第2話

「美少女コンテスト」

 チチチチチ……

 鳥の鳴き声……カーテンの向こうには確かな朝日を感じる。

『何時かしら』

 意識の深層のみで回転する言葉。

 その小さな家の二階のベットに横たわっていた少女は、窓辺に置いてある小さな時計を手に取った。

 ――――10時半

「……っ!?いっけな〜〜〜〜いっ!!!」

 少女はベットから飛び起きると、ぐしゃぐしゃの髪の毛を束ねもせず、パジャマのままに1階へ駆け下りた。

「レファンスッ、ちょっとどこにいるのっ!?」

 まだ、覚めきらない目をこすり、台所に走りこんむが、御目当ての少年は見あたらない、胸に募るイライラ感――。

 ドカンッ

 爆音――否、1階の一角にある寝室のドアを蹴り破る。

 むろん、壊したわけではないが、壊れてもおかしくないような破壊力を秘めた蹴りであった、むしろドアが最初から勝負するのを回避したかのように見事に開く。

「起きてっ!!」

 レファンスの寝ている耳に怒鳴りこむセシリの怒声。

 ガバッ

 突然の大声に、たまらずレファンスは飛び起きる。が、その拍子にベットから落ちて尻餅をついて、頭と視線をクルクルと回転させた。

「なに……火事っ!?」

「違うっ、今日はお祭りでしょっ、もう10時半よ。10時半っ!遅刻しちゃうっ!」

「う、う、う、嘘っ!?ど、どうして起こしてくれなかったのさ?」

 少年が目をこすりながら叫ぶ言葉に、少女は絶句する。

「あたしはあんたが、起こしてくれるものとばっかり……」

 セシリは、続けて頬をひきつらせる。奏でた言葉は諦めの色が強く滲み出ていた。

「じいちゃん達がいないから――朝起きる人がこの家にいないわけで……」

「と、とにかく急いで町へ出掛けるわよっ」

「昨日、雪合戦に夢中になりすぎたんだよ」

 着替えを取りに階段を駆け上がる少女の背中に少年は、恨めしい目で言葉を送った。





 パジャマから着替えて、荷造りした二人は玄関の扉を外から閉める。

 外には昨日の雪が残っており、家の周りも2,30センチくらいであろうか、雪が積もっていた。

 しかし、それと相反し、12月だというのに珍しく日差しは強い。厚着していれば暑いとも感じるほどで、それが少女のお洋服選びの時間をより長くさせていた。

「鍵はどうしようか?」

 レファンスが、鍵を玄関の戸に差しこむ。そして、彼の後ろで空を見上げていたセシリに問う。

「おじいちゃまが、帰ってきたらまずいんじゃない?」

 太陽を見上げて手で日を遮ったまま、セシリは言った。

「じゃあ、空けて行こっか?」

「泥棒が入るとマズイでしょ?」

「どっちなんだよ……」

 レファンスが、ムッとしてぼやく。

「あ――閉めていきましょう?」

 セシリは、視線をレファンスの目に合わせると、当然のようにそう言った。

「自分の世界に入っていたんだね…」





 セシリ達の家は、スカイレイク島の内陸部の小高い山の上にあった。

 少女達の向かう町は、南側の入り江にあり、主に漁業が中心となっている。

 家から、町まではずっと山の斜面を下って行く事になる。

 距離にして、5,6キロで、吹雪いていたとしても、なんとか辿りつける距離ではあった。むろん、この島が狭いからこそ、無茶な移動もできるのであろうが。

 島の北側は、絶壁で深い森がある。北側の山々には、この島の象徴でもある空を映し出すほどの美しい湖が点在する。

「今日は、美少女コンテストがあるのよ」

 坂を全力で駆け下りながら、ジグザグな声を出すセシリ。少女は自分の後ろを走っているレファンスに声をかけた。

「え〜? び、美少女コンテスト〜!?」

 レファンスが、あからさまに嫌そうに復唱する。

「なによ……。なんで嫌そうな声を出すわけ???」

「僕は、セシリに投票しないからね」

 レファンスは、ため息混じりにこぼす。

「な…裏切る気っ?」

「裏切る気って?」

 レファンスが、苦笑しながら聞き返す。

「あんた、まさか他にお目当ての子が……?」

「そ、そうじゃないけどさ」

「どうだか。いい?もし他の子に投票したりしたら」

 セシリが、思いっきり低い声でレファンスに詰め寄る。言うまでもなく目は鋭く輝いていた。

「ぼ、僕に人権は、投票権はー?」

「あたしの物はあたしの物…。さて、レファンス君の物は――?」

 セシリが、得意そうに聞く。

「――セ、セシリの物……かなぁ?」

 涙を流しながら、レファンスはジャイアニズムに屈した。

「よろしい」

 その言葉を聞いたセシリは、征服感とは別の嬉しさに少し頬を赤らめて笑顔した。


