いつものようにシベリアにあるその村は、凄まじい吹雪に包まれていた。地図にすら載っていない、奥地にある小さな町なのである。数十軒の小さな小屋が立ち並ぶ集落の一角。 そんなところにあって、気品のある顔立ちのフィリアード公国の姫は、彼女にまったく似合わない鞘に収められた短剣を携えて、金色の髪の 少年を迎えた。

「確かに、下手に都市部にお前をおいていくより、ここの方が安全かもしれない……だが、フィード=フィールド=フィリアードの判断が 賢明かどうかは判断しかねる」

 寒さで頬を凍らせた少年は、自分が来るタイミングを知っていたかのように小屋の中から姿を現したレティシアを見て、そう呟く。

「カミュは、久々の里帰りだったのに、私のことばかり言うのですね」

 レティシアは、それを聞いてカミュの頬の氷を手袋で拭うとそのまま、頬を軽く抓って笑う。

「どうでしたか? どなたかには会えたのですか?」

 カミュは、レティシアの問いに黙って首を振る。

「そうですか……」

「十分に予想できた結果だ。お前が悲しむ事は無い」

「では、カミュもシベリア湖に向かうのですね……?」

「その為にここへ来た」

 カミュは、レティシアの手をとって、それを強く握り締める。

「カミュも、私をここへ置き去りにするつもりなのでしょうね」

 レティシアは、にっこりと微笑んで、カミュの手を逆手に握り返し言う。

「レティシア、お前はフィリアードのお姫様だ、俺は今でもそう思っている」

「なら、あなたはそのお姫様に何度も負けてしまった、情けない騎士ですわね」

 レティシアは、表情を笑みで固めたまま言う。とても柔らかい口調で、カミュの知っている蒼い目のレティシアそれだった。 だが、声色は表情と酷く違っていた。また、カミュの右手を捻りあげている彼女の手の力も蒼い目のレティシアのものでは ありえなかった。

「俺は誰と話しているんだ?」

「あなたの前にはいるのは、わたくしですわ」

「だから……」

「レティシアはわたくし一人です。あなたの前にいる私一人。そうでしょう?」

 レティシアは続ける。

「あなたは、二人も姫を守れるほど強くないもの」

 暗殺者として育てられ、組織で最強とされた少年に向けられた言葉だった。カミュは、反論しようと頭を捻るが、彼女と出会ってから、 自分の弱い部分ばかり晒しているような気がして、その言葉はついに口から奏でられることはなかった。 

 実際、アンチ・レティシアという側面が彼女の中にいなければ、彼女もカミュ自身もすでにこの世になかったように思えるのだ。

「アンチ・レティシア……蒼い目のレティシア……今は、一つになったというのか」

「人間は一人で生まれてくるものです。こうして私がぬくもりを感じているあなたも、一人の人間なのだから」

「そうだな……」

「それに……もうアンチ・レティシアは必要ないでしょう……? わたくしとあなた、二人で背中を守り合うことができる筈ですもの」

 カミュが静かに目を閉じる事を確認すると、レティシアは掴み挙げていたその手を開放する。

「カミュ……これを」

 レティシアは言って、手に持っていた短剣をカミュに手渡す。

「これは……?」

「二人で作った希望です」

 レティシアは、微笑みを閉じて言う。彼女が抜いた短剣には、刀身が存在しなかった。ただ、蒼い光の粒子がその周辺を浮遊している。

「俺の剣か……」

 それは、カミュが教会からフィリアードへ持ち込んだ彼自身の剣にそっくりなのだ。今、フィアナの想いが込められたそれはフィードの手にある。

 これは、彼にとっての2番目の蒼い剣という事になる。

「お好きな名前をつけてください」

「名前?」

「はい、お母様の蒼い剣と、この剣、どちらもブルーでは可哀想ですからね?」

 レティシアは言って、カミュの決断を促すように、剣を彼の手に握らせる。

「俺が決めるのか……」

 カミュは、困った顔でレティシアに聞き返す。

「はい、ですから、あなたにお渡ししました」

 レティシアは、さらりと、その問いに答える。

「――フィース」

「…………それでは、本当に人の名前みたいですね」

 レティシアは首を捻って少し考えてから素直に笑う。

「理由はない、ただ……」

「ええ、綺麗な名前ですから、私もそう呼ばせてもらいますわ」

 周囲を支配する吹雪の中、レティシアは、その雪と風をかき消すような強い光を放つ剣を見て、カミュの声に自らの 言葉を添えた。



 委員会の本拠地シベリア湖への道は、彼らが滞在した村の近くの街道……で、あったであろう場所に存在した。

 外見そのものは、瓦礫の山なのである。何故これがシベリア湖へ続く道なのであるのかといえば、ユーシア大陸全土をかつては結んでいた運送機関の通り道であったからである。

 その瓦礫の山にしか見えない廃村で二人は、地下へと続く階段を見つけていた。レティシアは、階段の床部に描かれている文字が、 自分の読める文字であると理解して、それを読み上げた。

