2003.1/11-20

しょうゆ豆 - 03/01/20 12:42:42
この裁判は、深堀司教が平成2年、司祭養成のために「ネオ」と協力して香川県内に高松国際宣教神学院を設立した際に、設立手続きに必要な書類に“偽造”を加え、経理にも不明朗な点があるとして、森岡氏らが異議を申し立てたのが発端。 
その背景には「ネオ」の主導する典礼や習慣が、日本の信徒に馴染まないと言う事情がある。
これに対し司教は「反対者はごく一部。二人は教区の平和を乱す“扇動者”だ」との司教書簡を発表、裁判でもその主張を続けてきた。
しかし、昨年の12月、高知の一教会で「ネオ」支持派の司祭が着任する事を知った信徒らが反対運動を起こし、人事を白紙に戻した事実があり、「反対派はごく一部」との司教の主張は揺らいでいる。
教会関係筋からは「司教は何らかの決断をすべき時」との声も上がっている。と書かれています。


しょうゆ豆 - 03/01/20 12:31:27
1月18日付け「中外日報」に15日の松山地裁の和解協議の件が報じられています。内容は、見出しに “和解「仕切直し」2月26日に再協議”。
カトリック高松教区(深堀敏司教、四国四県26教会)で、信徒二人が司教を相手取り、名誉毀損についての謝罪を求めている「名誉毀損訴訟」は15日、松山地裁民事第一部で和解のための協議が行われたが、歩み寄りが見られず、2月26日に改めて再協議することになった。
法曹関係筋などによると、上原裁判長は原告、被告双方に「どんな形で原告らの名誉を回復して行くかについて、よりバラエティーに富んだ提案を」と要望したもようである。
“「謝罪」にふれない深堀司教”関係筋によると森岡源三氏ら原告二人は「司教書簡で“扇動者”呼ばわりされたのだから、謝罪による名誉の回復は不可欠」との基本線を主張した。
一方、被告の深堀司教は謝罪するかどうかにふれず、「原告らは新求道共同体(略称『ネオ』)への反対活動をせず『ネオ』系司祭を拒否しないこと」を求めたもようである。 
「謝罪によって名誉回復を求める」民事訴訟で原告があくまで謝罪を求め、被告がそれに触れなかったとすれば、和解は進行するはずはなく、裁判長はさらに双方の再考を促したとみられる。
これでこの訴訟は、平成13年3月の提訴以来満2年を超すことが確実となった。


- 03/01/20 02:09:10
松山教会も中島町教会も、信徒自身が自分達の教会を守るべく動いたのですね。感動です。
ウチの小教区はネオよりの司祭とがちがちのネオの信徒にのっとられてしまっています。聖堂もなんだか公民館みたいです。
先日結婚式がありましたがお客さんのつぶやきが聞こえてしまいました。倉庫みたい…。って。
お葬式での会葬者(信徒でない人)から、まるでオウムみたいだとの声まであがり、とても今のような状態では,たとえ友人が教会に行ってみたいといっても,ここには誘えないと思えるのです。


松山教会の信者(N) - 03/01/19 12:24:38
カトリック松山教会(信徒数1019人)は、先週開いた新年度の信徒総会で全会一致により「新求道共同体」を同教会の信徒使徒職団体から削除することを決議した。
1996年まで10年間にわたり同教会で司牧したドミニコ会のネオ支持の神父(現在は東京に移り、ネオの活動禁止を誓約ている)によってネオを使徒職団体に加入させていた。
その神父の転出を機に同教会内でのネオの活動の一切を禁止していた。因みに2002年の活動報告の中で新求道共同体の責任者は次のように報告している。
〈目的〉カトリック初代教会の頃、洗礼を受ける為に求道者の辿った道に出来るだけ忠実に従い、イエス・キリストの様に従って歩む。〈会員数〉10名余り。
〈集会日〉毎週水、土曜日。〈活動目的〉信徒信経を時間をかけて、項目別に、グループ毎に研鑚し、発表する。詩篇を学ぶ。
〈但し〉主任司祭から小教区の敷地内での集会を禁じられているので、各個人宅、その他で集会をしている。 


@ぷー - 03/01/18 20:58:39 電子メールアドレス:zk007jp@yahoo.co.jp
1月15日に名誉毀損訴訟の和解協議が行われたようです。結局、和解は成立せず、また、次回協議が行われるようです。
詳しくはまた後日その内容が伝えられることと思いますが、よく「司教さんを訴えるなんて!」とか「一体司教を訴えて何になる?」なんて意見を聞きます。
しかしながら、司教であるからこそ、信徒の名誉を毀損するなど、人権を侵害したなら、その責任を厳しく問われるべきものと信じます。
司教は牧者として、教区の最高責任者なのですから、当然のことです。


しょうゆ豆 - 03/01/16 23:08:35
『砕かれた深堀司教の主張』内定段階とは云え、ジュード、A両神父の異動は、深堀司教も承知していたはず、「ネオ」の活動(典礼)について「反対するのはごく一部の信徒だけ」との司教の主張は、高知県最大の教会の信徒らの“造反”で打ち砕かれた形となり、松山地裁の訴訟の成り行きにも微妙な影響を与えそうである。と書かれています。


