2002.12/21-31

K子さんに同感 - 02/12/31 20:15:07
K子さん(新居浜)は、ネオ神父が主人がいて4人も子供がいる家族の主婦と関係し、家庭を壊したことを嘆き悲しんでいるのではないでしょうか?
神父も人間だから,それはいろんなことがあるでしょう。家庭をもたない独身だったら、どのようになろうとも他人がどうこう言えることではありませんよね。
新居浜の件は、宣教活動の足を引っ張った事は間違いなさそうです。


- 02/12/31 13:40:20
ここのHPに時々寄らせて頂いています。 K子さん、私も司祭の不倫などもってのほかだと思ってます。新居浜のことも噂でだけは聞いています。
ただ、ここのHPを読んでいて時々思うのですがネオの司祭のした事とか問題は、大きく出るのですが高松教区であっても他の司祭については、問題にされていないのですが、このHPはそういう趣旨なのでしょうか?
基本的な事が分からずすみません。
例えば、D会の司祭も少なくてもここ10年くらいの間に幼稚園の主任さんとか、同じ教会出身の信徒等と結婚したりして辞めた方が3人以上います。
少なからず周りの信徒は躓きました。それで教会に来なくなった信徒も何人も知っています。
また公にはされなかったのですが、教会の維持費も使いこんでいた司祭も知っていますが、何故ネオだけを問題にされているのでしょうか?
私はどちらかといえば他の修道会の司祭に躓いたくちです。そうしたことは、ここでは言ってはいけないのでしょうか?
トップにネオ対象と書かれていなかったので今回は他の問題についても出してみました。
高松教区でもネオ以外の問題はだめということでしたら管理人さんから一言記入してくだされば、事情を知らない信者は分かりやすいです。
このHPを読ませていただいて色々な問題が分かり感謝しています。また寄らせてください。 


- 02/12/31 11:51:39
婦人は4人の子供を残してT市の実家に戻られました ←←このページしか情報源がないので、大きなことはいえませんが。
神父も神父だが、神父と知って関係を持った婦人の態度もいかがなものか?


K子(新居浜) - 02/12/31 08:21:04
振り返ると、今年もネオのことでいろいろな出来事がありました。私が忘れられないのは、2月上旬に起きた新居浜教会のネオ司祭による不倫問題です。
その後、そのネオのダメ司祭はやめてブラジルに帰り、婦人は4人の子供を残してT市の実家に戻られました。
家族が無残に引き裂かれてしまったこの悲劇、私は「聖家族」の主日に祈りました。
あの時、新居浜教会のL主任司祭や深堀司教は目の前で見逃しながら知らん振りして、そんな無責任な態度に愕然としました。
幼稚園にかかわった不祥事だから影響は大きく、ネオによって宣教活動に泥を塗られた1年でした。


果たして? - 02/12/30 16:58:25
高松教区へのネオ導入は正しいものであったのでしょうか?
私は現在の高松教区の状況と他の大司教区の方針を比べてみて、明らかに導入すべきものではなかったと寸分の迷い無くそう確信しております。
おそらく高松教区の司教は、教区民に対して行使されるべき正確な判断能力を失いつつあるのではないのかと考えます。
司教の判断能力が直接大勢の信者の信仰生活に関わるものであるのですから、なおさら事は重大です。
本当なら、教区政策(ネオ導入)の失敗がわかった時点で、統治者の交代と云う事が行われるのが普通の事で、交代した次の統治者がその是正をするのが当たり前の事だと思います。
けれども高松司教の懐に深く入り込んだ新求道共同体主体の教区独裁統治下では、その政策の失敗という事を中々認めない(我が首を締めると同義)ものだから、事態が益々甚大化してしまうわけなのですよね。
仮にここで司教が交代しても、新求道共同体の組織をそのまま温存し、それを引き続き使って教区を統治しようとすればどんな結果を招くのか自明な事。
継続してネオを置いてみたところで、行々は今と同じ組織疲労を繰り返す事になるので新求道共同体主体の教区運営は無意味だと思います。
次の司教に交代した時に、既存の新求道共同体組織に英断を持ってメスを入れる事に留意出来れば、高松教区の再活性化(再編成)ということが充分可能であると思います。
ところが司教の背後に控える新求道共同体組織というのは、新求道共同体組織の一党独裁統治がその至上主義になっているわけで、司教交代という事がその組織の解体にも繋がりかねないのですから、おおよそ彼等の命題の中に入っていないと思われます。
その上、高松司教の場合は、統治の座から降りることがそのまま自らが推進する新求道共同体運動全体の衰退を意味しているものだから、新求道共同体の関係者とそれに深く関与し過ぎた者達それぞれの思惑もあって、尚更失敗したという既成事実を認めたがらないし、だから権力を保持しているうちに、組織に抵抗する勢力を叩いておこうと信徒相手に滅茶苦茶な事をおやりになるのですね。
そしてその行使力の怖さが解っているからこそ、高松教区司教の取り巻き連中というのは、尚更心からの諌言という事を控えてしまい、当事者を益々「裸の王様」にしてしまう悪循環を繰り返しているのですね。
しかしながら、政策の失敗というのはどんな統治者にも付いてまわる事なのですから、なにも恐れずに直ちに今からでも大幅な軌道修正をする事もやって出来ない筈はないのです。
私はそれを密かに期待しております。


