「さあ、今年度の美少女コンテストも最終選考が終わりましたっ!」
タキシードを着た中年の婦人、美少女コンテストの司会エダが、大きな声を広場の観衆に向ける。
日が西の水平線に傾いた頃。
聖夜を向かえようとしているこの北極圏の島にも、長い夜が訪れようとしていた。
――人々は、港町の中央の広場に集まって流れを作っている。
それは、毎年恒例の美少女コンテストの結果を見るためであった。
「さてと、セシリは残っているか」
頭を掻きながら、広場に設けられた人垣ができている特設ステージを覗く長身の女性。
ゆっくりと、ステージの天幕が左右に開きステージの上にはドレスを着た5人の少女のみが残された。
その中には、青いドレス――レファンスが担いでいた衣装ケースの正体であろうそれを着たセシリの姿もあった。
「セシリ・スターフォードです、よろしくっ」
と、一番右に並んでいたセシリは、首を傾げてにっこり笑う。
それに続いて、順に他の少女達も自己紹介を始めた。
これから、ギャラリーによる投票で美少女コンテストのグランプリは決まる。が、ステージの上の少女は皆、猫をかぶっているのだろう、普段は活発な娘達もお姫様のように可憐に振舞って、自らをアピールしていた。少なくともセシリは、猫なで声を出しているのは明らかであり、振り撒く笑顔にフィアは、心底呆れていた。
「相変わらずのお姫様コンクールだな。レファンス、お前は投票するつもりか?」
長身の女性は小さくそう言うと、隣でポップコーンを食べている筈の義弟に視線を移す。
「――レファンス?」
フィアが見たレファンスが居る筈のそこには、さっき輪投げでフィアがとってやったパンダのぬいぐるみが、ポップコーンとぶどうジュースにまみれて無残な姿で横たわっていた。
『――温泉パンダ、湯煙ポップコーン殺人?』
ぶどうジュースにまみれているパンダの双眸からフィアの脳裏には、そんな言葉が浮かび上がってきた。
「はいは〜いっ!飛び入りしますっ!」
美少女コンテスト、特設ステージ。投票が開始される直前に、一人の少女がフードを被った女性――だろうか、その手を引いて飛び込んできた。
「あっ、ニナ?」
その少女の顔を確認すると、セシリは小さくそうこぼす。
『飛び入りって何よ、そんなの認められるわけないでしょ』
セシリは肩を竦め、目を細めてニナを見つめる。
「ほおぉ、きれいな子だね。いいよ、大会委員長であるあたしが、その美貌に免じて飛び入り認めたげよう!」
さっき、広場に大声で叫んでいた司会の婦人、エダ。これでも、初代美少女コンテスト優勝者らしい――が、ニナの頭にポンと手を乗せて、その少女が連れてきた女性のフードの中をマジマジと見つめる。
ニナは、セシリのその視線に気づくと嫌味のこもった満天の微笑を返す。
「ふんだっ」
セシリは、その笑顔を見るとそっぽを向いた。
美味しいところをもっていかれたと思ったのだ。
――その瞬間、そのフードを被った女性がそれを脱いで、白いワンピースに白い帽子で観衆に微笑んだ。
ワンピースとセットの白い帽子からは、金色に輝くしなやかな長い髪が見える。
オオッ
ギャラリーがざわめく。
「だ、だ、誰よ、この娘っ!?」
恐ろしいまでの美しさに、セシリをはじめとした、ステージの最終選考に残った少女達が目を剥く。間違いなくこの島の出身ではないだろう、田舎ゆえにこんな娘の存在が知られていないわけがなかった。
「マリア=リアライズです、皆様……よろしくお願いします」
消えそうな小さな声で、その金色の髪の少女は、観衆に頭を下げた。金色の髪が宙を泳ぐ。
ハァ……。
観衆からはため息が漏れた。
投票箱には、すでに投票が殺到していた。勝敗は、誰の目から見ても明らかに思えた。
辺りの日は完全に落ちて、闇が空を包もうとしていた。
「ねえ、あなた」
セシリは、ステージの上でおどおどしているマリア・リアライズに、背中から声をかける。
「――はい?」
マリアは、一瞬肩をビクッと震わせたかと思うと、微笑みながらセシリの方に振り返ってくる。
