聖霊の湖の少女

「第1話」輝く夜空に




 冷たい水と雪に覆われた湖を多く持つ美しい大地。

 白銀の遠い山々は淡い白い衣をまとい。

 風の音は、湖を包む森達に詩をさえずらせる。



 世界に冬が訪れる時、この地図にもない小さな森と湖の島にも雪が舞い降りる。

北の海は流氷をこの大地に持ちかえり、南の海は大いなる蒼を映す。

 人口わずか500名ほどの自治島、北極に近いスターレイク諸島に属するスカイレイク島で始まった小さな少年少女達の物語――。



「湖よ湖♪ 世界で一番美しいのはだぁれ〜♪」

 長い栗毛の女性、いや、女の子が広い鏡のような湖のほとりで、水浴びをしている、辺りはすでにやや暗くなっていた。雪が降っていて気温は氷点下近くまで下がっているにも関わらず、その湖の一部は湯気を出していた。

 ――温泉である。

「るんるんるん♪それは、私〜♪はっ――」

 悲劇掛かったキメ台詞を言おうとした少女が、刺すような視線に気付いて暗い森の方を向く。

「……」

 少女が視線を動かした後一瞬静寂が辺りを包む―――――が、森の中から小枝の折れる音。


「そこっ、ちょろちょろするんじゃないっ」

 少女は、持ってきた荷物の中から護身用の木のブーメランを森に向かって投げる。



 ――手応えあり。

 少女は、自然に口元が緩んだ。

「あいたっ」

 森の中からそう声が聞こえた。

「れふぁんすぅ…見たわね?」

「――――」

「居るのは、分かってるんだから、出てきないさいよっ!そうでないと、おしおきよ?」

 少女は、脅迫じみた事を笑顔でしゃあしゃあと言ってのける。

「ど、どうして、分かったの?」

「どうしてって、あんたくらしか、のぞきなんて変質じみた事する奴いないじゃない」

「べ、べ、別に覗きに来たんじゃないよっ!」

 少女は、温泉に体を口まですっぽり入れて、お湯の中から鼻の上の顔だけ出して、ジト目で少年を睨んだ。

 少年は、あわてて弁解しようと、森から出てくる……。



 ――金髪の華奢な顔をした少年。瞳の色はブルー、背は少女よりも若干高いくらいだろうか、この地方の子供としては平均的な身長といえるだろう。が、金髪に青い目をもった子供は珍しいと言える。

「堂々と覗くんじゃないわよっ」

 森から出てきた少年を、少女はバックを投げつけることによって静止させる。

「だ、だって、セシリが……ううっ――」

「なによ……」

「ぼ、僕は、ただ夕飯だよって……言いに来ただけなんだけど……?」

「……だったら…………そう言ってとっとと行けぇっ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 依然、温泉の近くに堂々と立ち竦んでいる少年に、少女はバックごと投げつける。

