二年続きの寅年


 昨年四月、三たび本校に着任。十月、教職員・生徒諸君はじめ大方のご支援により、創校百周年式典、百年史の出版、音楽会、さらには二億円有余円の巨費を投じた記念館の建設等、記念の諸事業を無事に終えた折も折、十一月、功無き身が計らずも文部大臣表彰まで頂戴するという、わが生涯に二度と望むべくもない最良の年であった。
 だから、「寅年にかける新春の夢を」と注文されても、茫然かつ呆然、いまだに夢の中である。

 「寅うそぶけば風騒ぐ」の諺どおり、昨年は阪神タイガース熱狂の一年であったが、私にとっても実は寅年だった。卒業生の各期が割り当て募金額を次々と越え、どうしても校長の出席をとの同窓会が年末まで続いた。
 教え子から虎の子のように大事にされ、ついに虎もどきになったことも一度ならず、思えば教師冥利に尽きた一年と言うべきか。

 今年は、虎は虎でも張り子の虎のようにおとなしくつつましい年男であろうと思うのだが・・・。

  「福利とやま」     富山高等学校 木下周一
                             1985年