通行人C - 02/12/30 12:17:03 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
いつもお世話になっています。いわゆるネオ問題や、高松教区の問題について私の唯一の情報源は、この掲示板だけです。
現在のカトリックマスコミは、この点で広報の機能を十分果たしていないと思います。それゆえ、この掲示板には大いに感謝しています。
ただ、残念ながら、「あしたに向かって」の意図が未だに良くわかりません。どこに向かって進もうとしておられるのか。
なぜネオに反対しておられるのか、協調できないのは、信仰上の理由なのか、それとも心情的な理由なのか、その辺のところが今一明確に伝わってこないのです。
その辺のことを啓蒙していただければ、たいへんありがたいのですが・・


洗脳とは? - 02/12/30 12:12:47
ある特定の人物や組織が、対象者である個人の人格「信念、行動、思考、感情」の精神操作をするといいます。
それも施す側により都合の良い様、新しい別人格者へと個人を作り変えるから始末が悪い。
しかも、本人には強制されていると自覚を持つ事を感じさせない、巧妙な方法で施しをかけられるのだから逃れようがない。
その様な妖しげなものに共通してみられる特徴は、本人に事前に適切な情報が与えられていたならば、決して成功しない様なやり方を使う。
いくら権威を楯に美辞麗句を並べ立てようが、怪しげなトラブルや噂が絶えないものには自ら距離を離し、決して近づかないのが得策。
さて、高松教区の場合はどうでしょうか?わたくしには、見事に施す側の思惑通りの術中に嵌っている信者が見受けられる様に思います。


プル - 02/12/30 10:21:18
今年も残りわずかですね。来年こそは一連の問題解決の糸口が見つかりますように。相手をわるく言うばかりでなく、なんとか歩み寄る方法が見つかるようお祈りします。


- 02/12/30 09:27:40
ある信徒の方たちは、始めは誰もが普通にネオ司祭に接しているのに、時間が経ってネオ司祭についていけないことがわかると、途端に態度が変わり、仮面をかぶった正体を現わしてくるのです。
桜町教会で教会 にこなくなった人たちに聞けばよくおわかりになると思います。


八幡浜の信徒へ手紙 - 02/12/30 07:09:40
ネオのために働く司祭は、始めは誰もがとても優しく、時間が経ってネオについてこないことがわかると、途端に態度が変わり、仮面をかぶった正体を現わしてくるのです。
桜町教会で教会にこなくなった人たちに聞けばよくおわかりになると思います。


仮面をかぶった鬼は - 02/12/30 00:42:48
ネオのやり方には色々と問題や心配があるかもしれまんが八幡浜の他称「司祭の仮面をかぶった鬼」は、ネオの司祭の降誕節のお祝いの集まりも楽しみにしていたパーティーも断って、先日手術したばかりの信者の容態を心配して教会に残っています・・・・。 


