――周囲を包むのは、深い雪。

 カミュは、蒼く輝く、否、蒼い粒子によって構成された剣――フィース――を構える。

 対峙する幼馴染同士の鼓動、というのも周囲の吹雪に吸い込まれる。

「君は愚かです。僕がいつも手を抜いていたと分かっているのに、こうして向かってくる」 

 カミュが繰り出す一撃を簡単に避けるアルスは言う。

「それでも俺はレティシアの処へ行く」

「僕を踏み越えていくというんですか?」

 アルスは腰に帯びた鞘から、剣を抜くとカミュと同じ構えを取る。アルスが正眼に構えた剣は、漆黒の刀身に奇妙な文字を帯びていた。

「……ヴァルテックか」

「そう、刻を止めることのできる、最強のロストウェポンです。断言しますが、核兵器で絨毯爆撃でもしない限り、絶対に僕には勝てません」

   カミュは正面にいた筈のアルスが、自分の背後から返答してきたことに舌打ちし、すぐに蒼い剣を後ろに振る。

「新しい剣は、前のブルーよりも遥かに強力のようですね。もはや、剣が青い光を帯びるというレベルではなくなっている。――君はとても強くなった」

 再び時を止めて、カミュの正面に回るとアルスは冷静に言葉を続ける。

「くっ」

 空振りし、大きく隙を作ったカミュは、背筋が冷たくなるのを感じる。

「だが、時を止めることができるのは1,2秒だけだ」

 カミュは言って、地面を蹴る。――渾身の力で。

「レティシアッ」

 カミュは続けさまに叫んで、剣を振るう。

「戦いの最中に女の名など呼ぶものではありませんよっ」

 アルスは同じように叫んで、カミュの剣を払う。

 カミュはすぐに体制を立て直すと目を見開いて、突きの構えをとる。

 刹那、周囲の空間を駆ける音。

 カミュの身体を蒼い電撃が取り巻く。おそらく剣から派生したであろうそれ――。

「なにっ?」

 アルスが目を剥く。次いで彼を襲う一撃。

「っ」

 アルスは横に飛んで右に避けるが、それは彼の左肩にかすり傷を加える。

「……なにをしたんです?」

 ――確かに時を止めてアルスはそれを回避した筈だった。アルスはすぐに起き上がると、カミュの剣筋の先にあった地面が遥か彼方まで抉られて様を見て問う。

 バチッバチッ

 火花が飛び散るようにカミュを覆う蒼い電撃は、その姿をより大きくしていた。

「さあな」

「その剣は、只のロストウェポンじゃないようですね」

 アルスは蒼い剣を一瞥すると、ため息をついて決意する。――カミュを気絶させる。

「厄介なもののようですし、そろそろ終わりにしましょう」

 優しい笑みを浮かべる漆黒の剣を構える少年は言って再度時を止めた。――だが、次いでカミュの鳩尾に打ち込んだその拳には手ごたえがない。

「ああ、これで終わりだ」

 手ごたえの代わりに帰ってきたのは――カミュの声。

 次の瞬間、アルスの鳩尾に重いカミュの膝がめり込む。

「……どうして?」

 アルスは呼吸困難に陥り、膝をついてカミュを見上げ問う。

「この蒼い剣は、敵の戦意を否定する。攻撃の発生源は無力化される、意思のレベルでだ」

「馬鹿な、そんな武器が存在する筈がない……それはまるで!」

「アルス……お前が本気で俺に戦意を向けてくれなければ、この力を使うことはできなかった」

 カミュは、膝をついて荒い息をしているアルスの肩を抱くと続ける。

「そして……そして俺は、お前が名前を与えてくれなければ人として生きることはできなかった」

「何を言ってるんです……?」

「……お前が心を与えてくれなければレティシアに出会うことはできなかった」

「……カミュ」

「大好きなアルス」

 アルスは、続けようとしたがカミュがそれを言葉で断つ。――微笑みに携えられたそれ。

「え……」

 それはアルスが教えた暗殺者としての作り笑いではない。少年のとして、歳相応の無邪気な、優しい笑み。17年間、一緒にいて初めて見た笑顔だった。

「ありがとう……さようなら」

 カミュの言葉だった。いつもの冷たい声ではない。微笑みと同じく、暖かい少年の声であった。

「……」

 アルスは薄れゆく意識の中で、それをカミュに授けたのがレティシアの存在なのだと理解した。

