クリムゾンシティに設けられた王女たる、セシリの部屋。時間は夜半を過ぎている。だが、そこには二つの息吹と、一つの灯りが揺らいでいた。

「ですから、委員会の本拠地をこの戦力で叩くなど不可能です。姫様も、ご覧になったでしょう。彼らは、月を操るような人たちです。それにロストウェポン。プレートから解凍するまでもなく、委員会のファクトリーでは量産ができているという話も聞いたことがあります」

「でも、月は私が粉砕したし、クリムゾンで光のカーテンを操る怪人と遭遇したときも、なんとか勝てたわ。ユーシア王国、いえ、人類にとっての脅威は、もはや悪の秘密結社、委員会だけなのよ、えー。なので私は愛と正義の為に……」

 最後の一行は、台本棒読みだったが、セシリは、自分の意思に沿った言葉を並べる。  ファルシア大陸、及び、その大地に根を張っていた王国の消滅。そして、クリムゾンの奪還。それは、セシリ達にとっての終戦を意味していた。

 王女の父の名をもつ、ユーシア大陸の玄関口、ラインティノープルに残存していた、自治都市も、もはや無理に奪還する必要はないのである。

 ユーシア王国の母体を賄うのは、当面のところ、セシリの仕事ではない。クリムゾン地方を統治し、国の基盤を再度そこに根付かせるのは、むしろの彼女の叔父の仕事であるのだ。

「兵や民を無駄死にされるだけです」

「誰が、兵を使って攻め込むって言ったのよ」

「……といいますと?」

「あたしとアルスの二人で戦うの」

「無意味です」

「どーしてっ!?」

「姫様の力が25、僕の力が20だとしても、敵は10の力が数千、数万と固まった組織です。僕が知らないだけで、100、200の力をもった兵器がないとも言い切れません。ですから、万に一つも勝ち目はありません。委員会は、人類が築いてきた文明の力の結晶であるといえる組織です」

「ルフェンテがあっても駄目なの?」

「駄目でしょうね。彼らはルフェンテを警戒しているものの、とてつもない脅威と認識しているかといえば否です。それに彼らは、悪の秘密結社というわけではありませんよ。目的こそ不明ですが、過去、彼らは人類に脅威が迫れば、それを取り除いてくれていました」

「……委員会の目的、アルスは知らないって言ってたけど、推測もできない?」

「推測はできます。彼らは、異世界の死海文書と呼ばれる文献をもって、動いているようです」

「異世界の死海文書?異世界っていうのは、南半球とか、アメリア大陸とか……」

「あくまで推測、ですが、異世界というのは、別の星、もしくは銀河、次元であると考えます」

「はぁ?」

「この太陽系の中で、人類が移住しなかった星は、水星、金星、太陽だけだったと言いますが、今の時代において、人類は我々が知る限りこの星にしか残っていません。ですから、僕は別の星系、銀河に渡ったであろう人類、もしくはエイリアンが、この星の人類に宛てて送った、預言書、厳密に言えば、移住計画書であると考えます」

「えいりあん?」

「宇宙人ですね」

「移住したいんなら、させてあげればいいじゃない」

「そうもいかないでしょう。銀河を旅行できてしまうような連中です。僕たちと共存できるかどうか。委員会は、彼等の技術は委員会のそれよりも遥かに高く、また彼等がこの星に舞い降りる事があれば、現存の人類は彼等の奴隷、もしくはその存在を消されてしまうと考えているようですね。つまり委員会の力では、戦争になった場合、勝ち目がないと踏んでいるようです」

「何を根拠に技術がどうのこうの言ってるの?」

「委員会は、彼等の存在を確認できても、彼等が何者なのか、どこにいるのか、どうやって地球圏にやってくるか、そういった事すらも掴めていません。しかし、彼等は自由自在に、地球圏にアクセスする事ができるようなのです」

