2003.11/1-11/10

通行人C - 03/11/10 21:23:46 電子メールアドレス:ypepito@hotmail.com
エキュメニズムと言うのは、相手に同化することでなく、相手との違いを認めた上で、友好的にお付き合いすると言うことではないでしょうか。
共同体を認めることと、エキュムニズムとは、次元の違う話です。


- 03/11/09 21:42:30
せめても、エキュメニスムのために共同体を認めてください。。。


通行人C - 03/11/06 20:30:46
03/11/04 18:46:33 これからの課題は、信仰の自由、信仰表現の自由を教会内でも効果的に確立していくことだと思います。
上から「教導権」で押し付けるのでなく、すべての信者が、自由に良心に従って、信仰の形態を選べるようになることが必要だと思います。
大変シンドイ作業ではありますが、今後の普遍教会のあり方にも影響できるやりがいのある仕事ではないでしょうか。


森岡 源三 - 03/11/05 14:35:16
「教会教導権」について。
そういえば新求同期間の道(NC)の規約第1条に「(NC)は教会教導権に従って、教区において実施されるキリスト教入信と継続養成の一つの様式として…」とうたっています。
一つの様式なら良いのですが、こうなると問題は、NC所属の主任司祭の場合、上からの指示によってNCだけの活動に集中してその他の方法や様式には見向きもしない。
無視しているのが現状です。従って「すべての信徒が,自由に良心に従って、信仰の形態を選べるようになること」(通行人Cさんのコメント)という選択肢が完全に封じられているのです。
この事に関連して前福音宣教省長官のトムコ枢機卿は、深堀司教に対していみじくも「(レデンプトーリス・マーテル神学院の)神学生らが、教会によって承認されている他の霊性の価値をよく理解出来るように教育されることが重要。
『教区立』である以上、NCの運動に属さない志願者たちの受け入れに対しても開かれたものであるべきだ」などと強調する書簡を送っていることは意味深長です。
巡察使によっても調査指摘されたそのことをいまだに無視し続け、守られないまま見過ごされている事は、とても危険なことだと思います。


あしたに向かって - 03/11/05 11:04:40
RKさん、名無しさん、みなさまのお気持ちありがたく拝見しておりました。
RKさんは、新求道共同体に参加している信徒のみなさまにも悲劇があると、いわれたかったのではありませんか?私もそれは真実だと思います。
末端のみなさまは、特に何も知らずに一途に信じてついていっておられるのでしょう。
私たちは、同じ教区の信徒として、新求道共同体に参加されている信徒の方々のことも心配しています。
特に心の状態は、閉鎖的な集団で狭い情報しか与えられないと、視野は狭窄してきます。実際に、生活の破綻も考えられるかも知れません。
高松教区の場合、その上に信徒間の分裂という深刻な問題を背負っているのです。
他の教区のみなさまにこの深刻な分裂を理解していただくことが、まさに至難の業であるということを、痛感しています。
今日のみことばに、「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子ども、兄弟、姉妹を、さらに自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。」と書かれていますが、高松教区の中で、新求道共同体について批判するということは、すべてを捨てないとできません。
「今の高松教区はおかしい、新求道共同体はおかしい」と大声で言うだけで、高松教区の中では、信徒としては切り捨てられるのです。
新求道共同体がすべてにわたって善いものとして位置ずけられ、すべてが新求道共同体を中心にして、まわっているのです。
この惨状の中で、失望した信徒たちは、教会を去っていっているのです。
今年初めにアンケートを取らしていただきましたが、あちこちの教会で信徒間に不信感が生じ、孤立した信徒から救いを求める声が寄せられました。
もう、これ以上待てないのです。みんな限界に近づいてきているのです。
この苦しみをわかってほしい、という叫びなのです。このせっぱ詰まった思いをどうかご理解いただけますよう、おねがいいたします。


RK(東京教区信徒) - 03/11/05 09:09:19 電子メールアドレス:kkftf636@ybb.ne.jp
まず最初に、何故貴方はご自分の仮名ですら名乗らず改めてアドレスを載せたにも関わらず「対話もせずに」 「思い込み」きめつけますか?
この「対抗姿勢」があちこちでの教会の混乱をまねいているのはごぞんじありませんか?ではあなたは私の実像に対して何の「思い込み」もありませんか?
確かにわたくしも同様のアドバイスを東京在住の共同体のメンバーに言いました。
「貴方には親身になって考えてくれる友人はいなかったんですか?共同体に入ってから最近変」といってくれる友人はいませんでしたか?」と中には全く周囲の無関心のなかで忘れ去られている人もいることを学びました。
故に自身が恵まれていることを悟りました。 「力の闘い」ですか?他教区の方は高松教区で起こっていることをそう思っているのが実態ですよ。
「なんて醜い争いをしているんだ」問う思ったからこのページを訪れたのですが、当時者の方のご苦労は深刻であることを知りました。
「このような共同体にはまるのははまる方がおかしい」とは思いますし、キリスト教とは関係ない人達にとって私たちは「同じ穴の狢です」「落ちる人は勝手に落ちればいい。でもこの大混乱が’クリスチャンの世界である’」と思われるのは大迷惑です。
思い込みで人を断定する人達も私には「穴じ穴の狢」です。


- 03/11/05 00:46:59
・「人生のうちには考えられない精神蒼白状態に陥る人々もいます。」
そのような状況に陥った場合、宗教に頼るよりも近親者若しくはご友人の助言を求め、早急に病院へ急行した方が解決が早いと思います。 
・「失敗した人間は生涯そのレッテルを貼られることが善でしょうか?こうなると結局は力の闘いではありませんか?」高松教区の誰がそのようなことを言いましたか?
RKさんは、何か激しい思い込みで一方的な決めつけ方をなされているようですが、そのことをご自分でお気づきになられないのでしょうか?