「シベリア鉄道……とあります、カミュ」

「もう殆どの地下トンネルは、土砂崩れで使えないが、ここからシベリア湖までは、システムが生きている」

 カミュは、レティシアの手をとって、階段を降りて行く。地下の回廊は暗く明かりは全くない。しかし、カミュは 手にある蒼い剣、彼が-フィース-と名づけたそれの粒子を頼りに足を進める。

 階段の踊り場、暗闇の中にあっても見事な装飾がされていると分かるそこまで降りてカミュは足を止めた。

「今日はすでに一人の侵入を許している、君たちも同じ道で来るだろうと待っていたら、やはり来てくれたな」

 暗闇の中から聞いたことのある言葉、カミュは蒼い剣を正眼に構えて、その粒子を刀身に変える。

「ナンバー2」

「今日は、約束を果たさせてもらいに来た。お前の姫をもらうという約束、どうやら寿命が尽きる前に果たせそうで安心している」

 カミュは、先ほどとは比べ物にならない程に光が広がった周囲を一瞥して、ナンバー2、自分と同じコードナンバーで呼ばれる少年が目の前にいる事を確認する。

「レティシアは下がれ」

「いえ、ここで結構ですわ、カミュ」

 カミュの後ろにいたレティシアは、静かにそう答える。――にこりと笑みを浮かべて。

「君のお姫様は、随分肝が据わっている」

 ナンバー2は、その会話を聞いて無遠慮に笑う。

「さあ、始めようかナンバー1。お互い寿命が近い」

 カミュの構えに習って、ナンバー2も剣を構え笑みを凍らせて殺気を身に纏う。

「寿命が近い?」

「それも知らないか……だが今更語ることもあるまい、ここで決着をつけるのだから――」

 その言葉がカミュの耳に入ると同時に、ナンバー2の剣はカミュの首元に伸びてくる。

 カミュは、それを蒼い剣で払うと、ナンバー2の懐にもぐりこむべく地面を蹴る。

「何っ!?」

 同じ試験管で生まれた兄弟が同時に驚愕の声をあげる。

 カミュの動き、先にローレコットで見た時は次元が違うのだ。ナンバー2は、全く反応ができないまま、カミュに鳩尾を剣の柄で打たれて唸る。

 カミュにとっては、自分の動きが信じられないくらい軽い事が、その声をあげさせた起因となった。

 鈍い音と共に、ナンバー2は階段の踊り場から数メートル派手に吹き飛ばされて、階段を転げ落ちる。カミュは、それを追うべく地面を蹴る。次いでカミュは、自らの 動きに再び驚愕した。――階段を転げ落ちているナンバー2を追い越して、先に下の階に着地できてしまったのだ。

「……これは」

 カミュは、手にある-フィース-に目をやる。強大な光の粒子を纏う剣。否、その剣の刃も蒼い光の粒子によって形成されている。その輝きが以前のものよりも、 強く、深いものであると主であるカミュは理解することができた。

「な、なんだ、この力は……、何をした? ナンバー1?」

 咳き込み、僅かに血を吐きながら、ふらふらと立ち上がったナンバー2が、怪訝な表情で問う。

「教えてやれることは何一つ無い……俺も驚いている」

 カミュは、冷たく言い放つ。

「俺たちのポテンシャルは同等、しかし教会で育ったお前とは違い、俺は委員会で育てられた本物の戦士だ、それがっ」  

 襲ってくる眩暈を振り払って、ナンバー2は懐に忍ばせていた武器に手をかける。

 彼が手にとったのも、それも蒼い光を放つ剣だった。

「ブルーか……」

「これは、貴様の持つまがい物とは違うっ!」

 叫んで、その蒼い剣でナンバー2はカミュに斬りかかる。

 ――が、その蒼い光はナンバー2が振りかぶった瞬間、突然消え去った。

「それは、前の俺の剣を模倣して作ったのか……」

 カミュは、呆然と光を失った自らの蒼い剣を見つめるナンバーに、静かに言う。

「輝きが消えた……? 蒼い剣の能力は、”奏者”の潜在能力を限界まで引き出すだけの筈だ、何故!?」

「確かに前の俺の剣は、持つものの力を上昇させるだけだった。使う人間に希望を与え、それは潜在能力を刺激する……モチベーションを 極限まで高めた催眠状態に奏者は陥る」