「じゃあ、もう一つ聞くわ。白き詩の祈りって言葉、アルス知ってる?」

「……それをどこで?」

「ルフェンテが教えてくれたわ。とても強い希望の力。この星の空と海が蒼いという事の意味」

「それを知っているのでしたら、もう一歩踏み込みましょうか。地球にやってこようとしている連中は、すでに過去に何度かこの大地を訪れているようなのです。その時に何が起こったのか、全く分かりませんが、栄華を極めていた人類の文明、おそらく太陽系に根を張った人種では、最も進んでいた文明であるといえるであろうそれが、壊滅させられているようです。委員会というのは、その時代に生き残った人類が、シベリアの湖深くのシェルターに逃げ延びて、発足した組織らしいのです」

「最も発達していた文明ということは、ルフェンテもその時代のものなの?」

「姫様が動かした宇宙に浮かぶ蒼い雲が、地球圏の人類を外敵から守るものであるのならば、ルフェンテはその中でも最強の一角と言える武器である筈です。ただし、多くの力を失った状態にあり、鍵となるような強力な宝玉は委員会が抑えているというのが、僕の考えですが」

「じゃあ、その時に、訪れた『連中』を撃退したのはルフェンテなのね?」

「いいえ。それに最も最近の到来は、わずか十数年前です。終わりの3日間をご存知でしょう?」

「終わりの3日間は、人類の文明が壊滅する、とまではいかなかったじゃない」

「そう、今回の委員会の作戦は、予想以上に巧く言ったんです。ティア=フィアナ=ファルシア姫のおかげでね」

「ティア=フィアナ?……ああ!! あの蒼い光の海の中で謳っていた人……?」

 セシリアは、ルフェンテが彼女に見せたいくつかの映像の中に、フィアナと呼ばれる女性がいた事を思い出した。そして、その名を持つ女性は、ファルシア大陸の姫であるということも。

「だとしたら、今委員会が動いているのは何故?」

「……推測ですが、近々またいらっしゃるのでしょう。委員会は当然のように、今回も受け入れないつもりです」

「具体的……委員会は何がしたいの?」

「白き詩の王女を再度出現させ、今回も連中の訪問を退けるつもりなのでしょうね。ただ、僕も、おそらくは委員会も、どういう周期、どういう過程で白き詩の祈りが、世界を包むのか、分かっていないんです」

「くどい様だけど、推測はできない?」

「こればかりは」

「そう……」

「でも決めたわ!」

 セシリは、パンと手を叩いて、微笑む。

「は?」

「あたし、委員会に行ってみる!シベリアの湖の底にある家って、どんなものなのか見てみたいじゃない?」

「全力で阻止します。僕は」

「やってみないさいよ、アルス」

 ガタガタ……ガッチャーン



 ――――激しい騒音に人の叫び声が重なった。









 薄暗い部屋。だが、わずかな灯りが照らすその部屋は、真っ白い壁に包まれて、ひどく、神経質な程に清潔感がある。

 その部屋の中央部、緑の培養液の中に揺れる人影が一つ。

 少年、全身に酷い火傷を負っていて、片腕が落ちている。彼の名は、レファンス=フィールド=ファルシア。

「全身の火傷だが酷いな……もう片方の腕も切り落とし、左側の眼球も、捨てなければならない。ゾロ、貴様の失策だ」

「申し訳ありません。ファルシア中央宇宙港の核シェルターでありますが、すでに核の衝撃に耐えられる状態ではなかったようです。熱風が、シェルター内に侵入し、バリアポイントで防御のしたのでありますが」

「バリアポイントがなければ、君たちは炭化していたよ。で、地上千メートルの円柱の山の頂に聳え立つファルシア王城……そうか、不自然な形をしていると思っていたが、元はそういう施設であったな、アリススプリング、地球のへそとかいう」

「は。エアーズロック。でありますな」

 部屋の中に、人の息吹は無い。だが、壁にある小さなスピーカーから、二つの声が流れ、部屋の中でぶつかる。

「で、棺の女王は、消滅したのか?」

「……あれだけの核爆撃の後で、特定の死体を確認するなどと言うことは不可能でありますが」

「そもそも、アレは『死なない』全身をばらばらにして、細胞まで一つ残らず焼き尽くす以外に、存在を消す方法はない。これが不老長寿の研究の終着点とは、我々の祖先も、やっかいなウィルスを生み出してくれたものだ。排除するのに、また地球を汚す結果となった」

