2002.12/1-10

- 02/12/10 23:09:29
海神セレスさん、「私はネオ支持派です。とか反対派です。」とか全ての信者たちは、絶対あなたに言ってないと思う。大体にして今治のネオって7人しかいないし・・。
クリスマスや復活祭の参加者は、ボーイスカウトやガールスカウト、その父兄、園児とその父兄、コーラスの方々が普段より多いという理由の大半を占めていると思う。
話が大き過ぎだと思います。


海神セレス - 02/12/10 17:30:44 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
人数については、総信徒数のみ正確な数字が出ています。その他は、概数です。教区とドミニコ会が対立しているという事ではなく、各信徒の選択状況を表しています。
総信徒数350名程度。(未登録者含む。)うち、200名程度が降誕祭・復活祭位に参列。残りが主日・平日ミサ参列者。
フィリピン人等々の英語圏出身者が30名程度。(未登録者含む。)ペルー人等々のスペイン語圏出身者が10名程度。(未登録者含む。)
残りが、日本人と韓国人・中国人永住者(未登録者含む。)で、その半数がネオ参加者・支持者で、残りが完全中立か、反ネオ参加者・支持者です。


- 02/12/10 13:21:54
海神セレスさん、ネオ支持派とかドミニコ会支持派という書き方をされると、まるでネオとドミニコ会が敵対しているようにもとられ、誤解されかねませんのでご注意ください。
また情報や人数配分もかなり間違っておりますことも付け加えておきます。


Re:「展望」の記事様 - 02/12/10 11:54:20
早速拝見いたしました。教えてくださってありがとうございます。


海神セレス - 02/12/10 10:53:31 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
現在の今治小教区の在籍信徒動向報告です。総信徒数334名のうち、200名程度が降誕祭・復活祭のみ参列する「日曜信者」です。
残り120名程度が、主日・平日ミサ参列者です。その内、30名がフィリピン人等々の英語圏出身者で、10名程度がペルー人等々のスペイン語圏出身者です。
残り100名程度が、日本人と韓国人・中国人永住者です。さらにその半数がネオ支持派で、残り半数が中立派・ドミニコ会支持派です。
ネオ派信者は、最近まで隣接の西条教会のミサに参列していました。以上です。


一方通行 - 02/12/10 08:52:12
問題を放置した結果・・・そう、中央協議会も問題を放置しない方針「意思表明」に転換したのだと思います。これは将来を考えた岡田司教の賢明な判断だと思います。


一方通行 - 02/12/10 08:44:52
「カトリック新聞社」は、宗教法人カトリック中央 協議会事務局の新聞事業部ということもカトリック新聞社のHP http://www.cwjpn.com/gaiyo/index.htm に明記されていることから、当然事務局長の岡田司教も記事に対しての責任を持つということでしょう。


一方通行 - 02/12/10 08:39:31
カトリック新聞に公式に掲載されたのですから。カトリック中央協議会は色眼鏡を掛けない方針に変わったのだと思います。


傍聴人 - 02/12/09 21:18:27
日本カトリック司教協議会・常任司教委員会(島本要委員長)が1993年9月13日付で、日本の全教区司教(補佐司教)宛てに通達した「新求道共同体に関する文書」は、今も元気に生きています。
新潟教区の佐藤敬一司教は、当時それに賛同し、以来何も言わずにおいて、あのカトリック新聞の「展望」への投稿記事はどういうことですか?
内部のことまでさらけ出して・・・。司教協議会の中で充分話し合ってからでも遅くはなかったでしょうに。いま表明することに、何か意図するところがあったのでしょうか?
節操がないというか、聖職者としてのモラルが問われることだと思います。


桃太郎 - 02/12/09 21:13:33
佐藤敬一司教様のカトリック新聞の展望について一言。高松教区の信徒は忘れていません。
新潟に派遣されたネオの司祭が病気(精神的な病気)になられ高松に帰ってきた事を。そのとき私達、高松教区の信徒は思いました。
「新潟の司教様は司祭がいるといってネオの司祭を取っておきながら病気になったので高松に引き取ってくれ。これですむのならしよいことよ。高松の信徒の苦しみを土足で踏みにじるとはこのことよ」と。
佐藤司教がここまで書かれるのならネオの神学院を「新潟教区・高松教区国際神学院」と改めてからにしていただきたいものです。


「展望」の記事 - 02/12/09 17:05:10
こんな親切なページがありました。 http://www.atohmasa.com/cathweeksato.htm


