外野席から(私の読みたい本)

 江戸時代の短歌の評語に、蟹歌(かにうた)というのがある。これは甲羅ばかりが堅くて肉のうつろな蟹のように、見てくればかりがよくて内容のない歌を批評して言うらしい。短歌については全く素人の私だが、そういえば歌聖人麻呂の作品にも蟹歌があるのではないか、などと不遜にも思ったりする。

 もちろん、私とても、「淡海の海 夕波千鳥ながなけば・・・」とか、「ひむがしの野にかぎろひの・・・」などはすばらしいと思うし、「笹の葉は、みやまもさやにさやげども 我は妹思う 別れきぬれば」あたりに内在する音楽性というか、リズム感はとてもたまらない。しかし例えば、「もののふの八十氏河の網代木に いざよう波の行方知らずも」は、どうもいただけない。これを彼の名歌の一つに入れる人もあるけど、私にはどうもこけおどしのような表現ばかりが目立って内容がうつろだと思われるがいかがなものか。

 俳聖芭蕉の句の「あらたふと 青葉若葉の 日の光」は、あまりにも有名だ。昔、旧制中学校生の頃、国語の先生はこれを絶賛して曰く、「時は五月。新緑の木の葉から洩れる陽光は、まさに青春の讃歌を奏でているではないか。そこに身を置くとき生命の尊厳に触れ、思わず頭が下がってきて、この句が誕生したのである・・・。」と。

 名調子の評論にうっとりする。私とても陽春青葉の候は大好きである。しかし先生の批評はあまりにも観念的ではあるまいか。芭蕉といっても、もともとは江戸時代の一庶民であり、当時の庶民にとって一等偉いお人は公方様であろう。

 大名行列に出会ってさえ路傍に這いつくばった時代であるから、公方様と目があえば命を落とすかも知れない。その偉い公方様の大先祖の家康公をまつる日光東照宮となると、これはもう当時の庶民感覚からすれば、恐惶頓首、身の置き所に苦しむくらいど偉い筈である。だから、日光に来て、「あらたふと」と口から出るのは当然すぎる位当然だ。

 しかしそこは芭蕉である。恐れ入ってばかりいないで、最後に「日の光」とて、さらりと地名を洒落のめして折り込んだところはたいしたものだ、と、はたと気が付いた。それゆえ、時代背景や庶民感覚、さらには洒落諧謔の気持ちを踏まえないで、余りにも抽象美化した理屈っぽい批評を聞いて、中学生ながらに、なんとなく違和感を持ったものである。今にして思えば、この句自身は蟹歌ではないのに、批評解釈の方が蟹化しているのではなかろうか。

 さて、県立美術館のオープンに備えて、県はその収蔵品の入手に腐心しており、その時しばしば新聞紙上に出てくる語にシュールレアリズムというのがある。これは近代絵画の一派で超現実主義と訳されている。このシュールの絵の技法には、フロッタージュ(摩擦画)・コラージュ(糊付手法)・デカルコマニー等いろいろ偶然をあてにした夢を楽しむ技法があるそうだが、そのほかにデペーズマン(転位法)というのがある。

 これは、物が本来あるべき所になく、あるべからざるところにあった時に、異常なコントラストが生じ、そこに「戦慄的な美」が生ずるというのである。ブルトンという人は、「平凡な銅像でも下水溝の中に立っておれば、驚きの対象となるすなわり正常な位置から追放(デペイゼ)して、夢でしか見られないような場所に置くことが芸術の重要な機能である。」と言っている。発想の大転換ともいうべきであるこの考えが、詩の世界にも入ってきて、例えば「解剖台の上でミシンとこうもり傘が出会うーーー偶然のように美しく。」と語っている。

 彼らシュールの芸術家が探し求めているものはつねに蓋然性の産物であり、断じておどろおどろした名声や甲羅ばかりの実のない評価ではあるまい。まさに、些かの束縛をも嫌う遊びの世界、奔放の天地というべきか。
 
 最近、自らスポーツをやらないでスポーツ観戦を好む人がふえたという。良し悪しを別にして言えば、それも結構楽しいものである。これと同じ流儀ではあるが、詩、短歌、小説、文芸評論についても外野観覧席から鑑賞するのも悪くないものだ。

 ただ、プロの人たちの作品や批評を読むと、どうも蟹歌の鬼面人をおどろかすものの方がえてして評価が高いように思われる。また、逆に、作者が夢のある冒険を楽しんでいるのかも知れない作品を、むきに深刻ぶって批評する評論がまかりとおっているのではなかろうか。一読してすっきりとした気分になるような「直き心」の作品や、「戦慄的な美」を感ずるような本にめぐりあいたいものである。

    原稿から             1978年頃