「教会を裏切ったお前が、フィリアードで我々の邪魔をするという。理解できないな」
『……そういう事か、神父』
「答えろNO1、貴様に聞いている」
「残念だが俺はナンバー1じゃない」
「名前などはどうでもいい。そのお姫様の首を委員会は欲しがっている、我々に渡してもらおう?」
レティシアの瞳に蒼い光の粒子が踊ったのは、彼女が唇をぎゅっとかみ締めて、瞳を閉じようとした直前であった。
ディーテをレティシアに投げ付けた男の右腕が振り上げられると同時にそれは起こった。漆黒の闇、星明りすらもない完全なる黒に彩られた空間に、蒼い一筋の光が駆けたのだ。光に包まれたその男の右腕は、力無く垂れる。彼が痛みを感じたのは、右腕に感覚がなるまでの僅かな間だけであった。
「俺の目的もコイツを殺す事だ」
感覚を失った右腕を動くもう片方で押さえて、地面に転がり回っている巨漢の男を尻目に、カミュはピクリとも動かず身を凍らせているレティシアを一瞥して言う。
「それならば話は早いではないか。退け、貴様では委員会には勝てない。逃げるなら見逃してもやろう」
ルアンと相方に呼ばれていた男は、カミュの言葉にニヤリと頬を歪めてそう言葉を続ける。
『こいつの言っている事は間違ってはいない』
カミュは、投げかけられた言葉に小さく頷くと、無言でディーテだったモノを抱いているレティシアを見つめる。
――彼がこの姫を見つけたのは、6日前ほどの話になる。フィリアードの王城から少し離れた海辺の花園。そこで蒼い花達の世話をしているこの娘を見つけ、それから今に至るまでの間その言動を見てきた。護衛も連れず城から離れた姫を殺す事などは、カミュにとって造作もない事であった。が、すぐに手を下さなかったのは、神父から受け取った手紙の意味を考えればのこそである。
カミュや教会の子と呼ばれる子供達を育てた神父。彼の意思において命令という言葉を使えば、教会の子は迷わずにそれを実行する。彼自身がそういう風に教育をしてきたからだ。しかし、彼は初めて要望と書かれた手紙をカミュに送った。
それには間違いなく他意があるのだと、カミュは確信した。セシリアの暗殺が失敗した件を含めても、事は神父の思惑通りに進んでいるのだと思える。
レティシアという少女を良く知れば、その神父の意図が分かるのではないか、とカミュは思った。その結果が、委員会と呼ばれる組織が差し向けたであろうと刺客との対峙なのだ。それは今後、彼にとって事を推測する材料としては悪くないものであろう。
「お前の言っていることは最もだ」
カミュは蒼い剣身に宿った光に表情を照らして言う。
「そうだろう? お前が去れば姫様は私達が愛して差し上げようと言っているのだ」
カミュは感覚的には何も理解できなかった。平和で物静かな少女にしか見えないこのレティシアが殺される理由などは、今なお検討もつかない。彼は他人は他人であるし、決して分かり合えるものではないと思っている。だからこそ、なのかもしれないが、新ファルシア王国までこの馬車が無事に着いたならば、教会の事は忘れて、自分は自分の生き方を探そうと考えはじめていたのだ。
「俺は結果として、コイツを護るように動いてしまった。成行きのままにお前に聞く。何故、こんな人形を殺す?」
何も考えられず、ディーテに縋っていたレティシアは、初めてカミュの口から漏れた言葉に反応し、それに耳を貸す。自分が殺される理由、というよりはお人形と言った部分が彼女の意識を鮮明なものにさせた。
「教会ではそんな事も教えていなかったか?」
「聞こえなかったか? 俺はお前に聞いている」
「暗殺の理由などは邪魔なだけ……そう教えられなかったか?」
質問を質問で返す問答が続いた後、カミュの言葉にルアンの瞳の色が変わる。確かな殺気がそこには滲み出していた。
それを見た蒼い剣を構えている黒髪の少年は、舌打ちしてレティシアの盾になるように2,3歩足を動かす。――先のカミュの質問。ルアンは、その声色にレティシアを引き渡す意思が前提にないと判断したのだ。
