歴史が動き出していた。

 時の流れと共に常に刻まれるそれであるが、新世紀を迎えた世界に到来したそれは旧世紀にあった大きな変動とは相似しなく、終わりの3日間を生き残った人々にもその変わりゆく時代というものは感じていた。

 白い羽毛を纏った鳥達が、高き峰から飛び立つ――。

 空を駆ける鳥達の羽が、舞い降りる太陽の光を包み込み、それを希望の形に変えて地上に贈り届けている。

 世界最大の面積を誇るユーシア大陸。

 かつて一つの国によって統治されていたここも、この時代には幾多の勢力が互いにしのぎを削る戦国時代へと移行していた。

 鳥の囀る暖かな春を迎えた日。

 ユーシア大陸東部の街シャルドにて、一人の少女が新たな大陸の勢力の挙兵を宣言している。

 広場に面した立派な屋敷のバルコニー立って怖じる事なく高らかに言葉を連ねている少女は、やはりどう見ても年端もいかない娘である。

 しかし、美しい青い鎧を着込み、金製であろう冠を栗毛の髪と共に面前の大衆に誇示しているその少女――。

 広場に集まった街の住民の数は、ここまでこの街に人がいるのかと言う程少女にとっては圧倒的なものであったが、そういうプレッシャーを感じても少女はそれを無縁とする術を学んでいた。  さらには、正確に状況を把握できていない人間も数多くいるという事をバルコニーの上から知る事ができたので、そこにあって自分の言葉というものを強調させる事もさほど難ではなかったのである。

「わたくしは約束いたします。かつて父が治めた平和な王国をこの大陸に甦らせることを!」

 バルコニーの視界は、ほぼ180度はあるものであったが、少女はその視界をいっぱいに使い、両手で祈るような仕草を見せ、高らかな宣言を民衆の前で続けている。

「兵は家に帰し、子は母の元へ帰らせましょう!すべての人が二度と戦いを思い出さないような国を造ることを皆様に誓います」

 広場に集まった大衆の数、それは大雑把に見ても千人は下らないであろう。

 民衆が噂の声だけで聞いていた、先の国王の娘。

 そのアイドル性が、これだけの人をこの場に集めていたといって間違いはない。

 戦いに疲れたこの街の人々にとって、バルコニーに見上げる少女こそが希望の光と成りえるものであった。

 虚無と思えるありがちな誓言にしてみても、この少女が伝説の軍師の血筋も引いていると教えられることで、それは虚無から実現可能な真実へと変わっていく。

 集団心理というのか、幾人かのサクラが姫を称える声をあげれば、それに大多数の民衆が続く。  口をついて出た言葉が、波及効果を生み少なからず場全体の雰囲気を盛り上げていく。

 確実なアイドル、カリスマとしての存在をこのシャルドにて確立しようとしていた大陸の王女――。

 だがそれは、この姫の意思によってのものではない。

 この宣言の場を設けさせた表のバルコニーには姿を現さない人物こそが、挙兵の影の立役者であった。




 シャルドはコーネリア王国時代には、決して規模の大きな街ではなく、元々大陸の東部の地域には大きな街などは存在しなかった。

 しかし、この街には王国代々の軍師や元帥を勤める名家があった。

 先の王妃も輩出したその家の現在の主が、この勢力の盟主である。

 自らの名をユーシアと名を改めて、大陸の統一国家の意味を込めたユーシア王国という名の国をこのシャルド中心に興そうとしているのは、旧コーネリア王国元帥であり姫の叔父であるアスエル=フォウ=ユーシアである。