「時に……レファンス=フィールド=ファルシアはいかようになさるので?」

「まず、両腕、損傷した内臓、眼球を補ってやらなければな。その後は、面白い趣向を考えてある」

「セシリア王女でありますか?」

「そうだ、レファンスは我々の駒。セシリアは、あの性格からして、必ずルフェンテを掲げ、ここへ来る」

「……その時こそ終わりの3日間の再現。人類は、また大いなる危機を乗り越えると」

「そう、だからこの腐りかけた体を修復する手間をかけても、王女を挑発する人形が必要なのだ」







 クリムゾンに、春の息吹が吹き始めた頃。セシリは、数ヶ月ぶりに彼女の叔父、アスエルに会う機会を得ていた。

「セシリアは、ディーナにそっくりな娘なのだね」

 政務で疲れた顔に微笑み浮かべ、アスエルは彼の部屋で笑う。その笑いは、セシリが委員会の事、アルスの事、一部始終打ち明けた事にである。

「お母様?」

「そう。活発で、自信家だ」

「だってお母様、おしとやかで……」

「いいや、結婚して王妃となる前までは、本当にセシリアのような娘だったんだ。だから、あの時にディーナに言った事をもう一度言う。セシリアは、慎みを覚えて、ユーシア王国を導いてほしい」

「え……」

「委員会は、必ず私が滅ぼす。君の父上と母上の名にかけてね」

「叔父様、委員会っていうのを知っているの?」

「正しくは、国際連盟地球外生命体対策委員会というのだけどね」

「こくさいれんめー?」

「そのお話は、初めて聞かされました。神父様」

 アスエルの部屋、広いものの窓がなく、淡い灯りが揺らぐだけの暗いそこに、新しい声が吹き込む。その気配が部屋に入ってくる気配はなかった。セシリは、虚をつかれて身を凍らせる。だが、彼女の足元に転がっている、宝玉は、正確にその声を主をサーチしていた。

「アルス!」

 アスエルとセシリの声が重なる。

「僕は、前々からアスエル様に避けられている気がしたのですが、初めてお顔を拝見しに来てみれば、こういう事ですか、神父様」

「そう。すまないね、アルス。しかし、君なら気づいていると思っていた。私は教会の神父でもあり、ユーシア王国のアスエルでもある」

 アルスは、にっこりと微笑んで笑う。どんな意味が、その笑みに含まれているのか分からず、セシリは首を傾げる。が、アスエルも、同じように笑ってみせる。

 ――両者の笑み。セシリは、一瞬困惑した。

 よく似ている。この二人もまた、叔父と甥という事になる。そして、アルスはアスエルの生き写しである。とセシリは感じた。それは、顔を並べてみるまで、はっきりと分からなかった事だ。

「カミュを巧く使ってくれたので、気づきませんでした。あなたが、アスエルであるなら、カミュにセシリア姫、暗殺指令を出すわけがない。と」

「ちょっと!」

「君も知っているとおり。カミュは、酷く怖がりで、それゆえに優しい。犬や猫を傷つけるのも躊躇する。彼に暗殺ができるわけがないだろう」

「そう、ブルーを使う時のカミュは強い、教会の子の中では、彼の力はNO1です。けど彼は同時に酷く臆病で、繊細でもある。だから、僕はカミュを守ってあげたかった!」

「ちょっと!!」

「……彼が死んだような口ぶりだね」

「それはそうでしょう! ファルシア大陸に、人間が一人でも残っていると考えるほうが不自然です、あれほどの量の核を投下するなどと」

「いいや、まだレティシア姫とカミュは生きているよ。教会で確認できた。彼等は、ラインティノープルにいる」

「ラインティノープル!?……さすがは、カミュ……脱出できたんですね……」

 ヴァーーン

 刹那、部屋の中で爆音がする。

「無視しないでよ!勝手に話を進めないで!」

 アスエルとアルスを固めたそれは、セシリアがルフェンテに命じた模擬音である。

「まず、ひとつ! レティシアって名前! 私、あんまり好きじゃない! 同一人物とは思えないけど、レティシア姫って、クリーム色の柔らかそうな髪に、人形みたいな顔をした、ぶりっ子で、どろぼー猫な、レティシア=フィリアードの事じゃないわよね?」