ルアンは、左手に持って地面に垂らしているレイピアを捨てると、その手を身に纏っている茶色のコートの中へ入れる。
カミュはレティシアの方に意識だけを置いて、その視線で視界から消えているルアンの相方、先ほど右腕の筋を斬った男の姿を探す。
が――見つからない、周囲の漆黒と巨大な岩が建ち並んでいる砂漠の足場にあって、男を何時の間にか見失ったことにカミュは眸を鋭くする。それは自分の身を案じてではない。成行きでこうなった以上、レティシアを護り通して、どういう少女なのか本人に尋ねてみたいと思ったのである。だが、敵が二人居てはそれがそれが叶わなくなる可能性が高い、その状況を懸念しての仕草である。
パスッ
ふいに静寂を破ったそれは、妙な音だった。ルアンと呼ばれた男が懐から武器を出す、とまでは予測していたカミュだが、それが闇を一瞬で走る閃光を放つものだとは思わなかった。
黒い奇妙な形をしたモノ、鉄製であるソレがルアンの懐から現れる。するとルアンは、それの引き金となっている部分をレティシアに向けて素早く引いたのだ。その間は、若い暗殺者が表情曇らせる間にも満たない。
カチンッ
カミュの蒼い剣がそれに反応して、彼の意識がそうする前に、鉄の塊から宙に投げ出されたより小さな鉄の塊を刀身で弾き飛ばす。そうした後固まったままのレティシアを一瞥すると、カミュはルアンを仕留める為に、砂で多少ぬかるむ地面を蹴る。
「さすがにっ」
言葉をそこで切ってルアンは足早に岩陰に後退すると、上半身だけそこから出して、立て続けに鉄の塊の引き金をカミュに向けて引く。乾いた妙な音が、夜の砂漠に木霊するが、それを撃った彼の元には手応えというものが帰ってこない。
「銃弾まで避けるのかっ!? 教会の子がっ!?」
彼の驚愕の叫び声と同時に、蒼い幾つかの光りの粒子が彼の姿を夜の闇から映し出した。
ルアンは、蒼く輝く剣の動きを頼りに、カミュの位置を予測して攻撃を放ったつもりであった。だが、蒼い光は漆黒の闇を消し去り、今や砂漠すべてを覆い尽くすまでに広がろうとしている様にさえ感じられた。
多少焦りの色を表情に塗ったルアンは、手に持った武器に放つべき鉄の弾が無くなっている事に気づく。そして、視線を予備の弾が入っているコートの内ポケットに移した時であった。
――彼の後ろ首に冷たい手が当てられる。
「認めてやる、当たれば痛い」
火花が散るタイミングで左右に回避すれば、それは避けられるものだと最初の一撃で悟ったカミュは、ルアンが撃ち出すそれをすべて後ろに流していた。無論、レティシアの居る角度ではない事は把握している。
そして、ルアンの瞳に映った幾多の光の粒子に紛れて、彼の背後からその首に左手をかけると勝利の宣言をする。
「い、委員会にたて付くのか? 教会まで裏切った貴様が……どういう……うぐっ」
首を押さえつけられ、カミュはそれを捻るだけで自分を殺せるだと悟ったルアンは、神妙な声で言う。だが、その言葉が終わる前に、カミュはルアンをすぐ傍にあった岩に無理矢理押しつけると、自分の言葉を続ける。
「お前達を殺す理由はない。あいつは俺が殺る……」
それは冷たく澄んでいた。服従を強要するような声。それを聞いてしまったルアンは、拒絶が直接死へと結びつくモノだと理解せざるを得なかった。
「わ、分かった……」
ルアンは鉄の塊を利き腕から落とし、両腕をゆっくりと上げて背後の暗殺者に、もう抵抗の意思が無い事を示そうとする。が、その刹那。
「よけろ」
「なに?」
カミュの手がルアンの首から離れると、すぐにその言葉が彼の耳に入る。降伏を迫られていた刺客には、状況が有利に運んだように理解できた。耳に入った言葉よりも、放された凶器が感覚的なレベルで彼にそう感じさせたのだ。すでに詰んでいるゲームをカミュがリセットしたように思えたルアンは、危機が去ったのだと思い、袖に仕込んであったナイフを右手に取って、すぐさま振り向き身構える。甘いな、と胸中で会心の笑みを零しながら。
ドスンッ
それは、大きな衝撃だった。振り向いたルアンは、突然背後の岩に叩き付けられるような衝撃を受けた後、自分の胸から生暖かいモノが口にこみ上げてくる事を感じる。
