三の「錆びた浮標」(講談社 1992)短編集の「残像」から。
   「北方謙三文学の魅力 」
     http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/6303/kenzou/kenzou.html

 畳みかけるような行動の描写。人物と一体となるようなリズム、呼吸。そしてテン
ポ。これらを読みとることが出来ます。
 で、映像的だ。

 この映像を受け入れるってことはどこから来ているのか? っておもう。

┌─────────────────────────────┐
│ハードボイルドという世界を読者と共有しているからこそ、です│
└─────────────────────────────┘
 そういうことだとおもうんですね。
 ハードボイルドは短文で描かれることが多い。それは読者とその映像を共有できる
素地があるためであり、お約束なんです。読者と共有できるハードボイルド的人物が
登場し、ハードボイルドな行動をする──
 それは共有されたものだから、いちいち読者に説明したりする必要はないわけです。
そういう登場人物であることは、読者から期待されているわけだし。

 ですから、読者にとっても作者にとってもわかっている世界は短文で描写される。
 そこでは当然、描き方、語り口が優先される。
 リズム、呼吸、テンポある構成で小説が語られます。

           --------------------------------


 それじゃ、恋愛小説は?
 そこでは、人間の微妙な心理の襞が描かれるでしょう。、心理を裏打ちする仕草、
会話が描かれる。


           --------------------------------

 時代小説を見てみましょう。
 テレビで「剣客商売」を放映しているから、池波正太郎の「剣客商売 辻斬り」か
らその三の部分を引用してみました。(新潮社 1990)です。

┌────────────────────────────────────┐
│ それから、五日ほど後の夕暮れ近いころおいに、神田・昌平橋の西方、淡路坂│
│の上にある太田姫稲荷の社の玉垣に沿った道を、永井十太夫の家来・内山弥五郎│
│が歩いている。                             │
│ 秋雨が、霧のようにけむっていた。                   │
│ あの夜、内山は、主人の十太夫が刀だめしの辻斬りの供をして上野山内へ入り│
│こみ、主人もろとも、秋山小兵衛の当身をくらって悶絶した三十男である。  │
│ 右手は、神田川の上の堤。左は武家屋敷がたちならんでいる。       │
│ この日。内山弥五郎は非番で、本所の親類を訪問し、駿河台の主人の星敷へ帰│
│ろうとしていた。                            │
│ 傘をかたむけ、淡路坂をのぼって来た内山が、ひょいと向うを見ると、鈴木弾│
│正という旗本の屋敷の角からあらわれた町駕籠に、若い浪人ふうの男がつきそい│
│、こちらへやって釆るのが見えた。                    │
│ 内山は、別に、気にとめなかった。                   │
│ 町駕籠と浪人が、内山とすれちがおうとした。              │
│ と……。                               │
│ 駕籠のたれがはらりと開き、乗っていた老人が内山へ、          │
│「おい、これ……」                           │
│ と、声をかけた。秋山小兵衛である。                  │
│「……?」                               │
└────────────────────────────────────┘

 歴史・時代小説では人物像ははっきりしています。武士にしても町人にしてもその
時代の身分制度に規定され存在しているのですから。そういう時代の背景に規定され
たなかで、いかに新しい現代的人物を描けるかが歴史・時代小説の醍醐味といえます。

 池波正太郎は、ぼくが言うのもおこがましいすばらしい作家です。
 ここでは作家論、作品論はやりません。それをなさっているサイトは数多くあるの
で……
   「わたしの「鬼平犯科帳」
      http://www.d1.dion.ne.jp/~kumoemon/index.htm
       などインターネットで検索してください。
           --------------------------------


 ぼくの言いたいことは「読者と共有する世界で文体や語り口は作られる」というこ
とです。(もちろん、これは当たり前のことかもしれません)
 でも、ぼくらがどう描くか迷ったときに、いつでもここに立ち返って欲しいとおも
うんです。そうすれば何を描くのかがはっきりするはずだから。


           --------------------------------

  ぼくが昔、メモしたノートにはこう書いてあります。
      「文体とは、作家の美意識、個性の種類のこと」

【大江健三郎】
 簡潔ではなく、明晰ではあるが暗く湿り、技巧的なイメージ重視の蔓衍体。

【野間宏】
 細密画のような、重い荘重な蔓衍体。

【大岡昇平】
 分析・論理的・明晰な乾いた文体。

【三島由紀夫】
 人工的華麗体。

【安岡章太郎】
 簡潔で非技巧的。

【深沢七郎】
 描写はほとんどなく、素朴な民話のような語りの文体。

【高橋和己】
 乾いた論理的な荘重体。

【小田実】
 簡潔・平易な明晰性。

【野坂昭如】
 会話体を地の文に取り入れたリズム重視の饒舌体。

           --------------------------------


 ぼくは「文体」というものを考えるために、文体論や文体について考察しているサ
イトなどを巡って読んでみました。
 でもそこでは、「文章の表現技術」のようなことしか書かれていない。
 あるいは作家論とでもいうべきもの。

 つまり「文体、文体」って言うわりには曖昧なんですね。文章の表現技術ならそれ
に類する本はいっぱいあるし、それで勉強できます。
 いちばん近いのは、その作家論。作家がいかに対象を捉え、表現しているか。描写
しているか、が勉強になります。
 それはその作家を好きで、その文章のリズム、呼吸を模倣したい、とおもったとき
に初めて近づけるものかもしれません。

 そしてひとえに小説においては「語り方」が重要だとおもうのです。


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「文体」っていうテーマで書くといくらでも書くことができる。それって文章の表現
の在り方だから……
 でもぼくらの書きたいのは小説。いかに語ることによって小説世界を作れるかだ。

 けっきょくは、好きな作家を読み込んでそこから学ぶ、という平凡な結論しかでな
いわけですが……それが小説を書く者の基本でしょう。

 次号は、いろんな作家のいろんな「語り方」を見てみます。
 では、お元気で、夏を乗り切りましょう。ここ能登半島ではまさしく夏ですね。

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2001年8月19日                        〈毎日曜日発行〉
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          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│82号│
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       ┃ いろいろな作家がいろんな語り方をしている ┃
       ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
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 こんにちは。
 相変わらず暑いです。夏バテしないようにしてください。あまり冷たいものばかり
とるとよくないようですよ。京都五山の送り火も終わったし。

           --------------------------------

 小説を書くには、ちゃんとした日本語の文章が書けなければなりませんよね。
 で、これらを日本語の文章表現技術の本としてお薦めしますね。
 でも、悪文がその小説の魅力だったりすることもあるので、わからないものですけ
れど。(^o^) 基本的にはちゃんと書けたほうがいいはず。

         「文章読本」丸谷才一(中公文庫)
         「文章読本」谷崎潤一郎(中公文庫)
         「文章読本」井上ひさし(新潮社)
         「日本語文法」井上ひさし(新潮文庫)
         「日本語の作文技術」本多勝一(朝日文庫)
         「実戦・日本語の作文技術」本多勝一(朝日文庫)

           --------------------------------

 悪文ってどんなのでしょう? 簡単に言うとこうだとおもいます。

1) 主語と述語が対応していない。
2) 修飾語が長すぎて、どの文にかかるのか曖昧。
3) わからない表現。――作者だけがわかっていて伝わらない。
4) 具体的でなく抽象的なイメージ。

 まだまだあるとおもいますが、けっきょく、読者にわからないと感じさせるという
文章はだめだとおもう。
 平易に言って伝わるなら、そちらを使うべきなんです。

           --------------------------------

 小説を書くときになるべくしないほうがいいことを列挙します。
「わからない表現」にならないために。

1) 形容詞はなるべく使わない
2) 接続詞はなるべく省く
3) 副詞はできるだけ使わない
4) 常套句は使わない。
5) 体言止めは使わない
               ……など。

 それらは基本のことなんですね。でも優等生的な答えでもある。
 小説を書いていて、その語りのリズムやテンポを大事にすると、使わざるを得ない
場合もあるとおもうんです。

           --------------------------------

┌────────────────────────────────────┐
│「父は十年前とおんなじだって言うけど、違うんです、全然。死んだ人の後を追│
│いたいとか、もう一度会いたいとかじゃなくて、なんか……もう、生きてなくて│
│もいいかな、って……面倒だから、おしまいにしちゃおうかな、って……」  │
│ 明かりを受ける角度が変わり、顔から影が消える。微笑んでいた。泣き顔より│
│ずっと深い寂しさがにじむ。長患いの果てに死んだ人の、健康だった頃の写真を│
│引き伸ばした遺影のように、その微笑みには、寂しさと同じだけ深い安らぎが感│
│じられた。感じてしまう自分が、嫌だった。                │
│「……理由はあるんだろ?」                       │
│「……ないから、病気なんですよね」                   │
│ 慶子さんは微笑みを浮かべたまま、門扉を開けた。蝶番の軋む音が長く尾を引│
│いて耳に流れ込む。僕は短い階段を降りて、外の通りに出た。        │
│ 門の脇にとどまったまま駅までの道順を簡単に説明した慶子さんは、胸に残っ│
│ていた息をすぺて使い切るように言った。                 │
│「‥…気持ちいいんです、死ぬふりしてると。なんか、このままほんとに死んじ│
│ゃってもいいかな、って……思うんですよね……」             │
│ 僕は黙って歩きだす。無性にもどかしく、腹立たしいのに、言葉はもうこれ以│
│上出てこない。わかるよ。そう言えたなら、首筋から背中にかけて貼りついた重│
│みが消えてくれそうな気がする。その代わり、きっと、今度はみぞおちにいつま│
│でも苦みが残ってしまうのだろうけれど。                 │
└────────────────────────────────────┘
「舞姫通信」重松清(新潮文庫)のP216。
 教え子を死なせた経験を持つ原島さんの家に行き、同じように死にたがっている娘
の慶子さんに会う。酔い潰れた原島さんを残して帰るときに、見送ってもらうシーン。

 ここでは「深い寂しさ」「安らぎ」「もどかしく」「腹立たしい」などの形容詞に
近い感覚の言葉が用いられています。でも違和感を覚えないのは、ちゃんと描写がな
されているからでしょう。

 そのシーンで登場人物がどういう感情でいるかを感じさせることができればいいん
だとおもう。形容詞だって、具体的なもので裏打ちされていれば使っていいんだ。
 それが「芸術」とは違う「読み物としての小説」でしょう。

「重松清の書庫」
http://plaza25.mbn.or.jp/~ryoutan/japanese_authors/shigematsu_kiyoshi/
shigematsu1.html#top
「重松清の作品」
http://homepage1.nifty.com/~fwin0436/kokunai/shigematsu/shigematsu1.html#
link4
           --------------------------------

 どう描写するか、なのです。

1) 登場人物の心理――五感、視線で。
2) 服装、行動は外から見えるものを描く。
3)(そして大事なことは)話者に見えないものは描かない、ということでしょう。
   わからないものはわからないままに。それによって、小説に陰影が生まれる。


 こういうのって、小説の基本だから、純文学でもジュニア小説でも同じだとおもう。
たぶんね。ジュニア小説と純文学は「語り方」が違うだけです。


        ┌─────────────────┐
        │作家によって、いろんな語り方がある│
        └─────────────────┘

 作家が――

1) どういうふうに表現することで、
2) 何を読者に伝えたいか、

          によって、描写の在り方が変わる。

 引用した重松清は、日常を生きている平凡な庶民の視点からの、等身大の悩みや哀
しみ、優しさを描きたいのだし、ジュニア小説だったら、少年少女の甘酸っぱい希望
や恋愛への憧れ、ファンタジックなものへの興味を描きたい、のだろう。

 それで、文体や語り方を云々することは、
           ┌───────────┐
           │けっきょく作家論になる│
           └───────────┘
                      ってことでしょう。

 ですから、あなたの気に入った作家があなたの小説の教師だ、っておもう。
 ひとりの作家の書いた作品群を追い続けることで、どういう想いでその作品が書か
れたか――どういう「語り方」で伝えようとしたのかがわかる。また、その作家の成
長の軌跡もわかるようになる。作家は成長するんです。
 それを見ていくことがいちばん小説の書き方の勉強になるとおもうんです。


           --------------------------------

 ぼくが若かった頃に登場した野坂昭如――
 野坂は江戸時代の戯作者から文体を学び、意識して真似た。もちろん戦後の石川淳
や織田作之助の影響もある。それが独特の語りの文体を生み出した。

 野坂の「焼け跡闇市体験」は強烈で、事柄を判断せずにそのままを羅列するという、
現代の小説作法とは違う江戸時代の戯作者的「語り」の文体でしか、それを表現でき
なかったのです。

 あまりにも名作である「火垂るの墓」(新潮文庫)冒頭部分。
┌────────────────────────────────────┐
│ 省線三宮駅構内浜側の、化粧タイル剥げ落ちコンクリートむき出しの柱に、背│
│中まるめてもたれかかり、床に尻をつき、両脚まっすぐ投げ出して、さんざ陽に│
│灼かれ、一月近く体を洗わぬのに、清太の痩せこけた頬の色は、ただ青白く沈ん│
│でいて、夜になれば昂ぶる心のおごりか、山賊の如くかがり火焚き声高にののし│
│る男のシルエットをながめ、朝には何事もなかったように学校へ向かうカーキ色│
│に白い風呂敷包みは神戸一中ランドセル背負ったは市立中学、県一親和松蔭山手│
│ともんぺ姿ながら上はセーラー服のその襟の形を見分け、そしてひっきりなしに│
│かたわら通り過ぎる脚の群れの、気づかねばよしふと異臭に眼をおとした者は、│
│あわててとび跳ね清太をさける、清太には眼と鼻の便所に這いずる力も、すでに│
│なかった。                               │
└────────────────────────────────────┘
 一段落一文ですね。(^o^) 
 清太は「火垂るの墓」(余談ですが――蛍と書かないのは、焼夷弾=蛍、というメ
タファー)という「語りの物語」のなかにいる子供なんです。とても自分の体験した
こととして書けなかった。物語という「語り方」にしてしまうことでしか語れなかっ
た。野坂の中では現実は悲惨でとても直視できるものではなかったんです。判断をす
ることなしに、ただこうだった、と物語的描写をすることしかできなかった。そのた
めの「語り」です。

           --------------------------------

 ほっとする語り手に田辺聖子がいます。
「ブス愚痴録」(文藝春秋 1993) ユーモアとおかしさと温かみ。大阪弁が効果的
です。話者がオッチャン、オバハンと同じ視点に立って突き放しながら、鷹揚に世の
中を見ているのが心地いいんです。
┌────────────────────────────────────┐
│ この頃、城戸は何となく憂鬱である。                  │
│ 何でやろ、と思えば、課のパートのオバハンのせいなのだ。        │
│ オバハンといってはいけないかもしれない。               │
│ 川添きく江は四十二、三の、しとやかな、品のいい女である。主婦で、ニ人の│
│子供もあるらしい。夫は公務員だそうである。機材課の雉用を手伝ってもらって│
│いる。                                 │
│ ていねいな物腰、品のいい口のききかた、まじめな働きぷりは、いかにも世間│
│ずれしていない、箱入り主婦、という感じである。             │
│ しかし、そこが城戸はわずらわしい。                  │
│ コートを着ようとすると後からいそいで着せようとする。城戸は自分のことほ│
│自分でする男である。コートぐらい一人でさっさと着たい。それに川添きく江は│
│せいぜい一メートル四十六、七センチというような、ちんちくりんの女であるか│
│ら、一メートル七十センチの城戸のコートを着せられるわけがない。     │
│ それなのにきく江は、                         │
│「あ、課長さん、失礼しました」                     │
│ と飛んできて、着せようとする。                    │
│ 抛っといてもらいたい。                        │
│ 城戸は共かせぎの妻のおかげで、二十年、自分のことは自分でする癖をつけて│
│いるのだ。                               │
│ 煙草も、ビル一階の自動版売機で、自身叩き出してくる。         │
│ いちどその場面を川添きく江にみつかり、彼女は、            │
│「あらまア……おっしゃって頂きましたら、買いにまいりますのに」     │
│ と身を揉むように切ながった。それからは、               │
│「課長さん、煙草のご用、ございませんか」                │
│ とききにくる。                            │
│ それも城戸は煩わしい。                        │
└────────────────────────────────────┘
「田辺聖子ノート」
     http://www.fsinet.or.jp/~ujo/tanabeseiko.htm
           --------------------------------


「侯爵サド夫人」藤本ひとみ(文藝春秋 1998)P18
┌────────────────────────────────────┐
│ フィリップ・ピネルが、サド侯爵夫人を訪ねて南仏プロヴァンス地方を訪れた│
│のは、それから二週間後のことである。リヨンから南に進路を取り、ローヌ河に│
│沿って古都アヴィニョンに入ると、サド侯爵の所領であるラ・コストの村までは│
│約十三リユー、馬で半日の行程だった。                  │
│ 道は険しい。アヴィニョンからしばらくは野菜畑の続く平地だが、カヴァイヨ│
│ンを過ぎて左に折れると、東側に大小のリュブロン山脈が現れる。ラ・コストも│
│含めた多くの村々は、その山項に近い北側斜面沿いに点在しているのだった。 │
│ 十月も半ばを過ぎ、豪雨の季節である。風も強く、ラベックと呼ばれる南西風│
│が峰伝いに吹きすさんでいた。ピネルは、雨に叩かれ風に巻き上げられるルダン│
│ゴトの前身頃を片手で押さえ、もう一方の手で手綱を握りしめて、小道を急ぐ。│
│ 時おり頭上で雷が弾け、生い茂る楢や柊樫の森を斜めに照らした。脚下は、雨│
│に煙る険しい峡谷である。足並みを乱す馬をなだめつつピネルは、泥濘んだ粗黄│
│土を跳ね上げ、限りなく続く急な坂をいくつも上りつめた。         │
└────────────────────────────────────┘
 ここでの話者はとても冷静です。淡々と話していくという感じですね。
 藤本ひとみは説明や背景を語ることに執着する。そこに興味があるようです。歴史
的な事実のなかにいかに浸れるか――ですから、抑えられた描写で。


「Hitomi Fujimoto Official Home Page」
         http://www.fides.dti.ne.jp/~hitomimc/
「藤本ひとみワールド」
         http://www2u.biglobe.ne.jp/~kaori_f/hitomiworld.htm


           --------------------------------

 それぞれ個性を持った話者たち。

 話者の語りは小説世界に対する見方であり視点なのです。
 どんなふうに見て、どんなふうに語るか?
 読者はそれに共感したり、反発を覚えたりする。

 話者は小説の表舞台には出てこないのですが、「語る」ことで自立し、個性を持っ
た存在なのです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 いろんな描写の在り方を見る前に、話者=語り方のことを考えてみました。
 次号からは、「こういう場合の描写」「ああいう場合の描写」を見ていきます。

 では、また。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
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ついておもったことなどを書いてください。小説に関係する話題なら何でも。お気軽
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2001年8月26日                        〈毎日曜日発行〉
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│83号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
           ┏━━━━━━━━━━━━━┓
             短文は小説作りの基本だ 
           ┗━━━━━━━━━━━━━┛
       ――小説を書くのに行き詰まったときの秘訣――