「姫様、お見事でありました」

「……そお?」

 夕日が東方の街を包み込む時刻――。

 この街の西へ沈みこもうとする太陽の陰を背に、宣言が終わり人も疎らになった広場をバルコニーの死角から虚ろな目で見つめていた姫に凛とした声が掛かる。

 まるで分かっていたかのように、それに応じる姫と呼ばれた少女。

 光が赤く小さく変わっていくと、視界に触れている街の趣も徐々に変化を見せ始める。

「このように、世の中も移り変わっていくものなのでしょうか?」

 一言だけ姫に声を掛けたきり、無言で押し黙っていた黒い鎧を着込んだ騎士が、ふいに呟きに近いような微弱な声をあげる。

 背後の声に振り向くわけでもなく、ただ口元だけを開いてそれに反応する姫。

「……日は沈めば、また登るもんなのよね。今までも、これからも変えていけるものだって思わなければ、こんな事やってられないんじゃなぁい?」

 先ほどの演説とは別人とも思えるような姫の言葉の色。

「……そうですね」

 そう言葉を告げた後、わずかな闇の到来と共に、また冬に戻ったかのような冷たい風が姫のドレスを震わせる。

 バサッ

 何かが翻る音――。

 その音の主が分かっていたので姫は、慌てて踵を返そうとする。

「……ル、ルディア」

「寒くなってまいりました、姫様」

 小さく俯いて、曖昧な笑みを浮かべた姫。

 その理由――薄着をしていた自分をルディアと呼んだ騎士がその黒いマントで包んだのであるが、こんなところを人に見られたらなんと思われるものか分かったものではないので、姫はちょっと迷惑である事を伝えようと、ルディアの手を軽くつねる。

「何か至らぬところでも?」

 姫の意思を理解しようとしない黒騎士は、そのままマントで主を抱きしめて耳元で小さくそう言う。

「っ〜〜〜〜」

 その言葉に、顔を真っ赤にして口元を震わせる姫、奏でようとした言葉が声にならなくなっていた。

 だが、実際に騎士のマントは暖かかったし、ルディアの髪からはなんとも良い匂いがしていたので、姫は諦めてその身を黒い鎧に預ける。

 そこで静かに目を閉じた姫は、なんとも言えないぬくもりに小さな安堵感を覚えていた。二ヶ月前に失った温もりが僅かに自分の元へ戻ってきたように感じられる。

「……お休みになられますか?」

 目を閉じて、綺麗に整った吐息を始めた姫に騎士はそう尋ねる。

「寝室へは自分で行くわよ」

 くすっと笑って、姫はそういうと力ずくで離れまいとする女騎士を振りほどいて、屋敷の中へと消えていった。



















 第4話「聖霊の湖の少女」



















 チチチチ

 小鳥達の囀りが春の日が舞い降りる窓に木霊している。

 ユーシア大陸東部のシャルドの街――。

 昨日の建国、挙兵宣言を経た今日の日のシャルドは街中が人で賑わっていた。

 アスエルが行った徹底的な免税政策と、巨大な城の建設、その効果なのか、王女を迎えた数日前よりも街を彩る人の色は増えているように見うけられる。  シャルドが興って数百年、初めてこの街は一国の首都となろうとしている。

 しかし、アスエルにとって、自分の故郷である大陸東部のこの街をユーシア王国の首都とするのは一時的なものであり、彼の最終的な目的は先王ラインハルトが建設したファルシア大陸への門ラインティノープルの奪回である。