RK(東京教区信徒) - 03/11/04 22:44:46 電子メールアドレス:kkftf636@ybb.ne.jp
当事者のご苦労は充分に忍ばれます。この立場に異論を唱えていますでしょうか?
私自身この共同体に引きずりこまれそうになっていますから、その悪害は承知したおります。ですので私は末端と書きました。指導者層とは書いておりません。
人生のうちには考えられない精神蒼白状態に陥る人々もいます。そのような時でも「絶対に盲目になることは無い」と断言できる人はいるのでしょうか?
「盲人に引かれる盲人」の哀れを感じると思いました。この様な心理的搾取の組織構図そのものに問題があるのであって「盲人を品らいして穴に落ちた」ひとは全く同情の余地がない。
という言うことですか?「悪を憎んで人を憎まず。」私自身これはとても難しいですし、理想論です。ですがそうありたいではありませんか?と私個人の意見を述べました。
ですから悪は排除されるべきでしょう。ただ失敗した人間は生涯そのレッテルを貼られることが善でしょうか?こうなると結局は力の闘いではありませんか?


通行人C - 03/11/04 18:46:33 電子メールアドレス:ypepito@hotmail.com
これからの課題は、信仰の自由、信仰表現の自由を教会内でも効果的に確立していくことだと思います。
上から「教導権」で押し付けるのでなく、すべての信者が、自由に良心に従って、信仰の形態を選べるようになることが必要だと思います。
大変シンドイ作業ではありますが、今後の普遍教会のあり方にも影響できるやりがいのある仕事ではないでしょうか。


森岡 源三 - 03/11/04 14:37:32
RK〈東京教区信徒)さんへ。
日本における新求道共同体(NC)は、自ら決めてバチカンの承認を受けた規約の第2条(新求道期間の道の実施)、第3条(道の国際責任者チームの権限)、第9条〈ケリグマと祭儀)などの条項を自ら破って、無規範、無秩序な活動を続けているのではありませんか?
さらに新教会法典第515の1などにも反した行動は看過出来ないことです。
日本の16司教区のうち、高松教区を除く15の司教区長がNCの活動を自分の教区で認可しない事情がこの辺にもあると私はみています。
こうした無秩序、無軌道な組織を放任することはキリストの正義と平和に背くことで、悪につながっていくのではないでしょうか?
いや、既にあちこちで修復出来ないような不和や分裂を引き起こし、悪を招いているのです。


- 03/11/04 11:33:52
RKさま。「人間の純粋さを組織的に搾取する」如何わしい宣教団体は、現代という場に生きるキリスト者として相応しい団体だと言えるのでしょうか?
現在の日本にとってそのような宣教方法が必要なのでしょうか?高松教区を今のように異常な状態に陥らせたのは、その共同体に所属していない信者が悪いからなのでしょうか?
その責任の所在を究明する行為は、キリスト者には全く必要のないものなのでしょうか?
共同体のメンバーが個人的にどんなに善い人でも、それらの人が所属する共同体を介し周辺に多大なる霊害を与えているとするならば、キリスト者としてもこれを黙って見逃してよいものなのでしょうか?
「気の毒」の一言で済まされるものではないと思いますが・・・


- 03/11/04 10:49:58
にゃじらさん、何か、それほど思い詰められるような、つらいことがあったのでしょうか?


RK(東京教区信徒) - 03/11/04 08:54:36
ここでの管理人さんの意図は共にキリストのもとに招かれた者同士「キリストの御名が聖とされますように」そのために「反宣教的」な空気を改善したい。
そのために共に知恵を出し合いましょう。 ということであって派閥を形成し断罪をしていこうということでは無いはずです。
傍観者的に好きなことを言うことは子供にも出来ることでは無いでしょうか? 「姦通女」の話をご存知ありませんか? 
私自身、この共同体のメンバーと直接、先入観のない会話の上でそれでも疑問に感じることをこのページに提示してきました。
彼らが悪とは思いませんし、彼らの視点が悪に根ざしているとも申しておりません。この共同体の活動が「26聖人の功績を無にする」とも思いたくはありません。
個人的な感想ではありますが、「人間の純粋さを組織的に搾取する」というのはクリスチャンである無いに関わらず許されざることではないでしょうか?
と末端にいる信者の方には気の毒さを感じますが皆様はいかかでしょうか?