「うっ」
セシリは、小さく唸ってこめかみに大きな汗を作る、本当に美しい娘だったからだ。
「髪に、ゴミがついているみたい――よ。とってあげるわ」
セシリは、首を傾げてにこっと笑うと、マリア・リアライズに肩を回し後頭部に手を当てて、抱きしめるようにする。
「――あ、あのっ」
マリアとセシリは、お互いの鼻が触れるくらい、密着している。
セシリは、無表情な目でマリアの目をじっと見つめる。別にそういう趣味があるわけではない。
その状況に、頬を赤らめて声を上げたのはマリアだった。
『――まさかとは思ったけど』
セシリは、マリアの肩をポンッと軽く押すと、後ろにヨロヨロと数歩さがって、目蓋を押さえた。
「どうしたんだい?そろそろ投票結果を発表したいんだけど――?」
「あ、ごめんなさい、どうぞはじめて下さい」
セシリは、大会委員長に微笑むと回りの少女と共に、数歩後ろに下がる。
「ではでは、今年もミス・スカイレイクの発表ですっ、っと男供はうしろにさがりなっ!」
大会委員長が叫ぶ。
特設ステージは、いくつもの松明で囲まれ、ステージの上は明るくなっており、その正面には漁師などを中心とした屈強な男達が目を光らせていた。
言われた男達はおずおずと、数歩前線を後退させる。が、その目の輝きは強まるばかりで、ステージの上の少女達を多少なれども脅えさせる。
「今年のミス・スカイレイクは……。突然現れた脅威の新星、マリア・リアライズ譲に決定っ!」
手に持っていた紙を、読み上げた瞬間会場がざわめく。
「マリア譲、前に出てっ、おっと男供には気をつけてなっ!」
「――え?ええっ……!?」
最終選考を突破した5人の少女が肩を落とすのを尻目に、マリア・リアライズは胸に手を当て驚愕の表情を見せる。
刹那、セシリの双眸が光った――ように思えた。
「マリアちゃ〜〜〜ん」
ステージの正面からは、そんな叫び声が聞こえてきた。
「どうしたんだいっ? ほらっ…前に出な?」
「は、はい……」
おずおずと、ステージの前に出るマリア――その瞬間。
「うわっ」
ビリビリ
ドタッ
「あ〜ら、ごめんあそばせ」
マリアのスカートの裾をセシリが思いっきり踏みつけたのだ。
スカートは破け、マリアは顔面から木製のステージにダイブした。
「な、なにをするんですか――?」
マリアは、顔を押さえセシリの方を振り向き抗議する。
「それは、こっちのセリフよ、レファンス君」
引き攣った笑みを携えて、セシリは大衆の眼前に大声で言った。
「な……な、なんの事かしら?わ、わたくしは、レファンスなんて方、ご存知さしあげませんわ」
破れたスカートを押さえつつ、冷たい汗なんぞを掻きながら乙女チックにマリアは、意味不明な言葉を使って弁解する。
『このバカ、意味の通じる言葉になってないっての』
必死に弁解するマリアをセシリはジト目で睨む。
「このカツラ、よく出来てるわね〜っ」
そう言うと、セシリはマリアの髪の毛を根元から引っ張る。
「あ”…」
スポッと、その長い髪は虚しいほどあっさりと外れた――すなわち、かつら。
それを瞳に写した観衆一同が、当然であろうが、ざわめき出す。
「さっき、この髪をさらわせてもらった時、あんたの匂いと吐息で、100%方間違いないと思ってたけど……?」
言葉を失っているマリアを見下してセシリは、やれやれといったポーズを取る。
「――こ、これには深い訳が」
マリア・リアライズ――レファンスは、黙って小さく頷くセシリと呆気に取られてい観衆に、ほぼ無抵抗に正体をバラした。
――空に輝き出した星々が地上を美しく照らし出した
――日が水平線に傾き始めた頃
「――お願いっ、セシリに勝たれたら困るのっ!もし、優勝できたらなんでもおごるって約束しちゃったのよ」
広場に設置されたステージからだいぶ離れた、パン屋の一室。
頬にそばかすの目立つ、三つ編みがトレードマークの少女――ニナが、しどろもどろになっているレファンスに手を合わせていた。
「で、でも……そ、そんなの無茶だよ」
