ギシッ ギシッ

外の厳しい風に包まれた、木の軋む音。

「……ねえ、何か聞こえなかった?」
 闇に包まれた廊下に場違いとも取れる明るい少女の声。
「え?ううん、何も聞こえなかったよ」
「そう?変ね……」
 背中から間を置いて帰ってくる声に少女。セシリは、首を傾げる。

バタンッ

 刹那、闇を咲くドアの叩き付けられる様な悲鳴。
「……っ」
 3人の子供達の無言の挙動。
 先頭をランプを持って歩いていたセシリは、立ち止まり肩をビクッとさせて一歩たじろく。
 そのすぐ後ろを歩いていたレファンスは、セシリの服を反射的に掴む。
 レファンスの隣を歩いていたレティシアは、隣のレファンスの袖に縋る形になる。
「なによ?ドアが開いた音じゃない」
 肩を低めるレファンスを体を返しジト目で見たセシリは、そう言い投げる。
「セ、セシリだって驚いていたじゃないかっ」

 ポカッ

 景気の良い音。セシリのげんこつ。
「あいたっ」
















第9話「誰」
















「ねえ、なんかさ……あの廊下の角から明かりが」
 暗い廊下の奥。
 わずかな光が漏れているのが見える。
 それを感じた少年の言葉が少女の耳元に響く。
「っ」
 その声と同じに、セシリもそれを見つけ立ち止まる。
 ヒュウウウウウ
 ――嫌な風の音が一斉に周囲の木の壁を鳴らす。

「…………」

 3人が息を呑むと同じに奥の角から白い衣を護った何かが姿を見せる。
 その衣は塗れて……そして、低い聞き取れるぎりぎりのようなうめき声を上げ、間違い無くこちらに近づいてくるのが分かった。
「……」
 無言でレティシアの手を引いて反対側に駆け出すレファンス。ほんとんど本能的な動き。
「あ〜っ!!、ちょっと、あたしを残してどこ行くのよっ!」
 背中から掛かる怒りのセシリの声にも動じない、否、レファンスには、そんな事を気にする余裕がないと言っても良かった。
「あ、あの、レファンスさん?」
 半ば強引に手を引かれているレティシア。その不安げな声は、不気味な白い衣を護った物に向けられた物ではない。

「戻ってきなさいよっ、でないと、酷いからっ!」
 すでに遠くなったセシリの怒声は、遠慮の無いものになっている。
「…………」
 嫌な気配。プレッシャーとでもいうのか、それを受けたセシリは、無言で正面の不気味な物に対し間合いを取る。
「たくっ!」
 そう言い捨ててセシリも、レファンスの軌跡を追って暗い先の廊下に駆け出した。



 ――――幽霊船の闇が子供達を飲み込んだ







「……あの、レファンスさん、出口はどこでしょう?」
 少年の手に持たれたランプの明かりが心なしか小さくなっている。その隣にいるクリーム色の長い髪の少女の可愛らしい声。
「わかんない――」
 それに返すのは、金色の髪の少年のまずそうな声。
「……」
 その声を、表情を変えるわけでもなく、また動揺するわけでもなく受け止めるレティシア。
「では、セシリさんを探して、それから出口を探さなくてはいけませんね?」
「う、うん、そうだね」
 セシリと完全にはぐれた。もとい完全に見捨てたレファンスは、その指摘に汗を作って応じた。







「何よ、あのバカ、レティシアだけ連れて逃げるなんて」
 暗い廊下で、腕を組みながら歩いている少女、セシリは腹を立ててそう呟く。
 セシリは、レファンスの後を追ったはずなのだが、どこかで通路を誤ったのか、階段を2つほど登って完全に迷っていた。
「覚えてなさいよ……見つけたらギタンギタンのバキバキにしてやるから……」
 真っ暗な通路で不敵に笑うセシリ。
 おそらくレファンスにとっては、最も恐ろしい物であろうその笑み。

「――あら?」
 さまよっているセシリの視線に飛びこんできたもの。
 それは、先ほどと同じような明かり。

 セシリは、その声を追って暗い廊下を進み、明かりが漏れる扉の前で立ち止まった。

「なーんか、嫌な空気が漏れてるのよね……」

 と、セシリは、その扉に聞き耳を立てる。しかし、部屋の中から聞こえてきたのは低い風の音、否、それは人のうめき声であると分かる。セシリは、とっさに扉から離れて身構える。その声が、扉に近づいてきていると悟ったからだ。