しょうゆ豆 - 02/12/09 16:07:29
キリ子さんのコメントを読んで思いました。
新潟司教は司祭不足が解消されればネオ司祭であろうと信徒のためにミサをする司祭がいさえすればいい。とのお考えではないのかと。 
高松教区と他教区との大きな違いは、高松にはネオの神学院が在るということです。ネオカテの神父はネオのグループの中で育てられるのです。 
神学生たちは神学院の中だけではなく、ネオの信者の中でも育てられるのです。ネオの神学生はネオ信者のグループの集会の中に必ず参加します。
ネオの信者にとっても、ネオのグループの集会、又ネオのミサが出来るネオの神父が必要なのです。自分達のためにどうしても神父が必要なのです。 
神学院をかかえ、神学生がたくさんいる高松では、その周辺の教会では神学生を受けいれ神父を育てるため、毎週集会を、どうしても行う必要があるのでしょう。
信者は週2〜3回は教会に行かねばならないと聞いています。だから、神学生を神父にするためにその集会を行うネオ信者グループがどうしても必要になる。
そのために既存の信者をネオ信者に引きこもうとするのでしょう。そこに分裂が始まる。 ネオの神父は一般のミサもできます。
(満足にできない神父もいるようですが)しかし、時が経過する中で次第にネオ化を図っていくようです。S教会はその代表的例です。 
だから、他教区はネオの活動は禁止するが、ミサさえ出来る司祭であればそれでもいいのかもしれません?。しかし、高松では、司教の権限で神学院を設立してしまった。
高松司教は神学院を存続する為にも、ネオの神父を育てるためにもネオグループを構成するネオ信者が必要なのでしょう。 
段階性をとって形成されて行く、幾つものグループが必要なのです、そのための信者がいるのです。
まったくの新しい未信者の中からどれだけの信者をつくることができるでしょうか。既存の信者の中からネオに改造して行くのが一番手っ取り早いやりかたです。 
ネオの頑ななやり方は、少ない信者の教会の中でネオ信者と一般の信者の中に次第に確執を生じさせ、主任司祭がネオの司祭になった教会では、多数を占める一般の信者の足は徐々に遠のいていっているのです。


残念です。 - 02/12/09 15:30:03
カトリック新聞を取っていない上にホームページでもこの部分は出ていないみたいで、佐藤司教様がどんなコメントを出されていたのか判らないためせっかくの「抗議文」の内容が良く判りません。
申し訳ないのですがもし良かったらどなたか要約をして下さいましたら幸いです。


問題を放置した結果・・・ - 02/12/09 14:12:29
【 教会が破産検討 神父の性的虐待訴訟で 】http://www.yomiame.com/weekly/sougouf.html 
● 神父による性的虐待の賠償訴訟で犠牲者と調停中のローマ・カトリック教会ボストン教区が連邦破産法第11条(日本の会社更生法に当たる)の申請を検討していることが、12月1日付ボストン・グローブ紙の報道で明らかとなった。
慈善団体が破産申請を行うことは極めてまれで、教会が申請した例はない。 ボストン教区で民事訴訟を起こしている虐待犠牲者は現在のところ450人。
和解が成立せず裁判になれば、長期化は免れず、賠償額は少なく見積もっても1億ドルは下らないことから、破産申請の選択が浮上している。 
破産申請すれば個々の賠償訴訟は一つのグループにまとめられ交渉しやすくなり、被害者の弁護士報酬も制限される、また、裁判でこれ以上教会にとって不名誉な詳細が公になることがないなどの利点もある。
しかし、裁判所の監督下におかれ運営上不便になるなどのマイナス面に加え、事件発覚後、誠意を持って真実の解明と犠牲者への償いに当たると表明している教区の意向に反する形となるのは避けられない。 
1997年、ダラス教区が神父の性的虐待の賠償訴訟で陪審団から1億1960万ドルの賠償評決を受けたため、破産法第11条を申請したいとバチカンから許可を取った例がある。
これは、破産を恐れた犠牲者側が賠償金額の引き下げに応じ、3100万ドルで折り合ったため、破線申請は回避された。 
ボストン教区の犠牲者の弁護士は今月16日までに賠償請求額を提示することになっており、教会側が破産申請をするかどうかは1月になる見込みだ。
※以上 Yomiuri America 配信記事


通行人C - 02/12/09 12:27:07 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
毒をもって毒を制す、ですな。