ただ、レファンスが柱に縛られている辺りが、彼が何を言っても無駄だと言う事を強調していた。
「大丈夫、大丈夫、レファンス君、かわいいんだからっ」
ニナはにいっと笑って、両手の指をうねうねの動かしてレファンスに迫ってくる。
「も、もしバレたら…?」
「お婿には行けなくなると思うけど、別にレファンス君にはセシリがいるんだから構わないじゃない?」
「ええっ?ど、どういう意味さ?」
適当なニナの言葉を、レファンスが、取り乱して返す。
「フフ……良い奥様になってね」
哀れみとも、嫉妬とも取りようのない、その悪魔のような笑みをこぼす少女の言葉がレファンスを……服と一緒に切り裂いた。
「こ、これには深い訳が」
すでに、日は沈み辺りは暗くなっている。町の広場中央に設置された特設ステージ。
ざわめいている観衆をよそに、レファンスが手を振ってセシリに言い訳をする。
「ふーん、言い訳?――なによ?」
セシリは、引き攣ったまま言う。
「ニナさんに、た、頼まれたんだよ。セ、セシリが優勝すると……」
「いやああああああああああ!!!!」
そのレファンスの弱々しい声での言い訳を遮るかのように、そばかすの少女――ニナが、顔を覆って叫ぶ。
一同の注目は、むろんニナによせられた。
「皆さん、ごめんなさいっ、レファンス君の女装に協力したのは私なんですっ!」
ニナはステージの上に駆け上がると、自らの肩を抱いて叫ぶ。
「協力って?」
強要の間違いじゃないか――と、レファンスは、心の中でつっこむ。
「レファンス君に脅されたんですっ、女装に協力しないとお嫁にいけない体にしてやるって……ううっ」
とんでもない事を言って、ニナは今度こそ顔を覆って泣き声を上げる。
「――ええっ!?」
一同から驚きの声が上がる。
だが、一番驚いたのはレファンスだった。
「私は、嫌だって言ったんです。でも、私を誰もいない部屋に連れ込むと柱に縛り付けて自由を奪って……それで……いやらしい目で……えぐっ、えぐっ…」
「ふーん。誰もいない部屋……お嫁に行けない体ぁ……?レ・ファ・ン・スゥ〜?」
その言葉で、怒りのk点を通り越したセシリは、にこやかに微笑んでレファンスに処刑宣告をした。
それを見て、喜劇は過度に至ると悲劇に変貌する事実を体感したレファンスの瞳が、震える――。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そ、それじゃあ全く正反対じゃないかっ、ぼ、僕が後ろからいきなり殴られて気絶して……それで、気がついたら柱に縛り付けられていたんだよっ」
レファンスが、叫んで必死に抗議する。だが、観衆の目は冷たいままだった。
「そんなっ、私がレファンス君に力で勝てるわけじゃないですかっ、ひどい……ひどすぎるっ私…もうダメ――」
床にへたり込むと、ニナはそう言って声にならない泣き声を上げた。
「セシリ、ごめんなさい……あなたが優勝したらおごる筈だった、チョコバナナパフェのお金もレファンス君のかつら代で消えちゃったの」
「な…、私のチョコバナナパフェ〜がっ!!??」
それを聞いたセシリが、バキバキと拳を鳴して床に這いつくばっているレファンスに大きな足音を立てて迫る。
「そ、そんなの嘘だよっ!かつらだって初めからあったものじゃないかっ」
その音に恐怖したレファンスは、抗議を続けるが――。
ひそひそ……。
レファンスって町長さんとこの孫よね?
――かわいくて素直な子だと思ったのにねぇ
と、観衆からは、そういった陰口が聞こえ出した。
女装した男と涙する女の言葉――どっちを観衆が信じるかは言うまでもなかった。
「――レファンス。あんたが、人のお風呂を覗いたり、雷が怖いとか口実つけてあたしのベッドに潜り込んで来るぐらいなら、ただの変態という事でもよかったわ。――でもねっ!!」
セシリが、声と拳を震わせる。レファンスには大気も震えているようにも感じられた。
――お風呂を覗くんだって、やっぱりねぇ……
14才にもなって、女の子のベッドに潜るんですって…?