「わっ……と」

 少年は、バックを胸でキャッチすると続ける。

「じゃあ、セシリ……早く上がってよ。じいちゃんも待ってるから」

「分かったから、もう行って!!」

 足早に森に消える少年の背中に、顔を真っ赤に染めた少女がそう怒鳴る。




 小一時間ほどたっただろうか。風と雪が辺り一面を支配している――。

 暖炉の上の古い時計の針は、8時を差していた。


 ガタン……ビュウウウウ


 ドアが空くと同時に、吹雪が吹き込んできた。


「う〜っ、寒かったぁ……」

 そういって、頭に雪をかぶった少女が入ってくる。

「あ、おかえり……ご飯って呼んでから、なんで一時間近くもお風呂入ってるんだよ……」

「ごめんね、吹雪いてきたから、帰るに帰れなくて。ちょっと収まるまで待ってたの」

「そっか、シチュー温め直すね……」

「あ、いいのいいの、私がするから」

「セシリ、料理できないじゃないか……」

「暖めるだけなんでしょ?」

「それは……そうだけど……」

「じゃあ、まかせてよ。おばあちゃんが出かけてるからって男のあんたに、家事全般やらせてたら、女の名折れってもんじゃない?」

「同意を求めないでよ……。僕は、男なんだから……」

「あら、家事が上手なんだから、将来は御嫁に行ったら?」

「だ、だれのっ〜?」

「そういう趣味のある人の」

 セシリは、そう言って一人で爆笑すると、エプロンをつけて奥の厨房に向かう。

「なんだよ……セシリの方が、エプロンは似合うんじゃないか……」

 後姿を見て少年はぽつりと言う。

「なに〜?聞こえなかったわ」

 台所から、レファンスの小さなそれを聞いたセシリが聞き返してくる。

「な、なんでもないっ」

 頬を赤らめて、あわてて否定するレファンス。

 しどろもどろになっては、なんでもないわけが無かった。

 だが、問い詰めても時間の無駄だと思った少女は、それを無視しシチューの鍋を火にかけた。




 ――――――部屋に月明かりが差しこんできた。





「ねえ、そういえば、おじいちゃまは?」

 エプロンをしたセシリは鍋を火にかけながら、とぼとぼと台所にやってきた少年に尋ねた。

「ああ、あのね、なんか書置きがあってさ……出掛けたみたいなんだ」

「はあ?」

「なんか、町の方であったみたいでさ……」

「なんかって何よ?」

 少女が不信そうに問い詰める。

「さあ……」

「さあって、あんた……何も書いてなかったの?」

「うん」

 少年がきっぱり言うので、セシリはそれ以上聞くのを止めて、鍋の中にに視線を移す。

「そう……。ねえ……。なんか焦げて来たんだけど……?」

「なんでこがすのっ!?」

 少年が叫んで、鍋の前に走ってくる。

「焦がしたんじゃなくて、焦げたのっ」

「あぁぁぁぁ、そんな強火でっ、オタマでかき混ぜないとっ」

 そういうと、セシリを鍋の前からどかして、火を止め、水を少し入れてオタマで中をかき混ぜる。

 ガリガリ

 ――鍋の底が固まっていた。

「ああっ、やっぱり底が焦げてる……」

「やっぱり、あたしに料理は無理みたいね〜」

 アメリカのホームドラマのように大げさに肩をすくめるセシリ

「テーブルで待ってて。……焦げ目のついたの持っていくから……」

 少年は、精一杯の皮肉を言った。

「ん〜、ごめんね〜」





「ところで、おじいちゃま、こんな暗くなってから何処出掛けたのかしら?レファンスや、あたしに何も言わずに急に出掛けるなんて変よね……?」

 シチューの皿を食卓に並べている少年―――レファンスにセシリが問う。少女は、台所から運んで来たパンをテーブルに置くと椅子を引きながら言う。

「……本島に旅行に行っている婆ちゃんになんかあったとか……」

 少女達の住んでいるこのスターレイク諸島は、多くの大小の島が集まって出来ており、本島はその中の中心の島の事を差す。

 このスカイレイクは、空を鏡のように映し出す湖が多い事から付けられた名前で、世界地図には載っていないほどの小さな島である。

「やめてよ、そういう事考えるの……」

「そうだよね……さ、食べよ……か」

 パンとシチューが食卓に並んだ。これで今夜の夕食は完成である。

「うん」

 レファンスの催促に同意した少女は、まずパンに手を伸ばした。

「一時間待ったんだからね」

 パンをちぎってレファンスは、文句を言う。

「はいはい、悪かったわよ」

「本当にそう思ってるっ?」

「たぶんねっ」

 セシリは、意地悪な笑いをこぼす。

「………………」

 当然レファンスは、眉間にしわを寄せた。

「と、ところで、吹雪止んだみたいよ?ちょっと食べ終わったら外に出てみない?」

「誤魔化すなよ〜」

「あははっ」

 あからさまに、少女はパタパタと手を振って笑って誤魔化すつもりだ。

「まったく……」




 外は、月明かりが積もった雪に反射し、月光の光で淡く輝いていた。

 僅かに降り続けている雪は、その光を纏い宝石のように瞬いている。

 また、夜空には僅かな雲と果てしなく白く輝く月と星々が園遊会を開いていた。

 森と空を鏡のように映し出す湖のそばに、煙を出す煙突が1つ……。

 時を刻む針は、12月23日、22時を差している……。

 煙突の主である2階建ての木の家は、屋根に雪を被り、少ない窓からはランプの光が溢れてくる。

「ほらほらっ、見てよセシリッ!」

「だからなによっ……?」

 レファンスに手を引かれて、玄関の扉から笑いながらセシリが光に包まれた外界に出てくる。

 白銀に染まった世界を包むように天空の彼方に輝く光のカーテン――オーロラ

 レファンスは、外にセシリを連れ出すと何も言わず宇宙を見上げる。

「………………」

 セシリも、一瞬間をおいて、少年に続く。

「こんなに綺麗な空……あんたと一緒に見るのはもったいないわ」

 しばらくうっとりと空を見上げていたセシリは、新雪の上をすでに着替えていたパジャマのまま走り出してレファンスの方を振り向いて笑う。

「な、なんだよ、せっかく教えてやったのに」

 むっとしたレファンスは、そう言って新雪の塊をセシリに投げる。

「よっと」

 セシリは、その雪の塊を受け止めると、

「――雪合戦?いいわ、直撃させるっ」

 すぐに雪を握って雪玉を作り、レファンスに投げつける。

「わっ……」

 レファンスは、それを避けようとして雪に足を取られた。




 雪に包まれた少年の視界は、果てしない高い高い星々とそれを織るオーロラで溢れる。

 ――――この島で、この家でこの夜空を見上げる……。

 少年は、それが幸せなのだ思えた……。

 ぼんやり輝く夜空に眺める少年の顔にセシリの止めの一撃が入ったのはその直後であった。



 ―――夜空を一筋の光が駆け抜けた





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