「それが――」

「今の俺の剣は……それに加えて、多分、人の悪意を消し去る。お前の殺気に呼応したその蒼い剣は、俺の剣の前では存在できない……」

 カミュの声に、ゆっくりと階段を降りてきたレティシアが、応えて頷く。

 それを見たナンバー2は、目を閉じると素早く腰から銃を抜いて、カミュ目掛けて数発速射する。風の流れような柔らかな動きだった。

「感情を押し殺す訓練もしているのか」

 殺気を消したまま、本能的に、そういう動作に移ったナンバー2にカミュは感心する。だが、その数発の銃弾は、-フィース-によって、あっさりと切り払われた。

「……いよいよ、人間離れした力を手に入れたようだな兄弟。だが、勝敗は別だっ」

 ナンバー2は舌打ちし、レティシアの方へ駆ける。

「レティシアッ」

 カミュは叫んで、ナンバー2の背中を剣で捕らえようとした刹那。

 鈍い音が地下の空間に響く。

「わたくしったら……なんて事を」

 それはナンバー2の攻撃を身を翻して受け流し、突進してくる彼の勢いを利用して足をかけ、彼がよろけた所でその後頭部をぐいっと押した公女の言葉だった。 まさかこんな少女が、自分の攻撃を避けて反撃までしてくるとは思ってなかったのだろう。ナンバー2は、派手によろけて、そのまま階段の角に激突した。

「今のであばら骨か、鎖骨あたりをやったな……」

 鈍い音をそう判断したカミュは、苦笑しナンバー2に言う。

「……驚いたな、やはり、ただのお姫様じゃない」

 ナンバー2は、やはり胸の辺りの骨を折っていた、苦痛に顔を歪め二人を睨む。

「残念だったな、あれで俺よりよほど強い……」

「……ごめんなさいカミュ、きっと痛いですよ」

 カミュが言葉を紡ぐと同時に、背後から静かに近づいてきたレティシアが、その背中をぐいっと抓りあげる。――カミュにとっても、ありえない反撃だった。 カミュはすぐにレティシアの瞳を覗き込むが、そこにはキョトンとカミュを見上げる可愛らしい蒼い瞳しかなかった。  

「お前が冗談まで言えるとは驚いた、ナンバー1」

「そうだろう? そして――――これで、お別れだ」

 カミュは、その言葉に視線を合わせることで応えて、-フィース-をナンバー2の喉元に突きつける。

「もはや未練はない。だが、寿命の事だけでも伝えておいてやる」

「……寿命?」

 さっきも聞いた言葉だった。カミュの右手をレティシアが掴んで剣を一旦引かせる。そして、彼女は、ナンバー2の誘いに乗って尋ねた。

「どういう事でしょう、寿命というのは」

「俺もナンバー1も人工の生命体とはいうのは知っているな」

「……はい」

 レティシアは、瞳を強く閉じて、カミュの右手を握ったまま応える。

「あらゆる製品、生物には寿命ってものがある。紛い物の生物である俺達は、人間のそれよりも寿命がずっと短いのさ。特に俺たちの任務は、死海文書に ある今回のインパクトまでと設定されている。そこで寿命は尽きる」

「寿命が尽きる……」

 カミュは、その言葉を無心で復唱する。あまりにも突然に、死は彼に迫ってきた。

「わたくしは、信じません」

「いい、レティシア」

 カミュは、レティシアの言葉を遮って、剣を振り上げる。

「ナンバー1、お前の剣は戦意をまるごとかき消すと言ったな?」

 カミュは、その言葉に応える事はなかった。死期が近い、という言葉に頭が支配される前にナンバー2を消すつもりなのだ。

「なら、俺にできる最後の抵抗はこんなもんだ」

 カミュの剣が振り下ろされると同時に、ナンバー2は歯をカチッと強く噛み合わせる。

「っ!?」

 カミュは息を呑んですぐに剣を引き、レティシアを抱えて後ろに飛ぶ――。

 ナンバー2の自爆――。

 ――――カミュの声は、ナンバー2から吹きあげる爆風によってかき消された。









第32話「散りゆく命、咲く命」









「あなた……誰?」

 目を覚ましたのは、見たことのない場所、知らない人間の背中の上だった。薄暗い、しかし、果てしなく続くと分かる回廊に セシリは居た。天井は数十メートルはあるだろうか、とても広い空間、しかしそこを支配する空気は、酷く古いものに感じられて 独特の鉄の腐敗する匂いが立ち込めていた。

