
「私を起こさずおまえ達だけでなんて事を……」
朝日が昇る冬の海岸――。
ほぼ、町中の人が集まっているといっても過言ではないそこに、毛布に包まった子供達が3人――。
「だってぇ……」
「だってじゃない」
セシリのあげた小さな声に素早く応じる義姉。
「結局、僕たちが見たあの変なのは、なんだったのかなぁ?」
「きっと……迷子になったという方ではないでしょうか?」
「そっか、きっとそうだよね」
「迷子…?ああ、あの子の事か…?」
視線だけで、毛布に包まって母親であろう女性にしがみ付いている小さい男の子を指すフィア。
「だから違うってば、あたしが見たのは、真っ白い顔した化け物で……」
ガァァァァァッ
セシリの奏でた声を引き裂くように沖の方から激しい音が響く――。
「あ、幽霊船が……」
「まだ動くの…?」
二人の声の向こう…マストを失った廃船が、沖に進路を向けゆっくりと動き出していた。
「お腹空いたね」
「朝ご飯の時間ですものね」
そのセシリの声…否、セシリそのものを完全に尻目に、二人は手を繋いでフィアの家の方に足を向けていた。
「ちょっとっ、待ちなさいよっ」
――――朝日が幽霊船の影を海面に写し出していた
第10話「大寒波」
前の年の最後の日が沈んで10時間余り。
北極圏の静かな島には、新しい年の足音が木霊していた――。
「おはよー」
元気な少女の声に続くのはドアの開かれる音。
「あ、セシリ……おはよう」
「今日から新しい年よ」
すでにうっすらと窓の外に日の光が射し込んでいるその朝――。
少年は、ベットの中で体をモゾモゾと動かして寒さに抵抗していたが、少女の声を聞くとあっさりとベットから降りて靴を履く。
「うん」
「お爺ちゃまやお婆ちゃま、結局帰ってこなかったけど、ちゃんと新年行事はやるのよ」
両手を腰に当て、パジャマの帽子をかぶったままセシリはそう言ってウィンクする――。
「え〜っ!?あれやるの〜?」
「ったりまえでしょ」
「…そういえば、レティちゃんは?」
少女の微笑みによって目の前が真っ暗になった少年は、今年は例年とは違う…女神がいた事を思い出してそう奏でる。
「レティ?まだ寝てたわよ?」
ガタンガタンッ
静かな朝の寝室の空間を蝕む風の叫び声――。
それに呼応するかのように、家の木戸が震える――。
「ねえ、なんか風凄くない?こんな時期に嵐かな?」
「そんな事言って逃れようたって駄目よ!」
バタンッ ガンガン ドーン
「っ!?」
刹那、小高い山の上に静かに佇む少女達の家の玄関の戸が破られる音に続いたのは、外の杉の木が折れた音であるとすぐに気づくセシリ。
――――暖炉の上の時計は10時半を指していた。
「レファンスッ、良いっ?厳重に戸締まりすんのよっ!」
「そんなの分かってるよ。僕はレティちゃんを起こしてくるっ」
レファンスの部屋から出て家の中で一番広い台所に直結している応接間に出る二人――。
「あ、待って、玄関の戸振り切られちゃってるわ」
二階へ駆け上がろうとするレファンスの背中に、変な形で倒れ掛かっているようなドアを見たセシリが声をぶつける。
「すぐに修理するからさ…。カナヅチと補修用の木板、お願いできるかな」
「ったく、レティはお客様なんだから、手伝ってもらうなんて…できないんだからっ」
「レティちゃん…?」
セシリの寝室の大きなベットの上でセシリから借りたパジャマを着て寝ているクリーム色の長い髪を持った少女――。
寝顔に一瞬見とれてしまったレファンスは、すぐに頭を振って目覚めを促す声を小さな寝息をあげている少女に送る。
「…レティちゃん?」
数秒だって声を荒げるレファンス――。
静寂の短い瞬間……続いてこみ上げる嫌な予感――。
自分の身に降りかかるいつものそれではない。
「あ…レファンスさん……?おはよう…ございます」
眠っているレティの側によったレファンスに、予感が的中した事を悟らせる、弱々しいレティシアの声。
「どうしたの…?」
レファンスの声……沈んでいる理由。
それは、少女の顔は仄かに朱に染まっている事からも分かる――。
先日までの甘い香りを少年に感じさせていた、恥じらいの色ではない事はレファンスにもすぐに分かった。
「……ごめんなさい、寝過ごしてしまいました」
「……そうじゃなくて……」
返ってくる言葉は、レファンスの繭を強く顰めさせる――。
「朝ご飯…食べましたの?」
レティシアの小さな微笑みを受け止めるように、曖昧な笑みを返すとその額に手を当てるレファンス――。
「…レティちゃん、熱…あるみたいだね」
「…平気です。朝の微熱はたまにある事なんです」
「微熱なんてものじゃないよ……」