 そう言って、レティシアは、ルフェンテに自分の記憶からレティシアの画像を引き出して、映像として放射させる。

「あなたのものは、わたくしのもの☆ わたくしのものは、わたくしのものですわ☆ つべこべ言わずに、その男の子をわたくしにくださいな☆」

 ついで、本人のそれとは似ても似つかない、ぶりぶりな言葉を携える。

「きぃぃぃっ、むかつくわっ、誰がせっかく仕込んだ子分をくれてやるもんですかっ!!!」

 自分の都合のいいように作り出した映像を見て怒り始めるセシリ。

「……どうして、姫様がレティシア姫の事をご存知なんですっけ?」

 映像を見てアルスは、苦笑して言う。

「一緒に住んでいた事がある筈だね。数週間ほどだけど」

「そこまでご存知なの、叔父様!」

「レティシア姫。彼女は、おそらく、委員会に向かっているよ。フィード公子、カミュと共にね。フィード公子は、失った妃を取り戻すために。そして、レティシア姫とカミュは、何を見出したのかな」

「何を見出しのかって……」

「私が望んでいるのは、来訪者を滅し、人類も滅する白き詩の祈りではないんだよ。完成された、究極の希望の力、私が作り出した言葉だけど……それを姫王の聖詩曲と呼ぶ」

























第31話「姫王の聖詩曲」

























 シベリアの雪原。厳しい吹雪を背に乗せるそこは、カミュ、と王女が呼んでいる少年の故郷であった。

 シベリアの奥地、巨大な湖の傍。少年が育った教会はそこにある筈であった。

 二度と戻ってくることはない、カミュはそう思って教会を出た。セシリア王女を暗殺する為に。

 だが、今、彼は自分の家に戻ってきた。

「もう……やられた後か」

 厚手のコートを着ながらも、全身凍傷だらけの少年は呟く。彼の視界にある教会は、すでにその原型を留めていなかった。

 何が起こったのか、というのは、厚さ20センチの強化壁が、あたり一面に砕け散っている事からも、委員会がここを潰したのだ、と想像できた。  遺体のようなものは、確認できない。というのも、遺体が残るような武器を使用しなかったのだろう。

 カミュは、床に焼け付く黒い模様を見つけて思う。教会の子か、委員会の刺客か。生き物の油の焼きついた後がそこに残っているのだ。

 少年は、舌打ちしながら、踵を返す。神父を捕まえて、すべての真相を聞きだそう、という考えはもはや現実的ではない。

 あとは、単身でシベリア湖に向かったフィード=フィリアードを追って、委員会を叩く。

 もはや、カミュにとって、委員会の目的はどうでも良くなっていたのかもしれない。ただ、レティシアを失いたくない。

 だから、委員会を潰す。それだけで十分だった。

 周囲は吹雪で、視界が極端に狭くなっていた。が、カミュは、吹雪に体を抑えれながらも、シベリア湖へ足を向け、急ぐ。

 自分の生まれた来た意味、レティシアが言っていたそれを確かめるために。





「アルス、君に教会の子の指揮を委ねるよ。先走った、私の姪の事、いつも本当に申し訳ないが君に頼む」

 クリムゾンシティに北部に位置するユーシア王国の王城。17年前、自分の執務室だった部屋を取り戻したアスエルは、部屋に飛び込んできて、 珍しく慌てた表情を見せるアルスに微笑みかける。