       --------------------------------------------------

 残暑お見舞い申し上げます。
 台風一過の後の日曜日ですが大阪は暑いです。台風11号は大きな被害をもたらしま
したが、大雨が降ったので水不足で悩んでいた県や町には恵みになりました。物事に
は二面性があるなあ、と感じています。いいこともあれば、悪いこともある。がんば
りましょう。


  -------------------------------------------------------------------------

 前々回で〈長文・短文〉の話をしたんですが、それぞれの作家たちは「語る」こと
を意識して個性ある文体を作りあげたようです。
 町田康、北方謙三、野坂昭如、保坂和志、原田宗典、辻仁成、内田春菊……もう、
作家の数だけ……あげられる。で、こんなふうに言っていてもしかたないのですが、
ぼくは、
   ┌────────────────┐
   │短文を重ねていくのが文章の基本だ│という気がするのです。
   └────────────────┘

           --------------------------------

 人間が考えるときの基本――
 ぼくらが物事を見たとき感じたとき、それを直感的に捉えます。全体を一つの〈在
り様〉として掴むのです。
 その後に分析が始まる。言葉が紡ぎ出されて、それが思考の過程となる。言葉によ
っていかに世界を組み立てていくか。いかに表現できるのか。
 それがひとつの見方、見解となるだろう。

 それぞれの現象をしっかりと視る。それらの繋がりを組み立て、構成し直し〈原因
→結果〉の流れにのせ、納得するところへ至るだろう。個々の現象は、視ることによ
って繋がれていく。
 繋ぐ役割が接続語という言葉。そして思考の容器が作られる――

 ぼくは、文章を、そんなものだとおもっています。
 大げさ?
 考え過ぎ?
 そんなことを考えても意味がない?
 論理的に間違っている? かも。たぶん。正しいとは証明できないんだけれど、そ
んなふうにおもう。

           --------------------------------

 で、正しいか正しくないかは置いといて、どんな長い文章も短文に分解できるのは
確かです……


【その前に、国語のお勉強を】(^_^)
┌────────────────────────────────────┐
│ 文の種類は――                            │
│   (1)単文――主語・述語の関係が一組だけの文           │
│                〈 花が、咲く。〉           │
│                                    │
│   (2)重文――主語・述語の関係が二組以上あり、それらが対等な文  │
│                〈 花は咲き、鳥は歌う。〉       │
│                                    │
│   (3)複文――主語・述語の関係が二組以上あり、それらが対等でない文│
│                〈 象は、鼻が長い。〉         │
│                                    │
│ これらに、修飾語がひっついて、より華やかになり複雑化される。     │
│ ですから、修飾する言葉が長いと「単文、かならずしも短文ではない」という│
│ことになります。                            │
└────────────────────────────────────┘

 単文は短文じゃないかもしれない、ということを頭の片隅で自覚しておいて、でも
ぼくはあえて「短文が文章の基本じゃないか?」と言いたいとおもいます。
 ぼくの「短文」は、主語→述語で書かれる文のこととします。

 修飾語を剥ぎ取った、主語→述語の果てしない現象の流れ。
 その構造によって文章は作られていく、とおもうんです。

           --------------------------------

 どんなに複雑に見える文章も、主語・述語関係=短文に分解できるとおもいます。

┌────────────────────────────────────┐
│ ユキは割り切れぬ気持ちのまま、水の信心をしている間、寄りつきもしなかっ│
│た繁蔵の家へ行ったのだった。繁蔵の家に世話になっている洋一はユキの顔を見│
│ても挨拶もしなかった。フサもユキに無関心を装っていた。それでもフサに向っ│
│て胸のモヤモヤを話そうと思い、取り敢えず内心では舌を出しているが庭の松や│
│梅の枝ぶりがよくなったと話し池の水を飲みに来る小鳥の話をしていると、外か│
│らオカアチャンと洋一が呼ぶ。ユキが洋一の甘えた声に驚いていると、洋一がオ│
│カアチャン、オカアチャンとことさら言いつのる。フサの笑を浮かべた顔をみて│
│ムラムラと腹だち、ユキは、気色の悪り、誰にでもそう言うてもらい子は甘える│
│んじゃね、と毒づいた。その時、昔、フサと繁蔵の両方に手をつないで歩く秋幸│
│の姿を思い浮べたのだった。フサはユキの心の中を一瞬読んだようだった。「姐│
│さん、こんな風に甘えるというの、本心じゃなしに子供の知恵やよ」     │
└────────────────────────────────────┘
 これは中上健次の「地の果て 至上の時」(新潮社 1983)の222Pからの引用。

           --------------------------------
           分解するとこうなるのでしょうか。
           --------------------------------

 1 ユキは(割り切れぬ気持ちのまま)(水の信心をしている間)
             (寄りつきもしなかった繁蔵の家へ)行ったのだった。
 2 (繁蔵の家に世話になっている)洋一は(ユキの顔を見ても)
                          挨拶もしなかった。
 3 フサも(ユキに)無関心を装っていた。
 4 (それでもフサに向って)(胸のモヤモヤを話そう)と思い、
   (取り敢えず内心では舌を出しているが)
   (庭の松や梅の枝ぶりがよくなったと)話し
   (池の水を飲みに来る小鳥の)話をしていると、(外から)(オカアチャンと)
                       洋一が呼ぶ。
 5 ユキが(洋一の甘えた声に)驚いていると、
   洋一が(オカアチャン、オカアチャンとことさら)言いつのる。
 6 (フサの笑を浮かべた顔を)みて(ムラムラと)腹だち、
   ユキは、(気色の悪り、誰にでもそう言うてもらい子は甘えるんじゃね、と)
                      毒づいた。
 7 (その時、昔、フサと繁蔵の両方に手をつないで歩く秋幸の姿を)
              思い浮べたのだった。
 8 フサは(ユキの心の中を一瞬)読んだようだった。
 9 「姐さん、こんな風に甘えるというの、本心じゃなしに子供の知恵やよ」

  -------------------------------------------------------------------------

 1〜9に書き出してみると、返ってわかりにくいかな。
 でもね、これらの複雑な主語→述語の構造を、ぼくらはひとつの場面として受け取
り、自然に理解してしまうのだからすごい。

 高沢公信さんのサイトで「中上健次論」が読めます。すごい。
     http://plaza9.mbn.or.jp/~NetBS/critique2.html
 「CAPE.2J 」中上健次のすべてがあります。
     http://plaza8.mbn.or.jp/~nakagami/

           --------------------------------

 前号の野坂昭如の「火垂るの墓」も同様です。
┌────────────────────────────────────┐
│ 省線三宮駅構内浜側の、化粧タイル剥げ落ちコンクリートむき出しの柱に、背│
│中まるめてもたれかかり、床に尻をつき、両脚まっすぐ投げ出して、さんざ陽に│
│灼かれ、一月近く体を洗わぬのに、清太の痩せこけた頬の色は、ただ青白く沈ん│
│でいて、夜になれば昂ぶる心のおごりか、山賊の如くかがり火焚き声高にののし│
│る男のシルエットをながめ、朝には何事もなかったように学校へ向かうカーキ色│
│に白い風呂敷包みは神戸一中ランドセル背負ったは市立中学、県一親和松蔭山手│
│ともんぺ姿ながら上はセーラー服のその襟の形を見分け、そしてひっきりなしに│
│かたわら通り過ぎる脚の群れの、気づかねばよしふと異臭に眼をおとした者は、│
│あわててとび跳ね清太をさける、清太には眼と鼻の便所に這いずる力も、すでに│
│なかった。                               │
└────────────────────────────────────┘

┌────────────────────────────────────┐
│清太は――(柱に)もたれかかり、床に尻をつき、両脚まっすぐ投げ出して――│
│  (男のシルエットを)ながめ――(その襟の形を)見分け――      │
│            (眼と鼻の便所に)這いずる力も、すでになかった。│
└────────────────────────────────────┘
と分解できます。
 この長い文も並列的に述語があるだけで、意外と読みやすい。
 つまり、短文が連なっているのと同じです。

           --------------------------------

 ヘミングウェイの小説は読みやすいと言われますよね。ヘミングウェイは短文の名
手だ。
 読みやすさは、わかりやすさに通じる。
 理解しやすいから読者が入って行きやすい。
 センテンスが短いことが自然とリズムを生み出している。


 でもぼくは、純文学的語りも好きですね。
 なぜ純文学的文は複雑に、長文になるのか?
 それは、文法的には、心理を表現する長い装飾語が付加されるからだろうし、登場
人物の迷いや戸惑い、怒りやは腹立たしさ、絶望や虚無感という心理の底に迫ろうと
するからでしょう。もちろん希望や喜びもあるので、純文学は暗くてうっとおしいだ
けじゃないですよ。
 けっして難解にしようとして難解になっているわけじゃないんです。
 意識して難しく書かれた小説は読者を遠ざけてしまうけれど、それはまずい純文学
だとおもう。


           --------------------------------

 なぜ「短文が基本だ」なんて言い出したかというと、そう考えることで小説のシー
ンが描きやすくなるとおもうから。
 この修飾語を剥ぎ落とした主語→述語の構造が文章の骨だとおもいます。それで常
にそれを意識していれば、わかりにくい表現になってしまうことを避けられるだろう
し、修飾するのも(雰囲気を作るのも)的確にできるのではないかと。

 シーンを作るってことは――
     1) 何を書くか。(特に登場人物の動きと心理)
     2) どう表現するか。
              って、ことでしょう。

 ですから、登場人物が何をやっているかを〈主語→述語関係で考えて〉、どう表現
するかは、それがちゃんとイメージでき伝えられたか、にあるとおもうんです。

 81号で、
   ┌──────────────────┐
   │  短文で作られた小説は映像的だ  │って言いました。
   └──────────────────┘
 そうだとおもうんです。

           --------------------------------


 5号では、こう引用しています。

 『風景、風物、人の行動、できごとなどを、しっかりとみて、的確に表現する
 ことである。小説は、ある意味では、文章の力をかりて、映画のように、イメ
 ージ(映像)づくりをしてゆく芸術なので、カメラと似た、対象への把握が必
 要でもある。もっとも、小説の場合は、心理描写という特殊な方法もあるので、
 その点では有利であるけれども』
                      「小説の書き方」講談社 伊藤桂一


        ┌──────────────┐ 
 小説を作るとは│話者が言葉で作り出した舞台上│での、
        └──────────────┘
             ┌────────────┐
             │登場人物の動きを描写する│ことでしょう?
             └────────────┘
 で、〈主語→述語関係=短文〉を考えることが、役に立つのでないかとおもった次
第なのです。

           --------------------------------

 小説を書くのに行き詰まったときの秘訣をお教えしますね。偉そうにいうことでは
ないけれど……
┌───────────────────────────────────┐
│ それは、あなたが作り出した舞台での登場人物の動きを演技してみること │
└───────────────────────────────────┘

 1) 部屋の中でいい。あなたが設定した舞台がここだとおもって、
 2) 登場人物になりきって、行動してみる。その心理に浸ってみる。

           --------------------------------

        端から見ると奇妙にみえるかもしれませんね。(^_^)
        でも興に乗ってくると登場人物に憑依して、
        そんな行動をしてしまう作家がいるのを知っています。
        まっ、小説を書くことは一人芝居のようなものなんですね。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ちょっと暑さぼけで描写編の流れから離れてしまったかも。みんながもうわかって
いることを書いたかも。けれど、このメルマガ自体がそんな言わずもがなのことをや
っているような気もするし……
 
 でもこんなふうでも何かを言い、生きていけるぼくは幸せだ。すべてにありがとう
と言いたい。感謝しています。

 のんびりいきたいけど、「メルマガを発行しているより、小説、書かなければ」と
いう焦りもあります。同時にできたらいいけれど。( i_i)\(^_^) 
 次号は「メリハリを作る」をお送りします。
 では、また。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
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2001年9月2日                        〈毎日曜日発行〉
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
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          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│84号│
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─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
            ┏━━━━━━━━━━━┓
            ┃  メリハリを作る  ┃
            ┗━━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。
 だいぶ暑さも和らいだようです。これから日一日と涼しくなっていくのでしょうね。
 秋、いいですね。天高く馬肥ゆる秋。読書の季節ですものね。
 描写編を始めますね。

  -------------------------------------------------------------------------

 まず、構成的にメリハリというのを考えてみましょう。
 小説はクライマックスへの道だとおもうんです。
 問題提示のファーストシーンから解決のクライマックスシーンへ至る道。

 クライマックスがどんなのかによって、文体も決まってくる。
 恋愛小説ならしっとりと落ち着いた心理描写を含んだ文体になるだろうし、ハード
ボイルドなら畳みかけるような文体になる。要するに、内容にあった「語り方」にな
るってことですよね。
 いろんなジャンルの小説があるからそれぞれ違う。
 違って当然だし、その語りのリズム、呼吸、使う語彙もそれぞれだ。


           --------------------------------

 でも、どんな小説を書くにせよ、メリハリをつけるためには、
           ┌───────────────────┐
           │読者の小説を読む時間に緩急をつけてやる│
           └───────────────────┘
                            ことが大事なのです。

1) まず、語句や文のリズムやスピードに注意する。
2) 流れが平坦になりそうだったら、心理描写や情景描写を入れる。
3) そしてテンポよくストーリーを語る叙述(要約、説明)が必要です。

(読者の小説を読む時間の中では、会話は現実の時間、描写は時間が遅く、説明は時
間が早く流れるから)



 そして何よりもハラハラ、ドキドキするおもしろいドラマを作る――
  ┌───────────────────┐
4)│登場人物の心理を振幅の激しいものにする│
  └───────────────────┘
      (読者は登場人物に感情移入して読むものだからです)


           --------------------------------

 要するに、
    1) 読者の読むという行為と
    2) 小説世界に感情移入する行為とが、

 合致したときに「小説世界にのめり込む」わけですから。

           --------------------------------

 そういう意味で作家は手品師です。
 クライマックスに導くまで、じらし、煙に巻き――読者を「語り」で引っ張ってい
かなくてはなりませんね。
 読者に謎をかけ、どうなるんだろうと思わせ――
 でも、このメルマガを読んでくださっている皆さんなら、もうこんなことは言わな
くてもわかっていることですよね。(^_^)

           --------------------------------


 構成的にこうすればメリハリがつく、というのは上記の箇条書きのような形でしか
言えないんですよね〜。
 個々に作品を作っていく過程で、いつもそういうことに心がけておく、としか。


 応用編で考えたように、小説はシーンの連続で成り立っていますから、
        ┌───┐  ┌───┐  ┌───┐
プロローグ───┼───┼──┼───┼──┼───┼─────→
        └───┘  └───┘  └───┘   エピローグ
         シーン    シーン    シーン

 ひとつの場所から次の場所へ、どういうふうにメリハリをつけて、テンポよく展開
できるかということだとおもいます。そして最大の見せ場(クライマックス)にまで
引っ張っていくことだと。
 そしてそのために文体(語り)があるとおもうんです。
 だってぼくらはその「語り」に惹かれて読むんだから。


     --------------------------------------------------
     ぼくがメリハリのあるとおもう描写を集めてみました。
     --------------------------------------------------

 文のリズムや呼吸、息遣いに酔いしれるってことが、小説を読む快楽だとおもう。
自分にあう文体なら、なお、いいわけです。

 裏に構成的な仕掛けがあり作家独自の視点があると、緊張感のある文体がうみださ
れるのだとおもう。

┌────────────────────────────────────┐
│ ――あいつら……。                          │
│ 手足がおののく中で、石文には錯綜があった。追跡車は二台とも消えている。│
│前にいた車も消えている。やって釆た後続車がつぎつぎと突っ走って行く。だれ│
│も石文には目もくれない。何事も起こっていないのだからとうぜんであろう。石│
│文の車はただ停まっただけ、停まっているだけだ。目撃した者がいれは妙な停ま│
│りかたをしたとは思っただろうが。                    │
│ あいつらも、そうだったのか――それに、石文は気づいた。        │
│ ――要するに、独り芝居……。                     │
│ 二台の車はたんに法定速度で走行していただけだった。前の一台も。追い越し│
│をかけたら石文の車が勝手に急ハソドルを切ってよろめき、あらぬ方向に突っ走│
│っただけのことだった。ド素人と思った。それだけのことだった。石文は幻想に│
│追われて幻想と戦ったことになる。醜怪な戦いを――。           │
│ 石文はハンドルを抱えて遠いところをみたまま、動かなかった。      │
└────────────────────────────────────┘
                            「牡牛の渓」光文社
 ハードボイルドの雄――西村寿行。
             「西村寿行作品リスト」
             http://village.infoweb.ne.jp/~itgs/jukou.html
 描きたいものがはっきりしていることと、作家独自の、描く対象への視点というも
のを持っていることが大事なんだとおもう。それが「語り」を生み出す。

          --------------------------------

┌────────────────────────────────────┐
│ サウス・ブロンクス――琥珀色の光に彩られた世界。しかしその輝きは同時に│
│、光に吸い寄せられる羽虫の群れのように、危険な香りに満ちた社会の底辺で蠢│
│く虫たちが動き始める時間がやってきたことを意味した。虫たちは、はるか太古│
│の昔に琥珀の中に閉じ込められて化石となった昆虫のように、この光の中で行動│
│し、そしてこの限られたエリアを守ることに固執する。           │
│ 夜一〇時。安っばいナイロン製の薄汚れたショッピング・バッグを手に、古ぽ│
│けた紙袋と縦に巻いた毛布を括りつけたカートを押しながら、おぼつかない足取│
│りで歩道を歩くその白人の男は、どう見ても、一夜の宿を探し求めてこの危険な│
│街に迷い込んだホームレスに見えた。生気を失ったように淀んだ眼。夏だという│
│のに垢と汗をたっぶりと吸い込んだ長袖のシヤツを身につけている。いまにも擦│
│り切れそうな紐のようになったベルトでかろうじて腰のあたりで止められたダブ│
│ダブのパンツは、脱ぎ捨てられればそのままの形で立つのではないかと思われる│
│ほど、汚れ、暗く変色し、股間のあたりには黒く湿った染みが浮いている。まだ│
│昼の熱気と湿度をそのままに残す空気の中で、見ているだけでもすえた臭いが漂│
│ってきそうだ。                             │
└────────────────────────────────────┘
               「猛禽の宴」楡周平(宝島社)の冒頭の部分です。
「きょっこの読書覚え書き」から
     http://www.valley.ne.jp/~kkawa/nire.html
 
 一文は長いけれど、対象に迫っていくハードボイルドな視点があるので、気になら
ないですね。独特のリズムを生み出しています。「これから何かが起こるぞ」と予感
させる。エンターテイメント!


