
「……剣を取るか」
「これでも、腕に覚えはある」
「村娘の身の程というものはないのか?」
「なに、すぐに分かるさ……」
鳴り止まない話し声――。
少年がの意識が転回したのは、その音がきっかけであった。
「……くっ」
歯を食いしばって、重い瞼を無理矢理こじ開ける――意識を失ってどの程度、時間が経っているのだろうか。
「貴女は……ファルシアの騎士か……?その構えは師範から見せて頂いた事がある」
「……」
少年の虚ろな視線が、うつ伏せに倒れている自分のすぐそばでとらえたのは、美しい装飾のされた長剣の鞘を二本腰に携えた姉……フィアと、先程自分を一撃で倒した黒い鎧を着た騎士……ルディアであった。
「私はルディア=マクアライン」
「……フィア=ラルラスだ」
ルディアは正眼の構えをとって自らの名を名乗る、これは定石通りなのだろう、フィアも同じような構えを取りそれに続く。
だが、その様を見て黒騎士は、その美しい顔に笑みを浮かべる――。
「……ファルシアの王子が北極圏へ落ち延びたと言う噂も、これならば信じられる」
それは、フィアが先程の自分の質問にYESと応えたとルディアに解釈させた。
「根も葉もないな」
全く表情を変えずに、フィアが冷たい声でその笑みを消そうとする。、
「そうかな?貴女が守ろうとするそのボウヤ……金色の髪はこの地方の出ではないな」
うつ伏せで倒れていた少年に意志が戻っているのを確認すると、ルディアは笑みを絶やす事なく声を続ける。
「……ならば、どうする?」
そう言って、今度はフィアが目を細める。
周囲の空気が変わる――。
それは、よろよろと剣を杖代わりにして立ちがあろうとしている少年にも理解できた。
「貴女の様な美しい顔に傷を付けたくはないな。……退いてはくれぬか?貴女には剣よりも薔薇を贈るぞ」
「……馬鹿な」
「……せめて顔には傷をつけぬように……逝ってもらおうか」
「その自信っ!」
その音と同時に、フィアは腰に帯びた皮製の鞘から剣を抜き放つ。
銀色の閃光。
居合いの間合いから放ったそれ――肉眼では捉えられない角度も存在するであろうほど、その一撃は速かった。
「チッ……」
さが、寸での距離で、ルディアは後ろに倒れ込む事でそれをかわす。
ザッ
一度視界を戦場から離したルディアの隙を逃さずフィアは、間髪入れず追撃の突きを仕掛ける。
足場は浜辺であったし、雪が積もっていた為に、バランスを崩したルディアにこの一撃を回避する事は不可能であろうと、フィアは勝利を確信する。
ピキィィィィン
刹那――酷く澄んだ音が周囲を掛けめぐる。
シュッ
ようやくフラフラ、身を起こした少年の耳を裂く鋭い風。
何が起こったのか、次の瞬間、フィアの右肩から血が宙を舞う――。
「くっ……?」
フィアが苦悶に顔を歪めて唸る。
その姉の声にレファンスの鼓動が弾ける、虚ろだった意識がある程度は自分のものに戻ったことを実感できる。
「姉さんっ……?……こ、氷の剣?」
レファンスが、体から冷や汗が出ている事に気づいたのは、姉の血を見たときではなく、周囲の地面に氷の結晶のような模様を描いているルディアの持つ白い剣を見たときであった。
「……この剣の作り出す結晶が見えるか?」
「……見えるけど……その剣は?」
「なるほどな……聞いたことはある、ファルシア王家に伝わっていた3種の神器……人の作り出した武器では、到底太刀打ちでない武器が存在するという……」
目を細めたレファンスの問いに、右の肩口に受けた傷を見ないようにして、苦悶の表情でルディアを睨んでいるフィアが答える。
「そうか、それならば話は早い。下手に抗っても無駄と分かったなら……」
「レファンス、行け」
目を細めて口元に薄笑いを浮かべるルディア――。
それを見て、わずかに目線を弟の方に移したフィアが、自嘲気味に笑って小さく耳元でそう言う。
