
天気の良い昼下がりの港町。
冬の風とは思えないぐらい暖かい風が、ここ数日北極に最も近いこのスターレイク島に吹いている――。
人込みで埋まる、港から数キロ砂浜に沿った海の向こう――巨大な一隻の船。
その船は、マストが折れところどころ腐敗しているのが、遠目からでも分かった。
「……本当に幽霊船じゃない」
「でしょ」
――少女達の見つめる視線。
「うわ〜、あんな大きな船、どこから来たんだろう〜」
視界の後ろから響く少年の感度の鋭い音。
「……きゅしゅっ……ん」
子猫の産声の様な可愛すぎる小さなくしゃみ――。
「あ、レティちゃん、寒くない?」
日が強いとはいえ冬の浜辺で風もある日。
この地方の寒さに全くと言っていいほど、適応しているはずもない金色、むしろクリーム色に近い長い髪を、大き目の毛皮のコートの帽子に隠している少女――レティシア。
その可愛い音に、思わず笑ってしまうと、すぐに顔を覗き込んでそう心配するレファンス、本能的にとった行動とはいえ、それは少し離れた場所で、幽霊船であろう物を見ていた少女二人――セシリとニナの視線を合わせさせる。
「はい、大丈夫です、少し埃があったみたいで……」
両手を口に当て、頬をほのかに赤く染め、恥ずかしそうにレファンスに微笑みかけるレティシア――その微笑みは、さらに少年の好意を高ぶらせた。
「そう?寒いなら僕のコートも貸してあげるよ――」
続けて発せられる、少し照れくさそうなレファンスの言葉――。
「……優しいのですね、レファンスさん」
感慨深いその声に携えられた再度の大きな微笑みは、レファンスの脳細胞を溶かし尽くした。
「そ、そんな事ないよ…」
「くす…そんな事あります☆」
「そ、そうかな……はははははは」
照れ隠しとしか言いようの無い、右手でわざとらしく頭を掻きながら晒したその少年の笑い声。
「ふふふふふっ」
その少年の仕種までも面白かったというレティシアが、返す微笑みは、完全に二人の世界を形成するに事足りていた――。
ただ、悲劇的だったのは、レファンスが思っているような感情はレティシアの仕種の根底には無く、ただ自然に対処して携えられた仕種がそれだったのだ。
顔を耳まで真っ赤にして、幸せそうに笑っている少年には無論そんな事は、分かるわけも無いのだが――。
「……セシリ、あれはどういう事なの?」
「……さあ」
唖然として、見知らぬ少女とセシリの相方を見つめるニナの声に、セシリはため息混じりに応えた。
――――冬の海の風は、子供たちにも優しくはない
第8話「真夜中の幽霊船」
「ほお……幽霊船探検か」
観測の的中した言葉――珍しく風の弱い浜辺に響く。
「そう、今夜の引き潮であの距離だったら、歩けるようになると思うのよ」
先の渋い女性の声の相手をしているのは、元気な女の子の声――。
「で、私の家に泊めて欲しいわけか?」
「うん」
「だめだ」
「え〜っ?どうしてっ?」
海岸線が幽霊船をも赤く染める時刻――。
幽霊船が座礁している場所から、数百メートル港と反対の辺鄙な海岸線を歩くと小さな家がある。
住んでいるの髪の長い長身の女性が1人――。
セシリは、レファンスとレティシアを連れて玄関に立っている――。
「が、今日は、もう遅い……泊めてやるには泊めてやるが…?」
玄関前で、腕を組んでフィアは、夕日を見てそう目の前の義妹、セシリにそう告げる。
「う〜ん、明日、ポールさん達が幽霊船の探索に入るのよね?」
セシリは、首を傾げ後ろでレティシアにフィアの事を紹介しているレファンスに振る。
「明日の昼頃らしいけど…?」
レファンスは、先程野次馬の中で聞いたその情報をセシリに当てる――。
「それじゃあ、せっかくだから泊まっていけ……」
続け様の言葉――本当に義妹と義弟と食事するのはせっかく以上に密かな楽しみなフィア。
「――それじゃあ、お言葉に甘えるわね」
セシリの返すその言葉と同時に後ろのレティシアは、ペコリとフィアに頭を下げた。
「――そっちの娘は?」
ガタンッ ガタンッ
戸が叫び声を上げる――。
風が僅かに出てきた真夜中の海岸――。
その風の音は港の時計台の2時を指す音とデュオになる。
明かりの消えた小さな浜辺の家――。
玄関に入ったらすぐに目に付く暖炉のある中央の部屋の左右には、小さな部屋があり1つの部屋のベットにはレティシアとセシリが、もう一つの部屋のベットには、フィアが1人で寝ているはずだが、その毛布を奪うようにしてベットで寝返りを打つ少年――レファンスが、むにゃむにゃと何やら楽しそうに寝言を囀っている――。
ガタンッ
ドアが激しく弾ける音――。
それに続く悲鳴――。
「もしっ、どなたかいらっしゃいますかっ!」
玄関から響く音――。
今までの風の子守り歌の曲線とは全く違う、その声に目を覚まし飛び起きたのはセシリとレティシア――。
セシリは目をこすりながら壁のランプに明かりを灯すと、パジャマの上に普段着を羽織って、レティシアにベットで待っているように手で合図して玄関に出る――。
