主要外食企業の1999年度店舗売上高






















































































客に茶を出すタイミング

 オレは,すき焼きしゃぶしゃぶ他郷土料理を出す比較的値段設定高めの個人営業の飲食店で,週に3日くらいバイトしている.最大でも収容人数60人くらいの,大きくはない店である.オレが働き始めたのは今年の5月からだが,満員になることは一度もなく,客が1組も来ない日を何回も経験している.バブル期には客が来ないなんてことは考えられなかったらしいが,今の不況でこのような状態である.しかし,この店が属している商店街の中ではまだいいほうで,廃業する店もいくつかあったらしい.実際,いままで店長と話している中で,店長個人の経済力は無いようには思えない(ホントのところは全然知らんけどネ).
 そんな状況下で,店に雇われているバイトはオレを含めて3人.予約がたくさん入っている日や,連休といった特別に忙しい時以外は,バイト1名と店長,おかみさん(店長の母)で営業している.もっとも,殆(ほとん)どこの3人で営む日々である.ムチャクチャ忙しくてもバイトは2名で,バイト3人が一緒に働くことは全くない.
 商店街の個人飲食店というだけあって,観光スポットの松本城が近くにあっても,観光客が押し寄せるのは3連休以上に限定されていて,日々のお客の顔ぶれは店長やおかみさんと顔見知りの常連客が比較的多いように思う.以前にもコラムに書いたが,比較的高い価格設定,地元商店街という立地,和食郷土料理っぽい店構え,によって客層はその多くが中高年であり,もちろんマニュアル対応の店ではない.
 よくあることなのだが,常連の予約客に注文を聞くと,「適当に持ってきて,言えば分かるから.」というのが今日もあった.そういう感じの,若い人はまず行かないような店なのである.接客業でマニュアルがない上に客層が高いということからも分かるように,注文や接客に多くの融通が生じる.客の多様な注文や態度に,比較的多くの状況判断の必要が生じるのだ.店の雰囲気からしてもファミレスやファーストフード,居酒屋チェーンなどとは大きく違っていることから,客は非マニュアル的な行動をとりやすい.つまり自由度が高い.

 今日,店長からマジ話を繰り出されたのだが,その内容は「マニュアルを作った方がよいか」というものだった.この店長は30代前半(?くらいだったと思う)で,高校時代は野球部,高校卒業後は東京の調理士専門学校を卒業後,同じく東京で数年間下積み生活を送った後,松本の実家で家業を継ぐという体育会系的な経歴を持ちながら,見た目からしておとなしそうだし,実際物腰は柔らかい方ではないだろうか.友達からも聞くし店長からも聞くのだが,飲食業は厳然たる体育会系社会だそうだ.仕事はちゃんと教えてくれなくてもすごい勢いで怒られるし,給料も安く休みも取れない,極端に言えば人間扱いしてくれない世界らしい.
 店は商店街に属しているので,店長は同業他店の経営者との親交もあり,そこでよく出る話なのだそうだが,今の若い人(特に信州大学の学生がこの地域の労働力に占める割合は大きい.オレもその一人)はちょっと怒るとすぐにバイトを辞めるし,融通の利く接客をなかなかやってくれないそうなのだ(個人飲食店経営者ら談).
 店長:「別にオマエ個人のことを言ってるわけでも責めてるわけでもなくて,」という店長らしい配慮のある前置きを挟んで,「例えば,客にお茶一つ出すにしてもオレが指示すればその時はちゃんと出来るんだけど,そのお茶を出すタイミングとか状況はどういったときなのか,っていうことを経験から学んでいって実行してくれないから,忙しい時とかはオレはお客の状況を見てる暇ないし,おまえ達にそういうことをやってもらいたい.」という内容のことを話された.
 この店では,客が飯を食い終わった後には基本的にお茶を出すことになっている.オレは店長からその基本を説明されたことがうろ覚えであるし,そういった状況であっても茶を出すことを指示されない場合の方が多かったと思っていたので,今日言われてから初めて注意するようになるのである.
 しかし,この「茶を出す状況とタイミング」には細かいところがあって,この店では酒もけっこう出るので,飯を食い終わっても酒を飲み続けそうな状況ではお茶は出さないし,客が複数いて飲んでる人と飲んでない人がいる場合はまた違ってくる.いろいろなバリエーションがあるし,場の雰囲気もあるし,おかみさんの対応も出したり出さなかったりである,食器洗いしていても意識はなるべく客の方に向けていなくてはいけなかったりと,一筋縄ではいかない.客の「空気」を読むこと,それに応じた気の利いた行動が必要なようだ.これら「気の利いた行動」はバイト3人とも出来ていない.もっとも,その必要性とかをはっきりと言われたのは今日が初めてなので,別に店長は怒っていないし,怒って言ってるんじゃないことは店長自ら言っていた.
 店長の経験からすると,目安としてだいたい25歳以上の人はその過程を経験する度に,マニュアルがなくとも指示されなくても「客にお茶を出す」という行動に出るようになるのだが,その下の年齢からは数ヶ月だとなかなかそれが身に付いていかないようなのだ.要するにOJT(On the Job Training:仕事をしながら仕事を覚える)に要する時間が最近急に長くなっている,ってことだろう.
 それはなぜか,っていうことを店長と話したんだけど,オレらの世代が何かを消費する時に行くトコロというのは,殆ど全ての場合において大資本が経営するチェーン店であることは,日々の生活を思い起こしてみれば明らかだろう.コンビニ,ファミレス,ファーストフード,居酒屋,駅ビル,スーパー,ドラッグストア,ガソリンスタンド,オンラインショップ,,,ここでは品揃え豊富で安くて均質な商品・サービスを享受することが出来る.そのモノを手に入れるためのマニュアル的な行動を一回覚えるだけで,何にもメンドクサイことは要らない.
 もちろん,その極限まで簡素化された売買方法を提供するために,店員もマニュアルにした方が効率がいいし,出来れば機械にする.客としても多くを語らずに欲しいものを短時間で手に入れることが出来るのは,喜ばしい限りである.
 だから,欲しいものがあっても商店街に行こうとはまず考えないし,個人商店ってのが食っていけることすらオレにはちょっとした奇跡に思える(揶揄してるんじゃなくって).事実,なんにも個性のない個人商店はガンガン廃業しているのが現実だ.