「ええ、僕は、すぐに姫様を追います。皆が教会を破棄して、クリムゾンに集まっているというのはなおの事です」

「すまないね。君には、いつも私の代わりに足を使わせてしまう」

「お気になさらずに、僕は僕の良いように動くだけです。今回に至っては、姉上ですからね」

「私は、ユーシア騎士団を動かして、後を追うが、多分遅れてしまう。ルディアなどは、この話を 聞けばすぐにでも行きたがるのだろうけど」

「ははは……隊長ですか……」

 アルスは苦笑する。

「ロストウェポン、プレートの解凍作業を数年に渡り続けてきたおかげでね、我がユーシア騎士団も、 委員会とそこそこは戦えそうでは、あるのだよ」

「知っています……だからこそ、頼りにさせてもらいますよ。……どうせ、他に切り札もあるんでしょう」

 最後のセリフは、明後日の方向を向いてぼそっと付け加える。

「アルス、君も必ず生きて帰ってきてくれ。君も私の大切な甥なのだから」

「……ありがとうございます。では、これで、神父様」

 アルスは、複雑な表情で叔父にあたる男に頭を下げると、そそくさと部屋のノブに手を掛ける。

「しかし……今回に関しては、アルスらしくないな。あっさりと、セシリアに撒かれて、なお焦っている」

 アスエルは、首を担げ、小さく囁く。それは、ユーシア王国の頭脳としての言葉ではない。教会の長であった頃の口調だ。

「ご存知なかったんですか? 姫様……どうも 空 を 飛 ん で いったらしいんです」







「うっわぁぁぁ★ 雲の上にこんな世界があるんて!」

 申し訳ないが、シベリアの上空、数千メートルの世界にセシリは居た。眼下には、重苦しい冷たい雲が広がっていて、天空には完全な蒼。太陽が彩る神秘的な 世界が広がっている。

 彼女はここで何をしているのか、と言えば、居るというよりも飛んでいると表現が正しいことになるだろう。少女の体を蒼い光が取り囲んでいる。これらは、クリムゾンで見つけたルフェンテの宝玉5つの中の一つが持っていた能力である

 その輝きは、天空の寒さも、気圧の違いも、打ち消すことができて、セシリは時速数百キロの速度で、ルフェンテ が導き出した委員会の本拠地に向かって飛んでいた。彼女が現在持っている宝玉は6つ、最初に持っていた光学兵器を扱う3つに、ドリームプラスの 起動をした一つ、これは同時に母の記憶をセシリに伝えた宝玉である、現在空を飛行できているのは、クリムゾンで発見した新たな2つのうちの一つのおかげである。 最後の一つに関して、セシリの周囲をくるくると回っているだけで、どういう性能があるのかというのも分からない。文字による情報はあるのだが、セシリの読めるどの 言語とも一致していなかった。

 カタカタカタカタ

 刹那、奇妙な機会音が、温度の低い天空でも、ほかほかに頬を朱にしている王女の耳飛び込んでくる。

「何?」

 セシリが呟いた瞬間。雲の中から熱線が彼女めがけて突き進んでくる。セシリの意思を読み取ってルフェンテは、彼女の体に対熱線ようのバリアーを 展開する。一撃目は、それでやり過ごしたが、ついで数十、数百という光の槍が真下雲の中から現れる。

「何? 何!? な、なんなのよ、もうっ」

 セシリは、それらのいくつかを避けながら、より高度を上げようとするが、ルフェンテは逆に地上に降りるべきである、とセシリに語りかける。

 そのままの勢いで、セシリは、厚い雨雲に突っ込むが、その中は物凄い嵐が広がっていて、彼女の目の前に展開されているバリアーが、揺らいでいく様 が確認できる。多少の冷や汗を掻いてセシリは、その厚い雲を抜けて、地上世界に下りる。意外な事に、そこには、吹雪も広大な雪原もなかった。

 −−湖から、街が浮上くる様がセシリの視界に飛び込んでくる。身の毛のよだつ感覚。セシリは、そのありえない光景と、不気味な光を放つ見たこともない 形の建物。否、それには覚えがあった。地学書の絵で見たファルシア王国の王城。円柱の山、無機質で酷く冷たい感じのする建造物が集合し、 街を作っているというのだ。それは、少女の理解を超えている姿。この時代の人間であれば、誰しもがそう思うであろうカタチ。、

