わが読書以前


 裏山を泥まみれになりて駈け廻っていた友だちが、タ暮とともに弟や妹の手をとって、それぞれの家へ帰る。ガランとした家の中に、三十燭光のわびしい電灯がともり、母と子の二人だけの、ささやかなタ飯が終る。
 台所から聞える食器のふれあうしめやかな音は、けだるい眠気をさそうだけ。もちろん、テレビもラジオもない昭和の初期の農村。その頃のひとっり子の小学生を想像してみたまえ、夜のいかに長かったことか。そんなある日、伯父から一冊の雑誌「少年倶楽部」を与えられた。読んだ。読んだ。何回もくりかえす。思えば、この一冊が本を読むことの楽しさと喜びを教え、わが読書遍歴の原点となった。

二 
 山の子が、何倍かの難関をとおって旧制中学校に入ると、見るもの聞くこと、すべて強烈な印象ばかりである。とりわけ、入学式の翌日第一限、国語の時間わが生涯の恩師柚木武夫先生の授業は、三十年後の今もはっきり覚えている。
 教室に入るや、否や、「第一課を読める者は」と尋ねられた。入学の夢さめやらぬ悪童連、予習という言葉も知らなかった山の子はど胆を抜かれた。しかし、たいした男もいるもので、サッと手をあげ、指名されるや、音吐朗々と、「山道を登りながら、考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。兎角人の世は住みにくい。……」と、やりだした。それが漱石の草枕の冒頭であるとは、後から知った。が、先ずもって、村長の家のラジオでしか聞いたことのない標準語のアクセントで淀みなく読んでゆく、中学一年の同級生の存在には全くびっくりした。
 ひそかに誇っていた井の中の蛙の読書に対する優越感を木っ葉微塵に砕かれ、自分のは少年倶楽部の周辺を出ない甘い読書だったとくやまれた。それで一念発起して図書委員を買って出た。


 さて図書室の万巻の書とまではゆかなくても、新潮社世界文学全集全二十五巻をすべて読破しようと決心したのは、中学二年の時である。手はじめにシェンキーヴイッチのクオ・ヴディス(木村毅訳)からはじめた。面白い。その規模の壮大、ネロの豪華きわまる宮廷生活、ヴィニキウスとリギアの悲哀、登場人物百人をこえる歴史小説。五百ページ上下2段組の活字でぎっしり。
 これが、わが読書遍歴のスタートか。ついでルソーの懺悔録。(柚木先生からまだ早すぎると叱られる。) 放課後、先生につれられて県立図書館へ、破損本の修理を習いに行ったのもこの頃。

 モンテクリスト伯、罪と罰、レ・ミゼラブル等まさに手当り次第の濫読であった。思えば、テレビ、ラジオに禍わせられようのないわが読書遍歴の揺藍時代といえようか。


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