『君の剣……それは白き詩の祈りの結晶か』



「カミュ、お友達との別れは済みまして?」

 シベリア湖へ続く地下道から柔らかな声がカミュに届く。

「……見ていたのか?」

「いいえ、男同士の抱擁なんて趣味の良いものではありませんし、わたくしはあなたの伴侶なのですから、そんな浮気を容認できるものでもありませんわ」

 レティシアはくすっと笑って言う。

「そうか」

「ええ」



 ――二人はそう言って頷き合う。





 シベリア湖の最深部に、通称”委員会”と呼ばれる組織の本拠地はあった。正確に言うなら、シベリア湖の湖底にそれは建造されていた。

 湖底には巨大なビル群があり、その中央にある100メートルほどある塔の一室は、数千年ぶりにその席をすべて埋めるだけの人を迎えていた。

「時は満ちた。終わりの3日間から17年。我々、国際連合地球外生命対策委員会の役目はこれで終わる……」

 豪華な調度品で飾られた部屋は多くの人が集まっている割に薄暗い。――というのも、言葉を交わす人の姿をしたものの中には、目がすでに退化しているものもいるからだ。強い光はすでに彼等の目には強すぎるのだ。

「まだ分からんよ。白き詩の祈りの姫が、本当にレティシア姫とセシリア姫かどうかというのも確信はないのだ。――またファルシア大陸が消滅した今、地球に残った人類の総力を吸い上げても、死海文書の悪魔に勝てるという保証もない」

「人々に与えるアンチ・ブルーがまだ弱いと言うのか?」

「いや、総力の話だ。ユーシア王国が発ったおかげで、ユーラシア大陸の人々は圧制から解放され、希望……貴様に言わせるところのブルーを取り戻しつつある。これは予定とは大きくシナリオが変わったとしか言い様がない。だが言ってみたところで、もはや策を講じている時間はない。死海文書の通りなら、アレはすでに太陽系内に入ってる可能性が高い」

「であるならば、すぐにでもパリス、キャンベラ、ツクバの増幅装置を起動するべきではないのかね?特に、キャンベラとツクバの装置はぶつけ本番には耐えられん可能性がある。17年前はパリスのみの起動だったが、あれだけ手間取ったのだ」

「ツクバの増幅装置は海底に沈んだ研究学園都市内にある、あれが設置してあるユニバーシティーは、戦略核にも耐えられるように作られている。パリスのように半壊している可能性はないよ。問題はキャンベラだ。確か現在のフィリアード公国の領内に合ったはずだ。しかし、あの地区は棺桶の女王を駆逐する為に爆撃を行っている」

 部屋の中に数人の声が響き、会話を成すが、どの声にも個性、というものがない。

「――それも核でな」

 男たちの声、であろうか、枯れた声同士がぶつかり合う部屋に、機械の発声器によって声を紡ぐ男が入ってきた。――全身を覆う肌は全て緑色で、本来人間が持つものではないことが分かる。

「サガラ委員長」

 部屋に入ってきた緑色の肌を晒す男に、一同の視線が集まる。

「しかし、我々は、数千、数万の時を生きて、今再び過去の遺産を用いろうとする。我々と死海文書の悪魔。何が違うのかね?」

 サガラと呼ばれた男は、部屋の中の席がすべて埋まっていることを確認すると、全員にそう問いかける。

「違うのは立場だけだろうよ。それでも地球に取り残された人類を守るのが我々、国際連合だろう?」

 薄暗い部屋の隅から、そう返答が帰ってくる。

「そう……その為に我々は家族を捨て、自分の名前を忘れるほどの時を越えてきたのだ」

 その言葉にサガラと呼ばれた男は深く頷いて、自分自身に向かってそう言い聞かせると、机に設置してあるたくさんのキーをもつボードを軽快に叩く。

「諸君、我々、最初の人類の最後の仕事だ。すでにこの身は人の姿をしてはいない。だが、私は最後まで人として生き、後の人類を守ってみせる」

 機械によって紡がれた音だった。だが、その声は部屋に集う人間達を一斉に起立させ、奇妙な音の拍手を促した。



――――太陽風が届かない宇宙の向こう。確かにそれは世界へ向かって進んでいた。



















第33話「カミュとアルス」
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