2001.12/1-10

傍聴人 - 01/12/10 20:56:10
通行人A様。教区の会計決算報告は、要望するとしないとにかかわらず当然信者に公表されるべきものです。
高松教区の場合は、今年も遅まきながら10月末になって省略したものを教区報に掲載しています。
要は直接現金が動く時点で正しく処理されているかどうか、また監査が正確に実施されている否かにかかっています。
宗教法人の場合は、税の対象となる部分が限られている為、とかくルーずで監査がなれあいになるところが不正の温床となり、しかも発覚しにくいと言われています。
特に寄付金などがどのように処理されているか?それで高松教区では今、一粒会積立金の使途が問題になっているのです。 



一寸法師 - 01/12/10 14:30:34
ピオ10世会の話が出たりして飛躍したようですが、何でもすぐに依存するのはよくないと思います。高松教区で起きた事件は確かに多くの教訓を投げかけています。
これを機に小生は、教皇庁と日本司教団に対し共同司牧体制の充実と並行して、司教区の構造改革の断行を提言します。
司教区は今の16教区から10教区位に統廃合し、さらに将来は5〜7教区とすること。その余分な力を全て第一線の宣教活動組織の充実と活性に投入することです。
時間がありませんので、具体的な構想は、また次の機会に譲ることにします。


通行人A - 01/12/10 10:10:34
ここに書いていらっしゃる方々にお聞きしたいのですが、各地の教区の会計ですが各教区ごとに会計報告を出していると思いますがそれは信者にまで報告されているのでしょうか。
もちろん小教区レベルでは信徒総会の時に報告されているでしょうが、教区自体の会計報告はどのレベルまで報告されているのでしょうか?
各教会の司祭か会計担当者までは報告されているのでしょうか。私は一信者ですが所属教会の会計報告書類しか見たことがありません。
希望すれば教区のものを見せてもらえるのですか?


遊歩 - 01/12/10 09:10:16 電子メールアドレス:yugyosha@nyc.odn.ne.jp
ピオ10世会の招聘には賛成できません。彼らはトレントミサに固執したから聖職停止になっているのではありません。
教皇の命令に反して、違法に司教叙階を強行したために、自ら破門状態となり、教会法上は、離教教会です。
かれらの秘跡は確かに有効ですが、普遍教会との交わりを絶っています。
この司祭を招聘すれば、教区は、教会法上も完全に分裂し、悪いことには、バチカン派、反バチカン派、親ネオ派、反ネオ派と四分五裂となるでしょう。


応援団長 - 01/12/10 09:00:44
闘わなきゃ、現実と。


インイチェント - 01/12/10 00:39:41
この苦しむ状況を看過するわけにはいかないとお思います。もし希望するならば、フィリピンに聖ピオ十世司祭友愛会という宣教修道会があります。
彼らは第二バチカン公会議前の典礼とラテン語ミサをささげるためにバチカンから聖務停止になっていますが、招聘すればミサをささげて下さるはずです。
ネオカテクメナーテよりはすばらしいミサです。過去のカトリック新聞によれば横浜教区出身の日本人司祭もいるそうですから検索すると良いおもいます。
私も以前は彼らの伝統的トレント・ミサに出ていました。


1寸法師 - 01/12/09 18:46:09
今、何よりも対話が必要だと思いますが、信者の声に耳を傾けようとしない。ただ権威でもって服従させるやり方が続くようでは、何とかなる望みは薄いのではないでしょうか。
悲しいことですね。今日の福音には「よい実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」とありました。


心配する信者 - 01/12/09 11:55:58
行くところまで行くのでしょうか。それまでに何とかなるのでしょうか。祈りながらも心配です。


山田恵輔 - 01/12/08 18:57:37
高松教区の裁判の件、A社の記者に取材してもらったところ、公判はかなり進んでいて、訴状の内容など資料を見て驚いています。
既に証人尋問の段階に入っているようですが、、事情があってここで詳しくお知らせすることができないのが残念です。
ジャーナリストクラブの約束事もありますので今後は私個人ではなく、別のルートでお伝えすることになると思います。失礼致しました。


傍聴人 - 01/12/08 12:06:56
先に開かれた教区信徒協総会で、ネオの司祭が教区会計の赤字(今年度は1千万円ともいわれる)問題を取り上げ「信者は教会や司教の求めに応じて必要なものを出すべきで、堂内献金・維持費は収入の3%を納める義務がある」と意気まいたそうです。
教区の赤字はまるで信者が原因と言わんばかりの発言。すぐに決め付けたり因果関係をむきだしにするあたり、まさにネオの本性を現わしています。ネオ用心です。


傍聴人 - 01/12/05 12:14:11
小教会のよし子さん、小豆島教会で何が起こったのか、その他このホームページをもう一度最初から見返してみてください。
さらに「ミレニアムの虚構」の常任司教委員会の文書や聞き取り調査の内容をご覧になってみてください。