 こんなようにして,オレら買う側の行動はほぼマニュアル化されているし,つまり売る側のバイトにしてもマニュアル化されている.ここに「気の利いた行動」はまず存在しない.というか双方とも必要としていない.むしろ個人人格による「気が利いているかどうか」の判断による行動は,買う側にとってはマイナスの印象にもなり得る.もともと,マニュアル化された販売-消費システムは消費者にそうした心境を生じさせないように出来てるし,コスト削減っていうのはそうした側面を伴いながらマニュアル化を進歩,浸透させていってる(経済学部っぽいなぁオイ).
 そして,生まれた時からそういった消費社会システムで成長してきたことを一因として,オレら若い世代は頼んでないのに知らない人から干渉されることにはかなりの違和感を感じるし,望まない過干渉に対しては「案じてもらっている」というより「うざったい」と思う傾向が,上の世代よりも大きいのではないだろうか.
 「お茶」が欲しければそう言わないと来ないのが当たり前だし,欲しければそう言う.むしろ言ってないのに持ってこられて友達と話してるのを中断されるのは不愉快に近いし,持ってこなくて一向に構わない.極端に言うと,こういう感覚を若い世代は持ち合わせている.今まで生きてきた中での消費行動からすれば自然な感覚ではなかろうか.
 従って,「この状況でお茶を出す」と言われても,頭の隅では覚えていても自然に行動に出るような回路に頭はなっていない.「客に言われてないのに茶を出すのは必要性に乏しく,リスクを伴う」と脳が無意識のうちに判断を下している.むしろ,「言われたことを言われた通りにやる」ことを重視している.
 (「日本人は物質的な豊かさと引き換えに,心の豊かさを失った.」とかっていうのは,こういうことなんだろうか.オレは別に今の状況を考えればそれで全然かまわないし,ここで言われている「心の豊かさ」っていうのは価値観の問題で,質的に違うものだから「昔はよかった」っていうのは単なる回顧主義.って思っちゃう.)