 その為に必要な戦力を集める場所としてこのシャルドを選んだのである。

 険しい山々に囲まれたこの大陸東部の街は、ロクな戦力を持たない新しい勢力の拠点としては有効なものであるのだ。

 だが、それと同様に、この山岳地帯一国の首都には向いていない。

 ――そういう事実を知っている民衆が居ない為に、このシャルドの街は発展への希望で溢れかえっているのだ。





「……キャッ」

 その日、王女が目を覚ましたのは、日が空の頂点に昇りきった頃であった。

 うっすらと暖かい日差しを体に受け、目を開けた王女は、目の前の光景の突然さに小さな叫び声をあげる。

 可愛らしいネグリジェを着込んだ王女が、その日最初に見たもの――。

 美しい金色の天然パーマが僅かに掛かっているかもしれない髪の毛――。

 そして、問題はその髪の毛の向こうにあった。

 数センチの距離で躊躇われる様に停められている端正な……中性的な顔。

 それが、王女に小さな悲鳴をあげさせた。

「チッ」

 舌打による音。

 その音が王女の耳を撫でると、顔をまじまじと近づけていたであろうその騎士は、身を引いて敬礼をする。

「…………」

 覚めやらない王女の思考。

 その中にあって、今起ころうとしていたことについて考えてみる。

『い、いまルディアの奴、チッとか言ってなかった……?あたしがお姫様だって事、分かってんのかしら?』

 あと数秒、自分が目を開けるのを遅れればどう言う自体になっていたのか考えて、背筋を凍らせる王女。

「おはようございます、姫様」

 首をカクンと右に倒して、腕を組んだままう〜んう〜んと考えている茶色の毛をぼさぼさにした王女に、何事も無かったかのように身辺警護を一任されていた、ユーシア王国の正騎士が朝礼の一声を掛ける。

「ん……。ああ、おはよぉ」

 自分の身を護ってくれる騎士の清々とした声に、自分の邪推を改める事にした王女は、両手を天井に向かってぐっと伸ばして背伸びをすると、そう言ってベットから身を下ろす。

「よく……お眠りになられましたか?」

「……天蓋やカーテンのついたベットに慣れるのには時間掛かるかもね」

「そうですか」

「ところでルディア、さっきあたしに何かしようとしてなかった?」

 畏まって会話を続ける黒い鎧を着た騎士に、王女は着替えをしながらそう尋ねる。

 暖かく広い王女の為に容易された部屋には、栗毛の少女が見たことも無い豪華な服がたくさん置いてあった。

 今のはその宝物に目移りしながらの言葉である。

「いいえ」

 それに騎士はきっぱりとそう応えた。

『目を開けたら、ルディアの眸が目の前にあったのよね?』

「おかしいわね……」






「……なるほどね、セシリアはディーナのルフェンテをずっとしていて、それでそういう事ができていたのだね」

「こんな指輪にそれだけの力があるなんて、あたしには信じられません。アスエル叔父様」

「しかし、セシリアのような女の子が、熊を素手で倒したり、船のマストを突きで叩き折ったりする事ができた説明はそうするしかないだろう?」

 その日、王女は叔父の住む屋敷――母の実家でもある家の一室で半ば強制された勉強を終えると、そのままその部屋の本棚から本を漁り、それを読みつづけていた。

 気づいた頃には、目の前の机に夕日が差し込んでいる。

 そんな事に気がついて、自室に戻ろうと席を立ったときに、叔父、アスエルがこの部屋を訪れた。

「お父様とお母様……。形見……の指輪なんですよね?」

「……そうだね」

「ルフェンテって言うんですか……この指輪」

「そう」

「ここに来たときにルディアやプロフェッサーが言っていた、スターズって武器の要になるっていうのは?」

「それは、直接プロフェッサーに聞いてみるといい」

 周囲にはすでに日の面影は無くなっている。

 王女となった少女とその叔父の会話は、こんな具合で進んでいた。








 優美なその屋敷の地下には、異様なまでに広い空間が広がっていた。

 夜の闇の支配を強く受けたそこは、壁に溶接された巨大な灯篭によって十分 な灯が宿っている。

「ルディアのロンバルディアも、フレームからリカバリーした上級のロストウェポンであろうが」

「今回、3つもフレームが発掘されたというのなら、私はそれにも興味がある、騎士団にまわしてくれるのだろう?」

「それはもちろんじゃが。対リリス用のロンバルディアのようなタイプではなく、広範囲の対人用兵器がリカバリーしてくれれば、それでこの戦争を終結させることもできると、閣下はお考えのようでもある」