- 03/11/03 23:24:16
東かがわ市在住の仏教信徒から、市が特定の宗教団体に肩入れするのはおかしいという声はあがらないのでしょうか?
天理市や長崎市や函館市とかなら特定の宗教との歴史的文化的繋がりが認知されるでしょうが、一体讃岐の地とバチカンとがどのような歴史的繋がりがあるというのでしょうか?


にゃじら - 03/11/03 19:25:49
旧大内町の議長が町内に神学校誘致する為バチカン訪問したそうですが・・・ネオって一言で言うとオウムみたいなものと理解していいのですか?
私、谷口、栃口神父、大嫌いです。辞めてよ。早く・・・。やめろやめろ。深堀も・・・その為なら、同じ事思ってる人協力します。追い出すために・・・


Aki - 03/11/03 08:47:47 電子メールアドレス:ncw_aki@infoseek.jp
海神セレス - 03/11/02 01:32:01 フィリピンの憲法、基本法、法律によって、キリスト教が国教である、定められているとのあなたの書き込みに関してですが、フィリピンに15年永住している私は、一度もその様なことは聞いたことがありません。
私が知らべられる範囲で憲法、基本法、法律を調べ、友人の比人弁護士にも電話で確認を取ってみましたが、その様な条文はありませんでした。
唯一、憲法の第二章第二条に「The separation of Church and State shall be inviolable」と言う条文があります。
これは国家と教会(宗教)との分離を明確に謳ったもので、分離は不可侵であると規定しています。
もし私のほうが間違っているのであれば、海神セレスさん、あなたがその様な条文をご教示下さい。
もしそうでないとしたら、フィリピンに関しての前言を撤回し訂正して頂きたいと思います。
誤った情報を日本の方に提供するのは、フィリピンに永住するものとして、訂正することが必要と思うからです。宜しくお願いします。


- 03/11/02 08:37:30
論点がずれてきていませんか?
宣教家族・と新求道共同体。これはあくまで有志による共同体であり日本のカトリック教会が公式に外国から招聘しているのでも無ければ日本のいくつかの教区ではその活動すらそれそのものが認められていないということ。
この活動に対して司教が半ば強制的に献金を募るのはそれそのものがおかしくないでしょうか? ということです。


海神セレス - 03/11/02 01:32:01 電子メールアドレス:fumikazu@dokidoki.ne.jp
欧米・中南米・フィリピン等々では、憲法・基本法や法律で、「キリスト教は国教である。よって、国家は国民から教会の代わりに、教会税を徴収する。」と決めています。
つまり、日本の教会の月極維持献金の代わりに、税金として、国家により累進課税されているのです。
ただ、アメリカやフランスは、国教の規定は無くて自由献金制で、国家は中立ですが、信者数が桁違いに多いのです。
何れにしても、日本の教会よりも財務基盤が、桁違いに安定しています。


桜町教会の信徒より - 03/11/01 20:19:06
高松教区では、宣教家族のためにお願い、と司教の「深堀敏」という名義で預金口座を設け、振込みを呼びかけているようです。
宣教家族のために寄付する事は「天国に宝を積むことになるのです」?と。


森岡 源三 - 03/11/01 10:11:08
宣教家族の生活費など派遣に関する費用が派遣元の国の経費で賄われるという事は決してありません。
NCの規約にも「定期的に自己の共同体に助けられて…」とあるように、送り出すNCとか、その司教区が全費用の責任を持つ事になっています。
とはいっても受け入れる側のNCや司教区も多額の費用の支出を余儀なくされているのが現状です。
私の体験では、住宅を借りるとき何組かの保証人になりましたが、派遣したNCがお金にルーズだったのか、日本のしきたりが分からなかったのか知りませんが、家賃が滞り、私が支払ったり、立て替えたりもしました。
中古車ですが車も寄付したり、何人かで分担して買い与えたりもしましたね。NCのためにだけ来て日本にどんな種を播いたのでしょうか。
率直に言って、宣教家族とは言いながら物見遊山で、贅沢な暮らしをしながら遊び半分の家族もいます。そうして2〜3年で自分の国へ帰り、あとは何の連絡もありませんでした。
派遣先の国の文化も風土も理解しないまま派遣することは"反宣教≠ノなるということをNCのリーダーや福音宣教省はとくと認識しなければならないでしょう。


@ぷー - 03/11/01 00:13:14
11月2日付カトリック新聞2面に小教区刷新「米で成功」と題された記事は、高松教区の問題の解決関連のヒントを示しているようで、興味深いものでした。
詳しくは記事を読んでいただくとして、新求道共同体、オプスデイなど欧州発の信徒運動は、欧州の非キリスト教化とゆう事情の下で産まれたものであり、それは欧州とゆう枠組みの中で有効である。
そして、アメリカのように小教区刷新に成功すれば、そのような信徒の運動は必要がない。
このことは、日本の小教区がもっと活性化していれば、新求道共同体が入り込んでくる余地はなかったということになるのではないかと思います。
(そういえばアメリカ人の新求道共同体所属の神学生は見かけませんね)
日本の教会には、ここは日本であるといった事情から産まれる日本発の信徒の運動が必要なのではないでしょうか?


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