「そんなのっ?」
その言葉の意図を瞬時に理解してレファンスは、絶望の声をあげる――。
この島で一番強いのは誰か……?ルー・ライアス、自分と姉の父を除くのならば、このフィア=ラルラスが一番強いといって間違い無かったからだ。その姉に、こんな顔をさせる相手ならば、もう自分にはどうしようもないという事が分かった。
「逃がすか……?やはり、ただのボウヤではないと見た」
「弟を逃がすだけだ、見逃してくれてもいいだろう?」
「もしも、そのボウヤがこちらの想像通りの人物ならば、戦争も手早く終わらせられる、させるわけにはいかないな」
カチッ チッ
ルディアの眼光が再び鋭くなると、その手の白く輝いている剣も同調するかのように、異様な唸り声をあげる。
「……足枷くらいにはっ」
「そんな覚悟では足枷にもならないっ」
「っ」
その刹那――姉の剣とルディアの剣が火花を散らす音を聞くと、レファンスは身を倒すようにして反射的に走り出す。
腰に残っている軽い皮の鞘を使って姉と共に2対1で戦う事も考えたが、やはり左手が不自由な状態では役に立てるとは思えなかったし、ルディアという騎士の持っている剣が、あまりにも異質なモノであると感じる事で、レファンスにはひとつ案を思い浮かべる事もできた。
「良いのかな?あのボウヤ、家の中に逃げ込んだようだが?」
鍔迫り合いの最中にあっても、ルディアにはレファンスの足取りを目で追う余裕が十分にあった。
勝ち誇ったような表情……ではない、微笑に携えてフィアに贈ったその言葉――。
家の中に逃げ込む、それは自ら逃げ場を絶った事に違いなかった。
フィアは、舌打ちして、それを確認しようと目線を一瞬ルディアから逸らす……その瞬間。
ドスッ
「っ」
フィアが失策に後悔する前に、その意識を奪う一撃が鳩尾に入っていた。
「やはり……殺すには忍びないな」
膝を折り倒れ掛かるフィアを抱きかかえて、地面にそっと下ろすルディア――。
「家にトラップを仕掛けて敵を迎え撃つ……まさかな」
黒騎士は、澄んだ音を奏でる氷気を鞘にしまってため息をつくと、レファンスが駆け込んだ小屋へとその足を向ける。
――――風は吹き止んでいた
「カミュ……。これがお前に与えられる最後の仕事になる」
「……了解している、これでやっとお前とも縁が切れる」
天空を駆けるダイアモンドダストが、冷えた教会の聖堂に輝く白い光を降らしていた。
四方が純粋な雪原に囲まれた大陸の奥地、人々にシベリアの大河と呼ばれ恐れられている、生物が住むことを許さない死の大地。
そんな土地の地下深くにこの教会はあった。
日が没した時刻を迎えずとも、凍りつくような寒さが容赦なく人の魂をも震わせる。
だが、聖堂の祭壇に立っている二人の男達は、それを気にする様子も無くただ淡々と言葉を交わしつづけている。
「ふ、13年間も面倒を見てやったのに、ずいぶんと嫌われたものだな」
「――俺はセシリア=ユーシアを殺す。それで何も構わないはずだ」
「その通りだ永劫の蒼に護られし教会の子よ。せめて愛する伴侶と共に天に召されることを私は祈ろう」
「…………神父の言うことか」
黒い髪の端正な顔をした少年は、その言葉をもって会話を閉ざすと、優美な装飾がされている巨大な自分の家の一室とも言える大聖堂を後にする。
少年の言葉の意図――。
都合の良すぎる言葉はカミュにとって嫌悪の対象にしかならず、教えられる筈もない王女が自分に殺される理由を考えると、その愛という言葉は皮肉にすら感じられた。
コツコツッ
足音を冷たく奏でる聖堂の中……。
黒き神父と永劫の蒼で護られた暗殺者の言葉が、ここで交わされることは二度と無かった。
「ボウヤ、私と一緒に来れば、フィア=ラルラスもセシリアも悪いようにはしない」