          --------------------------------


 今度は純文学をピックアップ。

┌────────────────────────────────────┐
│ 私も眠かった。                            │
│ 人の家のシヤワーを浴びながら、自分は何をしてるのかなと久しぶりに疲れが│
│消えてゆく熱い湯の中で考えた。                     │
│ 借りたねまきに着がえて、しんとした部屋に出ていった。ぺたぺたとはだしで│
│台所をもう1回見に行く。やはり、よい台所だった。            │
│ そして、今宵私の寝床となったそのソフアーにたどりつくと、電気を消した。│
│ 窓べで、かすかな明かりに浮かぶ植物たちが10Fからの蒙華な夜景にふちどら│
│れてそっと息づいていた。夜景――もう、雨はあがって湿気を含んだ透明な大気│
│にきらきら輝いて、それはみごとに映っていた。                        │
│ 私は毛布にくるまって、今夜も台所のそばで眠ることがおかしくて笑った。し│
│かし、孤独がなかった。私は待っていたのかもしれない。今までのことも、これ│
│からのこともしばらくだけの間、忘れられる寝床だけを待ち望んでいたのかもし│
│れない。となりに人がいては淋しさが増すからいけない。でも、台所があり、植│
│物がいて、同じ屋根の下には人がいて、静かで……ベストだった。ここは、ベス│
│トだ。                                 │
│ 安心して私は眠った。                         │
└────────────────────────────────────┘
                         「キッチン」福武文庫
 雄一のマンションに迎えられた最初の夜。
 詩的で感覚的です。等身大の視点で語りかけてくる。深い絶望の淵にいても健気に
生きる――その前向きな明るさと優しさ。ばななの初期の作品群はとても好きです。
 どんな作品でもテーマをズバッと包み隠さず出してくるんですね。

        「吉本ばなな公式サイト」
             http://www.yoshimotobanana.com/

          --------------------------------

 これぞ、文学っていうやつを。

┌────────────────────────────────────┐
│ 早くとどめを刺さなければと、焦れば焦るほど破綻した神経は機械的に筋肉を│
│収縮させるばかりで、気がついてみれば刀の柄を握る掌が真っ赤に染まっている│
│。それでもまだ男は死なずにいて、やめてよ、やめてよ、と泣き叫ぶその声はい│
│つのまにか子供のものに変わっている。                  │
│ 絶叫をあげて真名瀬は眼を覚ます。寝汗にまみれた布団から飛び出して洗面所│
│に走る。喉が渇いて堪らず、蛇口に口をつけて大量の水を呑み、その頃にはよう│
│やく夢だと悟って安堵はするものの、躯の震えはいっこうに去らず、軍刀を握っ│
│た掌の感触がしつこく残って、洗っても洗っても血糊がこぴりつくような不快感│
│が消えない。                              │
│ 同じような経過を辿る夢が、レイテの洞穴での最後の一夜を記憶から欠落させ│
│た真名瀬にとつて、悪夢以上の何かであるのは問違いなかった。過去の記憶とは│
│風景に変わった出来事の謂に他ならず、一定以上に齢を重ねた人間にとって、未│
│来よりむしろ過去が多様であるのは、己の過去の風景をさまざまに描きうるから│
│である。ところが真名瀬の風景画には虫食いの穴が空いていて、黒い穴は日に日│
│に広がり、過去を静かに眺めて暮らすのを許さぬばかりか、日常を徐々に蝕むよ│
│うであった。                              │
└────────────────────────────────────┘
                       奥泉光「石の来歴」(文藝春秋)

 一文は長いけれどリズムはあります。そのリズムが、現実と記憶との境が曖昧にな
っている主人公の意識を読者に受け入れさせる。それに文脈が構成的です。計算され
た描写です。

「すばる文学カフェ」
      http://subaru.shueisha.co.jp/html/cafe/cafe09_txt.html
「春樹堂」の奥泉光のページ
      http://subaru.shueisha.co.jp/html/cafe/cafe09_txt.html

          --------------------------------


 東野圭吾「犯人のいない殺人の夜」(光文社)から抜き出してみましょう。

┌────────────────────────────────────┐
│         《夜》                        │
│                                    │
│「これは……殺人だということです」                   │
│ 顔にハンカチをかぶせてから拓也はいった。しばらくは誰も声を出せなかった│
│。                                   │
│ 拓也は相変わらず冷静だな――あたしも声を出せなかったが、彼の落ち着いた│
│行動には感心していた。誰だって死んだ女の顔なんて見ていたくはないものだ。│
│「さて」と拓也はいった。「どうされますか? 当然警察に連絡すべきなのです│
│が」                                  │
│「それはだめだ」                            │
│ 即座に答えたのは創介氏だった。声が上ずっている。「殺人犯なんてことにな│
│ったら、一生が台無しになる。それだけじゃない。家族の者だって、どれだけ肩│
│身の狭い思いをするか……なんとか表沙汰になるのだけは避けたい」     │
│「だからといって」                           │
│ ふいに声を上げたのは長男の正樹だった。                │
│「だからといって、どうしようもないじゃないか。こうして人がひとり死んじゃ│
│ったんだから」                             │
│ ただでさえ金属的な彼の声が、緊張のせいかいつも以上にギンギン響いた。こ│
│の正樹は創介氏の病死した前夫人の子供なのだが、岸田家にしてはあまり出来の│
│良くない息子で、親の力でどうにか私立の大学に通わせてもらっている。頭が悪│
│い分だけ外見を気にするらしく、いつも男性雑誌のグラビアばりのファッション│
│で決めている。あたしが最も嫌いなタイプだ。               │
└────────────────────────────────────┘
 この死体の処理を巡ってやり合うシーンは、まだ延々と続きます。長いので最初の
部分だけを取り出してあります。

 エンターテイメントのテンポの早い文体です。平易で読みやすい。きちんと人物紹
介もやる。多くのエンターテイメントがこういう文体でしょう。
 事件を語ることを主眼におくという構成がこういう文体を生み出しているとおもう
んです。

      「東野圭吾オフィシャルサイト」  
           http://www.keigo-book.com/
      「東野圭吾を読もう」
           http://www3.osk.3web.ne.jp/~murphy/myst/f_index.htm

          --------------------------------


 いろんな「語り方」があります。
 それぞれの「語り」が目的を持っています。読者に何をわかってほしいか、という
ことと、読者の興味を捉えて逃がさないということです。
 要するに、おもしろいと感じる小説はみんなそう意識され、計算され描かれている
ってことだとおもう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 で、もっともっとあるんだけれど、とても紹介しきれない。
 この描写編を始めて「ちょっと困ったな」と正直おもった。メルマガという体裁の
なかでテーマごとに小説の描写を例に取りあげるには、スペースがなさ過ぎる。少し
の例文だけでは何も言えないのじゃないか。
 でも、さわりだけでもいいかな、と考えて、なんとかやっていきます。

 次号は「やっぱり、ファーストシーン」をお送りします。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
      メルマガ配達人    SAO  ヾ(^^ )
                      E-mail: YHY11050@nifty.ne.jp

「小説の感想」掲示板です。読んだ本への感想、雑誌の記事などをきっかけに小説に
ついておもったことなどを書いてください。小説に関係する話題なら何でも。お気軽
に。のんびりと、ほんわかと話をしましょう。
 http://hpmboard1.nifty.com/cgi-bin/bbs_by_date.cgi?user_id=YHY11050
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  ■このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して発行
  しています。     ( http://www.mag2.com/ )まぐまぐID:0000034024
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2001年9月9日                        〈毎日曜日発行〉
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│85号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
          ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
          ┃ やっぱり、ファーストシーン ┃
          ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。

 ファーストシーンの機能は「おっ、おもしろそうだな」と、続けて読みたい気持ち
にさせることです。
 小説世界への導入部なんですから、

   1) 小説全体の雰囲気を確定し、
   2) 舞台と登場人物と状況を設定し、
   3) 何が問題なのか(トラブル)を提出しなければならないでしょう。
   4) そのために「おっ何だ」と思わせるような話題、事件、出来事、情報な
      どを提示する。

        ------------------------------------
        ファーストシーンのチェックリストです
        ------------------------------------

     ●どんな場所から始めたら効果的か?
     ●そこで主人公はどのような事件に巻き込まれるか?
     ●そこで主人公はどのような目標を持つのか?
     ●その事件が起こったとき、最初、主人公はどう行動するのか?
     ●そこで主人公はどのように決意するのか?
     ●そこで主人公はその決意をどのように周りに伝えるか?

           --------------------------------

 いろんなファーストシーンを選んでお送りしますね。

┌────────────────────────────────────┐
│     プロローグ                          │
│                                    │
│ その夕暮れ、女はいつものように、京王井の頭線神泉駅から渋谷円山町に抜け│
│る急階段の小道をのばった、ラブホテル街の水銀灯の下に立っていた。    │
│ よれよれのバーバリーのトレンチコート。赤いハイヒール。痩せぎすのその女│
│は、夜目にもわかる膿い化粧で、肩にかかった長いフェイクの茶髪をカールさせ│
│ていた。                                │
│ 年齢は三十代半ばだろうか? これまで声をかけられた男たちは、全員が全員│
│、女の少し猫背ぎみの姿勢と、張りのない肌艶から、まさか二十代ではあるまい│
│、と自信をもって値踏みした。                      │
│ じっさい女は少しくたびれていた。女の背後には十年前、できあがったばかり│
│のころはさぞかしぴかぴかに輝いていたに違いないラブホテルの薄汚れた白レン│
│ガ壁があったが、まだらに染みが浮き出たその壁の汚れ具合が、くたびれた女に│
│奇妙にマッチしていた。                         │
│「やだぁ。あいつ、またあそこに立ってるよ」               │
│ 小道と交差する心持ち大きな通りを歩いていた二人組の娘の片いっぽうが、水│
│銀灯の下の女を認めて、もう一人の娘の腕をつついた。           │
│「あ、ほんとだ」                            │
│ 腕をつつかれた娘が肩を大袈裟にすくめて、鼻を鳴らした。「困るよ、あんな│
│のにいられちゃ」                            │
└────────────────────────────────────┘
「ダブルフェイス」久間十義(幻冬社)の書き出しで、
┌────────────────────────────────────┐
│ あのオンナ、今に死ぬよ。――言った娘は、自分の科白が翌日には本当になる│
│、などとは思いもしなかったはずだ。いずれにしろそのとき女は水銀灯の下で生│
│きていたのだ。そう、そのときは確かに……。               │
└────────────────────────────────────┘
 と次への興味を引っ張って終わる「プロローグ」の章。

 その後「発端」「百合子」「捜査会議」……とシーンごとに分けて構成されていま
す。このプロローグを読んだだけで、女が殺されて犯人捜しが始まるということがわ
かる。期待感を効果的に高めています。
 それに「そう、そのときは確かに……」という、読者にうなずきを求める書き方。
それは吉本ばななと同じですね。読者は語りかけられることで共感的立場に誘導され
ます、うまいですね。

   「ほら貝――作家と語る」ここで加藤氏との対談が読めます。
           http://www.horagai.com/www/int/int006.htm

           --------------------------------


「ダブルフェイス」は長編でしたが、今度は短編での書き方。最初の出だしから状況
に投げ込まれている、という場合が多い。すぐに会話が始まって。
 花村萬月「風に舞う」(集英社 1994)

┌────────────────────────────────────┐
│ 男女雇用機会均等法とやらのおかげで、俺のバイト先にも女の子が勤めること│
│になった。                               │
│ 面接を終えた彼女が、にこやかに挨拶しながら事務所から出ていって、社長の│
│最初のひとことは、                           │
│「まいっちゃったよ、武史」                       │
│ だった。                               │
│ 俺が曖昧に笑っていると、社長はくどくどと愚痴をたれはじめた。     │
│「バイトニュースに載せたとき、たしかに明記しなかったけど、僕は事務員を雇│
│うつもりだったんだ」                          │
│ 肉体労働で鍛えあげた、やたら太い首をした社長が自分のことを僕と呼ぶのは│
│、やはりすごい違和感がある。                      │
│ 俺は股間のあたりがサワサワするような、背中が痔くなるような社長の『僕』│
│に耐えなければならない。なにしろ給料を払うのは社長だから。       │
│「いくら男女均等たってさ、窓拭きは窓拭きだからね。危険だよ。もし事故があ│
│って落ちたら、なんて言われるかわかんないよ、まったく、もぉ、なに考えてん│
│だかね」                                │
│ 俺は頷きながら、笑顔をかえす。                    │
│ 男ならば、ビルの窓から落下して半身不随になってセックスもできなくなって│
│、いや歩道に激突して豆腐に紅しょうがをまぶしたみたいな脳みそをプチまけて│
│もいいのか……。                            │
│ そんないささか屁理屈じみたことを考えながら、俺は曖昧な笑顔をつくり続け│
│る。                                  │
└────────────────────────────────────┘

 このシーンでの社長と武史との会話はまだまだ続くのですが……
 このようにある状況から始めると、人間関係がすごくわかりやすくなります。

        「萬月の夜」
            http://www.geocities.co.jp/Bookend/4476/index.html

           --------------------------------


┌────────────────────────────────────┐
│ どうやら、頭を打ったらしい。                     │
│ 目を開けると、すべてのものが二重にだぷって見えた。天井の電灯……横手に│
│ある窓のカーテンの大きな花柄…そして、こちらをのぞきこんでいる小さな顔。│
│「あ、目を開いてる」と、その顔は言った。                │
│ 声は一人分しか聞こえないが、顔はふたつ見える。寸分たがわぬ同じ顔。どち│
│らもぼんやりとぼやけている。                      │
│ 動こうと思っても、手足に感覚がなかった。かろうじてできるのは、まばたき│
│だけ。何度かそれをすると、天井の電灯が今度は三つにぷれて見え、やがてひと│
│つになり、また小さな顔がふたつのぞきこんできて、そこで視界がすうっと狭ま│
│った。                                 │
│「あれ、また寝ちゃう」                         │
│ 閉じた目の奥に、その声が聞こえた。そうだよ。おやすみ。        │
│ 次に目を開けたときには、天井の電灯はひとつになっていた。       │
│ カーテンは開けてあり、曇りガラスの窓越しに、明るい陽の光が射しこんでい│
│る。光の角度からして、まだ午前中のようだった。             │
│ ここはどこだろう?                          │
│ 自問してみて、ようやく、記憶と理性が手に手をとりあって戻ってくるのを感│
│じた。この状況では、まったく歓迎したくない二人連れだ。門前ばらいにするた│
│めには、また気絶してしまうに限る。もう、永遠に目を覚ましたくない気分だっ│
│た。                                  │
│ だが、やってきた理性と記憶は、しっかりと居座ってしまった。目もぱっちり│
│覚めている。五感はすべて正常。いまいましいほどに。           │
└────────────────────────────────────┘
 宮部みゆきの「ステップファザー・ステップ」(講談社 1993)

 主人公は最初から異常な状況に投げ込まれています。でも一人称の語りなので読者
に与えられる情報は少ないのです。何が起こったのか、謎です。それで次を読みたい
という気持ちにさせられますね。「情報の不足」というのを効果的に使っている。

           「宮部みゆきウェブリング」
        http://www.webring.ne.jp/cgi-bin/webring?ring=miyabe;list

           --------------------------------



 次は純文学です。
 三浦哲郎「礦野の妻」(講談社 1992)
┌────────────────────────────────────┐
│ 背筋の窪みを、なにやら、なまぬるい感触のものが、ゆっくりと滑り落ちてゆ│
│く。襟首から腰の方へ、時には背骨の瘤へ乗り上げそうになったりしながら、の│
│ろのろと――樹里は、それを夢うつつに感じながら、徴かな不快感をおぽえてい│
│た。                                  │
│ パジャマの内側なのか外側なのか、はっきりしないが、直接肌を滑っているの│
│なら、また盗汗がはじまったのだろうか。もうそろそろ夏も終わりだが、いまご│
│ろになって夏ばての症状が出て休みをとったり、出勤してきても仕事に精彩を欠│
│く同僚が増えてきている。仕事はもっぱら入院患老の世話だが、病人とあまり変│
│わらない顔色の同僚が疲れの溜まったとろんとした目で患者の腕をさすりながら│
│点滴注射のための血管を探しかねているのを見かけたりすると、つい気の毒にな│
│って、手を貸してしまう。それで、普段の何倍もくたびれるのである。    │
│ 三十代の前半までは、すこぷる頑健で、どんなにきつい仕事がつづいても盗汗│
│などかいたことがなかったものだが、近頃は、疲れが溜まってくると、わけもな│
│く不機嫌になり、食欲が減退し、徽熱が出たり、足腰がしつこく痛んだり、盗汗│
│をかいたりするようになっている。                    │
│ ――樹里ほ、不意に、ぱっちりと日醒めた。いくら盗汗でも、寝ている自分の│
│ほぼ水平な背筋の窪みを滑り落ちるわけがないと気がついたからである。   │
│ 樹里は、夜動のとき以外はもう十年馴染んでいる寝床にいた。つまり、自宅の│
│寝室のダブルべッドに寝ていた。いつものように、隣に寝ている夫の方へ背中を│
│向けて。                                │
│ 樹里は、目をつむったまま、喉のところから片手をパジャマの内側へ入れて、│
│指先を背筋の方へ伸ばした。すると、思いがけなく背後で夫の伊佐夫の醒めた声│
│がした。                                │
│「起こしちゃったか。ごめんよ。そんなつもりじゃなかったんだが。」    │
│ 夫は珍しく、眠っている自分のからだになにか悪戯をしていたらしい。樹里は│
│、夫の真意をはかりかねながらゆっくり寝返りを打った。夫は、パジャマのまま│
│でこちらの背中と向かい合うように胡坐をかいていた。           │
│ 窓のカーテンの端に、夜明けの薄明が立ち迷っている。          │
│「随分早起きね。」                           │
│「海猫がうるさくってね。」                       │
└────────────────────────────────────┘

 このシーンでの会話はまだ続きます。夫は基礎体温計で妻の体を愛撫していたとい
うことが明らかにされるのですが、それによって夫婦仲が冷えていること、これから
どうなるのかと読者は興味を持ちます。そこにテーマが提示されているからです。
 純文学では事件はゆっくりと起こります。むしろ人間の心理が事件なのです。
 他のジャンルのように最初からインパクトのある「事件」が描かれることはないで
しょう。でもこういう些細な行き違いの心理が純文学的事件ともいえるのですが。