N師が反ネオ派の重鎮ってさ・・・ - 02/12/09 12:18:49
鹿児島教区の関係者から聞いたのですが、N神父様はパウロ6世教皇が作られた第二バチカン公会議後のミサをすることを否定され、トリエントミサしか行わず、司教様の再三の命令を拒否して第二バチカン公会議の刷新路線を否定する姿勢を改めなかったため、鹿児島教区を解雇されたとのことです。
また、同時に、鹿児島司教から日本全国の司教様に対して、神父様の処分についてファックスが回ったとのことです。
聖職停止や破門等の処分はされていませんから、役務的司祭職としての秘蹟の執行が行えなくなるというわけではありませんが、公的には引退司祭同様の扱いだそうで、鹿児島から東京に引っ越されて引退生活をおくられているそうです。
また、N師は現教皇様に後継司教の無断叙階問題で破門されたルフェーブル大司教の創設したピオ10世会との交流も確認されており、鹿児島の司教様はこの点を極めて憂慮されていたそうです。
この司祭の反ネオカテクメナートゥスの論文はこのホームページからもリンクがはられていたのではないでしょうか?
ですから、N神父様は日本のカトリック当局とは完全に縁が切れたという状況にあると考えられ、そのような依頼をして、神父様が快諾されたところで、カトリック新聞がそれを記事にするとは思えません。
またそのような依頼をすることは、教皇様が公認されている団体に対して、ピオ10世会のような公的に異端者の烙印が押されている団体の手を借りるという話になり、ネオに反対する皆様の立場を、ますます困難なものにする可能性があります。


海神セレス - 02/12/09 10:40:12 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
*反ネオ派の重鎮である鹿児島教区の成相神父様に、反ネオ論文執筆をお願いして、カトリック新聞への掲載を申し入れては如何ですか?
(両論併記こそ、教会機関紙の本文なのでは?)


あしたに向かって - 02/12/08 18:13:49
本日、カトリック新聞社に対して、12月8日付カトリック新聞の「展望」に掲載された記事について、抗議文を送付しました。
概要はHP内の「よびかけ」のページに掲載しましたのでご覧ください。


まるこ - 02/12/08 13:26:54
T教会のH主任神父。以前この神父は、ネオ共同体活動をしているのを上からきつく咎められ自重していたそうですけれど、ここにきてまた病根が再燃されたご様子ですね。
こういう、日常表立って表面に出てこない「裏ネオ(信徒も含む)」が密かに地下で暗躍しているのも、高松教区ネオ共同体問題の病因の一端なのでしょうね。 
T教会 訪問記 > http://tokushima.catholic.ne.jp/


キリ子 - 02/12/08 11:58:38
新潟教区の佐藤敬一司教は、同教区内でネオの活動を許しているのかしら?
5年程前、新潟教区の司祭たちとの間で「ネオの司祭は受け入れても良いが、ネオの活動は許さない」という条件で受け入れたと聞いているのですが・・・。


しょうゆ豆 - 02/12/07 20:49:39
遠交近攻さんのコメントは難解で、しばし考え込んでしまいましたが、これは、高知の中心的教会中島町教会に徳島からネオ系司祭のハーン神父が転勤派遣されることになっていることを意味するのでしょうか?


しょうゆ豆 - 02/12/07 20:33:15
カトリック新聞「展望」を読んで。“バチカンの発表”“私は信徒のために司祭がほしい”“教皇さまの勧め”内容はどのくだりもわが身の立場(保全)がみえみえ。
深堀司教と同じ。どんなに教皇さまの薦めであろうと、あわないものは、あわないのです。
教皇さまに日本で一番小さい、四国の人口の0.1%くらいの信者しかいない教区の、教会の信徒の状況の何がわかるというのでしょう。 
そしてカトリック新聞の真意はなんなのでしょう。高松の状況を知らないではないでしょうに、上層部だけの御用新聞になりさがっては存続はむつかしいのでは。


「展望」を読んで - 02/12/07 19:51:01
カトリック新聞(12月8日)の「展望」について一言。これが司教職にある人の文章だろうか?と疑いたくなる。
まず、カトリック雑誌への投稿の件、2年前に断られたその腹いせみたいに、編集長に対する「あてつけ」のようなくだりが気にかかる。
次にカトリック〈特に司教団〉の内輪のことが臆面もなく綴られている。
「"日本の司教団は許していない≠ヘ単なるうわさ?」こういうことが司教の口から出るから「カトリックかどうか怪しいぞ」と言われてしまう。
「司祭の召命の激減?」それは司教の努力不足が大いにあるだろうに、何ひとつ反省の言葉もない。
それでネオに依存して、他人の褌で相撲を取っていることに何の恥じらいも感じていない。「日本では、まだ多くの教区が受け入れていない。
それは日本の教会への適応について問題を感じているから・・・」それこそ教皇ヨハネ・パウロ二世がネオの会則承認に当たり指摘しているインカルチュレーションの面で最も重要なこと。
この部分の論拠に乏しい点でも、独りよがりで拙く、展望は遠く霞んでしまっている。あれやこれやでカトリック新聞の"顔≠ナある「展望」欄への掲載はご遠慮願いたい投稿であり、これを取り扱った編集責任者の見識にも首をかしげたくなる。