1寸法師 - 01/12/04 20:07:12
しょうゆ豆さん、イエス様が小さな一人ひとりを大切にされたように、信徒一人ひとりの嘆願もきっと聴き入れてくださるでしょう。小さい力を寄せ合ってがんばりましょうね。
今朝、優しいパパ様が小さいぼくに手を差し伸べてくださる夢を見ました。ぼく、目が覚めたあと、とてもうれしくてとめどなく涙がこぼれ、いつの間にか枕が濡れていました。
本当にいい夢でした。


小教会のよし子 - 01/12/04 17:33:55
どなたか教えてください。私には十分に分かっていないところがあるのですが、新求道共同体の運動は、わが国のカトリックでうまくやっていけるのでしょうか。
信者同士がいがみ合うのは悲しいことです。一致はとてもむずかしいと聞いたこともあるのですが,実際にはどうなのでしょうか。


しょうゆ豆 - 01/12/04 17:09:27
高尚な意見がある中に割り込みたくないのですが、しょうゆ豆は、12月2日不味いコメントを入れてしまったと恥じています。
これは、11月の終わり頃、ネオは絶対嫌だし、あれはどう見てもおかしいし、反対だ、と言うのですが、嘆願はがきを送ったり、署名をして名前がわかったり残ったりすることはこまる、怖い、と言う人が結構いるよと聞いたからです。
これまでも、何度か嘆願のため署名をお願いする事があったのですが、いつも同じような状態でした。
しょうゆ豆は、高松の信者は今「信者としての成長を促されている時」「今こそ、しっかりする時ですよ」とためされている時期と希望的観測をしています。
義理や人情に引かれるのは日本人の特質です。しかし、金毘羅さんのおっしゃるように高松は今、「この一大事」と言えるときと思います。
「個の信者と個の司教・司祭」との関係、「個の信者同士」の関係の大切さもわかりますが、時と場合によって、個の関係を犠牲にし、優先されるべきものは何かを考え択ばなければならない大事なこともあります。
私たちが仰ぎ見る十字架上の主の姿から、救済の為己の全てを捧げつくしてくださたと言ったりしたら大げさでいいすぎでしょうか?!。  
教皇庁から何ら法的規制を受けずにカトリック内で活動できるような、したたかな、おいしい方法をとるネオ・カテです。
それを上回る、真っ当な内的したたかさを主から学ぶ必要もありますが、勇気のいることですが、目に見える行動で示して行くことも必要かと思います。
今日の13時48分書き込みの一寸法師さんのおっしゃっているこのコメントなのです。だからしょうゆ豆は一人でも多くの嘆願はがきを出してほしいのです。
それも一番被害を被っているお膝元から。


一寸法師 - 01/12/04 13:48:00
通行人さまのご意見はごもっともです。
新求同共同体のように教皇庁の公認を受けていなくても、教区長の権限によってその活動を自由に導入することができる(ただしちゃんと手順を踏んだうえで)と思います。
しかし高松の場合、神学院の「教区立」については宗教法人法及び教会法に基づいて正規に設立されたものでないことは明らかです。
その根本に立ち返えらねば、永遠に解決しないと思われます。
設立した司教のだらしない姿勢が問われますが、もうことここに及んでは、教皇庁福音宣教省や日本の司教団が正面きって取り組むことが解決の早道だと、私は考えています。
くどいようですが、このままだと日本の福音宣教活動の大きな妨げになるものと心配している一人です。


傍聴人 - 01/12/04 12:19:06
金比羅さんの登場大歓迎。何でも疑問に思うことは、ひとつ、ひとつチエックしていきましょうね。わたしは以前「高松の神学院はレベルが極めて低い」と言う話を聞いたことがあります。
学歴不問で、ネオの活動歴を重視しているそうです。だからヨーロッパ各国の神学院に入れない人がいくらでも押しかけてくるというわけです。
このように教養(人間の形成)がおろそかにされたツケがいろいろなところに回ってくるから困るのです。


通行人 - 01/12/04 11:13:38 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
卑見では、いわゆるネオ共同体は、教会内で、公認も、否定もされていないと理解しています。
「多様性の一致」と言う観点からすれば、もう少し肯定的にアプローチしながら、一致を妨げる要因を取り除くようにした方が良いと考えます。
T教区の問題は、むしろ宣教司牧活動のまずさ(司牧者プラス信徒)による特殊事情と見なすべきではないでしょうか。
有り体に言えば、たとえローマ公認のものでも、ある教区にマイナスであれば入れなければよいということです。その権限は、教区長にあると思います。


金毘羅 - 01/12/04 00:01:04
一寸法師さん、ネオが現状のまま、教皇庁から何ら法的規制を受けずにカトリック内で活動する限り、信徒や聖職者の間に分裂や確執が生じるのは回避しようがありません。
司祭の資質、召命過程、神学院での教育等、以前の問題であります。
それら分裂の詳細な内容は、小豆島の事例で明らかでもありますし、過去、当ホームページ上におきまして、諸先輩方が述べ尽くした感がありますので、ここでは控えさせて頂きます。分裂を招く教えを説く輩をこのまま見逃せば、やがては日本国中を混乱の渦に巻き込むのは避けられないでしょう。
また、しょうゆ豆さんや傍聴人さまが仰られているように、この一大事において、信者個々が強固な信仰を確立出来ていなかった、自立出来ていなかったということは致命的であり、返す返す残念でなりません。

