傷だらけのこころ


 事件の直後、急性期に起こる症状はASD(Acute Stress Disorder)と呼ばれている。その症状が一ケ月以上持続して慢性化している場合にPTSDと呼ばれているわけである。
 PTSDの症状は、次の項目が代表的なものとしてあげられている。

@侵入(intrusion)  再体験・フラッシュバック

 これは、外傷となったできごとが、本人の意思とは関係なく「侵入」してきて、同じ被害を「再体験」してしまうのだ。一部の文献で、「回想」と書かれているものもあるが、そんなレベルではない。普通の人なら、おそらく「思い出す」という感覚でとらえると思う。思い出すのではない。先にも書いたように、自分の意志とは関係なく、被害時の映像や音、声、においが、当時の感覚とともに鮮明に甦ってくるのである。それは生々しいものである。フラッシュバックが起こり、再び事件の中に投入され、同じ場面や恐怖を再体験してしまうのである。それも、一度や二度ではない。何度もやってくるのだ。
 また、強烈な悪夢を見てしまうことも多い。就寝しようとしても、フラッシュバックが起こり、まともに睡眠をとることもできない。昼も夜も関係なく苦しみは続く。それは、自分でコントロールすることはできないのである。

A回避(avoidance)

 回避は、苦痛や刺激を避け現実逃避する傾向のことである。事件を思い出すような場所や物を避けるようになる。何もする気が起こらなくなり、人と関わるのが怖くなって外出を避けるようにもなる。以前からつきあいのある友人とも話したり会ったりするのが苦痛になることがある。それまでのごく普通の生活ができなくなってしまうのである。
 回避は、極度に強い感情をコントロールし、極度の苦痛を自ら守るための術(防衛反応)で、人間が本来持っている自然の反応であるといわれている。

 また、感情が麻痺してしまうこともある。感情がわいてこないのである。これは、通常の日常生活を送るため、生存していくために、感情を切り離し麻痺させることでようやく自分を保っている状態なのである。これも自然の反応なのである。この状況を第三者が見ても、外からは被害者の状態を正確に理解できないため、あまり苦しんでいるようには見えなかったりもしてしまうのだ。本人は苦しんでいるのだが、感情が麻痺してしまっているために、外傷体験を淡々としか話せなくなるのである。淡々として冷静な行動や言動を見て、周囲の人はその人が強い人のように見えたり、大してショックを受けていないようにも見えてしまうのである。このことが被害者をさらに苦しめることにもなるのである。

B覚醒の持続的亢進  過敏反応・驚愕反応

 緊張していつもビクビクして、少しのことでも過敏になってしまう。リラックスすることができないのである。睡眠障害・集中困難も起こる。自動車などの騒音、ドアの開閉の音、大声などにも過敏に反応し、人が大勢いるにぎやかな場所にいること、電車などの乗り物に乗ることが苦痛になることがある。この反応は、アドレナリンの分泌増加による影響であるといわれている。身体の覚醒水準をアップさせ、危険から身を守るメカニズムなのである。外傷体験によって、心が極度に研ぎ澄まされた状態になっているのである。覚醒水準の亢進は身体の防御反応の一部なのである。
 また、事件を象徴するようなできごとに過剰な反応を起こす場合もある。犯罪報道がきっかけになり驚愕反応を起こすことも多い。事件が起きた日などの「記念日反応」を起こす例も決して少なくない。事件の起きた日や季節、または、毎日、事件が起きた時間になると、恐怖感で身体が震えてしまう人もいる。

C解離

 解離とは、意識、記憶、同一性、知覚等の統合が崩壊することであると説明されている(DSM‐W)。犯罪被害者の場合には、解離の発症頻度は高いといわれている。解離性障害には、感覚・感情の麻痺、非現実感、離人感、解離性健忘、解離性遁走、夢中遊行、解離性同一性障害などがあげられている。解離の症状は決して珍しいことではないが、被害者の援助をする立場の専門家が、ほとんど知識を持っていない場合もあるのだ。

 非現実感、離人感は被害を受けている段階でも起こる。性暴力被害者はこの症状を訴えることが多い。今、自分に起こっていることが現実として受けとめられないのである。また、自分自身から自分が離れてしまい、「観察する自分」と「体験する自分」とに分かれてしまっている感覚になってしまうのである。これは、被害を体験した人にしか理解しにくいことかもしれない。しかし、現実に被害者はそのような体験をしているのである。

 解離性同一性障害は、通称で多重人格障害と呼ばれている。子どものころに、慢性的な虐待、性的虐待を受けた場合に発症しやすいといわれている。私は、実際にこの疾患で苦しんでいる人を知っているが、詳しいことは書くことはできない。これは、PTSDについてもいえるのだが、こういった疾患について、TVのドラマなどで演出のために実際とは違った認識のままで放送されているのを見ると、悲しくなることがある。現実の患者さんの闘病生活はそういったものとかけ離れている。


♪光の囁き/TAM Music Factory