 日が真上に昇ると共に、辺りの雪は海、川へと還えり……そして少女たちも。




 ――――冬の草原を一陣の風が駆け抜けた







               
冬の風は日の下でも未だ吹きつづけている。汗を掻いているせいか、その風は髪を心地よく擽った。






 白い迷彩を持つ山の斜面を、一人の少女を追いかける形で少年がフラフラと走っている。

「ほらっ、走りなさいよっ」

 少女は、振り向いて激を飛ばす。

「む、無理だよ……もう、20分くらい走りっぱなしじゃないか」

「それでも男なのっ?か弱い美少女の私でも全然、余裕なのよっ!」

「び……って結局、コンテストへの執念で走ってるんじゃないか。優勝できるって決まったわけじゃないのに……」

 ぜえぜえ、と、息を切らしている少年は、ジト目でそう前を走っている少女に言った。

 いや、言おうとしたと。――声にならなかったのだ。

「なにっ?聞こえなかった」

 少女が、振り向いて風を背に当てる。

「――なんでもありません」

「ふぅん」

 セシリは、踵を返すと、何を言おうとしたのか分かったのだろう、微笑してレファンスの頭を小突いた。

「いたっ」

 少年は、己の身の不幸を呪って、泣き笑いを浮かべて走りつづけた。






 港町レイポートはスカイレイク島の唯一の町である。

 歴史の古い町なのだが、大きな屋敷や城があるわけではない。歴史が始まった地点でも、この町は港だったというのが、他にたとえようの無いくらいの典型的な田舎町でるレイポートの評価である。噴水のある巨大な広場を取り囲むように商店街があり、その商店街の大通りを抜けると港を臨むことになる。

 その港も規模の大きな物ではなく、漁業が中心となっている。





 セシリは町に駆け込んで、少し足を緩め中央にある広場に向かう。人の足は広場へと流れを作っており、意識しなくてもセシリの足は町の中央の広場へと流れていった。  今日は、聖夜を祝う祭り――。ほぼ島中の人が、この広場に集まっている。いや、島の人口の90%がこの街に住んでいるので、それは必然なのかもしれない。

 広場につくと少女の瞳に、人ごみの中から長い黒髪の女性が浮かび上がって来た。

 黒いしなやかな髪と瞳、背は極めて高い。群集の中にあって、一際目立つ理由は、その背と美貌だろう。

「――ん? セシリか、久しぶりだな?」

 長身の美しい女性は、肩で息をして頬を赤く染めているセシリに笑いかける。そして飛びついてきた栗毛の少女の頭を優しく撫でると初めて言葉を奏でた。

「お姉も来てたのね」

 セシリが、目をクリクリとさせて、呼吸と肩を動かしたまま笑顔を返す。

「ずいぶん、慌しいようだが、お前、まさか?」

 セシリの真っ赤な頬を撫でながら、首を傾げて黒髪の女性は苦笑する。セシリの視線の先にある看板――美少女コンテスト。

「うんっ、美少女コンテストにでるの!」

  少女は、当然のように一人で頷くと姉と呼んだ女性を見上げた。 「はぁ……やっぱりか」

「どうして?」

 長身の女性のため息にセシリは、眉をひそめる。

「やめておけ、下手にあんなもので優勝してみろ、名が海を渡って、周辺の島から求婚者が殺到するぞ。無論――この島からもな」

「え――?」

 セシリの血液が一瞬固まる。

 結婚――冗談ではなかった。

「二年前、私はそれで偽名まで使って。フ、どれだけつまらん物を斬った事か」

 長身の女性は苦笑いして、天を仰ぐ。

 2年前の優勝者が自分だとセシリは知っている。なので、こういう言いまわしになった。

『――つまらん物ってなんなの』

 セシリは、長身の女性の背後に『ゴゴゴゴゴゴ』という文字の幻影まで見て、曖昧な笑いを浮かべた。

「ま、いくらなんでも、優勝したところで13歳のセシリに結婚を申し込むような奴は居ないだろうが」

「うん、そうよね」

「が、もしそんなハードロリが来たら私に言え。いつでも斬ってやるからな」

 と、わずかに顔に縦線をいれて、こめかみの辺りに大きな汗を浮かべる少女に囁きかける。

 むろん、その汗は走って出たものではなかった。

「――う、うん、それと、フィア姉。私とっくに14歳になったのよ」

 セシリは、命一杯後ずさりしてそう答えた――無理に作った笑みで。

「――や、やっとついた」

 弱々しい声が、風に乗って立ち話をしていた二人の元へやってきた。

「ん?…レファンスか」

 一瞬、寝不足のゾンビのような動きをしてフラフラと歩いてくる少年に対し、殺意のようなモノを感じた長身の女性―――フィア。だが知り合いだと確認すると、隣で両手を腰に当てて「遅い!」と文句を言っているセシリと見比べて苦笑した。