   「三浦哲郎のページ」
         http://www.pp.iij4u.or.jp/~m-hiro/omiyatimes04.htm


           --------------------------------



 純文学的エンターテイメントの? 渡辺淳一。そのエロ的俗悪性をぼくはとても好
きですね。
        「かりそめ」(新潮社 1999)
┌────────────────────────────────────┐
│         灼くる                        │
│                                    │
│「ねえ、わたしの眼、おかしくありません」                │
│ 梓が尋ねたのは、久我が起きぬけのガウンのまま、冷蔵庫から取り出したビー│
│ルを口に含んだときだった。そのままビールを飲み干して振り返ると、梓は着物│
│姿で寝室の壁に嵌めこまれた鏡を見詰めている。              │
│ 妙なことをいうと思いながら、久我はうしろから近づき、鏡に映っている梓の│
│顔をうかがった。                            │
│ まだ着付けの途中で、着物は腰紐でとめられ、お端折りが重なっているが、襟│
│元は合わされぬまま、ゆるやかに開いている。               │
│ つい少し前まで、久我はその胸元の柔らかなふくらみを掌でつつみながら、う│
│しろから梓と結ばれていた。                       │
│ 情事のときは充分知り尽くしたはずの乳房だが、襦袢と着物でおおわれると、│
│急に手の届かぬところにかくされたような気がして、また襟元を探りたい衝動に│
│かられる。                               │
│ そんな男の生まぐさい視線をたしなめるように、梓がつぶやく。      │
│「眼よ……」                              │
│ いわれて改めて鏡の中の梓を見るが、前髪がいくらかほつれて少し気倦げに見│
│える以外、とくに変った様子はない。                   │
│「別に……」                              │
│ 久我はまた情事のことにつなげて、気倦げなのは、いま梓が何度かのぼりつめ│
│たからだと考える。                           │
│「いい女だよ」                             │
│「巫山戯ないで、真剣に見て」                      │
│いつにない梓の厳しい口詞に、久我は今度は梓の前に立って正面から見据える。│
│「左の方よ」                              │
│ 梓が軽く顔を左向きにするが、やや切れ長の両の眼は自眼も茶色のなかの黒い│
│瞳も、とくに変っているとは思えない。                  │
│「こんなにまっすぐ、女性の眼を見たのは初めてだ」            │
│「で、どうなの?」                           │
│ そうきかれても、眼の医者でもない久我には答えようがない。       │
│「別に、なんでもないよ」                        │
│ 梓はあきらめたように着物の前を合わせ、帯を締めはじめる。       │
│ 和服の女性が帯を解く姿は艶めかしいが、着物を着けていく姿を眺めるのも悪│
│くはない。とくに梓のように着馴れている女性が、肌襦袢から着物まで、数本の│
│紐で整えていくさまは、見ていて一種の芸術品のようでもある。       │
└────────────────────────────────────┘

 情事。そう、事件は情事そのものです。テーマは男と女の関係。まるで自然体で描
いたようなファーストシーン。でもそれでいいんです。男と女の事がこの小説の狙い
ですものね。それだけなので。
 たんに一面的な視点で女性を描いているようにみえるでしょうが、男の視線に取り
込まれない違和感が微妙に漂っています。

      「渡辺淳一文学館」
         http://www.elleair.co.jp/watanabe/


           --------------------------------


 たいていの小説は、リアリティある描写から始めます。でも、ここに「この話をど
こから始めるか」と書いた小説があります。
 井上ひさし「「吉里吉里人」(新潮社 1981)です。

┌────────────────────────────────────┐
│ この、奇妙な、しかし考えようによってはこの上もなく真面目な、だが照明の│
│当て具合ひとつでは信じられないほど滑稽な、また見方を変えれば呆気ないぐら│
│い他愛のない、それでいて心ある人びとにはすこぶる含蓄に富んだ、その半面こ│
│の国の権力を握るお偉方やその取巻き連中には無性に腹立たしい、一方常に材料│
│不足を託つテレビや新開や週刊誌にとってははなはだお誂え向きの、したがって│
│高みの見物席の弥次馬諸公にははらはらどきどきわくわくの、にもかかわらず法│
│律学者や言語学者にはいらいらくよくよストレスノイローゼの原困になったこの│
│事件を語り起すにあたって、いったいどこから書き始めたらよいのかと、記録係│
│はだいぶ迷い、かなり頭を痛め、ない智恵をずいぶん絞った。        │
│ たとえばこの事件を天平二十一年(749)の奈良東大寺大仏造顕から始めても │
│よい。            ―― 略 ――              │
│                                    │
│ またこの記録の冒頭を、明治天皇臨幸のもとに挙行された駒場農学校の開校式│
│当日、すなわち明治十一年(1878)一月二十四日の朝野の描写に割いてもだれか│
│らも咎められはしないだろう。 ―― 略 ――              │
│                                    │
│ 農政といえば、この事件を昭和三十五年から書きはじめる手もある。    │
│               ―― 略 ――              │
│                                    │
│ もしくはこの事件をアメリカの作家ヘミングウェイの実弟であるレスリー・ヘ│
│ミングウェイの独立宣言から語り始めるのもおもしろいだろう。       │
│               ―― 略 ――              │
│                                    │
│ さらにこの事件を昭和四十七年の田中角栄元首相の中国訪問から記すのも一法│
│である。           ―― 略 ――              │
│                                    │
│ そしてあるいは事件の出発点を昭和四十八年末の石油危機と定めても差し支え│
│ない。            ―― 略 ――              │
│                                    │
│ いっそのこと、思い切ってセンセーショナルにあの埼玉県所沢市の富士見産婦│
│人科病院の乱診乱療事件から始めようか。                 │
│               ―― 略 ――              │
│                                    │
│ しかし、          ―― 略 ――              │
└────────────────────────────────────┘

 すごい。まったく「物語にこれから入るぞ」っていう宣言みたいなものです。
 物語では現実へのリアリティよりも話者の主体性のほうが強いのです。こういう語
り方で物語の世界にぐいぐい引き込まれていく。最高におもしろいですよ。


 「こだまの(新)世界」から『吉里吉里人』
    http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/~kodama/literature/kirikiri.html

    「井上ひさし作品のページ」
        http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntinouye.html





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 長くなったので今回はここまでで。
 読者を効果的に惹きつけるファーストシーンを描いた小説は、もっともっとあるで
しょう。「ファーストシーンが決まれば小説は書ける」といわれているほどです。
 もっと勉強しなければ――

 次号のテーマは「内的な意識の描写」です。
 では、また。

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      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
      メルマガ配達人    SAO  ヾ(^^ )
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2001年9月16日                        〈毎日曜日発行〉
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│86号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
            ┏━━━━━━━━━━┓
              内的な意識の描写 
            ┗━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。
 ぼくは前号の発行前から大分県にいます。久しぶりの仕事。お金がないと生きてい
けないので稼ぐために――でもこんな社会は嫌だな、いつか人がなんの縛りもなく生
きていけたらね。夢物語の甘ちゃんかも――いつか紙幣の物神性を廃止する賢明な社
会になることを祈っています。

 どうも……
 難しいタイトルをつけちゃったけど、登場人物の意識が自分の内部に向かっている
状態だと思って下さい。
 村上龍はこの技術をよく使います。

           --------------------------------

    1) 「意識の流れ」という手法。そこでは句点、読点が無視され
       たりします。登場人物の内面のモノローグの中に入り込んで
       しまうと、時間や場所や他人動作などの客観的に外側から見
       る法則が成立しなくなる。

    2) 地の文の中に会話を埋め込む。語りの文章の中に話す言葉が
       埋め込まれる。会話の独立性が否定されることによって、登
       場人物の意識の中に取り込まれた外界が表現される。


           --------------------------------

 村上龍「フィジーの小人」(角川書店 1993)P72
┌────────────────────────────────────┐
│ 私はこれほど多量で濃い精液を嚥下すれば妊娠するのではないかと考えてしま│
│った。それはまったく奇妙で恐ろしい思いだった。舌や歯茎の裏や喉や食道や胃│
│や腸に私の胎児が住みついてしまうのではないかという妄想が生じた。無数の、│
│同じ顔形の小さな私が、少しずつトイレで排泄される、彼らは便器の水で溺れ、│
│流さないでくれ、と私に訴える、そして、便器の内側を必死の形相で上がってく│
│る、その中の一人がついに便器の縁に手をかける、私は恐怖のため叫び声をあげ│
│ながらフラッシュレバーを押す、小さな小さな悲鳴と共に私の胎児共は流れてい│
│く………………女のストッキングとハイヒールについた私自身の液体を舐めさせ│
│られている間、そのような情景がはっきりと浮かんできた。だから私は舐め終わ│
│ったのに気付かず、いつまでも舌を這わせていて、バカ野郎、という怒声と共に│
│女から顎を蹴られた。私は後ろ向きに倒れた。蹴られた拍子に強く舌を噛んでし│
│まい、血がしばらく止まらなかった。首に巻きついた革ベルトを引っぱって私を│
│起こしながら、女は、口の中の血も全部飲んでしまうようにと命令した。胃がピ│
│ンク色に染まってしまっただろう、だけどこれで妊娠の危険はなくなったかも知│
│れない、赤い血と共に卵細胞は流れ去るものだ……………などと混乱しきった私│
│に女は再び射精して見せろと命じた。                   │
└────────────────────────────────────┘

 なかなかすさまじい描写ですね。私は縛られ自分の精液を飲まされる。ここでは、
自分が女性になってしまうという恐怖が、グロテスクなイメージで語られています、
便器に流される胎児という妄想によって。視点は内面と外界を行ったり来たりしてい
ます。


         同P192
┌────────────────────────────────────┐
│「そんな話いいよ、小便しないか?」                   │
│ あたし男に、不浄の血のかたまりを作ってしまう男に尊敬の気持ちを抱いたの│
│は初めてでした、その立派な男があたしの肩をそっと掴んで、キミキレイだよと│
│言った時にあたしのおまんこ溝をソーダ水のように泡立った分泌液がシュワシュ│
│ワシュワと流れて、もうこの男と結婚するしかないんだと思ってしまいました、│
│前歯に金を埋めている賞持ちの教師の舌にあたしは舌をからませました、   │
│「下らない話は止めろ」                         │
│ ウジムシウオは告白の霊にとりつかれた。こうなると魂は霊界をさまよってい│
│るので自分の意志では告自の病から逃れることができないのだ。初めてのキスは│
│キスキスキスはもう甘くて甘くて甘くてよく憶えています、からだがブルブルと│
│震えだしてソーダ水があとからあとからあふれてきて木綿のパンティーがしぼれ│
│るくらいにぐっしよりになっておしっこじゃないかと思ったけど匂いが違ったの│
│でおしっこではないのだとわかりました、……私はウジムシウオに勝手に喋らせ│
│ておいて居間に行きモンブランの赤いインクとモンブランのペン先を持ってまた│
│バスルームに戻ってきた。ウジムシウオの告自はまだ続いている。理科の教師は│
│あたしの目が異様に潤んでいるのに気付いて慌てました、あたしから遠ざかろう│
│としました、逃がすものか、あんたの不浄な血のかたまりを作るかたまりをドロ│
│ドロに溶けるくらいしゃぶりつくすまではもうあたしはどんなことがあってもた│
│とえ地震とか第三次世界大戦とか突然の氷河期とかそんなものあるはずないけど│
│もしあったとしても死なないわ、絶対にソーダ水にあふれたおまんこ溝にあんた│
│のかたまりを入れてやるわってあたしは……                │
│「そんな下らない話は止めろって言ってるだろう?」            │
│ 私は、そう言ってたっぶりとモンブランの赤インクを吸わせたモンブランのペ│
│ン先をウジムシウオの二の腕のツベルクリン反応用の皮膚に突き刺した。ギャイ│
│ーンという宇宙船の扉の開閉時に似た金属音の悲鳴が陰毛と頭髪だらけのバスル│
│ームに響き、ウジムシウオはパシャパシャと暴れた。あまりに暴れるので、私は│
│七発目のバスタオルショットをお尻に打ちつけなくてはならなかった。一発だけ│
│ではだめで続けて三発打った。三発目がおまんこ溝に当たりやっとウジムシウオ│
│は大人しくなった。ひじの裏側の、ツベルクリン反応用の皮膚に赤いきれいな染│
│みができた。染みの形は数字に似ていた。私は、心が躍った。ウジムシウオが本│
│物の収容所用奴隷に似てきたからである。ウジムシウオは、痩せていて、無毛で│
│、全裸だった。足りないのは腕のイレズミだけだったわけだ。        │
│「そうだ、お前にイレズミをする」                    │
│ ウジムシウオは肩で息をしながら頷いた。                │
│「何番がいい?」                            │
│ 何番ってどういうこと?                        │
│「アウシュビッツみたいにやるんだよ」                  │
│ ガス室はいやよ、                           │
│「小便を飲ませるだけだ」                        │
│ 罰なのね?                              │
│「そうだ」                               │
└────────────────────────────────────┘

 ここでは私がSMプレイの主導権を握っています。ウジムシウオと名付けられてい
る女性の告白が地の文に埋め込まれています。告白が終わると普通の会話シーンにな
っています。

 じつは、ぼくは村上龍が好きではないんです。常に一面的なイメージしか描かない。
人間の関係をすべてSM的イメージにしてしまう。それでも取りあげたのは売れてい
るからです。それに実験的手法を使うところに作家の気概を感じるから。

           --------------------------------

 村上はこういう細部の情景描写をすることもできるし、うまい。

(シーンの途中から引用)      「タナトス」(集英社 2001)P202
┌────────────────────────────────────┐
│部屋には風が入ってこない。ろうそくの炎は白熱した金属のようにまったく揺ら│
│ぐことがない。昼間暖められた石造りの建物からゆっくりと熱が逃げていく、オ│
│ールドハバナの夏の夜。昼間の直射日光は太陽から殴られるような暴力的なもの│
│だが、夜の家の中の熱気は細かい粒子としてからだに染み入ってくる感じがする│
│。石の壁や天井や床から内側に向かって熱が逃げ出し、絨毯や壁紙やシャンデリ│
│アのガラス玉を伝って空気中に漂う。夕暮れにハバナの街に入り、夜になったこ│
│とにおれは気づかなかった。カルドーソの音楽の話を聞き、どろりとした濃いマ│
│ンゴージュースを飲んでいる間に夜になった。キユーバで夜を迎える度に、子ど│
│もの頃に読んだ童話を思い出す。その絵本の中で、夜は生き物だった。太陽がい│
│なくなると夜は小さな点となって東の空に現れるがそのときは誰も気づかない。│
│やがて太陽が残した光を養分として取り込みながら成長していく。夕暮れのオレ│
│ンジやピンクの光を食べて、あらゆるものの隙間に夜は浸透していく。その過程│
│はあまりにも美しいので、ただ目を奪われるだけで、誰も夜の成長に気づかない│
│。灯りを点けてみて夜が充満しているのが初めてわかる。夜は人工の灯りを食べ│
│ることはできないが、街や海や建物や家のすみずみまでを影で被い、人間の心に│
│忍び込んで、食べた光をそこで排泄する。排泄された光は成分がまったく違うも│
│のになっている。それはすでに腐ってしまった光だ。心は腐った光で満ち、そこ│
│で初めて人間は恐怖というものに出会った。そういう童話だった。石造りの建物│
│から染み出て部屋に漂う熱気が、夜の存在を示している。カルドーソの額から汗│
│が垂れていて、おれはすでにシャツをべっとり濡らしている。女優は汗を掻いて│
│いない。                                │
│「エレグアはあなたの部屋の中を見渡して、何かが壊れているということを言っ│
│ている、何か壊れているものがあるかね?」                │
└────────────────────────────────────┘

 外界を眺めていた意識は内部へと下りて行き、子どもの頃に読んだ童話を思い出し
ます。そしてまた外界へ戻ってくる。


             「龍声感冒」
                http://www.ryu-disease.com/
             「寂しい国の村上龍」
                http://www.remus.dti.ne.jp/~kumyo/ryu/

           --------------------------------



 辻仁成も実験的な手法を取り入れる作家です。

┌────────────────────────────────────┐
│ そんなー十字路へ同けて僕は腹の底からおもいっきり唾を吐いた。僕の唾は風│
│に流されつつも、弧を描きながら地上を日指した。キラキラと光りを受け、時間│
│という尺度の亀裂に落下していった。投下された原子爆弾は、一瞬視界から消え│
│、数秒後ケシの実ほどの閃光を放つ。閃光は一瞬に天を二つに割り、地軸をつき│
│抜けた。グンという大地がゆがむ音が走り、放射状の爆風が広がった。ゆっくり│
│と大地が円を描き、あらゆるものがエネルギーの流れに飲み込まれていく。人間│
│の魂は擂り粉木でつぶされ、雷雲の粒子に併合されていく。巨大な放射状は、じ│
│ょじょにせり上がり、その下から人問の灰汁を飲み込んだ巨大なきのこ雲が姿を│
│現わした。それはしだいに勢力を増し、雲をつき抜け、宇宙の神と合体する。 │
└────────────────────────────────────┘
                       「クラウディ」(集英社文庫)
 唾を吐くという行為が原子爆弾になぞられています。

┌────────────────────────────────────┐
│ 僕は自分が何故それらを見ているのか考えてみるまでもなく予想さえせずただ│
│そこにいてそれがそれであるという事実を運命論者のように煮え切らない態度の│
│仕打ちの果てに観察しながらさながらそれの一番の理解者であるかのごとく振舞│
│い愚の骨頂極まりない実存的な人類の業を訴えしかしそれを言葉にすることもな│
│く理性とは会話主義者達への反発であるととことん信じそして諂うことなく追視│
│することなくただそこにいてそれを感じ一体化し重力に逆らわず慣性に従い自分│
│を殺さない程度にバラバラにして放り投げて時々抱えられない感情の意志にまか│
│せ宇宙の創世に思いをはせ……                      │
│              ―― 略 ――               │
│そしてありとあらゆるエネルギーが蠢き回転し永遠に繰り返されるこの宇宙の成│
│長の一瞬を見た。                            │
└────────────────────────────────────┘
                       「カイのおもちゃ箱」集英社
 ようするに、自分が神のようになっているのでしょう。


 ぼくは余りにも大げさな文学的表現に対しては嫌悪感を覚えます。いちおう例とし
て引用しましたが村上龍と違う意味で、辻仁成は嫌いです。まっ、これは好き嫌いと
いうことで(ファンの方、すみません)

          「辻仁成公式サイト」
                http://www.j-tsuji-h.com/

           --------------------------------


 違う作家から――

          「スタバトマーテル」近藤史恵(中央公論社 1996)P7
┌────────────────────────────────────┐
│ ……                                 │
│ でもさ、聞いたことない?                       │
│ なに?                                │
│ うわさなんだけどぉ。先輩が言ってたのよ。あたしほほんとかどうか、知らな│
│いわよ。                                │
│ なによ、教えてよ。                          │
│ あの先生を好きになると、やばいんだって。               │
│ やばい?                               │
│ なんか、数年前に、先生にすっごく熱上げた女子学生がいてさ、ほとんど追っ│
│かけ状態? 電話かけたり、家の前で待ってたり、もう、すごかったらしいのよ│
│。その子がさ、急に学校こなくなったんだって。そんで、不思議に思った人たち│
│が調べたら……。                            │
│ どうなったの?                            │
│ 精神に異常をきたして、精神病院に入院してたんだって。         │
│ うっそ〜っ、偶然じゃないの。                     │
│ それだけじゃないのよ。先生と仲が良かった独身の女の先生がね、交通事故で│
│死んじゃったこともあったんだって。                   │
│ え〜っ、うそうそぉ。                         │
│ 先生の特講受けるって言ったら、先輩がね。あの先生にだけほ惚れるなよって│
│……。                                 │
│ こわ〜い。でもでもぉ、ちょっと危険な男って感じぃ?          │
│ 言えてる言えてるぅ。それでぇ、あと副手の女の人がさぁ。        │
│ きゃっ、まだあるの〜。                        │
│「そこ、私語は控えて!」                        │
│ わ、見つかっちゃった。                        │
│ 怒られちゃったね。                          │
└────────────────────────────────────┘
 この引用した部分の前からずっとわたしと友だちの会話が続いているのです。
 意識のレベルが自分たちの会話している範囲にとどまっている。それに注意が集中
しているといっていいかもしれない。そこへ、意識レベルの外の会話だけが「」付で
示されます。ここで外の現実が割り込んでくるんですね。
 