「ゴブッ」
それでも、ルアンは膝を折らなかった。何が起こったのか理解しようと必死に足を踏ん張る。しかし、全身は震えだし意思に関係無く瞳から涙が溢れる。口内に充満した鉄の味。胸の激痛。視界に映る蒼い光に照らされた相棒の姿。ルアンは、相方に自分が使っていた武器と同じモノで、振り向き様に胸を撃ち抜かれたのだと悟る。そうすると、確かな死の足音が彼の耳に響き始めた。
「俺が避けなくても、仲間に当たったはずだ」
うめき声をあげて、紅い泉に身を沈めるルアンを一瞥すると、カミュは小さな鉄の塊を放った、もう一人の敵と対峙し言う。
そこには、ルアンに比べると大柄で粗暴な感じのする男が、光の粒子に照らされて、奇妙な形の黒い鉄製の武器であろうモノを左手で構えていた。それはルアンが使っていたモノと幾分変わらないようでもある。
「暗殺者のくせにセンチな事を言いやがる。降伏は死と同義なんだよ、教会では違うのかい?」
男は、顔を顰めながらも、口元に薄笑いを浮かべ立て続けに闇に火花を散らす。
その音の振動が空を震わせると同時に、カミュの体も震える。
彼のとった動作は、瞬時に首を右に担げた、それだけであった。しかし、その動作の間も視界から大柄な男の姿を逃すことはない。
「教会には知らされていないタイプの武器か」
恐ろしい速度で小さな鉄の弾が、自分の左頬の傍を駆けぬけていく事を感じてカミュは無表情のまま言う。
「今ので避けられちまうのかっ!? ナンバー1だからかっ!?」
先程、目の前の少年に利き腕を使い物にならなくされた事が脳裏に浮かび上がり、大柄な男は声を荒げて文句を言うような趣の声で叫ぶ。
「俺はナンバ−1じゃない。だから、お前達を殺る理由はない。……どうしてもやるつもりなら……次はその首を落とす」
カミュは静かな声を光の空間に流すと、ゆっくりと大柄な男の傍へ足を進める。
「ば……」
彼は抵抗の言葉をあげようとした――。
だがそれは、相棒同様にカミュの声色と、その瞳の威圧感によって押しつぶされる。
「手当てしてやればまだ助かるかもしれない、行け」
蛇に睨まれた蛙のように大柄な男は動けなかった。その表情は蒼白して、額にはじっとりと汗が浮かんでいる。若い暗殺者がゆっくりと歩み寄って来る間。意識の表面では、まだ弾が残っているはずの左手に持った武器を撃とうとするが、意識の根底、戦士としての本能的な部分とでも言うべき感覚が、それは確実な死を自分に齎すのだと彼に告げていた。
『コイツは化け物なのか……』
大柄の男は恐怖と言う感覚、消し去ったはずの想いに捕らわれていた。
カミュは彼の前に立ちはだかる事はせずに、その横をすんなりと通り背後の光の渦の中に居るであろうレティシアの元へと進む。
対峙している男にはすでに戦意がない。そういう事を場の雰囲気が、カミュに告げていた。厳密に言うなら光の粒子の一つ一つが、少年にそういう雰囲気を悟らせていたのだ。
カミュがレティシアの傍に来た時、彼女は周囲に散りばめられた光の粒子に護られるように、腰を折って砂の地面に座り込んでいた。相変わらずその目は虚ろである。
「レティシア=フィリアード、お前に聞きたいことがある」
しかし、そんな少女の様子に気を止めるわけでもなく、暗殺者は言葉を発する。
その声に、ビクンと肩を震わせて反応したレティシアは、虚ろな視線をカミュに向ける――。互いの視線と視線があった時、フィリアードの美しい公女の唇は可憐な色彩の音を鳴らす。
「蒼い夜……こんな夜は初めてです。お父様」
「……」
――彼女は侍女の乾いた瞳を他所に微笑んでいた。その声は少年と蒼い星を宿した夜を見ることで、輝きを取り戻したかのように澄んでいる。
『……おかしくなったか』
カミュがそう思った時、腰を抜かしているであろう少女は、力が抜けたようにその場に倒れこみ、完全にその意識を閉ざした。
――――ブルーナイト、蒼い夜の二人の出会いであった
第8話「カミュとレティシア2」
『お父様が助けてくれた……やはりこれは夢?』