八幡浜の信徒へ手紙 - 02/12/29 20:12:40
各方面から注意を促すコメントがあり、それだけ八幡浜教会の今後を心配している兄弟が多いということです。いろいろな情報を収集されることをお勧めします。
まず、同じような規模の三本松教会の体験が貴重だと思います。この教会も祭壇をネオ式に改造しました。
遊園地にあるような白い椅子を祭壇の周りに並べて、まるで安物の野外レストランという感じ。
この教会がズタズタに引き裂かれて、もう既に他の教会に移って行った信徒がいます。まだ数人がその瀬戸際で悩み苦しんでいます。
ぜひともその信徒たちの叫びを聞いてみて下さい。
自分の教会から追われる身の信徒たちから「ネオは悪魔だ」「ネオの司祭は仮面をかぶった鬼だ」という、心の叫びが聞こえてやまないのです。
主のご降誕で喜びが多いときだというのに・・・


八幡浜の信徒さんへ - 02/12/29 18:45:42
曖昧な信徒の持つ背景を少し辿って調べてみるだけでも、高松教区の教区運営にネオがどういう方法を弄して関与してきたのか?
直接的にどう教区運営に介入するに至ったのか?というネオ独特の思考に基づく行動パターンとか、ネオ独自の方策における展開方法の部分が間接的にもはっきり見えてきます。
そのことはこれから災難が降りかかるであろう地区への備えの具体策にも繋がっていきますから、少し手間がかかるかも知れませんが検証する価値は大ですよ。
分裂を回避する意味におきましても、みなさんが仰るとおり信徒の結束は絶対必要です。
然しながら、ネオにとって信徒の団結ほど強く大きな障害はありませんから、ときには常識を逸した方法を用いて信徒間の連帯意識を潰しにかかってきますので細心の注意が必要ですよ。
小教区間に存在している温度差に関してですが、確かに今まではあったでしょう。
早い時期にネオが入り込み各小教区・教会・信徒間に与えた負の足跡などは、各修道会が仕切る小教区という障壁を越えて他に伝わることはありませんでしたし(これもネオには都合良い物であったのは皮肉なことです)、一見、非体験者には非常に分かり難い闇の部分ではありますが、今後は今まで以上に様々な方法を活用しながら他方面に向かい情報発信されると思います。
と同時に、ネオに関したことはもっと具体的な事柄が浮き彫りにされてくるでしょうね。いずれにしても、ネオに明るい未来はないでしょう。
日本の教会が今最も必要としている求めの本筋とは正反対なことをごり押ししているのですから。
また程度の差はあれど、ネオは高松教区のどこにいっても同じようなことを繰り返していますからね。
流れ着いた先々で地道に基盤を築こうとはせず、信者・非信者の区別なく手当たり次第に土地の有力者などを巻き込みながら組織固めに有益と思える旨味のある部分だけをさらっていく(通称:ネオの良いとこ取り)浅ましい姿勢は地元の方々の反感を買うどころでは済まされず、その上で蓄積した不信感はローマカトリック全体へと問われていくことでしょうから。


八幡浜のかたへ - 02/12/29 11:07:16
そうです。ずたずた、ぼろぼろになります。
ネオとそうでない信徒,ネオでない信徒のなかでも、「まあいいじゃないか」という人や「絶対に認められない」という人,「仕方が無い」という人などが出てきて,各人の温度差でもばらばらになります。
あちらはがっちりまとまっていますので心配ない?でしょうが、要はこちらの結束の具合かもしれません。私のいる小教区は空中分解しています。
気心の知れた人と早めに対策を練っておいた方がいいと思います。老婆心ながら…。


八幡浜からの手紙 - 02/12/27 20:08:07
みんなからうらやましがられるのですが、うちの教会には神父さんが2人います。
クリスマス前の事ですが、さる14、15の2日間にわたって深堀司教さんが八幡浜教会へ来ました。
ネオ式祭壇に変わったので、お祝いミサのつもりだったのでしょうか。14日夜の集まりには信徒8人が話を聞きました。
主日のミサで司教さんは「もう20年以上も前から、教皇様はこのような祭壇でミサを捧げるようにすすめられていたのです」とのことでしたが、ずうっと昔のままであったのに、今年新しい司祭になって急に変えたのはどうしてなのかなあ、と思いました。
私は落ち着かない気持ちです。隣の大洲市でネオの運動が始まるそうなのですが、いつも来る信徒は多くても10数人の年寄りばかりなので、お手伝いを頼まれても出れる人は2,3人しかおらず、困るなあと思います。
まだネオの運動はしていませんが、ある人から「小さい教会だから始まったら分裂してずたずたになる」と聞かされ、これは大変なことになる、教会に来なくなる人が出るのではと心配しているのは私一人なのでしょうか。


