――雪の時代。

 限りなく寒く高い空に輝く星々の園遊会。

 小さな北極圏の島々が闇によって閉ざされる時刻。

 地上の小さな光と共に、白い煙が月明かりに薄く彩られ。

 小高い山の雪原の中に小さく佇むその家も、子供達の元気な声を響かせていた。













第6話
「火の粉の詩・風の詩」














「え、レファンスさん、私よりも年下かと思いましたのに。同い年でしたのね?」

 カチカチッ カチッ

 暖炉の音が小さな部屋に響く、火の粉が舞ってそれを作り出しているのだ。

 外の雪の風の音とその舞いの音は、優しく共鳴し周囲に不思議な音楽を奏でていた。

 火の精の前に敷き詰められた紅い絨毯の上に毛布を羽織って寝転がる3人の子供達。

 その両手には、チーズとコッペパン。

「やっぱり、レティもそう思う?あたしも、こいつが14歳で同い年だなんて思えないのよ」

 顔をつきあわせているレティシアとセシリの声。

「ど、どうして……?」

 パンを齧っているレファンスは、すぐ側で両手の肘を絨毯に乗せて本当に楽しそうに笑うレティシアの顔に視線を釘づけにする……される。

「だって、あんた、全然ガキなんだもん、パンダのぬいぐるみと一緒じゃないと眠れないって秘密バラしてもいい?」

 セシリは、意地悪な笑顔で、パンを千切っていたレファンスに全く無意味な問いをかける。

「ひ、酷いよっ、家族の中だけの秘密って約束じゃないかっ、セ、セシリだって子供のくせにっ」

 レファンスは、涙目で必死の反論。

 普段は、そう言われれば言われただけで、何も言えないレファンス。だが、隣で目を輝かせている少女の前で、それを黙認する事はできなくて、そう言い返す。

「……くすくす」

 その二人のやり取りを見て、レティシアが遠慮がちに押し殺した笑い声を漏らす。

 セシリの仕草、どこか可愛らしく思えたレファンスの仕草、レティシアには、新鮮でとても面白いものであった。

「なに?」

 セシリが、その笑い声に曖昧な笑いで応じる。

「とても仲がよろしいのですね、お二人とも」

 レティシアの純粋な気持ちを表した言葉。

「まあね、家族としてだけど」

 レティシアが、何を言いたいと思ったのか。セシリは、家族としてと付け加えた。

「あはははははは、そ、そうなんだ」

「むっ」

 レファンスも、なんとなく笑ってみる、が、セシリの睨みの利いた声で黙らされた。

「そういえば、レティは、レファンスが年下だって思ってたんでしょ?」

「はい」

「なんで、さんづけして呼ぶの?あたしやレファンスは、全然呼び捨てもいいわよ?……ね?」

 セシリは、首を傾げレティシアに告げて、次にレファンスにふる。

「う、うん……」

 おずおずと答えるレファンス。その頬は相変わらず赤い。それは、暖炉の炎ためではない。

「セシリさんはセシリさんですし、レファンスさんはレファンスさんです」

「まあ、レティが呼びやすい呼び方で構わないけど」

「それに、殿方を呼び捨てするのは、はしたないと先生に習いましたの」

「え?」

 まぬけな声を出すセシリ。レティシアのその言葉は、レファンスを自分の子分と思っている節のある少女には、少し衝撃だった。

「家庭教師の先生のお言葉なんですけど、おかしいでしょうか?」

「ううん、全然、おかしくないよ」

 セシリの表情にレティシアは、不安げに尋ねる。

 その表情を見たレファンスは、あわててレティシアの擁護に回る。即答だった。

「そね、ちょっと、この島じゃ、そういう考え方は一般的じゃないかも」

 と、セシリがあっさり言いのける。男女平等はスターレイク諸島では当たり前であり、女性上位主義は我が家の掟なのよとセシリは、内心付け加える。

「そうですか……」

 レティシアが、視線を床に落とし小さく頷き、そして呟く。

「そ、そういえば、レティちゃんは、どこから来たの?昼間聞きそびれちゃったんだけど」

 残念そうな表情のレティシア。笑顔を戻して欲しいと思ったレファンスは、一生懸命に話を逸らした。

「私は、アメリア教国から参りましたの」

 レファンスと視線を合わせ、はにかんだ表情で、小さく答えるレティシア。

「アメリア?」

 レファンスとセシリの声が重なる。

 二人の頭の辞書には、そういう国の名前は無かった。そして辞書の源である世界地図にも、そういう地名は無かった様に思う。

「それ、どこにあるの?」

 セシリは、眉をひそめレティシアに尋ねる。

「ずっと……遠い東の海にあります」

 そう答えるレティシアの瞳。それは震えているようにレファンスには思えた。

「そうなんだ……」

 少年や少女にとって、地図にない国から来たという言葉は、大きな意味を成さなかったが。

「どんなところなの?」

 続けざまに聞くレファンスの蒼い瞳に、レティシアのすみれ色の瞳が重なる。

 脳裏の思考回路が飽和するような動悸。

「私の故郷は、暖かい奇麗なところです。仲良しの猫ちゃんや鹿さん、動物もたくさん居て……」

 瞳そのものに、差し込むようなその言葉。

