伝統の中の一章

 九月二十五日から始まる創校七十周年記念学園祭のテーマを、生徒会が各クラスに公募し、生徒諸君が審査し選定したものは、「伝統の中の一章」である。それを聞いていて、私は一瞬ちょっと意外に感じた。ドライな現代っ子たちが、伝統なぞという古めかしいと思われる語を取り上げるとはーーー

 事実、このごろ伝統という語を耳にすることは、全く少なくなった。時に耳にしても、たいていそれは、それを否定する方向であるか、または空疎な修飾語として使われる場合が多い。それは、伝統ということが単なる過去の温存であると理解される限り当然なことであろう。今日はむしろ、いわゆる伝統よりも変革を希求する時代かもしれない。変革につぐ変革の時代ともいえよう。

 ヘラクレスの昔から、歴史的世界は万物流転の世界であるが、特に現代は驚異的スピードで変貌している。しかしである。このスピードにブレーキをかけ、表面的流転はしかたがないにしても、内奥的な世界に属する部分の急激な変革は避けようという願いが、われわれの心の中に徐々に芽生えつつあるのではなかろうか。
 そしてさらに、伝統というものも、過去の創造の結実の単なる蓄積ではなくして、集団における過去の営みの根底にあった創造性を、今日的課題に伴って再構成し、自己を含む集団に刻々に生かしてゆこうとする。いわば行動様式として再発見しようとする意識が、高まってきたのではあるまいか。

 およそ校風とは伝統が醸し出す一種の雰囲気である。そして、雰囲気とは、その集団の所属員に規定を加えようとするものでなく、むしろ集団に属する個人に語りかけ、その自発性を促す共感に呼びかける、心の世界である。

 去る五月二十六日の富山市公会堂における記念式典に参加した本校生徒諸君は、その簡素ではあるが厳粛な空気の中に身をひたし、さらにその一連の諸行事によって伝統の本質をいま一度考究し希求しようとする心の胎動が、学園祭のテーマとなって露われたと、私はみたいのである。

    県富女PTAだより「しらつゆ」  9−1971

             教頭 木下周一     1971年