小さき百合 - 02/12/27 06:56:08
こちらのサイトを見てカトリック内で憂慮すべき大変な問題と思っております。様々なサイト見て回っていたところ気になる写真を見つけました。
http://naruto.catholic.ne.jp/ (堂内・その2)をクリックして、次の複数の写真の右下の写真をクリックしてみて下さい。
亡くなられた方と思われる遺影に仏教式にお線香をあげています。前に知らせておられたらごめんなさい。
フマネの成相神父様のホームページでもネオの事を、書いてありました。
最近見にいってなかったのですがフマネのページが見れません。と言うか無くなっているのですが、神父様に何かあったのですか?
以前御加減が悪いと書いてあるのを見たのですが、とても心配です。どなたか知りませんか?


@ぷー - 02/12/26 22:47:15
本当に降参したかどうかは来年1月15日の和解協議でどのような和解案をだしてくるかによるのではないでしょうか?
もし、被告側が全く反省してないフシギキテレツな和解案を出してきたりしたら、「やっぱり何も分かってなかった」とゆうことになるのでは?
そして世の中には知らなかったで済ませられることと済ませられないことがあります。
神学院設立の過程において{そんなこと問題になるとは知らなかった}では、信徒の貴重な浄財がつぎ込まれているのですから、通用しません。


傍聴人 - 02/12/26 13:26:14
カトリック新聞(新年1月5日号)、酒井新二氏(共同通信社顧問)の「展望」の記事の件、「今、教会に望まれるもの」として、新年にふさわしい提言だと感心しながら読みました。
総論として課題が提起されましたが、「これをどうする」という各論について、今後の議論と実践に期待したいところです。
言いたいことは山ほどありますが、酒井氏が結びで言及されているように、まず教会内の"不協和音≠ニはどんな"音≠ネのか、日本の教会が心と耳を澄まして傾聴するところから始めなければならないと痛感しています。


通行人 - 02/12/25 18:33:27
なかなか潔い姿勢で好感が持てます。


今  治子 - 02/12/25 17:40:43
深堀司教の裁判のことなんだけど、Mさんの報告によると、さる17日の進行協議で深堀司教の方から先に「神学院のことをもっと早く問題にしてもらいたかった。
10年前の資料を出せといわれても無理で、原告らの疑問や不満にもこたえられない。
無意味な時間だし、話し合いは難しい」と言い出し、裁判長に「名誉毀損で裁いてほしい」と申し出たそうです。もうこれで完全に"降参"したということなんでしょうか?


@ぷー - 02/12/24 22:57:16
主のご降誕おめでとうございます。みなさまの上に豊かな恵みがありますように


しょうゆ豆 - 02/12/24 09:39:07
【名誉毀損訴訟終結の方向へ・一月中旬に和解協議】「中外日報」の記事です。 
カトリック高松教区の「名誉毀損訴訟」は、終結へ向けて動き始めたもようである。早ければ来年一月に和解、それができなければ遅くとも春には判決の運びとみられている。
深堀敏・高松教区司教の「司教書簡」で名誉が傷つけられたとして、松山市在住の二信徒が提訴した松山地裁の審理は、17日、五回目の進行協議が行われた。
法曹関係者や教区事情に詳しい筋によると、双方の意見が出尽くしたと見た上原裁判長は、
1、民事訴訟であるから、和解によって収拾するのが望ましい。
2、次回の来年1月15日は、本訴訟の和解協議の場としたい。
原告と被告は、これなら和解できるという案を同日までに、二つ以上提出してほしい。と表明、双方とも同意したもようである。
それでも和解ができなければ最終弁論を経て判決を出す運びのようだ。和解協議の日程は1月15日と決まった。
しかし争点の背景となっている高松国際宣教神学院について原告側は違法性の疑いを晴らすだけの立証が行われていないと主張、教区内での宗教行為の権限は司教にあるとする被告側の主張とは大きな隔たりをのこしたままである。
このため、現状では和解による妥協の成立は困難と見る向きが多い。
『来年の春には幕引き確実に』いずれにしても上原裁判長の表明でこれ以上進行協議を積み重ねての引き延ばし作戦は不可能となった。
1月15日に和解が成立しなかった場合、春までには判決による決着が行われることが明らかになった。と書かれています。


