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エジプトの十災 出エジプト記7〜12章


 聖書の中には、不思議な出来事が多々あります。その中には、自然の営みによっておこる様々な事象を誇張して描いているものも少なくありません。 出エジプト記の、モーセがファラオと対決し、エジプトを脱出するきっかけになった「エジプトの10の災い」は、そういったものの一つ、いや十かもしれません。
僕が1975年頃に知ったこの「からくり」を紹介したいと思います。聖書にはこれらの事象の起こった期間は記述されていませんが、おそらく現在の暦で七月から翌三月にかけ、九ヶ月はかかった筈です。なお、この聖書研究は「新聖書大辞典」によることが大です。


1.血の災い

blooddy water  彼は杖を振り上げて、ファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った。 川の水はことごとく血に変わり、川の魚は死に、川は悪臭を放ち、エジプト人はナイル川の水を飲めなくなった。

 川の水にも「赤潮」があると知ったのは、聖研の準備ををしていた時でした。ナイル川のように広大でゆったりと流れる川には時として発生するようです。長良川でさえも河口堰の工事をしてから発生しています。
 ナイル川は7月に水量がピークに達してから、たびたびブランクトンの異常発生のため赤みを帯びるようになります。魚が死に、腐って悪臭を放ちます。
 なお、ナイル川をエジプトではHapi(ハピ神)と呼び、半陰陽の体を持つ漁師姿で、神々に献上するための飲食物を捧げ持つ、豊穣の神として表されていました。

2.蛙の災い

100,000を表すヒエログリフ  アロンがエジプトの水の上に手を差し伸べると、蛙が這い上がってきてエジプトの国を覆った。

 この蛙はアオガエル(Edible frog)のようです。エジプトの象形文字の「10万」という数字はカエルの絵で表されていますが、 それは旺盛な繁殖力から来ているようです。生産と繁殖の女神ヘクトはカエルの頭をしています。赤潮が頻発する7月から9月にかけて、大量発生するようです。蛙は肺呼吸なので赤潮に比較的強く、腐った魚やそれに群がる昆虫類を餌に大量に発生したのでしょう。なお、黙示録16.13では蛙が汚れた霊の象徴として描かれています。


3.ぶよの災い

ぶよ 体長は2〜3ミリです  アロンが杖を持った手を差し伸べ土の塵を打つと、土の塵はエジプト全土に広がって人と家畜を襲った。

 陸に上った蛙の群が死んで腐ると、それを卵床にしたぶよやあぶがいっせいに孵化しました。ぶよは人にも家畜にも付きます。飲み物や食べ物にも付いたり混ざったります。また、「ブヨ」の原語「ケン」「ケンナム」には、蚊も含んでいるようです。

ものの見えない案内人、あなたたちはぶよ一匹さえも漉して除くが、らくだは飲み込んでいる。(マタイ23.24)


4.あぶの災い

うしあぶ 体長は25〜30ミリです  主がそのとおり行われたので、あぶの大群がファラオの王宮や家臣の家に入り、エジプトの全土に及んだ。

ヘブル語で「アロブ(arob)」って言うのですね。「アブ」に似ています。厳密に生物学的な種類の同定は不可能ですが、はえ・あぶの仲間だったでしょう。ぶよやあぶはしばしば伝染病の流行をもたらします。


5.疫病の災い

 翌日、主はこのことを行われたので、エジプト人の家畜は全部死んだが、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。

 昆虫が運ぶ病原菌や住血吸虫は確かに有害ですが、栄養状態さえ良ければカンテツでさえ死に至る率が100%ということはまずありません。また、イスラエル人の家畜や人間が無事というのも解せません。トリカブトやドクゼリのような激性の毒を持った植物がエジプト人の家畜放牧地に異常発生したとも考えられます。


6.はれ物の災い

護符  二人はかまどのすすを取ってファラオの前に立ち、モーセがそれをファラオの前で天に向かってまき散らした。 すると、膿の出るはれ物が人と家畜に生じた。

 腫れ物「セヒ−ン」は「熱くなる」という意味で、ここでは天然痘を指すようです。なお、この時代には疫学の知識が未発達で、容易に伝染病が流行したようです。なにしろ一番優れた予防法は護符を貼ること。一番優れた治療法は呪文を唱えることでした。


7.雹の災い

 モーセが天に向かって杖を差し伸べると、主は雷と雹を下され、稲妻が大地に向かって走った。主はエジプトの地に雹を降らせられた。 雹が降り、その間を絶え間なく稲妻が走った。それははなはだ激しく、このような雹が降ったことは、エジプトの国始まって以来かつてなかったほどであった。

 今でもエジプトで雹が降るのことは希ですが、あんな暑いところでこぶし大の雹が降ることがあります。 時期としては1月くらいで、農作物の取り入れ時期なのだそうです。雹が降ると、農作物と、野の草花や樹木の葉にも被害が出ます。

8.いなごの災い

いなご  モーセがエジプトの地に杖を差し伸べると、主はまる一昼夜、東風を吹かせられた。朝になると、東風がいなごの大群を運んできた。 いなごはエジプト全土を覆い、エジプトの領土全体にとどまった

 いなごは、何らかの理由で食べ物が急減すると攻撃型に変態して大群で長距離を飛行し農作物を荒らし回ります。 また、普段は食べないような葉っぱまでたべるようになります。これは1月頃が多いようです。


9.暗闇の災い

gnat  モーセが手を天に向かって差し伸べると、三日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。

 暗闇は、ハムシン風(Hamsin)によって簡単に起こる現象だそうです。この風は熱気とともに、砂と微細な塵を運んでくるのが特徴です。
そのために肺がつまり、呼吸器障害を呼びますが、特に気管の繊毛の働きが未発達でデリケートな乳児や小児にはつらいことだったでしょう。
三日間という期間ですから、皆既日食では長すぎますし、ピナツボ火山のような火山性爆発の噴煙にしては短かすぎます。
 イタリアのマゼラッテイ社のスポーツ・サルーンに「カムジン」というのがありました。この名前もやはり熱風を指します。同じでしょうか。



10.最後の災い

 真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、 また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起きあがった。

 「ういご」(長子)だけを病原菌やヴィールスが選ぶのは難しいので、赤ん坊、嬰児が死亡したと僕は受け取っています。
生まれたての赤ん坊は人も獣も呼吸器官が未発達で、細かい埃を体外にうまく排出できません。疫病に呼吸困難が加わって死んでいったのでしょう。
死亡したのが深夜(12章29節)というのは、気温の急激な降下が死の引き金になったせいかもしれません。





あとがき

出エジプトの十の災いを超常的な出来事だから眉唾だとか、絵空事だが聖書に書いてあるから間違いないとして受け止めると、 聖書の持つリアリティが損なわれる気がします。出エジプトの物語は、具体的に起こったことを織り交ぜて記述しているのでしょう。 また、自然科学に対する知識は、古代としては先進的地域であったにしろ、現在と比較になりません。厳密に科学的な記述はできる訳がありません。

主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされた(出エジプト記13.21) が、ノロシとタイマツの信仰的な受け止め方による記述、という事に似ています。

聖書研究って、おもしろい。聖書がリアリティーをもって輝き出します。

1999/11/05 ムーミンパパ


参考文献:新聖書大辞典(1971/03/01 キリスト新聞社) 聖書引用:新共同訳聖書 

00/01/16 図版追加


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