観衆のヒソヒソ声はとまらなかった。
「さ、さよなら〜〜〜〜」
レファンスは、辺りを見まわして味方が一人もいないことを悟ると、ステージから逃げ出そうとする――。
「やらせないっ!フィンファンネルッ!」
セシリは、意味不明な事を叫ぶとステージの脇においてあった桶をレファンスに向かって投げる。
バガッ
「――――はうっ」
レファンスの断末魔の声が木霊する。
桶はレファンスの後頭部に当たると、分裂して無数の木の板になる。
そして、その無数の木の板が、再び顔面からステージの床にキスすることになったレファンスに降りかかった。
レファンスはピクリとも動かない、完全に目を回している。
「――あたしの勝ちね」
そう言って、高らかに右手をあげて視線だけを床に落とすセシリ。
「6分20秒、WINNER セシリ・スターフォード!」
大会委員長が叫ぶ。たしか最初は美少女コンテストだった気がしないでもないが、すでに盛り上がればなんでもよかった。
ワァァァァァァァァァ
観衆が歓声を上げる。観衆も観衆でいい加減だといえた。
セシリッ セシリッ セシリッ
「えいどりあーん」
町中に響き渡るセシリコールを体一杯に受けて微笑む少女。
だが、そのセシリの視線は、ニヤリと怪しく笑うニナの表情を見逃さなかった。
「さぁ〜て、ニナ。これで、なんでもおごってくれるのよね?」
セシリは、大コールをよそにニナに近づいて笑いかける。
「な、何を言ってるのよセシリ、私の貯金はレファンス君が……ねっ?」
「――ふぅん。なるほど、ね」
その口調から何かを悟ったセシリは、観衆の大コールを手で静止する。
――ステージに静けさが戻り、観衆はステージの上のセシリに注目した。
セシリは、無言でレファンスに近づくと、レファンスの上着を脱がせシャツ一枚にする。
――その腕には縄の跡。
「……やっぱり、あんたレファンスを縛ったわね?」
セシリは、苦笑してニナに振る。
――ママ、あの人、なんで腕にロープの跡がついているのかしら?
こらっ、見ちゃいけません。
覗きや女装ばかりか、そんな趣味まであったんだねぇ……。
観衆が口々に勝手な事を言い始める。
「ニナ……どういう事なのか説明してもらいましょうか?」
「おほほほほほ」
手を口に当てて、ニナは冷や汗を掻きながら、笑ってごまかす。
「ニィナァ?」
セシリが、ジト目でニナを睨む。
「はははは……。んじゃね〜〜〜〜〜!!」
ニナは、手を振ってそう言うとステージから飛び降りて逃げようとする。
ガタンッ
「きゃうっ?」
刹那――――ニナは、偶然なのか天罰なのか、レファンスの足に引っかかってステージから、人ゴミの中へとバランスを崩して落ちていった――。
「セシリ、覚えてらっしゃいぃぃぃっ!!!!」
目を光らず男達に、把握できないほどの花と宝飾品の類でナンパされているニナは、角度的に見えないステージの上に捨て台詞を飛ばした。
お決まりとは言え、あまりにも虚しい結末といえた。
分かりやすく言うのなら、ページの都合上短い結末が望まれたのだった。
「あたし、何もしてないじゃん」
自爆したニナにセシリがぽつりとそう言った。
月の出る時刻――町の時計台の針は7時を指していた
「ねえねえ、奥様、聞きまして?町長さんの孫娘のセシリちゃん、スターレイク暗黒武道大会で優勝したんですって」
「あら?今日のイベントってそういう名前だったかしら?」
「それで、パン屋の一人娘のニナちゃんと町長さんの所のレファンス君、出来てたらしいのよぉ」
「あ、それは聞いたわ、なんでもすでにかなり危険な関係なんですって?」
「そうなのぉ、信じられないわよねぇ、まだ二人とも14歳になったばっかりでしょ?なんでも、ニナちゃんの方が誘ったらしいのよぉ」
「あそこのパンはもう買う気しないわねぇ〜?」
町で夕食の買い物をしていた長い黒髪を持つ長身の女性――フィアは、そんな話を八百屋の前で聞いて、こめかみに大きな汗を作った。
『――あれから何があったんだ』
いくら噂好きのおばさん達の会話とは言え、さすがにフィアも耳を傾けざるを得なかった。
最後の買い物を済ませていたフィアは、問い詰めることもなく、苦笑しながらその八百屋と通りすぎたのだが――。
「ん……雪……か?」
ふいに、頬をなでた小さい粉雪がフィアの視線を夜空へと向けさせた。
「ずいぶん――暗くなったな」
フィアは、そう言うと、ご馳走の材料をもって自宅へと歩き出した。
――――聖夜が訪れた町の明かりは優しく……そして、徐々に消えていった
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