瀧口修造回顧展記念 大岡信氏講演会にあたって


 以前、二年生の男子四・五人に、「瀧口修造を知っているか。」と聞いたところ、「知らない」という。「ならば、大岡信という人は。」と聞いたら、「知っている。」と答えた。

 実は、瀧口修造という人は、本校第三十三回の卒業生であり、世界的な美術評論家であり詩人である。大岡先生は、この瀧口修造先輩と御親交があり、例えば一九八二年に「瀧口修造に捧げる詩」を発表しておられ、一九八四年に「ミクロコスモス瀧口修造」という本まで出しておられる。
 私は、瀧口修造先輩をとおして、大岡先生に大いに親近感を覚えます。国の内外で活躍され、多忙な毎日を過ごしておられる大岡先生ですが、瀧口修造の母校であるということで、今日のご講演をまげて承知していただいたのではないかと拝察し、まことに有難く思っています。

 お話をいただく前に、一応、先生のご紹介をさせていただきますと、諸君の手もとの紹介文にもありますが、
 先生は、一九三一年 静岡県三島市に生まれ、
      一九五三年 東京大学文学部国文科をご卒業。
 現在は、明治大学教授、東京大学講師としてご活躍中である。
 一方、現代詩の詩人であり、批評家であり、翻訳もされ、国際的文化人として幅広い活動をなさっておられます。
 
 著作も非常に多いのですが、その一端を紹介しますと、詩集としては「水府ーみえないまち」「春 少女に」「遊星の寝返りの下で」等々枚挙にいとまがなく、大岡信著作集十五巻、現代の詩人たち、紀貫之、そして有名なのは朝日新聞に掲載された「折々のうた」を一冊にまとめた、岩波新書本。その後、続折々のうた、第三折々のうた、第四、第五と現在も続いています。
 
 先日、私は、先生の著書の一冊の「万葉集」(岩波書店)を読む機会を得ました。開巻の劈頭から 「標(しめ)ゆいて わが定めてし すみのえの 浜の小松は のちもわが松」 という一首をあげられ、万葉仮名の原文の読み方について、僧契仲や、賀茂真淵、そして本居宣長にいたる国学者たちが苦悩しながら推理したプロセスを、それこそ推理小説を読むようなワクワクするような興味をもたせながら読ませる、この本にすっかり魅せられました。
 従来の古典解説書と異なって、私のような素人の読者をもひきつけて話さない魅力あふれるご本でした。
 本日の演題は「世界の中の日本文化」ということで、あるいは瀧口修造におふれにならないかもしれないが、古今の文学を渉猟し、東西の国々を旅して詩作に、美術批評に、文芸批評に、翻訳に、戯曲に、テレビドラマ、映画にまで、才気煥発、往くとし可ならざるはなしという、当代最高の文化人、大岡先生のお話をいただくことは、まことに嬉しい限りです。
 諸君のご静聴を期待します。

    手書き原稿から             1987年1月24日
    ※ 表現の一部を改めたところがあります。