「……セシリア……?セシリじゃないのか……」
「……分からないのか?ボウヤの大切な姉上も私を止めることなどできはしなかった、そんな剣を持ったところで君に何ができる?」
「ボウヤじゃないよ、レファンスだっ」
北極圏西の空が赤く染まり始めた頃……。
血の匂いが島全体を侵食するような日にあって、そこに生きようとする少年の意思。
「この聖剣ならっ……倒すべき敵を倒して、セシリを助けることくらいはできるはずだっ」
姉の家の正面玄関、そのすぐそばの階段の踊り場にその聖剣と呼ばれる剣はあった。
本来は自分の母の物だと聞かされていたその剣――。
レファンスは、ルディアの氷の剣を見たことで、この剣の存在を数年ぶりに思い出すことができた。
かつて幽霊船にて一度だけ使ったことのあるこの剣。
手に取ると不思議な感覚が自分を包み込むのが分かる――否、感じると言った方が正確かもしれない。
「馬鹿な子だ……私と一緒に来れないというのなら、ここで消えてもらうことになる」
「ここはお前達の来る場所じゃないんだっ、帰れっ」
レファンスが興奮して声を続ける刹那。
ピキーン
嫌な音が小さな家の中に響く――。
レファンスは、その音を聞いて周囲を見渡そうとするが、意識そのものが音の正体を嗅ぎ分けてくれた。
「部屋をっ?」
足場が凍りに侵食されていく様が視線に映るとレファンスは、すぐにルディアに向かって剣を向ける。
自分の足場がまだ固まっていないことを感じることができたレファンスは、ほのかに蒼く輝く剣を使いルディアの胸をめがけて突きを仕掛ける。
「っ!」
ルディアはその突きを自らの剣で払おうとするが、視線に踊る少年の動きが先ほど手刀の一撃で倒したそれのものよりも格段に鋭いことを判断すると、舌打ちして重い右手に持った氷の剣ではなく、鉄製の左篭手でその蒼く輝く剣を弾こうとする。
だが蒼く輝く剣は、その篭手を易々と貫通してルディアの左手を裂く。
「……その剣も、私のロンバルディアと同じロストウェポンか!」
左手の指に走った激痛、それを感じるとルディアは、懐に飛び込んできた少年に蹴りを放ち数歩後退させると、顔をしかめてそう叫ぶ。
黒騎士の声の理由。
それは、蒼き剣が自分の鉄製の篭手を貫いたからではない、その剣を包んでいた小さな蒼い無数の光の粒子が、少年の体そのものを包み込みはじめていたからであった。
「……同じじゃないよ……。攻撃的なプレッシャーは武器そのものには存在しないんだ」
少年の声。
それは、自らの意思に直結したものではない。
包み込んだ蒼い光の粒子が自分に言わせているようにレファンスには感じられた。
「……人に憑くようなタイプは始めて見る。ますます、野放しにしておくのは危険だな……レファンスッ!」
「憑かれる……?」
ルディアの放つ鋭い一撃を、少年はそう言って異様なほど冷静に受け止める。
「その剣がどういうものなのかも分からずに使っているのか?」
「母さんの物だよっ、だからこうして僕を護ってくれているっ」
鍔迫り合いで声を荒げるルディアに、そう反応して繰り出された蹴りを自分の足で払うレファンス――。
「やっかいだな、操者の戦闘力を高めるタイプか。しかも、剣自体の攻撃力もそこそこあるときている」
「戦闘力を高める……?」
「さっきまでの君なら、最初の一撃で首が飛んでいたぞ」
自分の一撃に息を全く乱さないレファンスを見て、ルディアはボウヤという言葉を使うのをやめた。
「今……遊ばれていたんじゃないの?」
目を細めて心底不思議そうに少年が発した言葉――。
激痛が走る左腕は何もしなくても少年の心を震わせて続けているのに、その腕がルディアの剣を数撃受け止めても、それからは何のダメージも受けていないように感じられたのがそうも言わせる原因であった。
それにルディアの騎士としてのプライドが弾ける。