ぷー - 01/12/03 21:48:55
ネオは、教皇庁の法的公認は受けていません。しかしながら教会内の1勢力といえます。
その1勢力のための司祭を養成する神学院のために、当然ネオに反対する信徒も出した一粒会費が使われたわけですね


桃太郎 - 01/12/03 21:00:12
よしこさま、それが通用させてしまうのが高松教区なんですよ。権威を振りかざしてというよりは、「たぬき」のようにだましだまし。
私たちはこれが、金の小判か、あるいは、木の葉か見定めなければならないわけです。どうも残念ながらどうしようもない枯葉のようですね。


一寸法師 - 01/12/03 19:59:22
傍聴人さんの的確なご意見にいつも目を凝らしています。
お尋ねしますが、ネオ司祭は、資質をはじめ召命の過程、さらには神学院の教育そのものを含む多面的に欠陥があるということなのですか?
私も特にT、S、I神父の言動について入念に観察してみます。


小教会のよし子 - 01/12/03 18:49:39
司教さまが権威で信徒を押さえつけることができたのは、第二バチカン公会議以前のことでしょ。慈父的な心を失って、ただ権威をふりかざしても現代は通用しませんことよ。


傍聴人 - 01/12/03 12:29:30
新求道共同体に加入している人の共通点は@要理の学習を短期に終えている人A幼児洗礼の人B自分の信仰に迷いがある人、といったところです。
つまり、信仰が自立していないためにカルトに出会うと、すぐに引きずり込まれていくのです。
その意味でも信者の養成(再教育によって自立心を育てること)が重要ですし、現位階制では特にそれに携わる司祭(牧者)の資質が問われているところです。


しょうゆ豆 - 01/12/02 23:28:02
11月3日の書き込みで、中村さんは「私は、こうした不信感が後を絶たない体質に危惧を感じています。」と言われています。しょうゆ豆もこの体質にこだわります。
これは、信者に不当な圧力をかけたり、約束をたがえたり、ごまかしをする教区上層部や、未熟さを問われるネオカテ出身の司祭のことはもちろんですが、自立出来ていない(自問しながら)信者側にも問われる問題だと捉えています。
もっとも、信者は「そのように教育された」とも考えられますが…。
新求道共同体の虜となってしまった司教と司祭のもとでは20年近くの間に、その“道”を歩まぬ信者たちの教育養成はおざなりとされ、疎外さえされていたのではなかろうかと疑います。それでも、権威、権力を恐れ、葬儀の拒否、破門を想像し、‘司教さま、神父さま’と、へつらうことをやめない。 
何もかも神父さまに頼り、言われるがままに素直に従っていさえすれば万事は安泰とする。 
不平不満は溢れるほどに口からついて出てくるにもかかわらず “長いものには巻かれよ”とばかりに、地縁、血縁、義理、人情のしがらみを突破することができないでいる。
こんな信者が高松には結構いると感じています。


傍聴人 - 01/12/02 19:04:23
T紳父だけじゃあありません。S紳父のすることをよくみて、しかるのち話してごらんなさい。またI紳父の様子もよく見つめてみてください。
そしてこのところ他の国から来て叙階された司祭で姿が見えない人が多いようですから、一度よく確かめてみられてはどうですか。

- 01/12/01 23:28:44
>ネオ司祭が担当するようになって特にひどくなりました< まあ、これはしょうがないです。あのT神父さんですから


総会出席者の一人 - 01/12/01 19:47:32
一粒会会則(案)は、ただ作ればいいという程度のもので、誠にお粗末の限りです。なによりも愛が込められていません。
近年の高松教区は、会議の運営にしても発行する文書にしても未熟と言うか非常識と言うか、誠に恥ずかしい内容になっています。
ネオ司祭が担当するようになって特にひどくなりました。2004年には教区発足100周年を迎えるというのに。
教区を育てられた田口枢機卿や田中司教は天国で、さぞ嘆いておられることでしよう。


傍聴人 - 01/12/01 15:01:01
11月24,25の両日,徳島の鳴戸教会で教区信徒協総会。
どなたかが質問した一粒会資金の件で深堀司教は@神学院用地代の3000万円は支出していないA神学院の経費に使用してなぜ悪い、などと発言。
その舌の根の乾わかぬうちに,一粒会会則(案)を堤出する始末。
それなら大金の3000万円は一 体どこから出たのか聞きたいところですが、さわらぬ神になんとかやらなのでしょうか、みんな黙りの一手 でした。
出席された役員さんたちはどこから選ばれた人 たちなんでしょうか?


ぷー - 01/12/01 14:56:41 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
高松教区当局は、高松教区の一粒会費の規則を整備するにあたり、目的を教区司祭の養成という定義とし、邦人司祭という文言を除ける方向にあるとの未確認情報を得ました。
ネオの神学院のために、自由に教区民の浄財を使えるようにするための方策でしょう。要注意です!


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