 オレは極端な方かもしれないが,バイトを始めた16歳当時から「バイトは社員じゃないんだから,言われたことだけやってりゃいい.」という信念を持っていて,「バイトと社員の給料差はそこにあるんだから,気を利かして仕事するのは損.」という経済観念に基づいている.他に,「気を利かせてやったことが報われなかったらムカツク.」という理念もある.だから,はりきって仕事をする積極的なバイト君は一人で疲れてくれるなら問題ないんだけど,社員に指示されてないことをオレに手伝わせないで欲しい.
 一度,会場設営のバイトで,はりきってるバイト君がいて,気を利かせたのか指示されていないことをやろうとして周りのバイトに支援要請を発していた.オレは関わり合いたくなかったのだが,無視せざるポジショニングをとってしまっていたので,「やんなくていーよ」と思いながらも手伝うはめになってしまった.作業開始数分後,社員:「それやんないでいいよ,もと通りに戻しといて.」...あぁ〜,言わんこっちゃない.以後,更にオレの「バイトたるもの言われたことだけやる精神」は強くなった.
 バイトっていうのは単純労働力だから,雇った方も言われたことだけやってくれれば全然オッケーと思っているはずである.言ってないことをやられたら迷惑である.オレは,たとえ気を利かしてやったことでも,結果的に迷惑をかけたなら怒られて当然だと思うし,もしそうなったら素直に謝る.分からないけどとりあえずやる精神はバイトには求められていない.気を利かせたつもりでも,それが気の利いたことかどうかを判断するのは社員であって,それを「聞いてからやる」べきである.
 そして素晴らしいことにオレは,社員:「分からないことがあったらドンドン聞いて,ドンドンやっちゃってー.」と言われれば,積極的に動くタイプである.やるべきこととやる必要のないことの基準を明確にして,きちんと働く.オレが社員だったらこのようなバイトを求める.
 バイトのミスは社員の責任である.だから,バイトは社員の発言に行動の動機を求めるべきである.言われていないことをバイト個人の判断に基づいて行動することは,社員の責任の一部を盗み取るようなもので,失礼にすらなる.「自分の判断でやってー」と言われればもちろんそうするし,そのとき自分の判断においてやったことに対して結果的にミスであっても,オレは全く反省しないし,もちろんそれは社員の判断において下された決定に対するミスなので,自分を責めて欲しい.とオレは思うのだ.責任の所在は明確にすべきである.

 話がオレ個人の理念に偏っちゃったんで,はなしを戻して...
 要するに,いまどきバイトたるもの軍隊式じゃ着いてこないってことですな.長いスパンで見ればOJTの方が仕事が身に付くけど,たかだか数ヶ月のバイトにOJTを施すっていうのは効率悪いよ.
 東京近郊にチェーン展開するカラオケボックス「歌広場」で働いていた時,ここにはバリバリのマニュアルがあって,バイトしていてミスをすることは殆どなかった.一方,今バイトしているこの店では,もう半年近くやってるのに今でも「ミスった」と思うことは毎日のようにある.明らかに仕事が単純化・モジュール化・マニュアル化されていないからだと思う.
 それを極限までわきまえてるからチェーン店は多くのバイトを効率よくまわしてコスト削減出来てるんじゃないのか.効率よくバイトを働かせるためには「士気(やる気,モチベーションのことだな)」の維持・向上も重要なファクターだから,社員はバイトに対して「なんで怒られなきゃいけないの?」と思わせたらいけないし,常にバイトに支持される存在でなくてはいけないから,面白いこと言ってバイトを笑わせなきゃいけないし,気を使った言動をしなくてはならない.
 オレが「歌広場」で働いていた時の社員は,同情するほどそのように頑張っていたし,マックでバイトしてる友達もそう言っていた.オレもそういう意味では学生会長をやっていた時に同じ問題に直面して,下のインセンティブ高揚の大変さ加減には理解があるつもりだ.
 若い世代がそういう環境の中で育ってきてるし,今の日本で学生がやるバイトっていったら小遣い稼ぎ程度のものでしょ.生活かかってないんだからムカツいたら簡単に辞めるし,OJTなんて面倒くさいだけなんだよ.そんな世の中で,個人経営者がバイトを上手く取り扱うってのはけっこう難しくなってるわけだな.バイトが次の世代になっていくに従って,その傾向が強まっているのは店長も感じていたし,新しく入るバイト用に基本的な作業マニュアルは作った方がオレはいいと思うよ.でも,こういう感じの店だと多分上手く作れないと思うけど...
 経営者ってのはそういう立場のトップだし,だからこそ頑張って得る収入があるんだから,まぁこんなご時世だが頑張ってくれや店長.でもオレはメンドクサイことしたくなーい.