しょうゆ豆 - 03/01/16 23:02:43
中島町教会の信徒らは12月8日から「ジュード神父引き止め、A神父拒否」の署名運動を起こし、15日にオブレート会日本管区のウエンセス・ラギダオ管区長(フィリピン出身)あてに「ネオ」拒否の意思を明記した上で「A神父が着任すれば信徒の分裂と教会離れが起こる恐れがある」との、A神父名指しの嘆願書を準備、ジュード神父を通じて管区長にその旨を伝えた。
二日後の17日、管区長から人事撤回の内意が伝えられ、22日にジュード神父から正式発表された。
「信徒は聖職者に絶対服従」が建前のカトリック教会の人事が、信徒の反対により実質二日間で白紙撤回されたのは異例で、教界に詳しい筋では驚いている。
ジュード神父は「私の留任は宣教会の内部の事情によるもの」とだけ語っている。
日本のカトリックの地域の教会のうち、修道会や宣教会が司牧する教会の司祭人事は、管区長の人選を司教が承認して任命することになっている。
オブレート会所属の教会は、高松教区では8箇所。


しょうゆ豆 - 03/01/16 22:47:06
「しばらく留任することになりました」と発表した司祭はオブレート会(本部・フランス)所属でスリランカ出身の、Pジュード神父。8年前に来日、6年前から高知市中島町教会で司牧(信徒の指導)に当たってきた。
信徒の信頼は厚かったが、昨年12月初め、オブレート会日本管区(高知市)の人事異動で、同神父は今年の復活祭(4月20日)ミサの後、県外の教会へ転出することが内示された。
後任は高松教区内に存在のA神父(米国出身)と伝えられた。
A神父はオブレート会所属だが、教会に詳しい筋によると以前から「ネオ」の教義に共感し、重要な「ネオ」の集会には欠かさず参加してきたと言う。
現在の任地では日本式の従来の典礼を守っているが、中島町教会に着任すれば「ネオ」の司牧方式を持ちこむ恐れがあり、同教会の信徒の間に、不安と動揺が広がった。
つづく


しょうゆ豆 - 03/01/16 22:34:16
高松をしばらく留守にしていたこともあって、かなり遅れ馳せでございますが、1月3日付け「中外日報」の中島町教会の記事を、すでに@ぷーさんともうお一方が書きこまれていますが、出来るだけ詳しくとのご要望の電話がありましたので、出来るだけ詳しくお知らせいたします。  
『信徒が着任を拒否』信徒が司教を相手取り「名誉毀損訴訟」を起こしているカトリック高松教区(深堀敏司教、四国四県)の一教会で、新求道共同体(略称「ネオ」)を支持する司祭の着任が、信徒の総意により阻止された。昨年12月22日のミサのあとで、その発表を聞いた信徒約150人からは、現在の神父の留任の知らせを歓迎する拍手が鳴り止まなかった。つづく


HP紹介 『取り巻き理論』 - 03/01/15 20:26:38
http://www2b.biglobe.ne.jp/~sentan/papers/sonoyama/torimaki.htm 「2.1取り巻き術の発生」は必見の価値有り!


司教の則近 - 03/01/13 19:42:14
"司教≠ニいう名前だけもらった「裸の王様」なんだろうか?見苦しいとか、恥かしいとか、そう思う気持ちすら持ち合わせていない。行動の規範となる観念がない。
つまり司教としての使命感も倫理観も、果てには神の正義も放棄してしまった、悲しくも哀れな姿。どうやら、この腐りきった精神が問題のようだ。
このところ「歳(とし)だから、今年は辞めます」と、ふれ回っているそうだが、「いつ?」と聞かれて、次の言葉を濁すばかりの、これまた哀れな姿は見るに耐えない。


高松教区の惨状 - 03/01/13 13:25:44
高松教区のネオ司祭司牧教会に多いのが現実逃避型の事勿れ主義の信徒。
高松司教とネオ司祭の顔色を窺わなければ自身で物事を何一つ判断出来ないから、必然的に教区や教会に関する運営事項はネオを主体した傾向に偏ってしまう。
実際のところ、そういう教会の中で実社会や現教会が直面する真の求めに応じ、正当な意見を言おうものなら反乱分子扱いとして教区内に暗黙の回勅さえ廻され、ネオ司祭の息が掛かった信徒やネオを身内や友人に持つ信徒から陰湿な圧力が加わります。
そんな信徒の意識の胸中には、高松司教の考えに黙って従ってさえいれば反乱分子の汚名を着ずに済むし、来るべき暁には勝ち馬に乗れ、己の教会での地位は生涯安泰だと信じています。
高松の司教は長期の時間を掛け、こういう社会不適応な信徒を数多く養成してきたのです。
拠って高松教区の現実を知った信徒は、そのままネオ絡みの異常な不文律に唇を噛み締め黙って所属教会を去るか、眼前の不条理を直視しながら沈黙するかのどちらかの選択を否応無く迫られることになるのです。
高松司教に残された課題は司教職の放棄ではなく、その前に自身がお撒きになられた問題を自身の手で一つ残らず拭う事です。
司教として最後のお務めですので、あまりお見苦しい真似はお止めになる様に願います。


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