通行人C - 02/12/23 11:01:37 電子メールアドレス:theotokos@mail.goo.ne.jp
もう「裁判」でエネルギーをすり減らすより、教区信徒団として新求道共同体にどの様に立ち向かって行くのか意思統一を計ることが最重要事項ではないでしょうか。


傍聴人・F - 02/12/23 07:50:23
高松教区・深堀敏司教に対する「名誉毀損裁判」は終局を迎えそうだとのことですが、ある筋の情報によると、引き続き「宗教法人法第23条」による「財産処分等の公告違反その他」で訴訟に持ち込む準備をしている人がいます。
その人が依頼している弁護士の話ですと、高松教区立神学院は、宗教法人法第23条3、4項による公告がなされていないとのことで、「公告をしなかったり、公告に違反してなされた財産の処分等の行為の効力は、無効となる」とのことだそうです。
詳しい事はわかりませんが、もし裁判になったら、これまた大変なことになりそうです。


栗林孝充 - 02/12/22 23:54:58
このページでは初めてお目にかかります。栗林です。今回の「深堀司教様」との裁判も、終局の場面を迎えました。
この間、皆様には大変なご迷惑をおかけいたしましたことを、まず、お詫び申し上げますと共に、多大なご支援を賜りましたこと、心から御礼申し上げます。
さて、今回の裁判を通じて私が司教区の皆様にお伝えしたかったことを、一つの論文にまとめるつもりでおります。
これは今年11月、森岡さんも交えた会合の中で、とあるカトリック上長から書くように依頼されたこともあってのものです。
いずれ近々に、何らかの形で皆様にもご覧いただき、今後自由な議論の踏み台にでもしていただければ、これに勝る幸せはありません。
クリスマスが近づくこの時期、皆様に神様のお恵みが豊かにありますように、心からお祈り申し上げます。


@ぷー - 02/12/22 22:53:21
12月8日付けの「展望・日本の教会の空気」と題された佐藤司教投稿の記事は、まさに空気を掴むような漠然として抽象的な内容で、一体何を指して「日本の教会に漂う妙な空気」といっているのか、さっぱりわかりません。
ですから、カト新がどう釈明しようとも、「これは遠回しに高松教区でネオに反対している人たち、また、名誉毀損訴訟の原告の方達を非難している」と受け取られてもしょうがないのではないか?
あのように、「展望」という形で、カト新が佐藤司教の意見を掲載したら、これがカト新の社説かと読んでしまいます。


- 02/12/22 21:03:24
ろくな司教がいないということ?でんな


和夫 - 02/12/22 18:01:59
佐藤敬一・新潟司教の「展望」の寄稿文は矛盾だらけだけど、その問題の記事をカトリック新聞が内部で検証することなく゛垂れ流し゛した責任と罪は非常に大きいと思わないか?


しょうゆ豆 - 02/12/21 16:15:18
「ご都合主義さん」と同感です。
「展望」と「中外日報」へのコメントから、佐藤司教さまは「ネオのカリスマが真性であることをより確かにするため・・・非常に重要なステップである」と教皇さまがおっしゃったから、ネオを擁護する、でも、自分はネオのミサは許可していない」と言われているということになりませんか?。
ネオが、教区司教に提供するのは、ネオの宣教の方法であり、その方法の中で、ネオのミサは欠かす事の出来ないものであるはず、ネオのカリスマの中で育った司祭にそれをしてはいけないと言い渡しているということでしょう、なぜ?、それとも日本では合わないと解っていらっしゃる。
いずれにしてもネオ神学院を抱えている高松教区の信徒としては、そんなご都合のよいことなど軽軽に言ってほしくないですわ。


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