あれから50年

 この写真は、昭和8年の春、福沢小 学校の1・2年生の45名が、大川寺公園 へ遠足した時、ヒュッテの前でとったものである。にこやかに笑 っている若い男の先生が、50年前の担任 平井良一先生だ。

 当時は複式学級なので、遠足も1・2年合併だった。いま眺めると、着物に靴という珍妙なスタイルが目につくが、私にとっては小学校1年生の記念すべき写真である。

 当時の福沢小学校には便所が一箇所しかなく、おまけに小用の方は便器もない横一列タイプなので、先生と並んで放列をしくこともままある。
 今から考えると、職員・生徒の区別がなくまことに民主的なのだが、当時の一年坊主にとっては、神様のような存在の先生が小便をするという事実の発見は、たいへんな驚きであった。
 おまけに、その偉い先生が用を足しながら大きな声で、「夕やけこやけの赤とんぼ…」などと歌うのである。これがまた驚きであった。

 当時また、ヨーヨーという遊びが流行していた。クラスの中では割合うまかったらしく、算術(現在の算数)の時間になると、先生は私を教室中央の教卓の上に立たせ、ヨーヨーをつかせ、みんなで、1、2、3と数をかぞえさせる。85、86と声を張り上げて唱和し、私が失敗するとまた1から始める。これを1時間やっていた記憶がある。

 後年、私が高校の数学教師になって先生とお会いした折、
 「先生は、僕にヨーヨーをやらせっぱなしで教室にいなかったのは、職員室へお茶でも飲みに行っておられたのであろう」
 とひやかしたら、
 「そのおかげでお前は数学の先生になれたのだ。」
 とおっしゃる。いくつになっても恩師にはかなわない。

 あれから50年、今でも山や川を駆けまわっているなつかしい夢を見る。平井先生をはじめ、級友の一層のご健康をお祈りします。

 (昭和8年大川寺遊園のヒユツテ前で撮影。後から2列目左から3人目が本人)

   大山町報に掲載