意識を取り戻したセシリは自分を背負っている男がアルスでもレファンスでもないと知って声をあげる。

 電撃で焼かれた体は……掴まれた腕は未だ痺れるが、その他はそれなりに動かせるようであった。

「それは俺が聞きたいな。どうして、君のような娘が一人であんな化け物と戦っていたのか」

 背中をぽんっと揺らして、負ぶっているセシリを抱え直し、男は応える。

「そうだわ……助けてもらったのに、名乗らないなんて失礼だものね。私は、セシリ。――セシリア、ユーシアです」

 セシリが使ったのは余所行きの声、口調だった。本名を言うべきなのかも迷った。だが、セシリは正直に応える事にした。 男が自分よりも随分年上で、気品のある顔立ちをしていたからだ。――しかし、その面影はどこかで見た事があるように思う。

「セシリア=ユーシア、ユーシア王国の王女か。お姫様が、こんなところに一人でいるというのを信じるのは無理があるだろう?」

「そうでしょうけど、あたしは、あなたの名前を聞いていません。小父様」

「貴女がセシリア=ユーシアなら、俺は姫君の宿敵と言う事になる」

「どういう……」

「俺はフィリアード公家の人間だ」

 もはやなくなった公国の、と付け加えようとしたが、話している相手が自分の背中で先ほどまで眠っていた少女であると フィードは思い出し、それを止めた。

「えっ!?」

 セシリは、露骨に驚いてみせる。

「それでは……小父様は、フィード=フィールド=フィリアードですか?」

「そう」

 セシリは、フィリアード公家に残された唯一の男の名を当ててみせる。王女である彼女にとっては、さほど難しい事ではなかった。

「って、ど、どうして!! ……どうして、あなたがレファンスの剣を持っているの!?」

 セシリは、彼の背中の上で次の会話を叛を探そうと視線を巡らせていた、その時に彼の腰にある蒼い剣の鞘を見つける。 ――それは寸分違いなく、彼女の知るレファンスの剣と同じものだった。セシリの声はそこで弾けた。

「レファンスの剣?」

「わ、私の幼馴染の、レファンスって子が、いえ、さっき、小父様も見たでしょ、あの……」

 セシリは、先ほど見たレファンスに似た兵器を思い浮かべて言葉を詰まらせる。次いで、大きな不安感と 吐き気が彼女を襲う。その支配下にあっては、セシリは言葉を続ける事はできない。ただ、あれが現実だったのか否か、焼かれた右腕を再び見て、 確認する。

「大丈夫か?」

 フィードは眉を細めて、王女を床に下ろし水の入った水筒を差し出す。

「あっ……う」

 その時に、セシリはその男の顔を直視した。どう見ても似ているのだ。レファンスに。厳密に言うなら、レファンスが 似ていると言うべきなのだろう。

「……?」

「もうわけが分からないわっ!? どうして、レファンス似の化け物があたしを襲って、この人がレファンスに似てるのよっ!? これは何かの罠ね? 罠ったら罠! もういやぁぁぁぁっ!!」

 そこでプツンと糸が切れた。セシリは、頭を抱えて叫び声をあげる。

「……レファンスというのは、17年前に死んだ俺の息子の名だ」

 フィードは困った顔で、セシリアの問いに応える。

「……え……じゃあ、小父様はレ、レファンスのお父様?」

「いや、息子は生きてはいない」

「そんな事ないと思う。あたしん家のレファンスは、どう考えても小父様に似ているもの! それにさっき……あたしを襲っていた子、違うと思うけど、 レファンスにすごく似てたわ」

「……」

 先ほどの機械化した少年の風貌には、フィードも同じ違和感を感じていた。そこで彼も声を詰まらせる。

「……でも、レファンスはスターレイク島で暮らしているから……あれは偽者だわ」

「スターレイク島?」

 フィードの記憶にその言葉があった。僅かに眉を動かして、思考を巡らす――。それはフィリアード公国軍が、傭兵を雇って極秘に一時占拠した島の名だ。 フィードに対してさえも隠して行われた作戦。おそらくカタリーナが命令したであろうそれ。