「――ふぅん、どうして、スターレイク諸島に来たの?」

「私は、お父様と一緒に来たので、訳は良くは分かりませんが、しばらく、このお家でお世話になりますわ」

「あたし達は、お客さん――レティが来るって事しか聞いてないのよ。それってどのくらいの間?」

「それも、良くは分からないのですけど、私、レファンスさんやセシリさんとお友達になりたいですわ、仲良しになってくださいます?」

 レファンスの好奇心剥き出しな――否、気を引こうとして考えた質問と、セシリの順を追った質問の羅列に一々答えるすみれ色の少女。その純な願い。

「もちろんよ、あたしでよければ」

「ぼ、僕も、レティちゃんと、お友達になりたいなぁ」

 セシリは、未だ好きにはなれない少女だが、友達になりたいという嘘のない言葉に、自分も友達になりたいという嘘のない返事を返した。

 レファンスは、本能的に指示された言葉をそのまんま音として奏でただけであった。

「ありがとうございます、お二人とも、お優しいのですね」

 その二人の言葉に、感激の声を上げ微笑むレティシア。少女の微笑みを見たレファンスは、心底良かったと思った。

「私、男の子のお友達は初めてですの、どうぞよろしくお願いします」

 思った拍子に、男の子のお友達は初めてと言われて酔っ払ったように視線を回すレファンス。セシリは子分が美少女に対しここまで免疫が無いことに半ば絶望する。

 だがそんな親分を尻目に、レファンスは精一杯の微笑みと言葉でそれに応えた。

『恋は盲目……?』

 それを見たセシリの脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。

「っ」

 セシリは、とても嫌な気分になり、すぐそれを自分で撤回する。何故、こんな気持ちになるのかは分からなかった。






――カチカチッ


 暖炉の火の詩は、夜が深まると共に徐々に小さくなっている。それを指揮するかのような冷たい風の音は次第に深くなっていた――。


「まぁ……セシリさんは、物知りですのね」

 夕食は、チーズとパンで済ませることにしようと同意した3人は、暖炉の前で毛布に包り寝転んだまま、会話に花を咲かせていた。

「日頃の勉強の成果よ、でもレティも家庭教師って人から色々習ってるのね、びっくりしちゃった」

「あら、レファンスさん?」
 意気投合を始めていた、少女二人の話は難しすぎたのか。時計の針が1時を指す頃には、少女達のすぐ横の絨毯の上でレファンスは静かな寝息を立てていた。

「ほらっ……毛布かけないと」

 少女達の手が同時に、跳ね除けられているレファンスの毛布に掛かる。



 一瞬の沈黙。

「……セシリさん、今日は楽しかったです、どうもありがとうございます」

 見つめ合わせた視線のまま、それを絶たず微笑むレティシア。深く刻み込むような瞳の奥に響く言葉。
「……眠くなったの?」

 察してレファンスを起こさない様に小さく響くセシリの声。

「はい」

 それと、同じくして小さく応え、頷くレティシア。

「そう。普段は、あたし達もこんな時間までは起きてないのよ?」

 仰向けになり枕に頭を乗せるレティシアに、セシリも続いて寝返るとそう言う。あたしも楽しかったという意味を込めて――。

「……ありがとうございます」

 その意味をそう理解したレティシアは、セシリが内心唸るほどの奇麗なお礼の笑顔で結んだ。

「それじゃ、おやすみぃ……」

 自分の毛布を掛けて天井を仰ぎセシリは、目を細めてそう言う。

「おやすみなさい」

 レティシアは、今日最後の微笑みをして、隣で寝ているセシリに告げる、が。

「あ、待った」

 目を閉じようとするレティシアにセシリが、目を見開いて一言。

「はい?」

「レファンスの隣で寝てると、襲われるわよ?」

 身を起こすと、レファンスのすぐ隣で寝ようとしているレティシアに真顔でそう教える。

「……はい?」

 なんの事か分からず、聞き違えているとさえ思ったレティシアは、セシリに聞き返した。

「こいつ寒くなると、人のベットに潜ってきて毛布持っていくのよ」

「まあ……」

 口に手を当てレティシアは、静かな寝息を立てているレファンスの方を見る。

「可愛い……方なのですね……?」

「――え?」

 セシリの警告をなんだと思ったのか、レティシアは、目を閉じたまま、楽しそうにそう言う。そして、もう一度隣で寝ているレファンスに毛布をしっかりと掛けてやった。

 その意外な反応に、声を漏らすセシリ。

「あ、あのねぇ……」

 セシリは、おいおい、と手を振って再びレティシアに声を掛けようとした。――が、その前に聞こえてくるレティシアの寝息。

「っ? この娘、相当無理して起きててくれたんだ……」

 セシリは、目を細めて小さく1人で頷くと、自分も体を横たえて目を瞑る。

 ヒュウウウウウ

 暖炉の火の粉の詩は、今はもう聞こえず。子守り歌となるのは、聞きなれた風の音であった。




――真夜中に扉を叩く風のプレリュード


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