      「むくいぬ屋本舗」
           http://member.nifty.ne.jp/fumie-k/


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 内部に向かう意識の描写をいろいろと見てきました。
 でも、いえることは、あざとくなると逆効果だということです。何事も中庸がいち
ばんいい。

 次回は「様々な心理描写」をピックアップしてみます。
 では、また。

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2001年9月23日                        〈毎日曜日発行〉
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   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│87号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
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 こんにちは。
 9月16日発行の86号は11日以前に書いて仕事先の大分県で予約配信したものなので、
アメリカへの同時多発テロへの言及は出来ませんでした。
 テロで犠牲となった多くのかたのご冥福をお祈りしています。
 残された家族のかたがたも大きな力によって癒されますように。

 2週間近くたってアメリカは戦争の道を突き進んでいます。
 戦争には絶対に反対です。
 どんな戦争もテロも「正義」という大義名分の名のもとに始められます。そしてよ
り大きな不幸を作り出します。根本的な解決にならない。大義名分を振りかざすもの
に対しては、ほんとうにそうなのか疑ったほうがいい。決定を下すのはいつも力のあ
る側で、巻き込まれ犠牲になるのは彼らに顧みられることのない人たち、見棄てられ
た弱者だから――
 ぼくたちの生きている世界は、そういう彼らのいう法則だけで成り立っているわけ
ではないはずなのです。
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 いつも通りにメルマガを――
┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
            ┏━━━━━━━━━━━┓
             心理描写するタイミング
            ┗━━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。

 小説は「行動」と「会話」と「心理」の描写だ、それだけだとおもいます。
 場面転換や小説に流れる時間や構成などはそれをサポートする技術に過ぎない。で
もそれが重要なんですが。おもしろさはいかに構成するか、どんな視点で表現するか、
にかかっている。

 心理描写。心理をいかに描くのかは作家それぞれの力量ですから、この号では心理
描写を入れるこつ、タイミングに的を絞って書きます。


          ----------------------------------
           会話のあいだに心理描写を入れる
          ----------------------------------

「かりそめ」渡辺淳一(新潮社 1999)P8
┌────────────────────────────────────┐
│「パリ祭の日に、これを着てレカン″に行きました」           │
│ 梓は銀座にあるレストランの名を告げる。                │
│ そういわれると、そんな気がしてくるから、梓のほうが正しそうである。  │
│「あなたは、わたしとのことはすぐ忘れてしまうわ」            │
│「そんなことはない」                          │
│ 行き先はともかく、着物の柄までいちいち覚えているのは難しい。     │
│「夏の着物は寿命が短いから、可哀相でしょう」              │
│ 夏の絽や紗は七月と八月しか着られないことを、いっているようである。  │
│「じゃあ、もう一度それを着て、花火でも見に行こうか」          │
│「こんなお婆さんと一緒でも、いいのですか」               │
│ 樺はときどき、そんな自虐的なことをいうが、まだ四十五歳で小柄なせいか、│
│年齢より五つ六つは若く見える。そのあたりのことは梓も知っているはずだから│
│、お婆さんには間があるのを承知でいっているのである。          │
│「お爺さんとでもいいのかね」                      │
│ 梓に合わせて久我もいうが、五十を二つ越えた年齢では、久我のほうがお爺さ│
│んに近そうである。                           │
│「でも、花火は嫌いじゃなかったのですか」                │
│「そう、いったかもしれない」                      │
│「もの思わせぶりで、嫌だといったわ」                  │
│ たしかに、夏の夜空に大輪の花を咲かせる花火は見ていて美しいが、次の瞬間│
│、たちまち長く細く光の尾を引いて消えていく。その華やかで儚なすぎるところ│
│が、かえってさまざまなことを想いおこさせ、ときに鬱陶しいとも思う。   │
│「すごく嫌い、というわけでもないんだが……」              │
│「じゃあ、好きなのですか」                       │
│「あまり好きではないけど、心配で目を離せない」             │
│「あなたらしい、いいかただわ」                     │
│ 梓は苦笑すると、テーブルの上にあったブランデイグラスを手にする。   │
│「もう、飲みませんね、片付けますよ」                  │
│ 梓は着物の袖を軽くあげて、二つのグラスをキッチンヘ運ぶ。       │
│ そのうしろ姿を見ながち、久我は情事の前、梓にプランデイを無理強いしたこ│
│とを思い出す。                             │
│ それも接吻をすると見せかけて、口うつしにプランデイを注ぎこんだのである│
│。                                   │
│ 慌てた梓は軽く咳きこんだが、じき飲みこみ、それから躯が火照るといって息│
│を荒げた。                               │
│ それが原困か否かはともかく、今夜の梓がいつもより乱れたことはたしかであ│
│る。                                  │
│ そんなことを思い返していると、梓が腕時計を見てつぶやく。       │
│「大変、もう十時だわ」                         │
└────────────────────────────────────┘

 以前にファーストシーンを引用したことがあります。これはその続きです。
 梓の発言に触発されて、久我は思いに耽る。

 誰かの発言の後に、登場人物のそれに対しての思い、心理を描写するというのは、
小説を書くときの基本的な技術なわけです。

          --------------------------------


「かりそめ」は三人称の小説ですがほとんど久我の一人称的視点から描いています。

 では、もっと三人称らしい小説――物語る話者の視点が強かったら……
「月のしずく」浅田次郎(文藝春秋 1997)P17

┌────────────────────────────────────┐
│ 女は溜息をつきながら、ハンドバッグのロ金を開いて辰夫に向けた。バッグか│
│ら 立ち昇る女の匂いが酔い醒めの胸を穿った。              │
│「変な人。あげるって言ってるのに」                   │
│「だからァ、それじゃおもらいだろうって。銭ってのは汗水流していただくもん│
│で、くれるからもらうってもんじゃねえだろ――それにしても、ひでえ野郎だな│
│。女たたいて、銭ぶん投げて、頭ひえたら電話しろだァ? やめとけよ、ねえさ│
│ん。あんなもん、ろくな男じゃねえぞ」                  │
│ 女はふしぎそうな顔をした。紅い唇を少し開けて大きな瞳を見開き、まるで未│
│知の獣でも見るように、しばらく辰夫を見つめた。             │
│「そんなの、言われなくたってわかってるわ。あなた、見てたの?」     │
│「見てたって、好きこのんで見てたわけじゃねえよ」            │
│「だったら、助けてくれりゃよかったのに。あんなやつ、ポコボコにしてくれれ│
│ばよかったのに」                            │
│ 吐き棄てるように言いながら、女の瞳がみるみる潤んだ。どうしよう。立ち去│
│ることもできず、慰めの言葉も思いつかず、辰夫は棒のようにつっ立ったまま、│
│女の頬に涙の伝うさまを見ていた。                    │
│「足、大丈夫か。あれれ、顔も腫れてきた。冷やさねえと、青タンになっちまう│
│ぞ」                                  │
│ 女がどこの誰で、どうして自分の前にいるのか、そんなことはどうでもよかっ│
│た。何とかしてやらなくてはと、辰夫は思った。              │
│「あのさ、ねえさん。俺、四十三の辰です」                │
│ いったい何を言っているのだろうと我ながら怪しむそばから、辰夫は懸命に言│
│葉を並べていた。                            │
│「だからさ、ねえさんとはたぶん十五も二十もちがうしね、それに俺、そこのコ│
│ンビナートの荷役だし、つまりその、変な気持なんてぜんぜんねえからよ」  │
│ 本心だった。どうすればこの気の毒な女を家まで連れて行って、怪我の手当を│
│してやれるのだろうと、辰夫はそればかり考えていた。           │
│「チョンガーだけど、女に不自由してるわけでもねえし。それよりか、ここいら│
│は埋立地だから土が悪くって、破傷風があるんだ。本当だよ、嘘じゃねえよ。消│
│毒して顔ひやしたら、電話で車呼ぶから。悪いこと言わねえ、ほら」     │
│ 辰夫は言うことだけ言うと、くるりと背を向けて屈んだ。         │
│「じきそこなんだ。チョンガーだから誰にも気をつかわなくていいし。ほら、お│
│ぷってってやる」                            │
└────────────────────────────────────┘
       「浅田次郎の書庫」
 http://plaza25.mbn.or.jp/~ryoutan/japanese_authors/asada_jiro/asada1.html
       「浅田次郎の本」
      http://www2s.biglobe.ne.jp/~nakada-e/book.d.asada.htm

          --------------------------------

 この会話の後に心理を語るというのは、登場人物が一人でも出来るんです。

「ヤンのいた島」沢村凜(新潮社・第10回ファンタジーノベル大賞優秀賞 1998)
┌────────────────────────────────────┐
│ 瞳子は、ウミスズメの生態調査にいったときのことを思い出していた。   │
│「肝心なのは、あせらないこと。だいじょうぶ。時間はたっぷりある」    │
│ カイヤ博士がふと目をさまして、瞳子がいないことに気づいたらどうしよう、│
│と少し気がかりだったが、それはもう、運命にまかせるしかない。いま、うっか│
│り音をたてたりしたら、ウミスズメがいっせいに飛び立ってしまうわけではない│
│。いきなり銃で撃たれるかもしれないのだ。相手は兵士だ。それも、実戦経験の│
│ない訓練生などではない。ゲリラ戦の最中の兵士なのだ。          │
└────────────────────────────────────┘

          --------------------------------

            --------------------
             モノローグに似て
            --------------------

 同 P114。瞳子が恋愛を意識するシーン。
 自分に問いかけ、内部へと降りていく心理描写というのは、どういう場所にもあり
ます。行動からでも、記憶からでも、もちろん会話からでも、それは生まれてきます。
モノローグに似てきますね。

┌────────────────────────────────────┐
│「タタナって、誰?」                          │
│「タタナは、ほくのパートナーだ」                    │
│ パートナー。                             │
│ 瞳子は、背中と両手で、よりかかっていた木をしっかりとおさえた。膝に力が│
│はいらない。そうしていないと、立っていられなかった。          │
│ ――ヤンのパートナー。そう、そういう人がいたんだ。          │
│ 瞳子は目をつむった。夜の甘く湿った空気を、肺いっぱいに吸い込んだ。  │
│「もう、寝るわ。おやすみなさい」                    │
│ 瞳子はヤンのそばをはなれた。ヤンは何もいわなかった。         │
│ ――タタナ。ヤンのパートナー。                    │
│ 瞳子は頭のなかで、何度もつぶやいた。                 │
│ それがどうしたというのだ。そんな人がいても、何の不思議もない。もしかし│
│たら、子どもだっているかもしれない。いて当然だ。            │
│ どうして、そんなことが、こんなに気になるのか。            │
│ 瞳子は足をとめた。                          │
│ ――私は、ヤンを好きになっていたのだろうか。             │
│ ばかげていると思う。ここは戦場で、瞳子はゲリラに捕まっている状況だ。恋│
│だの愛だのどころではない。人が死に、殺し、殺されている。        │
│ でも、ヤンにはタタナがいる。瞳子はただの、通りすがりの外国人だ。たぶん│
│、こうして比較するのもおかしいほど、瞳子はヤンにとって、なんでもない存在│
│なのだ。意味があるとしても、戦略的なものでしかない、彼らとは違う種族の人│
│間。異邦人。                              │
│ 小屋にもどって横になっても、瞳子の動揺はおさまらなかった。十年間の夢だ│
│ったダンボハナアルキのことでではなく、内戦のことででもなく、こんな個人的│
│な感情で動揺する自分を嫌悪した。それでも、肋骨の奥に鋭利な刃物があたった│
│ような痛みはかわらない。                        │
│ ――これは、ストックホルム症候群かもしれない。人質にされた人間が、自分│
│たちを監禁している犯人に村して好意を砲いてしまうという、あれなのだ。私は│
│ヤンに生殺与奪の権をにぎられているから、好意をよせるという、心理学的に説│
│明のつく反応をおこしているにすぎないのだ。               │
│ そう考えても、ヤンの口にした「パートナー」ということばを思い出すと、涙│
│があふれそうになった。それを無理におさえると、今度は鳴咽が喉をついてでそ│
│うになる。                               │
│ 瞳子は声をおしころして泣いた。                    │
└────────────────────────────────────┘
  「沢村凜」
    http://www.asahi-net.or.jp/~FG4H-KTGR/book/author/sawamura.html



            --------------------
              風景に触れて
            --------------------
「かりそめ」渡辺淳一(新潮社 1999)P134
┌────────────────────────────────────┐
│ 部屋は長い廊下の突き当りで二面に窓があり、ベランダもL字型につながって│
│いる。                                 │
│ その中程に立つと、正面に松を中心とした森が黒々と立ちふさがり、左手はゆ│
│るやかなゴルフ場の斜面が広がっている。                 │
│ 深夜の大気は冷えきって月光も蒼ざめ、その光りの下で枯れ草の傾斜が霜にお│
│おわれたように自く浮き出ている。                    │
│ 久我はふと、夕方に見た外輪山のなかの荒涼とした草千里を息い出し、そこに│
│も同じ月の光りが射している図を想像した。                │
│ 突然、眼前の黒い森の中から、きくきくという低い啼き声がきこえ、それがや│
│むと太古のような静寂が訪れ、蒼ざめた月光は冷気のなかで一段と冴えてくる。│
│ 久我は浴衣の襟を合わせ、身を縮めながら、改めていま、月のすさまじさを感│
│じる。                                 │
│ それも「冷まじさ」よりは「凄まじさ」のほうが似つかわしい。      │
│ 月の光はきりきりと刺すように大地に注ぎ、その光に映し出された枯草の斜面│
│には、荒涼とした寂しさが広がっている。                 │
│ なにか、生きとし生けるもの、すべて身をひそめて月の下にひれ伏しているよ│
│うな、冷ややかさと凄みがある。                     │
│ 寄せてくる冷気に、久我は部屋の中に戻ろうと思いながら、月の光に留められ│
│たように動けず、凄涼感のなかに立ちつくすうちに、ふと梓のことを思い出す。│
│ いまごろ、どうしているのか……。                   │
│ こちらへ来ることは梓にも告げ、「もしよかったら、一緒に行かないか」と誘│
│ったが、梓は「都合がつかないので……」といって断った。         │
│ 人妻だから、そんなに自由がきくわけはない。              │
│ そのときは納得したが、未練を残したことはたしかである。        │
│ だがいま、すさまじいほどの月を見るうちに、連れてこなくてよかったような│
│気もしてくる。                             │
│ なぜという確たる理由はないが、この荒涼たるすさまじさは、梓の心と体を深│
│く傷つけそうである。                          │
│ 考えてみると、「凄まじ」という言菓は、久我をはじめ、梓にも通じているよ│
│うに思われる。                             │
│ たとえば愛することに「凄まじ」という形容詞は不自然かもしれないが、この│
│数年、二人は凄まじく愛してきたような気がしている。           │
│ はたでは俗に、浮気とか不倫という、手垢のついた言菓で一緒くたにされそう│
│だが、二人のあいだはそれを越えて、凄まじとでもいうよりない、厳しさと激し│
│さがあった。                              │
│ それは周囲の人々には到底わかりようがない。愛し合ってきた当事者だけが身│
│に泌みてわかる、凄まじさである。                    │
│ 愛というと、人々は華麓な花園だけを想像するが、そのなかには晩秋の月光に│
│映し出された枯野のように、荒涼とした虚しさも潜んでいる。        │
└────────────────────────────────────┘

 これは久我の目に映った心象風景です。月から触発されて「凄まじい」ものへ想い
を馳せていく。二人の関係は――情事という荒涼とした虚しいものでないのか。
 この部分は風景描写としてもいいのですが、久我の心理を表現しているところでも
あるので、心理描写としました。

 -------------------------------------------------------------------------
 以前に言ったことですが、ぼくはほんとうに渡辺淳一が好きです。読ませるなあ、
とおもう。リアリティのない大人のおとぎ話、娯楽作品と批判されても。
 その読ませるテクニックには学ぶべきことが多いとおもうから。
 -------------------------------------------------------------------------
     「渡辺淳一文学館」
       http://www.elleair.co.jp/watanabe/

     文藝春秋の渡辺淳一作品集の目次です
       http://jsd1.topica.ne.jp/bunshun/zenshu/watanabe.htm


            --------------------
              物から感じる
            --------------------

┌────────────────────────────────────┐
│ 川は何も流れていないのか、水音がしなかった。私は樟の木の下に辿り着いた│
│。                                   │
│ あらためて見直すと、驚くほど大きな木である。ここまで巨木だと、化け物に│
│思える。                                │
│ こいつは何年生きているんだろうか。百年か、いや二百年か……。いつをここ│
│まで生きながらえさせているカは何なのだろうか。長く生きれば生きるほどたと│
│えそれが木だとしても、かかえ込まなければならない厄介が増えているはずであ│
│る。私は樟の木の前に立っていることが苦痛になった。           │
│ その時どこからか乾いた音が二度聞こえた。               │
└────────────────────────────────────┘
                 伊集院静「でく」(文藝春秋 1996)P14

  「対談 黒田征太郎氏&伊集院静氏」
     http://hana.wwonekorea.com/hist/10th94/tai-kuroS_ijuinS.html
  「伊集院静」
     http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/2968/rbIjuin.htm
         --------------------------------

 どんなに小さなことからでも人間の心理は立ち上がってくる。人は感情の海を漂っ
ているから。――ふとしたことから。

   村山由佳「翼」(集英社 1997)P36
┌────────────────────────────────────┐
│ 冷たさにふと顔を上げると、風で吹きつけられた噴水のしずくが服の表面をし│
│っとり濡らしていた。                          │
│ 腕時計をのぞいてみる。待ち合わせの時間を十分ほど過ぎていた。首をのばし│
│て見まわしても、ラリーの姿はまだ見えない。               │
│ 今日は彼の授業はないはずだが、何かあったのだろうか? いつものように不│
│安がむくむくとふくれ上がって胃を圧迫し始める。             │
│ まただわ。真冬は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、根拠のない心配を頭から│
│追いはらった。よくない癖だ。ささいなことでも何かあるとすぐ、悪いほうへ悪│
│いほうへと気をまわしてしまう。最悪の事態を想像しておけば、後でそれが現実│
│になった時の落胆やショックを最小限にくい止められるからだ。       │
│ いいかげんに、こんなばかばかしい癖は直さなければいけない。ここは日本で│
│はないのだし、母親の影響力も海を越えてまで届くはずはない。だいいち自分は│
│、もう小さい子供ではないのだから。                   │
│ 真冬の母親は、そう頻繁に手を上げこそしなかったが、そのかわり言葉という│
│凶器で娘を攻撃した。                          │
│「お前って子はなんて根性が悪いんだろう」                │
│「お前は呪われてるんだよ」                       │
│「お前がお父さんを殺したのよ」                     │
│「お前に近づく者はみんな不幸になるんだわ」               │
│「お前なんか産むんじゃなかった」                    │
│ お前は醜い、お前は可愛げがない、お前はグズだ、お前なんかにできるわけが│
│ない、お前がいるせいで私は幸せになれない、お前は災いの種だとあの方もおっ│
│しゃっている、お前は、お前は、お前は……。               │
│ どんなにあそこから逃れたかったことだろう。そして、実際に逃れるのにどれ│
│ほど勇気がいったことだろう。それなのに、まだあの日々の記憶にがんじがらめ│
│に縛られているなんて……。                       │
│「ナンセンスだわ」                           │
│ つい声に出して言ってしまった。きまり悪くなってそっとあたりを見まわして│
│みたが、近くの人々は気にした様子もない。                │
└────────────────────────────────────┘
   「村山由佳のCOFFEE BREAK」
    http://www.shueisha.co.jp/coffee/