遠交近攻 - 02/12/07 19:50:25
阿波狸 鷹狩り勇み 播磨屋の 橋を滑りて 大鯨の餌


- 02/12/07 14:23:28
↓うまい!と言いたいところだけど、黒ザトウの方が味もまろやかで体にも良いんだよね・・・。


- 02/12/07 08:47:37
風評―先ごろ亡くなられた、前・仙台教区司教の佐藤千敬司教は白ザトウ・新潟教区司教佐藤敬一司教は黒ザトウ。


あしたに向かって - 02/12/06 21:26:05
カトリック新聞社に対して次のような抗議文を送りました。
「12月8日付けのカトリック新聞の記事についてを強く抗議いたします。
展望の佐藤敬一司教様の文章を拝読いたしまして、現在の高松教区の深刻な状況をご存知ならば、このようなことを書けるはずも記事を掲載できるはずもないと呆然とした次第です。
真の高松教区の実態を踏まえないでこのような偏った記事を掲載されたことについて、カトリック新聞社はどのように責任を取られるおつもりか、どう対応されるおつもりか、早急にご返答くださいませ。
追って、正式に文書を送付いたします。」
「森岡さんを支援する会 」


プル - 02/12/06 20:43:40
長崎育ちの仲良しこよしのお仲間たちばかりだったのだ  思わず吹き出してしまいました。ごめんなさい。ほんとにそのとおりですね。


通行人C - 02/12/06 18:30:07 電子メールアドレス:ypepito@hotmai.com
「カトリック新聞」12月8日号展望欄に、佐藤敬一司教のネオに関するたいへん興味ある論文があります。筋が一貫しているようですが、皆様はどの様に反応されますか。


しょうゆ豆 - 02/12/05 20:11:01
しょうゆ豆のおもい:当時の、宗教法人カトリック高松司教区の責任役員の構成は、長崎育ちの仲良しこよしのお仲間たちばかりだったのだ!。
以前から高松の信者さんたちから、ちらちら聴いていたことなどを思い起こし、合わせて思ったことは、結局高松教区は、信者の信頼をご都合よく踏み台にして、宗教法人でありながら、責任役員としての資質を持ち合わせてもいないその重役である司教・司祭たちによって、いいようにされてしまった・・・。
この無責任さ、この思いあがり、あ〜〜あ、こんなやり方が通用するなんて・・・。


しょうゆ豆 - 02/12/05 19:49:29
会計収支に関しても、これまで被告側が示した数字について修正すべき点があると自認しているほか「事務運営費等に充当されたものと思われる」「神学院建設工事費への支出でなく、一般運営費への補助であると推認される」などと記されており、信頼性をうたがいたくなる記述ではないかとの声もある。
この文書提出を受け、今後の裁判の日程を決める最後の進行協議は、17日に松山地裁で開かれる。
この訴訟は、夏には結審すると見られていたものが、司教側の要請で次々に引き延ばされた経緯があり、「これ以上引き延ばしをすると、地裁の心証に影響するのではないか」と見る法曹関係者もいる。と書かれていました。


しょうゆ豆 - 02/12/05 19:39:24
問題は、その収支報告書に添付された文書。神学院が設立された1990年当時、宗教法人高松教区の責任役員は司教と、4人の神父(物故者を含む)で構成されていた。
文書によると、代表役員である深堀司教とこの4人の神父は、長崎小神学院で学んだ同級生で親しく「他人行儀的な関係でなく、相互信頼で弾力的に教区運営をおこなっていた」という。 
司教と4神父は、随時話し合って重要事項を取り決め、あとから、責任役員会が開かれたような形の議事録を作成、教区事務所に預けられた印鑑を押すのが慣例となっていた。
神学院は「責任役員会を開いて設立決議をすることも、そのような議事録を残すこともないまま」カトリック教会法に基づいて設立されたと記している(引用内容はいずれも法曹関係筋等からの取材の要約)。 
この経過は、審理の途中で被告側から口頭により説明されたことはあるが、文書の形で地裁に提出されたのは初めて。と書かれています。


