村への思い。


僕の出身は、福岡県は、北九州市から電車で南へ
約1時間、川を越えれば大分県という、ぼちぼち
田舎である新吉富村でした。

最近はどんどん九州の都心部である福岡市や、
北九州市へ人が流入していき、激しい過疎化が進行
しています。福岡県に住んでいても知らないと
いう人も多いんじゃないかなあ?

僕の活動範囲はというと、まあ買いものに行くと
言えば、大分県は中津市であり、あの有名な
福沢諭吉さんの生まれた家があり、そこには
1番の1万円札、そう、日本で初めて作られた
1万円札があるのです。人口はたしか20万人
ぐらいかな?(確証0です)

そういえば、中学校の時、兄とその友人たちと
いっしょにバンドなんぞやってたんです。
その時のメンバーの一人が今、中津市で
からあげやさん”聖林”(と書いてハリウッドと読む)
をやってるんですが、TVで放送されるまで
気づかなかったんですが、どうも中津市はからあげの町
らしいんです。他の県出身の友人に聞いても
からあげ専門店なんぞないって言うんです。
からあげ店の数も結構多いし、からあげの配達とか
ありますよね?からあげ1kg配達お願いします、
なんて言って、友人とからあげとごはんだけ食った
こともありました。ごはん少ないからノルマからあげ
3つでごはん食っていい、なんていってね。

さてさて中津市の隣に三光村というのがありまして、
まあ、うちの祖母が住んでいるんですけどね。
そこに八面山(はちめんざん)という山があります。

小学生の頃は。夏になるとその山の山頂付近にある
大きい池(その名は大池)の近くでテントを
張り、キャンプをしていました。
午前中の涼しい時間は”夏休みの友”っていう
夏休みの宿題をやったり、夏休みの工作をやったり
して、暖かくなると、池で泳いでました。
夜は火をおこして、はんごうでごはんを炊いて、
食ってました。おかげで火をおこすのがずいぶん
得意になりました。そういえば昔家の風呂は
薪とボイラーの併用だったんで、僕が毎日にように
風呂を沸かしてましたね 。こういう身についた
能力はいずれ役に立つでしょう。

家の裏には公園と、広場があって、小学生の頃は
毎日のように、家からごはんよー、って言われる
まで、野球やったり、サッカーやったり、
かくれんぼや、その他いろんな遊びをしてました。
小学生の時の写真をみると、丸坊主で、色が
黒くて、くそなまいきなガキが写ってます。
とまあ、ぼくはいわゆる野山をかけめぐって
暮らしていたわけです。今住んでいる場所も
そう変わらないんだけどね。朝、鳥の声で目が
覚める(覚めないけど)ような所です。


うちの村を、検索しても何もでてこないんだよね。
村の役場でホームページすら作ってないのかな?
うーん、何か情報ありましたらぜひ教えて下さい。
しまいにゃ僕が作っちゃおうかな、
でも名産品があるわけでもないし、なんかある?
教えて下さい!

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