向かいの部屋の明かりが点いていない事から、義姉はまだ気づいていないという事を認識するセシリ――。
「……どなた?」
木刀を左手で後ろに隠してそのまま、暗い玄関に声を飛ばすセシリ――目が完全に覚めていない分、余計警戒心が高ぶっている。
「ああ……良かった、助けてください……友達が幽霊船に入って出てこないんです、駐在所に連絡を取って頂けませんかっ?」
「……幽霊船?」
その言葉に、セシリは怪訝な表情をしつつも手に持ったランプの明かりを声の主に当てる――。
「ふわぁあああ、それで、どうして僕らが、幽霊船を探検しなきゃいけないのさぁ」
「取りあえず、駆け込んできた人は駐在所に行ってもらったの、それで手が空いてるのってあたし達だけでしょ、せっかくだし助けに行きましょ」
「だったら、フィア姉さんも起こそうよ……」
義姉のベットのぬくさが恋しそうにレファンスが言う――。
「お姉は寝てるんだからダメ、あたし達だけで行くのが醍醐味でしょ」
この状況を逆に楽しんでいるのは確実であろうセシリの言葉――船の中の迷子を探しに行くくらいの気持ちであったし、それは間違った認識ではないと思われる――。
強風の中意外なほど暖かい外の空気――異常気象と言っても良いくらいだ。
その風を背に受け、寝ぼけたレファンスは大きなあくびをすると、セシリから剣の鞘を渡される――それはズシリと重い……中身は間違いなく真剣であろう。
「――何これ?」
「真剣よ、護身用にね」
「……」
セシリが、言いのける言葉にレファンスは絶句する――。
『お化けに真剣が効くわけないじゃないか〜』
と内心つっこんでもみた――。
「あの……」
ふいに掛かるレティシアの言葉――。
「レティシアは、やっぱり待っている?」
それにセシリが、すばやく応じる――。
「いえ……お二人が一緒でしたら恐くありません、それにこういうのって……ちょっとだけドキドキします」
真夜中に幽霊船を探検に行くような事に、ちょっとドキドキするのではなく、子供だけでする初めての夜遊びに対し、奏でられたその少女の言葉――。
「そう?じゃあ、行くわよっ」
「レティちゃん、本当に平気?」
セシリのその掛け声のようなものをレファンスの心配そうな言葉が斬る――。
「くす……心配なさらないでください、私、本当に平気ですから」
レファンスの過保護な言葉が可笑しくて、レティシアは笑ってみせる――それにレファンスは、少し顎を引いて自分が盲目的な心配をしている事に気づかされる――。
「いたっ」
刹那――レファンスの悲鳴。
「ほらっ、とっとと行くわよっ!」
セシリが、レファンスのお尻をぎゅっと思いっきり抓ったのだ。
その心理は、セシリ本人にも……レファンスにも分からなかったが――。
ギシッ
木の軋む音――。
その船は、海岸線から百メートル程度の地点で座礁していた――。
昼間は、海だったその場所も、この地方の深夜の潮引きで現在は陸続きになっている。
迷わず、コートを着込んだ三人は湿った砂浜を蹴って幽霊船へと近づいていた。
その船に、船体には大きな亀裂――穴。
そこから難なく船の中に進入する事ができたのだが、中は暗く――そして、足場は軋んでいた。
「ねえねえ、やっぱり戻ろうよ……」
持ってきたランプに明かりを灯すと、古ぼけた廊下が恐ろしく不気味である――。
目の前のクモの巣を見つけて、そうセシリに声を掛けるレファンス。
「まだ、来たばかりでしょ」
「あんまり気が進まないや……」
「迷子になった方は、どこにおられるのでしょう?」
廊下を進みながら、口々にそう言う3人――。
バキッ
刹那――木が弾ける音。
「きゃあっ」
「危ないっ」
レティシアの右足が床を破ってレティシアは、体ごと暗い地下に引き込まれそうになる、恐怖の前に反射的に出た違和感の悲鳴――。
そのレティシアの手を間一髪とって、両手で体を抱く様にして抱え上げるレファンス――。
「っ」
その嘘の様な反射神経に声を漏らすセシリ――レファンスにそんな事ができるとは意外であったのだ。
「あ、ありがとうございます」
レティシアの、ぞっとした後の安堵と感謝の声――。
「大丈夫?」
続け様のその言葉に、レファンスの瞳に自らの視線を合わせるレティシア――。
その頬は、わずかに朱に染まり目は少し潤んでいる。
「……レファンスさん、本当に助かりました」
本当に感謝を込めた言葉――。
「い、良いんだよ……当然の事、だから……」
照れくさそうなレファンスの言葉――。
「……」
根性無いはずレファンスの割には、生意気な事をいうとセシリは、ジト目でレファンスを見る――。
「ほらっ、何やってんのよ、追いてくわよっ」
無言で見詰め合う二人にあからさまに苛立った声を掛けるセシリ――こんなに嫌な気持ちになる理由は分からなかったが……1瞥するとそのまま、ランプを翳して暗い廊下の奥へと進んでいく――。
――――真夜中の幽霊船は震えていた
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