『気づかれた』

 セシリは、眉をひそめ舌打ちする。こういう状況では、自分の足がすくんで逃げ出すことができないという現実を受け入れるしかなかった。彼女は、護身用に持ってきた、レファンスの剣装を布袋から取り出し扉から来るであろう、何かに向けて構えた。

 刹那、その扉は何かによって引き裂かれた、砕けた扉の破片がセシリに襲い掛かる。その破片のいくつを剣を払いのけるが、残りは床に倒れこむことで交わすしかなかった。

「あいたたたた……」

 体にいくつかの擦り傷を負ったセシリは、傷を手で押さえながら顔を上げて、扉を破壊した何かを視界に捕らえようとする。

 しかし、視界の中には明かりが灯された部屋と、腐った調度品があるだけで、セシリを襲ったそれは姿を消していた。セシリは、剣を拾って立ち上がると、明かりのある部屋に足をすすめる。が、彼女はすぐにそれが間違いだった事を思い知ることになる。

 セシリは、背後から自分の首に生暖かい空気が掛かるのを感じた。 背筋が凍りつくと同時に、セシリはとっさに身を捻って床に転げる。それで、間合いをとるつもりであった。

 だが、セシリの首は、何かの手によって掴まれ、物凄い力で締め上げられる。その時に、初めてセシリは、ソレの正体を垣間見た。

 案の定、一見それは人間の姿をしていなかった。――腐敗しているのだ、船と同じように。セシリの目の前に揺れるているのは、カオ。真っ白な皮膚に茶色に瞳……だが、目蓋はだらしなく開ききっていて、白い肌のところどころには、黒いシミが粘りついている。その風貌は人間とは程遠い。が、ソレが腐って、こうなる前は人間であったのではないかと、セシリは思った。彼女は、首を締め上げる手から逃れようと、剣で何度も叩くが、ソレはビクともしない。 何度も、打つうちに肉が崩れ骨がむき出しになってくる様を確認し、 セシリは、腐敗臭も相まって、気を失いそうになる。

「イヤ……助けて……」

 少女は、無意識下で泣き言を吐いていた。その時、だった。

「れ、レファンスさん、そんなに抱きついたりしたら、こ、困ります、きゃ、キャアァッ、そ、そんなところに顔を……」

「ご、ご、ごめんっ、で、でも怖いんだ……なんか、真っ暗だし、お化けが出たらどうしよう……」

「わ、分かりましたけど、早くセシリさんを探しませんと?」

「う、うん、そうだけど、もうちょっとだけこうしていちゃだめかなぁ?」

 セシリを見捨てて逃げたあげく、女の子に抱きついてガクガクと震えている子分の声が絶好のタイミングでデリバリーされてきた。

「あたしが死にそうな思いをしてるってのに、何やってんのよ、あんた達はっーーーーーっ!!!」

 セシリの顔が真っ赤に染まって、頭からは湯気が噴出した。無論、 首を絞められているからではない。

「負けるもんですかぁぁぁぁぁぁっ」

 セシリは、湧き上がる怒りにまかせて、首を強固な力で締め上げているそれの腕を掴み上げ解いていく。

 しかし、化け物は戸惑いの色すら見せずに、セシリに今度は噛み付く。大きく開かれた口には、数本の鋭利な歯が残っていて、またそれは 自らの血によって赤く染め上げられていた。

「なによ、こんなものぉぉぉっ」

 セシリは、その噛み付きに対し、素早く頭突きで反応する。次いで船の中に木霊した凄まじい音は、セシリの頭突きが化け物の歯と、顔面を砕いた音だった。化け物は力を失い地面に崩れ落ちる。こんな理不尽な殴られ方をすれば、それも無理もない事と言えた。

「はっ、こうしちゃいられないわっ、レッファンスーッ!! 生きてこの船から出さないわよ〜〜〜〜〜っ」

 そう叫んで、セシリは床を蹴って部屋から飛び出し、先ほど声がした方へ走り出す。



――――レファンスの顔が変形したのは、その数分後だった。

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