 まるで吹雪をなんらかの力で止めているかのような異様な風景。

 すぐに先ほどの光の槍は、その街から飛んできたのだと悟る。そして、再度の来襲。セシリはそれらの槍を回避しながら、不時着するように湖の畔に降り立つ。

「フ……待っていたぞ、ユーシアの王女よ……」

 ――待ち伏せ。誘導されて、相手の意とする場所に不時着させられたのだ。セシリは、舌打ちをして、身構える。

「……!?」

 セシリは息を呑み、言葉を詰まらせた。悪態の一つでも、言ってやろうと思っていたところであるのだ。

 セシリの目の前に立っている白衣の男は二人。以前にクリムゾンで戦った委員会の資格と同じ格好である。しかし、その一人の顔には覚えがあった。

「レ、レファンス……!?」

 最後に会ってから、どのくらい経っているのだろう、スターレイク島から誘拐同然の形でユーシアに連れて来られた日、確かどこかの丘で 、別れたのが最後であったように思う。セシリの家族の一人、スターレイクを出た後はいつも彼に会いたい、と思っていたがその少年の存在は、何時の日からかセシリの中で、段々小さくなっていて、最近では滅多に思い出すこともなかった。だが、それは少年が故郷の島で、幸せに暮らしているという、報告を受けていたからである。

 シベリアの奥地、委員会の本拠地に彼が居るはずなどないのだ。

「どうしてあんた……」

 駆け寄ろうとした自分を戒めて、セシリには頬を引きつらせて言葉を続ける。

「フッ、ユーシアの王女よ。彼は、我々の従順な兵士だ」

「馬鹿言わないで! レッファンス、あんたどういうつもりなの?」

「……」

 セシリが投げかけた言葉。だが、少年からの応答はない。彼は、虚ろな視線をセシリに向けて、不器用な微笑を浮かべているだけである。

「しかし、このナイトいささか、拍子抜けしたぞ、まさか王女が一人でのこのことやってきて、こうも簡単に罠に掛かってくれるとは」

「あたしは、レファンスと話してるの。黙りなさい」

 セシリは、キッとナイトと名乗った男を睨む。

 王女の眼球にその男の姿が移った刹那。その形が歪む――。

「なっ」

 瞬時にセシリは、身構えて後方に跳ぶ。

「このナイトによって、君は葬り去られるのだ。そこの木偶と無意味な話をしている時間などないのだぞ。 今、私を中心とした半径10メートルの円に、特殊な重力場を張った」

「重力場ぁ?」

 セシリは怪訝な顔で、得意気に話すナイトの声に応じる。

「フッ、この中の重力は通常の約30倍、並みの人間であれば、一歩立ち入っただけで、圧死するほどの重力だ」

「……全然、言葉の意味が分からないけど。あんたに近づくとまずいってのは想像できるわ」

 セシリは、冷たい視線をナイトに向け、ルフェンテの一つを右手に乗せて、何を命じる。

「それだけではないのだ。君は私に攻撃することもできず、私の追撃から逃げ切らなければないないのだ。 もし、私が君の半径10メートル以内に立ち入れば、君はすぐさま圧死するのだからな」

「圧死って何よ、圧死って」

 ナイトはゆっくりとセシリに向かってくる。それを見て、後退りせざるをえないセシリ。

「分かりやすく説明するなら、君の体重が50キロだとすれば、この重力圏に立ち入った途端、それは1500キロ! 1.5トンもの重さになるのぶへぇぇぇ」

「だぁぁぁれが、50キロもあるもんですかっ」

 ナイトの延々と続く解説を遮ったもの。――セシリの跳び蹴り。それは、深く彼の頬にめり込んだ。

「ぶ、ばかな、こ、この重力圏に飛び込んでただで済むわけが……」

「うっさい!」

 そう叫んで、セシリは、膝を折って地面に崩れたナイトの顔面に留めの回し蹴りを食らわせる。

 ド派手な音と共にナイトは、周囲の針葉樹林の森の中へ叩き込まれる。

 ナイトの力、嘘ではないのだろう、ナイトがいるであろう周囲の木々が、異様な姿に捻じ曲がり、そして個々の重さに耐えられなくなったであろう それは、折れる、いや潰れていく。

 ちょっと迂闊だった。と反省するセシリの周辺を忙しく飛ぶルフェンテの宝玉達。セシリから、目くらましの光を発するように 命じられた、その中の一つが申し訳なさそうに、セシリの手のひらに乗っかる。

「レファンスッ」

 セシリは、戦いを傍観していた少年の名を呼ぶ。

「……」

 白いコートを来たレファンスは何も答えない。ただ、虚ろな瞳でセシリをみつめるだけだ。

「ちょっと!?」

 セシリは、無警戒にレファンスの右手を服の上から掴む。刹那、感じる違和感。レファンスの笑み、崩れた機械的な笑み。 目を充血させて、頬を引き攣らせて、笑う表情。セシリでさえ、見たことのないそれ。