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ずいぶん長くなったのでこれで終わりにします。心理描写についてはもっと技術が
あるかもしれない。それに気づいたときにまた書きます。

 次回は「擬人化による描写」です。
 では、また。風邪などひかないようにね。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
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2001年9月30日                        〈毎日曜日発行〉
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│88号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
           「描く」技術を考える Mail Magazine
─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━
┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
         ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
          小説の中から説明的部分を拾ってみると     
         ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
               ○説明の方法
               ○人物紹介
               ○事件の経過
               ○場所
               ○文学的表現
               ○状況・背景
               ○抽象的なもの

      --------------------------------------------------      

 こんにちは。
「朝まで生テレビ・戦争前夜、どうする日本」を見ました。戦争を前提として議論さ
れることが多いけれど、それはそうならざるを得ないのか? はたしてそれがほんと
うにリアルなことなのか。ぼくは違うやり方で生きていたいとおもいました。戦争を
煽る人は自分で武器を持って戦場に立つべきだ。それで初めて語る資格があるはず。
言葉への責任もそこにある。リアリティとはそういうものだろうとおもいます。

 今回は「擬人化による描写」をテーマにしようと予定していたのですが、少しデー
タ不足なので、「説明の仕方」をお送りします。

           --------------------------------

 小説においては、
      ┌─────────┐
      │説明せずに描写する│ことが基本だろうとおもいます。
      └─────────┘

           --------------------------------

1) 説明が必要な場合には、なるべく具体的な描写に置きかえるようにする。
   そのほうが、真に内容が伝わります。

2) つまり、観念的、概念的、常套的な言葉で要約してしまわないようにする。
   地の文で形容詞を使うときは、具体的な内容でイメージできるように描写に置
   き換える。

3) 登場人物の目で語るようにする。

4) センテンスを短くするほうが読者には理解しやすい。。

5) 説明というのは退屈になりやすいので、人物同士の会話の中でするとよい。

6) 物事を説明、要約するときは、まず全体を述べ、細部に進む。

           --------------------------------


 おさらいです。
 50号で、説明的でイメージが全然浮かばない文章として、「駒田信二の小説教室」
野島千恵子著(文藝春秋社 1981)から引用しました。
┌─────────────────────────────────┐
│正子の思春期は、父の破産状態と、母の病弱の日々の中にあった。父の工│
│場は戦災によって焼失し、財産の目ぼしいものはほとんど灰燼に帰してい│
│た。戦後の立ち直りも、腹心の寝返りにあって破産への道がはやまった。│
│母は正子がものごころついた頃から常に胃弱の病身でありながら、気丈な│
│人であった。お人よしでもあった。                 │
└─────────────────────────────────┘
「破産状態」「母の病弱の日々」「財産の目ぼしいもの」「腹心の寝返り」などの言
葉は概念的でイメージが湧かないと指摘しています。「気丈な人」「お人よし」もそ
うでしょう。
   1)概念的な言葉
   2)常套句
   3)観念的な言葉
 でまとめないで、具体的なものに置き換えなければならないのです。こういう表現
があってもいいのですが、具体的な描写が後に出てくるべきなんです。そうすれば、
読者はイメージできる。つまり上の文章は余りにも書き込まれていないのですね。描
写で膨らませていないのです。


           --------------------------------

 ようするに、説明は描写の変種、なのだとおもいます。
   ┌──────┐
   │俯瞰した視点│からの描写だと言ってよいとおもうんです。
   └──────┘

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

┌────┐
│人物紹介│
└────┘

 まず、小説では、人物の紹介、説明が必要なことが、たびたびなので、そんな時の
方法を――

                「ガラスの麒麟」加納朋子(講談社文庫 P36)
┌────────────────────────────────────┐
│「――ねえ、やっぱり幽霊だと思う?」と静香さんはささやくように言った。彼│
│女にはそんなふうに疑間形で会話を始める癖がある。答えられずにいる私に、彼│
│女は軽く首をすくめて見せた。「非現実的なことを言ってると思ってるんでしょ│
│。だけどそうとでも考えなきゃ、ナオちゃんがあんなに変わっちゃった説明がつ│
│かないわよね」                             │
│ 彼女は小宮の奥さんで、私とのつきあいも長い。前日の話に仰天した小宮が、│
│朝から自分の妻を送り届けてよこしたのだ。彼女は山のような食料品と共に現れ│
│るや否や、恐縮するだけの気力もない私を尻目に、まず溜まった洗濯物や洗い物│
│を征服にかかった。それが済むと、やおら直子の部屋のドアを叩いた。    │
│ 小一時間程で出てきた彼女は、私以上に途方に暮れていた。        │
│「信じられる? ナオちゃんたら、煙草なんて吸っているのよ。うちの馬鹿息子│
│じゃあるまいし、どうして煙草なんか……」                │
│「何を吸っていましたか?」                       │
│「キャスターよ。さすがにあまり吸い慣れてるって感じじゃなかったけど」  │
│        ――略――                       │
└────────────────────────────────────┘

「山のような食料品と共に現れ」とか「まず溜まった洗濯物や洗い物を征服にかかっ
た。それが済むと、やおら直子の部屋のドアを叩いた。」のように具体的な人物描写
を交えて紹介すると、リアリティを持ちます。
 テンポを崩さずさらっと説明する。すでに読者にはなじみのあるように感じさせる、
会話のシーンから入ってしまうのもひとつの手法だとおもいます。会話は目の前に展
開されるものとして、イメージしやすいから。

 読者の知らない人物が登場したからといって、一から十まで説明しなければならな
いと考えるのはやめましょう。その人物の特徴ある個性を描写すれば印象に残ります。
 静香さんが主要な登場人物になるなら、他のところでもっと書き込めばいいんです
から。

                  加納朋子ファンサイト「カトレアの泉」
                         http://cattleya.cside1.jp/

           --------------------------------

┌─────┐
│事件の経過│
└─────┘
              「顔に降りかかる雨」桐野夏生(講談社文庫 P358)
┌────────────────────────────────────┐
│ 輝子がいなくなって十日以上たった。私は毎日、新聞を読み、ニュースを欠か│
│さず見て、輝子を待った。だが、輝子は姿を現さない。           │
│ 藤村のことは、翌日の朝刊に小さく載った。「ギヤンプラー、橋から転落死」│
│というタイトルだった。雨の中、大勢の人間の制止を振り切り、欄干を歩いて運│
│河に転落、死亡、とある。だが、レインコートのポケットに、外れ舟券が百五十│
│万円以上入っていたため、警察では事故と自殺の両面から調べている、という簡│
│単な内容だった。                            │
│ 藤村が、一億という大金を盗んだことも、耀子殺しと川添殺しの疑いをかけら│
│れたまま死んだことも、その現場では君島が必死に追いかけていたことも、ゆか│
│りは共犯として上杉に囚われたことも、もちろん当事者しか知らないことだ。 │
│ 輝子が見つかる時も、当事者のみが頷きあうだけで、事故死や自殺と簡単に片│
│付けられてしまうのだろうか……。                    │
│                                    │
│ 私はその日、  ――略――                      │
└────────────────────────────────────┘

 まさに、「説明は具体的にする」という見本みたいなものです。
 事件の経過をまとめ、総括しているのですが、非常に具体的に進んでいるんだ、と
確認できます。主人公の視点から見た現在の状況。読者にこれだけプロットは進行し
ているんだとわからせる。
 ここではミステリーを引用しましたが、このやり方は純文学でも同じでしょう。

                 「桐野夏生公認ファンサイト」
                       http://www.kirino-fan.com/

           --------------------------------

┌──┐
│場所│
└──┘
          「フォー・ディア・ライフ」柴田よしき(講談社 1998)P5
┌────────────────────────────────────┐
│ 新宿二丁目。                             │
│ この街に対する世間一般のイメージは、ここ数年ですっかり固定化されてしま│
│った。                                 │
│ ホモの街。その一言で、興味のない者にとっては、生涯訪れる予定のない地球│
│の裏側の見知らぬ街と同じ程度の意昧しか持たないものになり、逆に興味を抱く│
│者にとっては期待と興奮に満ち溢れるパラダイスの幻想をもたらすものになる。│
│ だが実際にその中に入り込んで住み着いてしまえば、街は街だ。コンビニもあ│
│ればクリーニング屋もあり、そば屋も喫茶店も、ちゃんとある。       │
│ 夜になれば確かに、不夜城のはしくれらしい猥雑なあかりが瞬く風変わりな街│
│に変化する。だが誤解されているようにゲイバーだけが並んでいるわけじゃない│
│。二丁目はもともと青線のあった場所。女を買いに来る男達の街だった。その伝│
│統は、今でもちゃんと残っている。キャバクラ、テレクラにSMクラブまで、ノ│
│ンケの男を遊ばせる店はたくさんある。厚化粧してたどたどしい日本語で話す女│
│性が酒を注いでくれるバーだってある。そして、そんな店で働く女達が、いる。│
│ 女達は様々な故郷、言葉、そして人生を抱えている。その抱えている人生の中│
│には、たまには子供だって、含まれている。                │
│ だからこの街にだって、保育所は必要なのである。            │
│ そしてこの街の、今年で築三十八年のボロビルの二階に、私設保育園『にこに│
│こ園』はある。それが、今の俺にとっては命の次に大切な職場だった。    │
└────────────────────────────────────┘

 これはもう何もいう必要がないです。店。街の由来。女たちが集まってくる――そ
れを具体的な描写で読者に伝えています。
 そしてファーストシーンはこの保育園から始まります。

                   「柴田よしきのホームページ」
                  http://www.ceres.dti.ne.jp/~shibatay/

           --------------------------------

┌─────┐
│文学的表現│
└─────┘

 よくある描き方。「かりそめ」渡辺淳一(新潮社 1999)P189から「二つの冬」
の説明。

┌────────────────────────────────────┐
│ 北陸には、二つの冬があるといわれている。               │
│ 一つはいうまでもなく、ひたすら雪が降り積もり、人々の生活も雪と深く関わ│
│り合っている、いわゆる豪雪地帯の冬である。               │
│ そしていま一つの冬は、日本海の海岸線に近い平野部で、この一帯は冬といっ│
│てもさほど雪は降らず、多くは曇り空の下、雪まじりの風だけが通り過ぎていく│
│。当然のことながら、人々の生活もさほど雪の影響を受けることはなく、むしろ│
│風とともに訪れる寒さだけが問題となる。                 │
│ 実際、新潟県一つを例にとってみても、三国山脈に近い越後湯沢、六日町、塩│
│沢といった豪雪地帯と、雪のほとんど積もらない柏崎、寺泊、新潟といった、日│
│本海に面した地域とは、気象状況はいちじるしく異なる。          │
│ 要するに、新潟には二つの冬があるのである。              │
│ こうした地域の事情を弁まえず、海岸沿いから来た人に、「大雪で大変でしょ│
│う」などと同情的な言葉をかけると、「雪などぜんぜんありません」と素気ない│
│言葉が返ってくる。                           │
│ はっきりいって、この返事をした人も気持ちとしては、北陸とか新潟とかひと│
│まとめにしないで、もう少しきめ細かく見て欲しい、というのが本音であろう。│
└────────────────────────────────────┘

「二つの冬がある」という表現で、「なんだろう」と読者に思わせてから、それの具
体的な説明をする。地理的条件の違いをイメージできるように描いています。
 そこに生活する者の心情を思いやることで、少しの発見をしながら、ストーリーの
展開へと結びつけていきます。


           --------------------------------

┌─────┐
│状況・背景│
└─────┘

 短編集「ベスト・フレンズ」比留間久夫(河出書房新社 1992)の「16の夏」P15
より
┌────────────────────────────────────┐
│ 俊也は16歳のこの夏、アルバイトとボクシング・ジムと週3回の夜間英会話ス│
│クールに通うことに、その時間の大半を費やしていた。同級生の多くは1年半後│
│に差し迫った大学受験を前にして本格的な勉強をはじめているころだったが、俊│
│也には大学なぞどうでもよかった。17歳の誕生日までには――来年の3月までに│
│は外国に行こうと思っていた。どこに行くかはまだ決めてなかった。なるべくな│
│ら危険な、日本人のあまりいない都市に1年間ぐらい行こうと思っていた。知っ│
│ている人間が誰もいないところに一人で行き、自分がどれだけできるか試してみ│
│たかった。                               │
│ 両親にそのことを告げると、彼らはまったく真に受けなかった。また何か変な│
│映画でも観て感化されたのね、という目で見、どうしても行きたいんなら高校を│
│卒業してからにしなさい、と本気にしてない顔で言った。両親には高校を卒業し│
│てからでは遅いということがわからなかった。時は滑るようにからだをすり抜け│
│てゆくのだ。それは足もとにたまり、知らないうちに自分を身動きできなくさせ│
│る。俊也は日々、生きている実感をなし崩しにされていくような焦慮を感じてい│
│た。柔らかなこの世界で自分が知らないうちに去勢されていくような不安を感じ│
│ていた。                                │
└────────────────────────────────────┘

 ここで作者が伝えたいことは、16歳の主人公が外国への憧れを持ちながら両親から
は理解されず、不安と焦りのなかにいることです。
 説明的に要約した文章なら、「アルバイトとボクシング・ジムと週3回の夜間英会
話スクールに通っていた。外国に行くつもりだったが、両親からは理解されず焦りの
うちにあった」と書くでしょう。

 作者はここで主人公の心理を感覚的に描くことと、両親とのちょっとした具体的エ
ピソードを挟むことで、描写を膨らませて、単なる説明的段落に終わらせていません。
状況を描くのはこの後も続けます。だからこそ読者は、主人公に共感したまま、説明
的部分を読み進めることができるのだとおもうのです。

     「YES YES YES」などの作品の感想ページ
         (サイト管理者様、ここにリンクを張ってすみません)
    http://pc6.oonisi-unet.ocn.ne.jp/~inui/honnda/shohyou/hiruma.html

           --------------------------------

┌──────┐
│抽象的なもの│
└──────┘

 登場人物の説明や事件の経過の説明は小説では当たり前のことですが、ここでは、
テーマに関わる概念的なものを説明して、読者に謎を与え、引っ張っていくという部
分を引用してみます。


「二百回忌」笙野頼子(新潮社 1994)から「二百回忌」という奇妙で非日常的なも
のの説明。

P41 
┌────────────────────────────────────┐
│ 実際、みんながなんとなく楽しみにしてしまうような法事だった。二百回忌自│
│体にそんな要素が含まれていた。とりあえず死者が蘇るのを見られる上、法事の│
│間中ありとあらゆる支離滅裂な事も起こるのだという。しきたりを重視する他の│
│法事と異り無礼講が身上の珍しい行事なのだ。だから掟破りの解放感を意識的に│
│求める。本家の人々も命懸けで、出鱈目な事をしなくてはならないらしい。とい│
│っても人殺しや放火をするわけではなく、全てをめでたくし、普段と違う状態に│
│しなくてはならないのだった。もともと、本家のある土地の行事や交際は派手な│
│のだが、二百回忌ともなるとただ単に派手なだけではなくて、常軌を逸する程華│
│やかでなくてはいけないのだった。年寄り達はよく、御蔭参りのようにめでたく│
│する、という言い回しを使った。家を全部叩き壊したり男女の差別をひっくり返│
│した法事もあったらしく、その様子を聞いてみると家父長制の存続どころか、ぶ│
│ち壊しをはかっているとしか思えないのだった。私ばかりではなく親の家にはま│
│ったく寄りつかない他の兄弟姉妹達も、その二百回忌にだけは参加するのである│
│。                                   │
└────────────────────────────────────┘
 さらに、これだけでは不足なので、作者は語り続けます。
P43
┌────────────────────────────────────┐
│ 二百回忌で蘇って来る者や法事に出る者は、別に、血縁だけではない。出席者│
│で言えば出入りの人と呼ばれる元の小作の人達はなぜか殆ど全員が来てくれると│
│いう。普通の法事にでも応援に来てくれるのだが、本家が格式を守らないと批判│
│が来る。近所の人々も参加するらしい。そういう関係者の中で、いわゆる名物だ│
│った人が、死んだ後に二百回忌の最中ふと蘇って姿を表したりする。また地縁だ│
│けで交際のなかった有力者や姻族の遠縁で、生前有名人だった死者が蘇る事も時│
│にはある。主だったものが選ばれて出る、という言い方がある。また、思い出さ│
│えあれば、出て来るのだ、という説もあった。姻族などであれば、本家の法事に│
│度々出席し、生前付き合い続けてきたものはまず生前の姿で現れて来る。が、そ│
│の時には蘇ってくるという言い方をせず、正確には、混じってくる、という表現│
│を使う。混じってくる事は生前義理固く本家に来ていたとか印象が深かったとい│
│う証拠であり名誉な事とされる。                     │
└────────────────────────────────────┘

「二百回忌」というものを、言葉だけではどんなものか読者はイメージできません。
それで具体的に人々の様子を描写して、わかるようにしていく。
 現実に行われる行為と、イメージされた幻想とが混じり合って説明されます。それ
によって読者の頭の中に小説世界のイメージが植え付けられるのです。笙野頼子の小
説は現実と非現実を行ったり来たりするあわいを描こうとするものなので、観念的な
もの抽象的なものをユーモラスに具体化してゆく手法をとるのです。


           --------------------------------

「忘れられた帝国」島田雅彦(毎日新聞社 1995)から、P50、概念的な「帝国」の
説明。

┌────────────────────────────────────┐
│ 何か帝国の住人になると、悟りが開かれるかのように聞こえた。ぽくは「なり│
│たいのはヤマヤマだけど、そのために西伯利亜で苦労するのも嫌だ」といった。│
│帝国の住民のような立派なものになるには、どうせ並み並みならぬ努力とかが必│
│要なんだろうから。しかし、おじいさんはしれっとした顔でいった。     │
│――帝国はいつの間にかおまえの足元にあるんだ。おまえはただそれに気づきさ│
│えすればいい。                             │
│――どうやって気づくのさ?                       │
│――簡単だ。この世の中はものがぎっしり詰まっているけれども、必ず隙間とか│
│あいだってもんがある。国と国のあいだ、海、川と陸地のあいだ、神と人のあい│
│だ、世代と世代のあいだ、歴史と歴史のあいだ、生と死のあいだって具合にな。│
│あいだ″は目には見えにくいが、どの世界もあいだ≠ナ満たされている。帝│
│国はそのあいだ″に挟まっているんだ。                 │
│                                    │
│ ぽくに帝国とかあいだ″という言葉を授けてくれたのは、おじいさんだが、│
│それらが何を意味するかはあまり理屈で考えない方がよさそうだった。それより│
│ぽくは長年、TM川のほとりで、川を管理する仕事を続けてきた経験から、おじ│
│いさんのいわんとしていたことを直観で正しく把握していたと思う。彼が西伯利│
│亜で、黒竜江で発見した世界と、ぽくがTM川や町を流れる水路で幻視していた│
│世界は、同じものではないにせよ、たぶんとても似通ったもののはずだ。どちら│
│も、帝国やあいだ″と名づけるのがふさわしい世界だと思う。逆に帝国やあ│
│いだ″と名づけられたとたん、ぽくが幻視していた世界は突如、弾力のある、色│
│鮮やかで、匂い立つ世界となって、ぽくの目の前に現われる気がした。    │
└────────────────────────────────────┘