しょうゆ豆 - 02/12/05 19:25:43
原告の森岡源三氏らニ信徒(松山市在住)は、「神学院の設立手続きに疑問があり、会計にも不明点がある」と異議を唱えた。
深堀司教は「神学院設立は司教の専権事項。森岡氏らは教区の平和を乱す扇動者」との司教書簡を公表。
森岡氏らは昨年三月、司教を相手取り「名誉毀損訴訟」を起こした。 
これまでの審理で司教側は、神学院の経理が確立されたのは1995年以後であり、それ以前までの五年間(1990〜94)は家計簿的な処理しかされていなかった旨を述べていたが、今回、92〜94年の3年間に、約一億二千二百万円の寄付や補助金を受けていたことを明らかにした、という。


しょうゆ豆 - 02/12/05 19:15:18
「名誉毀損された」として、信徒二人が深堀敏・カトリック高松区司教を松山地裁民事第一部(上原裕之裁判長)に提訴した訴訟で、このほど被告の司教側から「第六回事務連絡文書」が地裁に提出された。
法曹関係筋によると、文書の内容は、高松国際宣教神学院の会計の収支のうち、これまで不明とされていた1992年(平成4)年から3年間の数字を説明するものだが、添付された説明書の内容は法廷での原告の主張を裏付けるものと読むことができる。
自らの立場を不利にしかねない内容だけに、教区の事情に詳しい筋には「最終弁論と判決をまつばかりとなったいま、なぜこの文書を?」と首を傾けている。と書かれています。


しょうゆ豆 - 02/12/05 19:04:37
12月3日付けの「中外日報」の記事から。
カトリック高松教区名誉毀損訴訟として:
見出しは【他人行儀な仲でないから責任役員会開かなかった】〔神学院設立決定の法的な不備自認か〕〔被告の深堀司教から松山地裁に文書提出〕〔原告の主張を裏付ける内容をなぜいま告白?〕〔「思われる」や「推測される」収支報告に微妙さ〕となっています。


天使の声 - 02/12/05 16:07:36
「あなた方は、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。」イエスは、“平和を実現する人々は、幸いである。”といい、弟子たちを派遣される際には、どこかの家に入ったら、“この家に平和があるように”と言う挨拶をするよう勧めておられます。
また、復活したのち弟子たちと再会したときには、同じ言葉で挨拶しました。しかし、イエスの言う“平和”は、この世でいう“平和”とは違います。
“平和”を守るためといって“敵”と定めた人々とその周辺の市民と、その高松教区の信者さん、女性と子供をいじめたり、国民の自由(信者の自由)を奪ったるすることは、イエスのいう“平和”ではないはずです。
また、“平和”を乱さない為に、政治家や教会の指導者が、政治献金の不正、教会献金などの不正を隠したり、抵抗したりしないことも、イエスのいう“平和”ではありません。
逆に、抵抗、告発によって分裂が起きたりしても、そこからイエスのいう偽りの無い“平和”が生まれるはずです。
身近なところから、高松教区の信者の皆さんには、偽りのない“平和”を実現する人になる為に、勇気と不正に対する抵抗を持ち続けてほしい。
不正のあるとき、人々が差別され不利な立場に追い込まれている時は、キリスト信者として対立するしかないでしょう。
これは、政治家に対しても、教会の状勢に対しても、教会内、家庭内でもそうであるように求められているに違いありません。
対立することを恐れない勇気を求めながら、対立のための対立にならないように、相手自身を否定してしまう分裂で終わらないように、対話などで理解しあえるように、光を祈り求めなければなりません。
“地上に火を投げ入れるために私は来た”とイエスは言われました。それは、私たちがどれだけ真剣に、正面から向き合おうとしているのかを問いただす言葉に聞こえます。
あなたは、逃げてはいませんか。...?避けてはいませんか。....?と。
人間同士がいくら利益や人情でつながっていても、それが神の望みに叶っていなければ、真理である神の言葉は、それを見抜きます。
そして、人間のみの“エゴ”のつながりや平和は、やがて崩れていきます。神の言葉は本当に生きていて、力があり、鋭く、すべてを見分けます。
教会の信者さんがどんなに結束していても、神の真理と望みから外れれば、最終的には分裂してしまいます。
イエスの真理と価値観で結ばれていなければ、イエスが壊すというよりも、自ら崩れてしまう運命にあるのではないでしょうか。
今、高松教区に起こっていることは運命ですか。.....?


- 02/12/03 02:28:16
反対する信徒を相手にしないというのは,文字通りネオでない信徒にはまともに接しない ということではないでしょうか。私も実際そういう扱いを受けています。



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