街 路 樹


 現在住んでいる家は、建ててからもう十五・六年になる。新築当時は田んぼの真中だったので、畦道伝いにわが家へという不便さだったのが、四・五年たつと、家の直前を二十メートル道路が通り、舖装された上、歩道には街路樹として、プラタナスの苗木が植えられた。竹の棒の副え木をし、シュロ縄でしっかりとくくりつけられており、その若々しい緑には新鮮な喜びを感じたものである。

 そのうちに、市内の幹線道路としての地位を得たのか、自動車の大群が四六時中走るようになり、その騒音には全く閉口した。が、それにもいつしか半ば馴らされた形になったある日、ふと気付くと、プラタナスはもうニメートル以上にも伸びていた。

 しかし、ガツチリとして逞しい木は少なく、たいていはヒョロヒョロとしてたよりない木である。しかもよく見ると、ヒョロ長い木の全部には、もはや不必要となった竹の棒の副え木があり、シュロ縄が痛々しそうなまでに幹に食い込んでいるではないか。何かの拍子で副え木がとれた方が、ガッチリと逞しく成長しているのである。

 明るい間はどうも気恥ずかしいので、深夜ひそかに鋏など持ち出し、両側の百メートルほどを、縄を切って歩いた。気付くのが遅くてどうもすまんと心の中であやまりながら…。

 東京教育大の名誉教授だった杉靖三郎博土の著書に、「ストレス教育のすすめ」という一冊がある。その中の実験報告に曰く。数十匹のネズミを、室温二十度、食物十分、日照・清潔さも十分、いわば極楽の状態で一週間飼い、これを突然零下十度の中に入れると、約十五分ですべて死亡する。

 別に室温十度で飼育した場合は一時間以上生き、また十度から零度まで徐々に温度を下げた一週間の飼育では、死亡がなかったという。これは、寒さというストレス刺激を適度に与えることにより、副腎皮質が肥大し防衛ホルモンの分泌が盛んになるためだそうだ。

 生体には、人間を含めて、多少の困難欠乏を与えて辛抱させることにより、抵抗力ができる。楽なことや好きなことばかりやらせて、いやなこと辛いことを全く与えない時は、副腎の機能が低下し心身ともに弱まってゆく。貝原益軒の養生訓に言う、「小児ヲ育ツルニハ三分ノ飢エト寒サヲ存スベシ」は、このストレス学説とぴったり一致しているというのである。

 子どもは叱ってはいけない、風雨にあわせてはかわいそうだ。保護の上にも保護をという風潮は、結局は、体格が大きくても非力で抵抗力弱く、気力に乏しく、都合の悪いことは皆、他人のせいにし、老人よりも老人じみた若者をつくり出しているのではなかろうか。運動をやって怪我でもしたら、責任は誰がとるのか、親なのか、教師なのか、公共体なのか。

 いっそやらせない方が無難だ。大事に、大事に、副え木をつけて、シュロ縄のガンジガラメの保護をして、そっとして置こう。こんな論理が、現在の日本中にまかり通っている気がしてならない。いたれりつくせりの保護が最高だとの考えが、家庭や学校には余りにも多いのでなかろうか。ここらで過保護時代を終らせたいものである。


    副校長  木下 周一
       富山高校PTA会報 「むつみ」 62
                  1979年