目を閉じている自分に気がついて、鮮明にならない意識に包まれたまま、レティシアは思った。なんでこんなに悲しい気持ちになっているのか、と考えれば、ディーテや従者が殺されてバラバラに壊されてしまったあの夢のせいなのであろう。
『けど……』
今朝は父が自分を起こしに来てくれたのだと感じることが出来た。それは良く知った父のぬくもりに触れているからだ。
――目を開けなければ、と思う。
「……」
しかし、口元は凍りついたように引き攣っていて、必死に動かそうとしてもそれは声を奏でることをしない。
生理的にはまだ眠っている状態なのであろう。彼女は瞳を無理に開けるのは辞めて、脳裏に焼き付いている蒼い星空の事を考える。
本来は二つある月の明かりを中心として、夜にその姿を現す星達、輝きは様々でも顕著に色を強調しているものは少ないはずである。しかし、レティシアの夢の中に出てきたそれは、蒼い強く輝きを灯しており、まるで何かをレティシアに語りかけてくるかのようであった。
「……っ!?」
少女の悲哀の色がこもった叫び声が砂漠に響いたのはそれから数時間経っての事であった。
「……」
意識を取り戻したレティシアの瞳には、夢で見た蒼い星が再び映っていた。彼女は、花嫁として国を発つまでの時間は夢ではなかった事を確信すると、周囲の状況を確認しようと視線を走らせる。
彼女が寝かされていたのは、砂漠の大地の上に張られた小さなテントの中であった。すぐにそこから這い出るようにして、外へと踏み出したそこでレティシアの心は引き裂かれる。
外の世界は、まだ青い光の粒子によって彩られていた。前に見たそれと違う部分があるとすれば、彼女の意識が今は鮮明であり、天空の彼方には蒼い光の星に比べれば幾分か輝きの小さい星が輝いている事である。
「……デューテ……皆様も」
彼女が十字の形に建てられている墓標のようなモノを見つけると、自然とその口元が音を奏でる。強い落胆と自責の想いが込められたそれ。
「……お父様……ではないのですね」
気持ちの整理がつかず、涙すらも出てこないレティシアは、ただ両手を胸で組んで墓標の前で立ち尽くしている。彼女はこの蒼い星空を唯一共有している少年が、月光に照らされて小いる高い岩の上で天空を見つめている様を見つけると、僅かに微笑を灯して声を奏でる。
「お前に会ってから、ずっとブルーは光を出しつづけている。まるでこの空間を外界から遮断したいかのようにも思える」
岩の上で夜空を見ていた黒髪の端整な顔立ちをした少年は、その声に対して視線を動かすわけでもなく、瞳に月を浮かべたままそう応える。
「あなたが、わたくしを助けてくださったんですね……」
「さあな」
次のレティシアの言葉に、少年は身を翻して岩から飛び降りると、そう言葉を続ける。酷く冷たいその言葉を奏でた少年の口元は厳しく締まり、それと同様の瞳もレティシアという少女に恐怖を与える対象となった。
次の言葉が見つからない少女は、ひんやりと冷えた砂漠の夜に身を委ねる事しか出来ないでいた。
「レティシア=フィリアード、これで二度目の質問になる。応えろ」
カミュは月光を背に受けながら、レティシアの方へと砂地の大地を進んでくる。その姿を揺るがない瞳で見据えるレティシアは、どうぞ、と静かな間を使い迫ってくる少年に意思を伝える。
「ある連中がお前の存在を疎んでいる。そいつらは一つの国に匹敵するかそれ以上の力を持った連中だ。……お前は命を狙われる覚えはあるか?」
「いいえ」
僅かに俯いて視線を合わせないようにしているレティシアは、淡々としたカミュの言葉を聞いて首を横に振る。
「……だろうな」
カミュにとってそれは予想通りの応えだった。彼はぽつりとそう言うと、言葉を続ける。
「レティシア、お前には二通りの選択がある」
「……はい」
彼女の応答は従順だった。それに恐怖の念がこもっているかは、カミュには分からなかった。いや、そんな事は彼にはどうでも良いモノであったのだ。
「俺に首を切り落とされるか、お前が俺を殺すか、だ」