 世界の果ての小さな島を占拠して何の意味があるのか、とフィードは疑問に思ったそれだ。

 つじつまが合っているのが分かった。レティシアが、北極圏に近い小さな島で知り合った大好きなお友達、と言って嬉しそうに話した少年の名が たしかレファンスと言う名だ。彼女は偶然、生き別れの双子の兄に会っていた、という事になる。そう考えれば、男友達の いないレティシアが、すぐに仲良くなった少年の存在が説明できる気がした。

そして、その話の経緯が事実であれば、レファンスは傭兵隊に殺されているか、少なくともその 島で暮らし続けているわけはないのだ。

 フィードは意を決して、その旨をセシリに伝える。

「嘘……。う、嘘でしょ!? ど、どうして、フィリアード公家がレファンスを殺そうとするのよ!? 小父様の子供ならあいつは、 王子になるはずでしょ!?」

 そう考えてセシリアは苦笑した。宿敵であるファルシア大陸の国家の王子が、自分の家族であるレファンスだったのだ。 彼女の叔父の最終目的の一つには、それらの打倒もあった筈だった。

「一族の問題なので、詳しい事は言えないが。俺の妹が、レファンスの存在を知れば消そうとするのは理解できる」

 レティシアも、そうして消されそうになった経緯がある。

「こういう世界では、家族の絆なんて、当てにできないってわけね」

 セシリは吐き捨てた。自分自身が何度も感じていた、ドロドロとした王家の関係の中では、そういう事があってもおかしくない気がするのだ。 実際、叔父であるアスエルがいなければ、自分もどういうように扱われていたか分かったものでない、とセシリは考えていた。

「あれが、レファンスなのかどうか、確かめてみなきゃ駄目ね」

 セシリは、痛みの残る右腕を垂らしたまま、意を決して左腕で体を支えて立ち上がろうとする。

「残念だが、この道はユーシア王国に通じている」

 フィードは言って、よろけるセシリの体を支える。

「どうして!」

「見てのとおり、立ち上がることもままならない娘を抱えて、シベリア湖に潜るつもりはない」

 その言葉にセシリはフィードの手を払って、自分の力で体制を立て直す。

「だ、大丈夫です」

 セシリは、ぎゅっと目を見開いて震える足を御して歩き出す。

「……約束しよう、もしレファンスが生きているというのなら、必ず俺が助け出す」

 フィードはそう言ってデジャブを感じる。かつて、この地下道で交わした一つの約束をして果たせなかった事が、その感覚を導き出していた。

「今度は、必ず……守るから」

 自分自身に言い聞かせた言葉。

「いーえ、レファンスは、あたしの家族でもあります、だからっ」

「セシリア姫、次に目覚めた時、君は安全なベットの中にいると思う。すぐにレファンスを起こしにやる」

 セシリが振り向いて言葉を続けようとした瞬間、フィード優しげな、どこか悲哀を携えた声は、すぐ耳のそばから流れ込んできた。

 そして鳩尾に鈍い何かが入る、と感じた瞬間、再びセシリアの意識は暗転した。









「無事ですか、カミュ?」

 カミュは爆発に巻き込まれた後、自分がどうなったのか覚えていなかった。自分に向けられた声に反応し、ゆっくりと目を開けると、地下道の電灯が灯されていて、そこは明るい空間へと 変貌していた。