「良い嫌味だっ、だがっ」
キシャアアアアン
鼓膜に直接ダメージを与えるような、強大な鋭い音――。
ルディアは、全力でその剣を振り上げる。
まるで、弓矢などの遠隔攻撃が可能な武器で目標を狙い打つかのように。
「っ〜〜〜!?」
レファンスは、その音を聞くと反射的に体をひねり床に転がる。
何故そうしたのか?そのすばやい動きが自分にできた事を説明することすらできない少年には分かるはずはなかった。
その刹那、床に身を伏せた少年の隣に、人の頭ほどの大きさがある氷の塊が落ちてきて床に振動を与える。
「……これまで対処されるか」
「空気を凍らせたの……?」
苦笑して言葉を漏らすルディアに、身を起こしたレファンスが数秒間をおいて自分なりに状況を把握して尋ねる。
「正確に言うなら君の顔面付近にある空気中の水分を凍らせた」
肩を竦めてルディアは、簡単に自分の攻撃のネタバラしをする。
黒騎士は、同じ攻撃を二度するつもりはなかったからだ。
『……直撃されたら窒息していた……?』
顔が突然凍り付いて、呼吸ができなくなったとしたら、もう助かる術はない。そうレファンスは理解できて背筋を凍らせる。
3分も脳に酸素が届かない時間が続けば人は死に至るのだ。当然、それを溶かすなどの措置をしている時間などはあるはずもなかいと思えた。
「さて、今ので大体君の身体能力がどの程度まで引き上げられているのかは分かった」
「……」
ルディアは、今の攻撃をレファンスがかわしたことにさほど驚くでもなく、淡々と言葉をつづる。
『こいつをなんとかして、早くセシリを助けなくちゃ……』
自分の心の中の高ぶり、強い自信。
確かに感じられたそれは、明らかに普段よりも強くなっている自分を知ることで得た感情であるが、その自分をもってしても目の前の黒い鎧を纏った女騎士を倒すことができないという現実。
この差し迫った状況がレファンスのような少年にも、いかにして相手を倒すかという事を考えさすに至ったのだ。
「最後に……ひとつ聞こうか」
「……?」
「何故、君の姉上がその剣を使わなかった?」
「え……?」
「君は強く、速くなった」
お互いに硬直していた視線がゆれる――。
「な……」
女騎士の目線が異常に鋭くなる瞬間を少年とその剣は感じ取った。
次いで襲ってくるのは、鼓動が弾ける感覚――。
だが、レファンスには女騎士の剣が自分へ向かってくる様がはっきりと分かりそれに対処する為に剣を動かすこともできた。
キン カッ
数度歯と歯が触れ合う音。
ガキッ
流れるように続く剣と剣のデュオを砕く濁った金属音。
それと同時に奏でられた鈍い音。
その音の意味。曲がるはずは無い方向へと屈折した少年の右腕――。
骨が折れた音と同時に皮膚を突き破った骨が、部屋の床の真っ赤に染め上げる、それは人を死へと誘う協奏曲……紅い雫が吹き上げる音。
「速く強い……だが、あまりにも剣の扱いは未熟だな」
ルディアの剣の一撃、それを何度か受け止めているうちに、無理のある体制でそれを受けてしまった少年。
どんなに鍛えられた筋肉でも、力の掛かり難い部分というものがあるのをルディアは知っていた。
腕が不自然に捻られたタイミングをルディアは見逃さず、手の筋が崩壊を起こすような角度から一撃をその蒼い剣を持った手に打ち込んだのだ。
結果、自らが持っている剣の重さも手伝って少年の手は肘の辺りから関節とは違う方向へ捻られて、残酷なまでに破壊される事となった。
「っ。あ……あぁぁぁぁっ……ぎゃあああああああああああああ」
先に奏でられた曲、それを追う少年の声にならない声――。
――――蒼き光の粒子は懐かしい詩を北の大地へ運ぶ
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