馬鹿な選択肢……だと思う。次の瞬き瞬間に前者は可能で、後者は彼女がいかなる武器を使っても不可能なモノであろう。
眠っている姫をずっと眺めて、人形のようなその表情を見ることで、カミュの彼女に対する興味は次第に薄れていった。決め手となったのが、夢うつつな表情で自分を父と呼んだ事である。ブルーの光を通しても虚ろな心しかカミュに感じさせないレティシアは、彼の心の中でも疎ましい存在になりつつあるのは明らかであった。
「貴方のお望みのままに……」
彼女は震えることもしなかった。ただ頭の中でぐちゃぐちゃになっている映像に絶望するままに、応える。沈んではいるが、その声には先程は違う覚悟のようなものがあった。
「……抵抗くらいはしても構わない」
それは形式的にカミュが述べた無意味な言葉であった。
「……」
セシリア=ユーシアとは、対象的な姫なのだとカミュは思った。彼女がカミュの行動に、完全に屈服させられるまでは抵抗してきたのに対し、今のこの少女には生きる気力すらも感じられない。酷く従順というか、人形のような少女であると。いくらその表情や瞳が凛としたモノであったとしても、その根源のようなモノがカミュには理解できなかったのだ。
「使え」
カミュは鞘に収めてある蒼い剣をレティシアに投げ付ける。レティシアがそれを胸で受け止める様を確認すると、暗殺者の無機質な色を瞳に灯して、彼は腰に備えてある短剣を抜く。
『セシリアはプレートに護られていた。お前は何に護られている?』
シュウウウウ
周囲を彩っている蒼い光の粒子が奇妙な音を立てて小さくなっていく。
レティシアが胸に抱いた蒼い剣が、自分が持っていた時とは比べ物にならないほどの光を発しているのを見てカミュは思った。
「なんですか? ……何かが……入ってくる?」
鳥肌を立てて剣を抱きしめるレティシアが震え出す。その口は意味不明な言葉を夜風に乗せる。
周囲に広がっていた光の粒子がレティシアの元へ集まり凝縮していく。それに自分の触覚のいくつかを失ったような感覚に捕らわれたカミュは、舌打ちして少女に渡した剣に手を伸ばし、それを取り戻そうとする。
『俺に配達をさせたのか……神父』
カミュのような完璧な仕事を義務付けられた暗殺者でも、周囲の闇が青い光によってかき消され、昼間と見間違うほどにまで光が広がっている様を見れば、自分のとった行動に後悔もするという事なのだ。
ビシンッ
「つっ」
暗殺者の瞳を表に出した彼が、蒼い光に弾き飛ばされて砂地の地面に叩きつけられたと察するのには、多少時間を要した。あまりにも圧倒的に吹き飛ばされたのが、彼に判断を遅らせたのだが、それが彼の次の行動に支障きたす事はなかった。
「ブルー、俺を裏切るのか?」
冷たくそう言って、彼は短剣を構えると、光りが渦となって少女を囲んでいる場所へと、足を進める。
「裏切ったのではありませんわ。この子、貴方の事をたくさん知っているから、助けて欲しいって。でも……どうして……わたくしに?」
意外な言葉だった。まさかレティシアが、この状況で言葉を自分に向けてくるとは思えなかったのだ。
「御飯事に付き合うつもりは無い」
光の渦が重力場のようにカミュを取り囲み、その動きに制限をかけ始めていた。しかし、ブルーの光という触覚を失った彼には、何も感じ取ることが出来ず、レティシアの僕となる事を選んでようである自分の剣に向かい告げる。
「貴方はわたくしの事を御人形だと仰いました」
レティシアは凛とした表情で言う。その声の力強さはブルーが彼女に与えているのだとカミュには予想できた。
「御人形には過ぎたおもちゃだ。返してもらう」
「人の想いや気持ち、理解しようとしなければ、永遠に何も分からないし、そうであるならば悲しすぎます。わたくしは……」
レティシアの言葉がそこまで続けられた時に、カミュの蒼い光の粒子は、完全に彼女に取りこまれた。
カミュとレティシアの脳裏に閃光が走り、何かが焼きつけられたのは次の瞬間だった。
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