ガタンガタンッ ガシャーン
レファンスの不安な声に華を添えるかのように、隣の祖母の部屋の窓ガラスが割れたであろう音が響く――。
「……寒い」
小さくレティシアが奏でた言葉――。
小さいその声は、少女の体を震わせる。
祖母の部屋の壁の方を見て、固まっていたレファンスはそれを聞くと、はっとしてレティシアを抱きしめるように起こす。
「ちょっと風邪気味だよ…レティちゃん、薬持ってくるからさ……」
レティシアが、今のをガラスを砕く風の音だと判断する前に、レファンスはそうレティシアに言った。
その場をしのぐ方法ならいくらでも知っている少年である。
「レ〜ファ〜ンスゥッ!早くしないさいよっ!台所のガラスも割れちゃってるわ!」
そのレファンスの配慮を無に帰させる一階からのセシリの声――状況を知らないセシリなのでしょうがないとは思うレファンスだが……。
「レファンスさん……嵐が来ているのですね?」
「……二階の木戸はちょっと風に弱いから」
「はい、降りましょう」
レファンスの申し訳なさそうなその声に、レティシアは微笑みを返した――。
すぐに無理に作ったものと分かるそれ――。
――――外の風の勢いは収まる事を知らないようだった
「僕、お医者さんを呼んでくるよ」
台所と二階の階段を封鎖するように、家具を並べた少女達は、家の中央である応接間に篭城するかのように荷物を集めていた。
熱を出しているレティシアには、暖炉の前で布団に包まって横になってもらっている。
「バッカじゃないの?何年ここで生活してんのよ、外はもう吹雪きなんだから街まで行けるわけないじゃない!」
セシリ達の家から、島で唯一の港街までは、片道5キロはあり吹雪いている時に行き来する事は自殺行為だと祖父や祖母からも念を押されていた。
「でもっ」
「山を下る事ができたとしても、街からお医者様がこの吹雪に雪山を登ってくれるなんて思えないわ」
セシリが、本当に困った顔をするレファンスに声を荒げる。
目の前の少年を本心からバカな子だと思う少女――。
「じゃあ、どうするんだよ……」
それにレファンスが声のトーンを落として応じる。
「薬のストックがないなら、取り合えず何か食べさせてあげなきゃ、何も食べないのはよくないと思うわ」
「食べ物もほんとんどない……」
少女の声に、そう言って声を詰まらせるレファンス。
「はぁっ!?」
レファンスを攻めるセシリの声――お門違いと言えばお門違いなそれ。
「大晦日に豪勢な物作ったから…今日にでも買い出しに行こうと思ってたんだけど」
「でも、全くないわけじゃないんでしょっ!?」
遠い目をして苦笑するレファンスに、セシリが即座にそう続ける――。
たしかに、昨晩は夜遅くまでご馳走をたら腹食べた記憶が濃厚に残っている。
先程、台所で山積みになった食器を見てもそれは分かるのだ。
「全く無くはないけど、非常にそれに等しい状態……」
「何が残ってるの?」
「確か、チーズ一切れとパン……ブルベリージャムにジャガイモが4つかな……」
自分の右手の指を折りたたんで、残った食料を数え上げる少年の声。
「なによ、結構まともな物あるじゃない」
「でも、3人で食べると1日分かな…節約しても2日分くらい……」
「どうしてっ!?どうして一流の主婦のあんたが、んなミスすんのよっ!?」
「な、なに言ってんだよっ!?それに、いつも食べ物が切れないように配慮していたのはお婆ちゃんだし」
「……とにかく、できるだけレティシアに食べさせるようにして、嵐が止むのを待って街まで助けを呼びに行くって…こんな感じかしら……」
ため息を吐いて、セシリが静かな声と瞳で少年に向けた声――。
「そうだね……でも、嵐が止まなかったら……?」
「あ……たしか、裏庭に非常用の野菜が埋めてあるんじゃない?」
セシリが、はっと思い出して声のトーンを上げる。
「だ、駄目なんだ……」
「どうして?」
「シャベルが、吹き飛ばされて見当たらなかったんだ……素手じゃ掘り起こすの無理だよ…」
ゴロゴロ……カッ…ビシャーンッ
閃光と共に、大地が震える音――。
雷音だけではない…それは、雷が家のすぐ間近に落ちた事を揶揄するような大地の震え――。
「とにかく、台所は封鎖しちゃったわけだから、お昼はパンだよ」
「ねえ……ちょっと変だと思わない?」
「なに?」
「まだ昼間の12時なのに…外…真っ暗よ」
稲光の輝きの強さによって気づかされたそれ――。
辺りを見回すと、部屋は暖炉の炎の明かりだけで照らされていた。
――――閃光の音が周囲を駆け巡った
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