 最初の段落では、会話によって「帝国」が説明されます。
 会話を説明部分に持ち込むことで、より読者にわかりやすく、具体的にイメージで
きるようにしています。
 次の段落では、「帝国」を巡る具体的な記憶です。

 説明はこのように具体的であれば「帝国」というわけの分からない観念的なもので
も、主人公の行動を通して読者には納得できるわけです。

 この小説で島田雅彦は「郊外=帝国」をテーマにしました。
 後書きで作者は、「物語の想像力の源はいつも“場所”にある。物語の舞台となる
土地は物語の細部や登場人物たちの宝庫である。物語とはすなわちそうした場所を描
くことひいてはそこに生きることにはからもない」と解説しています。
          
       「Shimada Masahiko Room」
     http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/6565/top.html


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 すっかり長くなってしまいました。でも1回で「説明をどうするか」を終わりたか
ったので……<(_ _)>
 次号を発行する時には秋田で仕事をしています。では、また。

         ┌────────────────┐
         │「オダサク映画祭とシンポジウム」│
         └────────────────┘
 友人の末巻等さんが関わっている「オダサク(織田作之助)映画祭+シンポジウム」
が11月23日(祝日)にクレオおおさか中央ホールで開かれます。織田作之助原作の映
画。小説との描写の違いを発見するのもおもしろいはず。興味のある方、チケットを
買っていただけません? 関西の「ぴあ」でも発売していますが、メールをいただけ
れば友人に回送してチケットをお送りします。「夫婦善哉・還った来た男・わが町」
の三本立てで前売り¥1300円です。詳しいことはこのホームページで。
    http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/8928/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      ★☆彡                        ☆。..*.・'
             ☆ミ 
      メルマガ配達人    SAO  ヾ(^^ )
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2001年10月7日                        〈毎日曜日発行〉
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   ☆彡..*.・'                   ┌──┐
          小┃説┃の┃作┃り┃方┃!┃描写編│89号│
          ━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛   └──┘ ★彡.・'
        悪戦苦闘! おもしろい純文学を書くために――
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┌────────────────────────────────────┐
│ ここではタイトルのテーマにそった描写・語りを、おもしろいと感じた小説か│
│らピックアップしてみます。でもね、それはぼくが偶然手に取った本や目の届く│
│範囲から選んだものなので、まったく、ベストなものじゃありません。    │
│ ぼくなりの基準で選んだものなので間違っていることもあるでしょう。   │
│「あ、こういう読み方もあるのか」ぐらいにみてください。         │
│ それにメルマガの字数制限じゃ紹介し切れません。            │
│                                    │
│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
            ┏━━━━━━━━━━━┓
              小説は、会話シーン
            ┗━━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。
 描写編もあと9号分ぐらい。89、90号と会話のシーンを引用します。
 小説は会話のシーンで出来ているといっても過言ではない、登場人物たちの会話が
うまくかみ合っている小説は読みやすい。だからこれを工夫することが大事。
 
 って、いつも偉そうに言っているけれど、これももうすぐ終わるので我慢してね。

┌────────────────┐
│どこで登場人物たちに会話させるか│
└────────────────┘

 もちろんプロットの流れのなかにシーンはあるんだけど、小説はリズムとかテンポ
とかが命だから、どこで会話させるのかは重要です。

 レストランとか、部屋とかリビングとか――座り込んで話すようなところで会話さ
せるのか? 車とか電車とか背景が動いているところで会話させるのか? 移動のシ
ーンですね。(^_^)
 それによって小説のスピード感が違ってきます。

 登場人物の何らかの動き(作業)が要求されるような場所でのほうがいい。
 人間は会話だけを目的に集まることは滅多にないです、何らかの行動の目的があっ
てそれについて会話が出てくる。
 心理的に変化が起こる、次の動きが出てくるだろうそういう場所がいい。

 もちろん印象的な場所、美しい場所も、読者を惹きつけます。


┌────────────────┐
│会話シーンを読者はどう受け取るか│
└────────────────┘

 小説のテンポをよくするのは会話シーンです。
 登場人物が喋っているのを読者は「現実」の時間と受け取ります。
 それに対して「描写」は小説に流れる時間が遅くなるっていうのは前に言いました
よね。ですから会話と描写でテンポとリズムを作り出すこと。


1) 会話の内容で登場人物の心理的な変化や、新しい感情を作り出し、
2) 人物の視線や動作によって流れる時間をリズムカルにすること。

        基本的なことはこれです。

        そして大事なことは、
      ┌────────────────────────┐
      │ストーリーに必要になる説明(読者に与える情報)や│
      │    人間関係は会話でわからせること。    │
      └────────────────────────┘

 まっ、こんなことは当たり前のことで、これがうまいか下手かによって小説の読み
やすさが違ってきます。

 会話だけでも小説は成り立つんだということを、自分への自戒として言っておきた
いとおもいます。


           --------------------------------

  ┌───────────────────────────────┐
  │作者は、登場人物たちが演技する舞台の演出家であり、舞台監督です│
  └───────────────────────────────┘

 なんかセリフが自然じゃないな、不自然だなとおもったら、自分で登場人物に変わ
り演じてみればおかしいところがわかるとおもいます。

  -------------------------------------------------------------------------

 では、印象に残った会話シーンの引用を。


「東京シック・ブルース」芦原すなお(集英社 1996)P10
┌────────────────────────────────────┐
│ やがて表でピーと警笛が鳴った。仕出し「魚いけ」が料理を運んできたのであ│
│る。                                  │
│「おお、大分髪が伸びたな、ヨーチン」と、ゴム長を履いた池島が、料理の入っ│
│た平たい木の箱を運び込みながら言った。ヨーチンとはぼくのあだ名だ。池島は│
│中学のときの同級生で、魚いけの跡取り息子である。            │
│「見苦しいか?」ぼくは頭のてっペんを手のひらでなでながら言った。    │
│「見苦しい」と、池島は正直に答えた。「おれが散髪してやろうか?」    │
│「遠慮しとく」ぼくは池島の頭を見ながら言った。平らな広い頭頂を三センチほ│
│どに切りそろえて、裾はきれいに刈り上げている。いなせと言えないこともない│
│が、小柄で愛矯のある池島の顔を見ていると、ふと「かわいい魚屋さん」を思い│
│出す。                                 │
│「明日か、出発は?」と、池島は吸い物の汁のはいったアルミの鍋を運び込みな│
│がらきいた。                              │
│「うん」                                │
│「いいなあ。東京か。いっペんいってみたいもんだ」            │
│「そのうちいけるよ」                          │
│「おまえんちはおれのところより貧乏なのに、大学にいくんだよなあ」    │
│「よく天神さまに信心してたおかげだろう」ぼくは信心好きの叔母を思い出して│
│言った。                                │
│「天神さまにはよく女の子を連れていった。それがまずかったかな。ははは。ま│
│あ、勉強なんかもうまっぴらだけどね。それにさ、おれ、魚屋になるのはちっと│
│もいやじゃないんだよ。ただ、その前に二、三年、都会で遊びたかったなあ」 │
│「遊びにこいよ」                            │
│「よし、いくぞ。泊めてくれるな」                    │
│「もちろん」                              │
│「銭貯めていくからな。それから、これは、鯛のアラだ。鍋の汁を温めてから、│
│入れるんだよ。アクもとった方がいいよ。これは柚子の皮。食べるときに入れる│
│。それともおれがやってやろうか?」                   │
│「大丈夫、やれるよ」と、ぼくは答えた。小学校のころから料理はやっているの│
│で、一通りのことはできる。                       │
│「なんかさ」と、池島は料理を運び終えたあと、ロング・ピースに火を点け、二│
│、三秒眉をしかめて考えたのち、思い切って、という感じでこう言った。「こう│
│して別れるようになるとさ、おれ、もっとお前と話しておきたかったなあ」  │
│「これからだって、話はできるさ」                    │
│「うん。そうだな。なんか、照れくさいけど、なごり惜しいんだよな」池島はゴ│
│ム長の爪先で地面を掘りながら、聞いてる方も照れくさいことを言う。    │
│「おおげさだよ」                            │
│「お前には、なんかそういうところがあるんだよな」            │
│「そういうところって?」                        │
│「よくわかんないけど、こう誰でも親しみを感じるようなさ、そんなとこがね」│
│ 面と向かってこう言われると、ますます照れくさい。確かに友達は多いほうだ│
│と思うけど。                              │
│「ああ、つまんねえこと言っちゃった。束京でさんざん悪いことをしてこい。あ│
│、そうだ、餞別代わりにこれをやろう」                  │
│ 池島はズボンの尻のポケットから財布を取り出した。           │
│「いいよ、そんなの」                          │
│「金をやるとは言ってねえ」池島は中の紙幣とばら銭を取り出し、また五円玉一│
│枚だけ中に戻して金をポケットにねじ込むと、財布をポンとぼくに投げてよこし│
│た。「やるよ」                             │
│ それは人造革の二つ折りの財布で、黒地の表面に銀色の細かい模様がいっぱい│
│浮かび上がっている。何の模様かと目をこらしてみれば、これは人間がからみ合│
│っているのだった。                           │
│「四十八手の裏表だ」池島は真面目腐った顔で説明した。「持ってると、運が向│
│いてくるぞ。親父の伊勢参りの土産だ」                  │
│「いいのか?」 ぼくはちょっと焦って言った。              │
│「いいんだ。じゃあな。休みにはきっと戻ってこいよ」           │
│「うん。ありがとう。じやあな」                     │
│ かわいい魚屋さんは、ブルブルとすごい音をたてる小さなオート三輪の運転席│
│から、敬礼の形に手で会釈して帰っていった。あとには、青灰色の煙がもうもう│
│と立ちこめている。                           │
└────────────────────────────────────┘

 これは主人公が田舎から東京へ旅立つシーン。読者は会話のなかでそう知ることが
できます。地の文で説明していないんですね。それがうまい。

 友だちである池島の目を通して、主人公の人間像が語られます。主人公の素直さや
他人に好かれる性格がわかります。
 四十八手の財布のエピソードに、都会への憧れや大人になることへの期待感が表れ
ています。会話は歯切れよく等身大でテンポがいいです。
 読者に知って欲しい情報を与え、これからの展開に期待感を抱かせるには これぐ
らいの長さのシーンが必要でしょう。

     「芦原すなお作品のページ」
           http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntashihara.html

           --------------------------------


 会話のリズムというのはとても大事です。
 ここに「C.H.E」井上尚登(角川書店 2000)から引用したシーンがあります。
 前の方は二人。後は多数です。
 人数が多くなっても会話のリズムは同じ。変わりがありません。それでいい、と感
じたので引用します。
 地の文が会話のリズムの流れを邪魔しないほうがいい。最小の指示機能だけでいい
のです。


「C.H.E」井上尚登(角川書店 2000) P268
┌────────────────────────────────────┐
│ 郊外の高級住宅街だった。                       │
│ ラソルの中心部から三十分ほど車でいったところに、瀟洒な家が建ち並ぶ一画│
│がある。ラソルの治安の悪さを逃れて、さらに不法占拠者たちが作る貧民街を避│
│けて、金持ちたちが新しく作った街だった。仕事はラソルのオフィス街、そして│
│家は安全なこの街。富める者たちだけに許された特権である。        │
│「なあ、こんなところでなにをするつもりなんだよ」ムラートの少年が助手席で│
│いった。                                │
│「降りたければいいわよ、どうぞ」ビオレッタは冷たく答えた。       │
│「こんなところで、おれはどうすればいいっていうんだよ。この街にはバスもな│
│いんだろ、たしか」                           │
│「ないわよ。バスなんて使う人間は住んでないし、訪ねても来ないんだから。ね│
│え、あなた名前は?」                          │
│「エルネスト」                             │
│ 思わず笑った。チェ・ゲバラのファーストネームだ。           │
│「なにがおかしい」エルネストがふくれた。「ちゃんとした由来があるんだ。お│
│れの死んだじいさんがその昔、ゲリラ兵士でおれにチェ・ゲバラみたいになれ、│
│ってつけた名前だ」                           │
│ また笑った。どうやらチェ・ゲバラにビオレッタはよほど縁があるらしい。 │
│「笑うな」エルネストは気を悪くしたようだった。             │
│「ごめんなさい、ただね、ちょっとゲバラのおかげで、かなりまずいことに巻き│
│込まれてしまったものだから」                      │
│ エルネストがそっぽを向いた。                     │
│「ねえ、頼みがあるのよ」ビオレッタがいった。              │
│ エルネストは横を向いたままだ。                    │
│「ならば命令ね。あなたは私のトヨタを滅茶苦茶にしたんだから」      │
│「金ならない」                             │
│「あてにしてないわ」                          │
│「おれの身体が目的か?」エルネストがこちらを向いて笑った。「おれはすごい│
│ぜ。あんた、おれから……」                       │
│「馬鹿」ビオレッタは右足でエルネストの向こう脛を蹴飛ばした。「あたしの名│
│前はビオレッタ。男はいまのところいらないの。とくにセックスすれば女が喜ぶ│
│と思っている単細胞な男はね」                      │
└────────────────────────────────────┘

 P343
┌────────────────────────────────────┐
│ 捨てられた農場の母屋の玄関の扉が開いた。               │
│ 男たちがぱらぱらとでてきた。絶望的な気分だった。夕陽を背中に十人ほどの│
│男がこちらにやってくる。そのなかに見知った顔があった。ラソルの日本ビルで│
│大友を尋間したミツイという日系人だ。                  │
│ うしろを見ると、警察軍の車が十台ほどこちらへやってくるのが見えた。  │
│「どうする?」ヤザワがマリーナに訊いた。                │
│「どうするもこうするもないだろう」 マリーナがうしろを見ていった。「逃げ│
│道もふさがれちまってる」                        │
│「まあ、なんとかならないこともないか」アルマンドがいった。       │
│「チェのゴルフクラプで戦うのか?」ヤザワが訊いた。           │
│「わしとマリーナはゲリラだってことだ。マリーナ、銃は持ってるな」    │
│ マリーナがうなずいた。「弾もある。あんたのところで補給したから」   │
│「わしも拳銃を持っている」アルマンドがいった。「二手に分かれる。アキラと│
│智恵はとにかく走れ。幸いまわりは草むらだ」               │
│「おれはどうする?」ヤザワが訊いた。                  │
│「おまえは適当でいい。わしとマリーナでひとりぐらいは倒せるだろうから、そ│
│いつから銃をかっぱらえ」                        │
│「はいはい」ヤザワが肩をすくめた。                   │
│ そうか、智恵の父親は元日本人ゲリラだったのだ。戦闘の経験がある。   │
│「アルマンド、あたしもあんたも本格的な実戦からは、もう長い間、遠ざかって│
│る。無茶はしない、いいね」マリーナがいった。              │
│「わかってる」アルマンドがうなずいた。                 │
│ アルマンドはどこか楽しそうだった。                  │
│「大友」ヤザワが大友の耳にささやいた。「智恵を頼む。死なすな」     │
│ 大友はうなずいた。                          │
│「行くよ!」マリーナが叫んだ。                     │
└────────────────────────────────────┘

 この小説は、チェ・ゲバラの革命の遺産を巡る冒険小説です。ストーリーは会話主
体で進行していきます。描写は行動のみ(言い過ぎか)。それはそれで、おもしろい
ですよ。

     「C.H.E」の紹介ページ
         http://www5b.biglobe.ne.jp/~osacone/books/C.H.E.html

           --------------------------------


 電話を受けるシーンだけでも、会話シーンを作ることができます。派手なシーンが
連続しなくても小説はいいし、また登場人物の生活を描かなくちゃならないんだから
すべて印象に残るシーンを描くなんて無理です。
 ここでいいのは、心理描写あるから動きのないシーンでもいいということ。心理の
変化がこのシーンに動きを与えているということ。そういう意味で基本的なことが満
たされているとおもうのです。


「葬列」小川勝己(角川書店 横溝正史賞正賞受賞作 2000)P119
┌────────────────────────────────────┐
│ 口にはしなかったものの、渚はいま仕事を探しているはずだ。明日美は、彼女│
│にこのホテルに勤務するつもりはないかどうか聞いてみようと思ったのだった。│
│ 名刺を手にフロントヘ向かい、椅子に腰を下ろした。ギイッという音を立てて│
│椅子が軋む。目の前にある電話の受話器を取り、渚の自宅の電話番号を途中まで│
│プツシュしたものの、よく考えれば、もう午前0時をとっくにすぎている。いく│
│ら相手がひとり暮らしをしている二十歳の若者でも、電話をするには非常識な時│
│間だと思い、受話器を戻した。                      │
│ そのとき、ふと思い出したことがあった。                │
│ 明日美同様、渚の名刺を受け取ったしのぶが、藤並渚……? と呟くのが聞こ│
│えた。見ると、しのぶはほんの少し眉根を寄せ、記憶を探るような目をして、名│
│刺をじっと見ていた。あれはいったいなんだったのだろう。         │
│ まあ、いいか。とにかく電話をかけるのはあしたの朝にしよう――そう思いな│
│がら名刺を財布にしまっていたら、電話が鳴った。             │
│「はい、ホテル・サンライズでございます」                │
│『三宮さんですか。藤並です』                      │
│ 薄い唇を「へ」の字に結んでいる渚の顔が目に浮かぶような、ぶっきらぼうな│
│口調だった。一瞬、どうして渚からここに電話がかかってくるのだろうと首でも│
│傾げたい気持ちになったが、別れ際、彼女に、自分の連絡先としてホテル・サン│
│ライズの電話番号を教えたことを思い出した。               │
│「あ、藤並さん? いまちょうど電話しようと思ってたところなのよ」    │
│ 意識して声を弾ませ、愛想よく応える。                 │
│『十二時以降はおひとりだって、葉山さんに聞いたものですから』      │
│「葉山さん?」                             │
│ なんだって、あの女の名前が出てくるのだろう。             │
│『いま、よろしいですか』                        │
│ 相変わらずの、覚えたての台詞を棒読みしているような調子で、渚が言う。 │
│「ええ、ちょうど暇になったところで――ねえ藤並さん、あのね……」    │
│『三宮さん。単刀直入に聞きます』                    │
│「……え、なに?」                           │
│『わたしたちと組みませんか』                      │
│「組む……って?」                           │
│『大金を強奪するんですよ。わたしと葉山さんと三宮さんの三人で』     │
│ それまでとは違う、妙に嬉しそうな口調で、渚が言った。興奮を抑えている、│
│というようにも聞こえた。                        │
│ ひと息ついて、明日美は口を開いた。                  │
│「乗るわ」                               │
│ 呆気なく了承している自分が、信じられなかった。            │
└────────────────────────────────────┘