「お前達……相変わらずだな」





 ――昼下がりの町の広場に面した小さな喫茶店……相変わらず、季節に不相応に日差しは強い。

 セシリが、美少女コンテストの審査に出ている間、レファンスとフィアは、祭りの賑わいを見せる町の中、昼食をとっていた。

「それで? お前、相変わらず、セシリに頭が上がらないのか?」

 店の奥のカウンター向かいの席に、皿からあふれんばかりに大盛りになっているフライドポテトに、ソースをつけながら食べている少年――それを、頬杖をついてぼんやり見ていた長身の女性が、ぽつりと声をかけた。

「―――い、いきなりなんなの?」

 レファンスは、むせてコップの水を吐く。そして少し戸惑ってフィアに視線を返す。しどろもどろになるのは仕方なかった。

「いやな、お前が、セシリの大きな衣装ケースを担いで町に真っ赤な顔して走りこんできた時、さすがに可愛そうに思えた」

「そ、そんな事…」

「あの様子じゃ、お前がメイドか妻として、セシリに仕えているような日常なんだろう?」

「げほげほっ…っ」

 さらに酷く咽る少年は、無言で涙すると、うつむいた。

『図星か』

 フィアは、一人で納得すると内心苦笑した。

「もし辛いようなら、家で暮らしても良いんだぞ?」

 それとなく、その女性は普段とは違う優しい声で小さく囁いた。 「――え?」

 少年は数秒間をおいた後、目を剥いてフィアを見つめる。

 ――レファンスは、一瞬意味が分からなかったのだ。

「フィア姉さん、僕は」

「どうだ?私も親父が旅に出てからは一人で……」

「ごめんなさい、セシリが悲しむから、多分だけど」

 レファンスは、少し頬を赤く染め、うつむいたまま小さく言った。

「お前等を引き離すことは誰にも出来ないか。妬けるな」

 頬杖をついたまま、目を細めるフィア、この女性はレファンスの義姉にあたる。

 レファンスは、もちろん覚えてはいない。12年前の事だ。

 この極北の島に1人の騎士が二人の子供を連れて上陸した。

 騎士の名はルー・ライアス――レファンスやフィアの父。

 ただし、レファンスは実子ではないと言う。

 その後、生まれて間も無いレファンスは、スカイレイクの町長である今の義祖父、ラウエルの元に預けられ、当時9歳になっていたフィアはルーに直接育てたられらた。

 離れて育ったものの、フィアはレファンスの義姉になる。レファンスと一緒に育った町長の孫娘、セシリにとっても姉のような存在であり、セシリは少なくとも姉と呼んでいる。

 ただ、レファンスはルー・ライアスの事を父とは呼ばなかった。それは、物心ついた時から、彼に学問や武術を習っているから、であるとレファンスは思う。だが、本能的に自分の家族は祖父、祖母、そしてセシリだけだと心の深層に打ち込んでいたのかもしれない。

「ルー先生は、まだ帰らないの?」

「ああ、ファルシア大陸へ向かうと言っていたからな。もう、1年くらいは戻って来れないだろう。――どうだ?少しは剣術の練習はしているか?」

 ルー・ライアスが旅に出たのが2年前。レファンスは剣の師が去った後、勉強だけは独学でしていたものの、武道などに全く興味はもてなかった。自ら志すような理由は無いのだ――平和すぎるくらいの日々なのだから。

 強いて言うなら、セシリの鉄拳に対抗するくらいの武力は持っておきたいところだが、それをセシリに対して行使する根性がないのだからどうしょもない。

「ううん、剣は握ってもいないよ。包丁さばきなら自信があるんだけど」

 レファンスは、ナイフを包丁に見立ててジェスチャーをした。首を傾げながらその行動を見ていたフィアがわずかに眉間にしわを寄せる。

「――分かったよ」

 フィアは、うっすら笑う。そして視線を落とすとカップに入っていた冷えているラム酒を飲み干した。この自分より乙女チックな弟に半ば呆れたのだ。






 ――日は西に傾きはじめ極北の島にも聖なる夜が訪れようとしていた。

 









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