 地下のホールには、いくつかの巨大な部屋が存在しており、そこの一室には人の吐息が2つ存在していた。

 地下ゆえに窓も無く、人の丈の2倍ほどの大きな本棚によって視界が悪いそこは、酷く閉鎖感があった。

 そういう場にいる一人は、長い白髪をもった腰が曲がり始めている老人である。

 良く通る声をあげているもう一人の方は、王女の身辺警護を請けおっている金色の髪を持った黒騎士であった。もっともルディアという名のその騎士は、今は鎧を着てはいない。

 黒い礼服を着たままに、長い髪を結った姿で、古ぼけた椅子に座り眼鏡を片手に持った老人と話を続けているのが、仕事を終えた今日の騎士の姿であった。

「対人用か。敵もそういうものを使ってきたならば、人間同士共倒れにはならないか?」

 照らされた壁に肩を持たれかけさせて、腕を組んだままにルディアは、椅子に座っている老人と言葉を交わしつづけている。

「ユーシア大陸は東部にしか遺跡は見つかっておらんし、ロストウェポンの解凍技術とその存在有功性を知っているのは、閣下をはじめとする極わずかな旧王国の官僚だけよ」

 よく通る女騎士の声に対し、老人のそれはかすれた物であったが、時折ルディアの繭を歪ませる言葉も携えていた。

「大シベリア湖は、さすがの教授でも発掘は不可能とお考えか。敵が現存の発掘兵器しか持ち合わせていないのは結構だが、新しいフレームの解凍を急いでいただけなければな」

「ふむ――。ところでルディア。おぬしがスターレイクで見たという青い剣の話じゃが」

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、懐から一枚の紙を取り出して、それをルディアに渡すと教授と呼ばれた老人は、頭を抱えて本棚へと足を向ける。

「ああ、どんな物か分かったのか?」

 ルディアは、手渡されたその紙を受け取ると、それに詳細が書いてあるものと、薄暗い中でそれに目を通す。

「やはり、かなり特殊なタイプだと思われるのぉ。表面的な破壊力だけでなく、青い光が操者を取り巻き、その潜在能力を引き出す……。ロストウェポンは魔法ような無制限の創造性の中で製造された物ではなく、高度な技術のプロセスを踏んでいると考える以上、ロンバルディアと比べたとしても圧倒的に技術か製造された時代に違いがあると思われる」

 そこには、教授が今言葉にした通りの内容と、またルディアが先日書いた蒼い剣の見取り図が書いてあり、その部分部分に分析と思われる専門用語が記されていて、それは黒騎士の氷の剣、ロンバルディアから予測されたものだと女騎士に推測させる記述であった。

「フレームよりリカバリーしたロンバルディアよりも上位だと?」

 ルディアや教授が言う、フレームとは輝きを放つ金属製の板であり、その大きさは大小様々であるが、それは世界にいくつかある古代の遺跡にしか存在せず、また『解凍』という作業をする事により、その板は異常なまでの攻撃的な性質をもった武器へと変化をはじめる。

 これを板からの復活という意味を込めて、リカバリーと呼んでいるのだ。

 現在ユーシア王国には、このリカバリーに成功した武器がルディアのロンバルディアをはじめてとして、3つ存在している。だが、その中で兵器として有効に稼動できているのはロンバルディア――氷の剣だけであった。残りの二つは、武器へと変化を遂げたものの、球形の金属の固まりというだけで、どういう効果を発揮する武器なのか良くは分かっていないのだ。

「アメリアに残存していたというメキドの雷と同等、第一世代のロストウェポンと考えるのが妥当なのかの」

「核兵器とか言う奴か……しかし、第一世代の特徴こそが、表面的な破壊力だろう?剣や槍等の擬似的な姿をとっているのは、第二世代の兵器のはずだ」

 本棚の奥へと進む老人を追いかける形で、女騎士もまた足を進める。

「ふむ……そうでもないとしたら、まだ我々の知らない時代が過去にあったのかもしれん」

「第三の時代か第一世代より以前に人が存在していたと言うか。……すべては、まだ闇の中というわけだな」



 ――――草原には幼い花々が咲き始めていた



















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