「……え!?」

 だが、違和感はそれだけではなかった。手に伝わる金属を掴むような感触、最初はそれに戸惑い、声をあげるセシリ。しかし、すぐさま、より鮮烈な衝撃が少女の体を 駆け巡る。――――電流。



「きっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 左腕のブレスレットが、瞬時に黒く焦げる様をセシリは確認する。無意識の上に叫んで、レファンスの右腕を掴んでいる自分の左腕を 離そうとするが、すでにそれは言うことを効かなかった。磁石のように密着し、決して離れようとしない。

 主の防衛反応に従いルフェンテの一つが、光の刃を作り出し、レファンスの右腕を肩口から切断する。

 激しい機会音、酷く耳障りな音。焼き切った故に出血はない。だが、セシリにとっては、その音、光景よりも、感覚が完全に失われた左腕と、痙攣を起こして雪原に埋もれる体が、 その脳裏を支配した。激痛に絶えられず、泣き出そうとする。が、声がでない。否、息も満足にできないのだ。

 その間、数秒にも満たなかっただろう。が、右腕を切り落とされたレファンスは、まるで動じずに、冷静に次の行動に移る。

 彼は、残された左の袖を捲り上げると、緑色に変色した皮膚、否、明らかに人外の腕であるそれに埋め込まれた、光を発する剣を天に翳す。

 それに反応した、ルフェンテが先ほどチャージした目くらましの光を放つ。が、レファンスは、それに動じず、冷静に光の根源となっている宝玉を 見つけ、剣で叩き落とす。ルフェンテの宝玉は割れはしなかったものの、今の一撃で機能を止め、地面に落ちる。

「……」

 セシリは、虚ろな意識の中でそのレファンスの姿を見て、目の前にいるのは、全くの偽者なのだ、と思う。ついで、残った宝玉、 光学兵器を扱う二つが、レファンスに攻撃を始める。

 が、統制を失ったセシリの意識に従うそれの攻撃は、レファンスを捉えることができない。

 次いで、飛行能力をもつ宝玉がセシリを動かそうとするが、レファンスはまず、それを狙った。切り落とされて、地面に打ち捨てられている彼の右腕 が、熱線を放つ。それもまた緑色の皮膚を持っており、本来彼のものであったそれとは明らかに違っている。

 その一撃で、飛行を司るそれも、一時上空へ退避せざるをえなくなった。

 レファンスは、雪原に倒れているセシリの左腕を踏みつけて、その喉元に光の粒子によって構成された剣を突きつける。

 彼はもう一度無言で微笑む――――また異形の表情で、である。前回と違う点があるとしたら、それはすぐさま崩れた。

 何かの一撃が、レファンスの左腕を吹き飛ばしたのである。

 ――――蒼い光だった。



 セシリからは、その姿は確認できない。が、レファンスはそれを見つけると、再び虚ろな視線を浮かべ、あらぬ方向に 捻られた左腕を無理やり元の方向に戻す。骨……否、もっと硬い何かが軋む音を携えて。

「次はその首を狙うぞ。片腕では、勝負にならないだろう。退け」

 厚手のコートをの下に、不思議な白い輝きを放つ鎧を着た男は、言葉を発する。

 セシリは、その声に覚えがなかった。最初、アルスではないか、と思ったのだ。

 レファンスは、それを聞いても依然表情を崩さない。無理やり修正した左腕から剣を発現させて、男に切りかかる。

「どうしても戦る理由があるとは思えないが」

 男は淡々言って、その一撃を交わす。それはセシリから見ても、明らかに人間の動きではなかった。

 が、セシリにはその動きができる理由は想像できた。蒼い光の粒子を体に纏っているのだ。セシリが、 ルフェンテを用いて戦う時のように。だが、その光はセシリのそれよりも、遥かに純粋で鮮明に見えた。

 その男の動きを見て、レファンスは光の剣を消す。

「……」

 何も言わず、ただセシリを一瞥すると、レファンスは踵を返し針葉樹の森に身を翻す。

 それで、セシリとレファンスの最初の再会は終わりだった。  



























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