     「小川勝己『眩暈を愛して夢を見よ』書評 /  法月綸太郎」
                http://www.webshincho.com/nami/200109/ogawa.html


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「会話シーン」は次号もお送りします。
 30日(日)に「黒柳徹子のアフガニスタン報告」で子供たちの置かれている状況を
見ました。貯金が7万円しかないのに、おもわずユニセフに2000円送ってしまった。
 そんなことで世界が変わるとはおもわないけれど、ユニセフだって信じるに足るも
のとはおもっていないけれど、何かしたくて……
 アメリカで反戦デモがあったのをニュースで見た。ジョン・レノンの「イマジン」
をみんなが歌っている。そう、真理は単純なところにある。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         ┌────────────────┐
         │「オダサク映画祭とシンポジウム」│
         └────────────────┘
 友人の末巻等さんが関わっている「オダサク(織田作之助)映画祭+シンポジウム」
が11月23日(祝日)にクレオおおさか中央ホールで開かれます。織田作之助原作の映
画。小説との描写の違いを発見するのもおもしろいはず。興味のある方、チケットを
買っていただけません? 関西の「ぴあ」でも発売していますが、メールをいただけ
れば友人に回送してチケットをお送りします。「夫婦善哉・還った来た男・わが町」
の三本立てで前売り¥1300円です。詳しいことはこのホームページで。
    http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/8928/

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│ だいたいどんな小説にでも、読ませるなあ、という部分はあるものです。  │
│ 皆さんも、小説を読んでいて「おっ、この描き方はいいな」というところは、│
│自分なりにスクラップしデータ集を作っていってくださいね。        │
└────────────────────────────────────┘
            -------------------------------
            ┏━━━━━━━━━━━┓
              会話シーンのセリフ
            ┗━━━━━━━━━━━┛
      --------------------------------------------------      

 こんにちは。
 秋田で仕事の真っ最中です。秋田は天気の変化が激しい、晴れていたとおもったら
大雨になったり……、こういう時期なんでしょうか? 涼しいと寒いの間かなあ。
 前号に引き続き会話シーンを考えますね。

 小説は会話が命なので、おもしろいすべての小説には魅力ある会話シーンがあるで
しょう。ほんとはどんな小説からも「いいな」って学べるはず。ここで紹介している
ものはほんとうに少しです。

           --------------------------------

            ┌───────────┐
            │  セリフの在り方  │
            └───────────┘

1) 会話は登場人物のディベート(討論)だ。

2) また、テーマに対してのプラスの感情とマイナスの感情の対立を表す。

3) 物事の多面性を露わにする。

4) 登場人物は嘘も言う。

5) 会話シーンは自立させる。なるべく地の文は少な目に。


           --------------------------------

 51号では「シナリオの基礎技術」新井一(ダヴィツド社)から学びました。再掲し
ますね。

  ┌───────┐
  │よくないセリフ│
  └───────┘
       過剰で無駄なセリフ
       説明セリフ
       英会話セリフ
       無性格セリフ
       過小セリフ
       抽象セリフ
       文章体セリフ
       告白セリフ
       分裂セリフ
       独白セリフ
       長セリフ

  ┌──────────────┐
  │セリフをおもしろくするために│
  └──────────────┘
       反対セリフ
       包むセリフ
       飛躍セリフ
       強調セリフ
       テンポとリズムのあるセリフ
       対立セリフ
       感情のあるセリフ

           --------------------------------

 できたら本を読んでもらったほうがいいです。ちゃんと説明されているから。
 で、原則的なことは、

1) アクション←―→リアクション、を考えて書く。
2) 感情的にする。
3) 登場人物はどうなのか、を常に考える。
4) 抽象的な言葉は具体的にする。
5) 描写を加えて雰囲気を出す。

           と、いうことでしょう。


  -------------------------------------------------------------------------

 では、引用です。



「テロリストのパラソル」藤原伊織(講談社 第41回江戸川乱歩賞受賞作 1995)
P41
┌────────────────────────────────────┐
│ 客はカウンタよ椅子にすわり、タバコを吸っていた。私を見ると立ちあがった│
│。私と同じくらい背がある。私は百七十五だ。しかし、体重は私の半分もないよ│
│うに思われた。それほどほっそりしていた。最初は少年かと思ったが、そうでは│
│なく女の子だった。頭はショートカットで、この李節だというのに黒いタンクト│
│ップのシャツを身につけ黒いジーンズをはいている。二十歳前後といった年ごろ│
│だ。店のドアに鍵をかけなかったな、と思った。しかし、もともとかける習慣な│
│どないのだ。盗まれるものはなにもない。                 │
│ 私の顔を見ると、彼女は「あなた、けがしたの?」 いきなりそういった。 │
│「どこで会ったかな」私はいった。彼女は店の客としてやってきたことはない。│
│少なくともいままでは。                         │
│「ううん、はじめて」彼女がいった。「ねえ、けがしたの」         │
│「そんなふうにみえるのか」                       │
│「みえるわよ。だれだってわかるんじゃないの、そんな腐ったリンゴみたいな顔│
│をしてれば。けんかでもしたの」                     │
│「まあ、そんなところだ。君はだれなんだ」                │
│ 彼女は腕を組んで、私を見つめた。タバコの煙をゆっくり大量にはきだした。│
│それが巨大な固まりとなって流れ、私を包んだ。ほっそりした身体つきながら、│
│肺活量だけはたいしたものだった。                    │
│「あなた、菊池さんでしょ。菊池俊彦。いまは島村圭介ともいうらしいけど」 │
│ 私は彼女をじっと見つめた。この二十年あまりではじめて、私の本名を口にし│
│た女の子を見つめた。                          │
│「いまどきの女の子は、質間に質間で答えるのか。君はだれなんだ」     │
│「名前は、松下塔子」                          │
│ 私は手をさしだした。「身分証明書」                  │
│「ふうん。あなた、お客にいつもそんな失礼なことをいうの」        │
│「いまは閉店中なんだよ。君は客じゃない。侵入者なんだ」         │
│「注意深いのね。ぬけた顔をしているわりには」              │
│ 苦笑した。彼女はその私を見つめニヤリと笑うと、おとなしくバッグから紙片│
│をとりだした。さしだした私のてのひらに乗せる。上智の学生証だった。名前は│
│ 彼女のいうとおり。住所は渋谷の上原。一九七二年一月生まれ。二十一歳。 │
│ 学生証を彼女にかえした。「もし、私が人ちがいだといったら?」     │
│「人ちがいじゃないわよ。いまのあなたの笑い方ではっきりしたから。まったく│
│ノーテンキな笑い方。母がいったこと、全然正しかったわね。母の話よりお釣り│
│がくるくらいノーテンキ」                        │
│「母?」                                │
│「園堂優子。旧姓だけどね。園堂は公園の園に、お堂の堂。覚えてるでしょ」 │
│ 私が彼女をもう一度、黙ったままじっと見つめていると、彼女は口をとがらせ│
│た。                                  │
│「そんなに見つめないでよ。男に見つめられるのはなれてるけど、無神経に見つ│
│められるとぶん殴りたくなってくるのよ」                 │
│「お母さんのことは覚えているよ」と私はいった。             │
│「当たりまえじゃない。いっしょに暮らした女のこと忘れるようじゃ、パーじや│
│ない。それともあなた、数えられないくらい奥さんもらったの」       │
│「いや、共同生活を経験したのは一度だけだ」               │
│ 彼女は手元にあった灰皿でタバコをもみ消した。細い指がショートホープをフ│
│ィルターのところできれいにふたつに折った。               │
│「母とあなたが暮らしたのは、三ヵ月だけでしょ」             │
│「そう、その三ヵ月だけだ」                       │
│「サングラスをとりなさい」彼女がいった。                │
│「なぜ」                                │
│「けがのぐあいをみてあげる」                      │
│「いいさ。ほっときゃなおる。こういうのは、なれてるんだ。君が男に見つめら│
│れるくらいには なれてる」                       │
└────────────────────────────────────┘

 このシーンの会話はまだまだ続くのです。なぜ、ここを知ったのかということ。母
が爆弾テロで死んだこと。私のアル中のこと。公安がやってくるだろうこと。彼女の
部屋で会う約束をすること。それらが会話するなかで明かされます。

 このシーンがいいのはほとんど会話で進行することです。読んでいて気を散らすよ
うな地の文の書き込みが少ない。会話でわかることは説明しなくていい。そのほうが
読者への負担が少なくなる。そういう意味ですごくうまいですね。

     「藤原 伊織」
        〜静かなるハードボイルド〜
        http://members.aol.com/Terafort/Books/Mystery/iori.html



           --------------------------------

「卑弥呼」久世光彦(読売新聞社 1997)P35

 電話をしているシーンです。
┌────────────────────────────────────┐
│「カオル、今日のあたし、どんな格好してるか、わかる?」これもちょっと意地│
│悪な質間だ。                              │
│「赤のタートル、黒のスパッツ、それに赤のペッタンコの靴」おどろいた。当た│
│りである。いい勘している。この場合、勘とは愛のことかもしれない。タートル│
│は、ゆうベカオルが着ていたからである。スパッッは洗足池に落ちたときの、反│
│省と用心のためで、靴の赤は、コーディネートというものである。      │
│「どうして?」                             │
│「それぐらいわかる」                          │
│ やっぱり、愛だ。                           │
│「で、ホテルどこ?」                          │
│「ホテル?」                              │
│「明日。とってくれたんでしょ? どこ?」                │
│「……ごめん。忘れてた」                        │
│ やっぱり、だめだ。                          │
│「去年のところなら、あたし、とれるけど」                │
│ 沈黙。――この沈黙には意味がある。カオルにとっては屈辱の記憶なのである│
│。つまり、一年前のクリスマス、カオルとユウコは、そのシティ・ホテルで、夜│
│が明けるまで息を弾ませ、汗をかき、上になり、下になり、――そしてできなか│
│った。                                 │
│「あそこは、だめだよね」                        │
│「……ウン」                              │
│ ユウコだって嫌だ。                          │
│「ホテルとるの、忘れてたって、嘘でしょ」                │
│「――」                                │
│「じゃ、ディズニーランドにする?」                   │
│「寒いよ」                               │
│ それもそうだ。                            │
│ ユウコは電話の向うのカオルに聞こえないように、小さな溜息をつき、椅子の│
│背に深くもたれて、形のいいスパッツの脚をデスクの上に上げる。これが素足だ│
│ったら、とてもできない格好である。腕や脚の半端な白さが、ユウコは恥ずかし│
│い。だからユウコは、夏、こっそりスポーツ・クラプである程度肌を焼いてから│
│、人目のあるプールや海へ出かけることにしている。            │
└────────────────────────────────────┘

 これはユウコとカオルの物語。愛しているのに気後れしてSEXがうまくできない
カオルがどう自信を取り戻していくのか――ストーリーにはユウコが働いている編集
部での「女性器に堂々と人前で言えるだけの明るい美しいイメージの名称募集」とい
う企画が、業界の常識の圧力でポシャルまでの経過が平行して描かれます。
 その企画に関わった人たちがそれぞれの愛の形を見つけていく。

 ユウコはカオルとのSEXを望んでいるのですが、はっきりと言えません。カオル
を傷つけると考えているからです……そういう思いがセリフに表れています。
  (ところで、これはテレビドラマ化されて放映されました)

     「久世光彦作品のページ」
         http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntkuze.html#himiko


           --------------------------------


「女たちのジハード」篠田節子(集英社 117回直木賞受賞作 1997)P249
┌────────────────────────────────────┐
│ だれもいなくなったフロアでワープロを打っていると、紗織が通りかかった。│
│今、残業が終わったのだと言う。                     │
│「何してるの?」と尋ねられたので、レポートを書いているのだ、とだけ答えた│
│。まさかできが悪いので、残されたとは言えない。紗織は、どれどれと画面を覗│
│き込み、次に面と向かい言った。                     │
│「何これ? リサの気分を書いただけじゃん」               │
│「どういうこと?」                           │
│「ただの感傷。論理がない」                       │
│「うるさい、あんたになんか言われたくないわ」と叫びたいのをぐっと堪え、夕│
│飯をおごるから、と代筆を頼む。                     │
│「いいよ、ちょっとどいて」                       │
│ 紗織はワープロの前に座った。                     │
│「これ便う?」とリサは、昨日のレジュメを紗織に渡す。そのときレジュメの間│
│から、はらりと名刺が滑り落ちた。                    │
│「ちょっと、何、これ?」                        │
│ つまみ上げて、紗織が大声で言った。先にもらった研究室の電話番号が書いて│
│ある方だ。                               │
│「なんでもないわ。きのう会場で会ったお医者様よ」            │
│「会場で会った人と、名刺交換するわけ?」                │
│「たまたま」                              │
│「獲物?」                               │
│「やめてよ、その言い方」                        │
│「で、これにトラバーユするわけだ」                   │
│「まだ、そこまでいってないし、万に一つの確率なんだから、頼むから言い触ら│
│すのだけはやめて」                           │
│ 紗織は肩をすくめた。そして鼻歌を歌いながら、一五分ほどで打ち終え、プリ│
│ントアウトしたものを「はい」とリサに手渡した。             │
└────────────────────────────────────┘

 このシーンを取りあげたのは、
○「何してるの?」と尋ねられたので、【レポートを書いているのだ、】とだけ答え
 た。
○「うるさい、あんたになんか言われたくないわ」と叫びたいのを【ぐっと堪え、】

 などの会話の中の工夫が見られるからです。
 心のなかの言葉がこういうふうに、現実の会話の進行と並置されています。
 こうするとちょっとしたシーンでもおもしろく読めますね。

     「篠田節子をこよなく愛するページ」
           http://www.jah.ne.jp/~ebisu/sinodaindex.htm


           --------------------------------

 連作短編集「バニシングポイント」佐藤正午(集英社 1997)から「恋」P62
┌────────────────────────────────────┐
│「窓が開かない」と彼は答えた。「この階の窓はぜんぶ俵め殺しに出来てる」 │
│ 窓が開かない以上はここから飛び降りることはできない。変な女だ。気のきい│
│た冗談のつもりなのかもしれないが少しも笑えない。この高さから飛べば死ねる│
│だろうかと彼女はいきなり訊いたのだ。初対面のこんな状況で、こんな変な女の│
│質間にまともに答えている自分が不思議なくらいだった。          │
│「窓なら開くのよ」と女が笑い声になった。「廊下の反対側の突き当たりの部屋│
│にね、一枚だけ開け閉めできる窓があってそこからバルコニーに出られるように│
│なっているの、手摺りの高さはこれくらい」                │
│ 水平に保たれた女のてのひらは胸のあたりを示している。ワンピースの胸元が│
│大きく開いているので肌の白さがよく分かったし、乳房の形まで想像できた。 │
│「どう? その手摺りを乗り越えて飛んだら下は駐車場のコンクリートだし、間│
│違いなく死ねると思わない?」                      │
│「思うけどね」                             │
│「何?」                                │
│「きみは死にそうにない」                        │
│「どうして」                              │
│「死ぬ理由が想像できない」                       │
│ 思わずそう答えてから彼は先を迷った。                 │
│「まだ若いし、健康そうだし、それに、きれいだし……」          │
│ すると一瞬の間を置いて、女は顎をそらして華やかな笑い声をたてた。雨滴に│
│滲んだ窓のむこうを指さしながら、                    │
│「ほら、あそこに赤い建物が見えるでしょう、知ってる? あれは美術館なんだ│
│けど屋上に出るドアに鍵がかかってないのよ、高さは七階で心もとないけど、い│
│まのところあれが第一候補、二番めはあっちの生命保険のビル、でも生命保険の│
│ビルから飛び降りるというのも何だかね。あたしね、いつかそのときが釆るよう│
│な気がするの、マンションの十二階に住んでるから、毎朝ベランダに出るたびに│
│自分はいつかここから飛ぶだろうと予感がする、ただマンションの五階に張り出│
│した部分があってね、もしそこに引っ掛かりでもしたら悲劇でしょう、そう思う│
│と心配で、どうせ死ぬのなら一息に確実に死にたいもの、今日か明日というわけ│
│でもないんだけど、いつ死んでもいいと覚悟を決めてるから、そのときが来ても│
│迷わないように、毎日散歩がてら歩き回って適当な建物を探してるの」    │
│ 冗談だろう、と彼は思った。冗談だろうが笑うほど面白くはない。     │
│「信じないなら信じないでもいいわ。でも今日はここを見にきて艮かった。あな│
│たみたいな人が働いているのなら、このビルから飛んでみてもいいかな。さっき│
│会ったばかりで、五分も経たないのに男の人から口説かれてるなんて初めてだも│
│の。嘘みたい。本当にものの五分も経っていないのに」           │
│「僕が、きみを口説いてる?」                      │
│「ええ。違う?」                            │
│ 正面から、挑みかかるような目で見つめられて、彼は口ごもった。その瞬間が│
│すべての始まりだった。                         │
│ 開かない窓のむこうでは雨がまた勢いを増していた。だが彼らがそのことに気│
│づくまでにはまだ数秒の間がある。他に人影のない十階のほの暗い会議室で、耳│
│をすませば微かに硝子越しの雨音が伝わってくるはずの窓際で、お互いの目の中│
│を覗きこんだ瞬間、そのときがすべての始まりだった。彼らふたりの短い恋の始│
│まりだった。                              │
└────────────────────────────────────┘

 この短編集ではそれぞれの話がつながっているんです。それぞれの人がいてそれぞ
れの思いで生きている。
 人は他人を問いつめたり、質問をはぐらかしたり、言い出そうとして言い出せない。
言葉でつながる場合もある。そういう日常を生きる場でのささいな出来事。

 言葉が次のシーンに人を運んでいく。

     「佐藤正午公式ホームページ」
         http://member.nifty.ne.jp/rain/shogo/

           --------------------------------

 けっきょく、会話シーンのセリフのおもしろさとは、どれだけドラマチィックな背
景を作者が用意できるか、ということかもしれません。そういう状況があってこそ、
セリフが生きてくる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 本を読んでいて魅力的な会話があれば、それがどこから来ているのか考えたいとお
もいます。

 次号は「細部の描写について」です。
 では、また。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         ┌────────────────┐
         │「オダサク映画祭とシンポジウム」│
         └────────────────┘
 友人の末巻等さんが関わっている「オダサク(織田作之助)映画祭+シンポジウム」
が11月23日(祝日)にクレオおおさか中央ホールで開かれます。織田作之助原作の映
画。小説との描写の違いを発見するのもおもしろいはず。興味のある方、チケットを
買っていただけません? 関西の「ぴあ」でも発売していますが、メールをいただけ
れば友人に回送してチケットをお送りします。「夫婦善哉・還った来た男・わが町」
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