「レティシア、無事か?」

 最後の瞬間、レティシアを庇うように光の粒子を操作したと思う。それで、彼女は無事だったのか。

 カミュの焦点が、声の主の合致する。

「アルス……」

「やあ、お久しぶりです、カミュ」

 そこにはアルスの全開の笑みがあった。

「どうしてお前が……レティシアは?」

「僕たちが、ここに来たときは、あなたしか居ませんでしたよ、カミュ」

「……他にも誰かいるのか?」

「ええ、教会の皆と一緒に、もっとも彼らは先行しましたけどね」

 アルスはカミュの口に濡らした布巾を当てて言う。

「まあ、大きな怪我もないようで安心しました。爆発があったようですが、お相手は?」

「ナンバーコードを持つ奴を相手にした……」

「……そうですか」

 カミュに水筒を手渡すと、アルスは静かに目を閉じて笑みを閉ざす。

「――知っていたのか、お前は」

「あれは、信じるに値しない情報です。一緒に育った僕が保障しますよ」

「正直に言ってくれ、アルス」

「あなたが誰であれ、カミュはカミュ、違いますか?」

 それはレティシアと同じ答えだった。彼に名前をつけた少年らしい言葉だと思えた。

「そうだな」

 カミュは、素早く身を起こし、刀身を失っている-フィース-を拾いあげて、周囲に視線を巡らせる。回廊の向こう側には瓦礫の山、すぐ目の前で道は閉ざされていた。

「土砂崩れか……」

「巻き込まれなくてラッキーでしたね、カミュ」

「レティシアが……あの中に?」

 カミュは背筋が冷たくなるのを感じた。

「他の皆は地上から、一つ先の駅まで歩いてシベリア湖に向かいました。僕たちも急ぎましょう」

 アルスは笑みを閉じたまま、カミュの言葉を受け流すと冷たく言う。

「俺はレティシアを探す」

 カミュは、蒼い剣を作り出して、瓦礫のそばへ足を向ける。

「カミュ、ここまで来ればもうレティシア姫は必要ありません。僕たちだけで決着をつけましょう」

 アルスはそれを追ってカミュの肩に手をかけるが、刹那、それは払いのけられる。

「そういう問題じゃない、俺はっ」

「あの瓦礫に巻き込まれたとすれば、どの道助かりません。無残な死体を見たいのですか?」

「委員会はレティシアを必要としていた。あんな形で殺すとは思えない」

「爆破物を使う時にそんな責任までとってやる相手ですか」

「そうだとしてもお前の指図は受けない、俺はレティシアを探す」

「認められません、彼女を見つけてどうするつもりですか、一緒に委員会に行きますか? そんな事をすれば、敵の元へエスコートするのと同じでしょう」

「それが適わないなら、最後の時までレティシアを守る、それだけでいい。――――それだけで、俺はこの世に作り出された意味があると理解できる」

「最後の時?」

「多分、間もなく俺の命は尽きる」

「馬鹿な。僕が居る限りあなたを死なせはしません」

 アルスは、微笑を浮かべて言葉を並べる。子供の時から、そうやって教会で生きてきたのだから。

「もうすぐ寿命が来る。いくらお前でもこればかりは止められない」

「寿命?」

「思い当たる節はある。ここ数ヶ月というもの、日に日に身体能力が低下しているのが分かる、ブルーを失って力を出せないだけだと思っていたが違うようだ。潜在能力を引き出せるように訓練を受けていたはずなのに、自力でコントールできる力は限界のそれに程遠い」

「馬鹿馬鹿しい話に踊らされないでください。あなたは正真正銘17歳でしょう」

「俺の戦ったナンバーコードも17歳だった筈だ。だが奴はためらわず自爆した。何故だ?」

「彼らはそういうように育成されたからです。敵の謀略を丸呑みして、悩む人がいますか……」

 アルスはため息をついて首を垂れる。

「お前は、いつもそうだった。ひたすら俺の事を庇う」

 カミュは静かに言って、アルスに向け蒼い剣を翳す。彼がすべて知っていて、そう言っているのだとカミュには読み取れた。16年間一緒に育った二人なのだ。 アルスの性格はよく分かっていた。

「何のつもりですか?」

「だが、ここでお別れだアルス。レティシアが呼んでいる」

「……?」

 アルスは首を担げる。

「この剣はレティシアの希望だ。こいつが輝く限りレティシアは死んでいない」

「本気で、彼女に人生を捧げるつもりですか」

 アルスの表情が凍りつき、目が鋭いものへと変わっていく。その華奢な風貌、雰囲気が一変し、周囲の空気を凍らせる。

「お前はいつもそうだ。剣でも体術でも俺よりも数段上なのに、わざと負けてみせて俺をナンバー1にした」

「カミュはファルシアの王子で、フィリアードの公子でもある。あなたがセシリア姫と 一緒になれば、それで戦争はすべて終わらせることができる。だから、カミュは強く綺麗なままでいなければならない」

「アルス……」

「考え直してください、僕の元に戻ってくれば――」

「俺はお前のお人形じゃない」

「僕のカミュ、君は臆病で弱い、僕なしで生きていけるわけがないんだ。それを教えてあげます」

 静かな二人の言葉だった。だが、それが消えると共に空気は激しく震え、二人は同時に剣を繰り出し火花を散らせる。




 ――――時は再び激しく動き始めた。  



















次へ 戻る