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筆者: アレックスのおじさん (hirofumi_koyama@kxf.biglobe.ne.jp)
51.
車窓から見ると その3 スラム化するアパートとそうでないアパート 筆者は片道1時間半以上かけて通勤していたのだが、しばらくの間?電車通勤する必要が無くなった。 したがって、今回を持ってこのシリーズを終了することになる。 賃貸であれ個人所有であれ、マンションなどは一定の期間で外壁の塗装やそのほかのメンテナンスをしないと、加速度的に外観や質が劣化していってしまう。 外観も設備も新しい内はきれいに使おうとするが、保守・修繕費の積み立てが充分でない場合、劣化してきても充分にこれらが実行できず、スラム化してしまう例は多々ある。 賃貸であれば、家主が出費を渋っているか資金がないからということなのだろう。 車窓からは色々なマンションや鉄骨構造のアパートが目に飛び込んでくる。 これらを見ていると、おっ、もう外壁を塗り替えてきれいにするのかという物がある一方、もういい加減に外壁くらい塗り替えたらと思うアパートもある。 塗装がくすんできているだけではない。 禿げてきたり亀裂が入っていたりのみすぼらしくなっている物もある。 このようなアパートに住んでいる人達の気持ちはどうなんだろうとか、各戸の中はどのようになっているのかとか好奇心が湧いてきてしまう。 住民が家主に外観の美化や設備の修繕などを願い出ると、必然的に家賃の値上げとして跳ね返ってくるので、そうも行かないのかも知れないし、我慢できなくなると他のアパートに引っ越ししてゆくのだろう。 余談になるが、線路際の住宅に数年間居住していて、その後そうでない住宅に引っ越しすると、しばらくの間落ち着いて眠れなくなるものだそうだ。 電車の振動や騒音などは、最初慣れるまでに少し時間がかかるが、慣れてしまえばこれらが生活のリズムの一つになるらしい。 だから、騒音になれてしまった人が、夜になると物音ひとつしないところに引っ越ししたら返って眠れなくなってしまい、また賑やかなところに引っ越しした人の例を聞いたことがある。 50. 車窓から見ると その2 えっ、もう家を建てるの? (平成15年7月30日) 筆者が利用している路線は、何度か田園地帯を通り抜けてゆく。
したがって、稲作や畑作の様子が季節に合わせて変化してゆくのを目の当たりに出来て楽しいと思うときがある。
車窓から見える貸し農園のようなところなど、個性豊かな農作物や添え木の組み方などを見れる。 車内から見えていた1500m2位の土地があった。
ここは長い間小規模の稲作が行われていたが、その後気まぐれで小規模な畑作が行われていたところだ。
しかし、水稲栽培には適していても、雨が降るとすぐに冠水してしまう低湿地であった。
一度冠水するとなかなか水が引かない。 埋め立て開始後一年以内に、既に8軒ほどの家が建ってしまっているが、これらの家はこれから先本当に大丈夫なのかと、人ごとながら心配になる。 TV番組などで紹介された欠陥住宅がだぶって見えてくる。 49. 車窓から見ると その1 手をつないで歩く高校生 (平成15年7月20日) 48話までは、ほぼ社内の様子を書いてきた。 後二話で終了するので、目を車窓に移してみることにする。 筆者が電車通勤する路線の途中に公立高校がある。 進学校で生徒の質は良いみたいだ。 車内からその高校が見えるのだが、線路の両側に車道と歩道があるから、最寄り駅から徒歩で10分くらいのその学校へ行くには、どちらの道を使っても登校できる。 小学生ではないから線路のどちら側を通らなければいけないと言うような制限はないはずだ。 ところが、99%以上の生徒達は一方の歩道を列を作って登校している。 ふざけ合ったり車道にはみ出したりしている学生は見かけない。 ところが、線路と反対側の歩道を学校に向かっている学生はごく少なく、ここを歩いている高校生は必ずと言って良いほど、仲良く手をつないで歩いている男女高校生だ。 話の内容は勉強のことかそれ以外のことかは知るよしもないが、筆者はほほえましい光景という目で見ている。 男女高校生が仲良く話しながら通学しているのを見られたり、手をつないで歩いているのを見られるのが恥ずかしいのかも知れない。 線路は盛り土で高くなっているので、それぞれの道路から相手は見えない。 だから、多くの同じ高校の生徒の目に触れない線路の反対側を歩いているに違いない。 ひょっとしたら、いつの間にか出来上がったルールのようなものなのだろうか。 一つだけ気になるのは、これらのカップルが高校近くで地下道をくぐって合流するときにどうしているかだ。
そのまま手をつないで合流するのか、あたかも一人ずつ歩いてきたかのように分かれて合流するのだろうか。 プリクラ(正式にはプリントクラブ)という小型の装置で写真撮影し、小さな写真を複数枚出力する装置がある。 導入されてから多分5年以上になると思うが、筆者は全く使ったことがない。 バックグランド画を入れ替えたり、好みのカットを人物の回りに配置したり、色々な構図の写真撮影が出来るらしい。 仲の良い友達同士だとか彼と彼女だとかが装置の前に立って撮影する。 出力される写真のサイズは選べるのかも知れないが、私が見かけたものは10 x 20ミリくらいのごく小さな物だ。 朝夕の登下校時に、この小さなプリクラ写真を見せ合ったり交換したりして騒いでいる女子高生を時々見かける。
小さな金属製の小箱に無造作にいっぱい詰まっている写真をピンセットのような物で取りだしていたり、小型のアルバムのような物に集合写真の状態で整理しているのもを開いていたりする。
写真が小さいので近くにいてもその内容が周りの人に見える代物ではないが、彼女たちにとっては貴重な記念写真なのだろう。 このプリクラも、カメラ付き携帯電話に取って代わられるであろうという傾向がはっきり見えてきている。
実際に携帯電話の中に収納されている写真を見せ合っている高校生を見かけている。
100万画素を超える画質の写真が撮影できるケイタイが増えてきているから、液晶画面で見る限りプリクラ写真よりも大きいし、取り扱いやすいと言える。 47. つり広告で週刊誌の記事を想像する (平成15年7月10日) 電車内に吊り公告があるのは日本だけかも知れないが、慣れてしまった私たちには退屈しのぎになることがある。 特に週刊誌の吊り公告には「買わさんがため」の誇張した見出しや過激とも思える見出しが踊っている。 これにつられて週刊誌を買っていたら小遣いが持たないし、実際に買ってみて中身が薄いことにがっかりさせられることが多いから、見出しから記事の内容を想像するだけで、よほど興味がある記事が出ている週刊誌でない限り買わないことにしている。 一年間で3〜4冊くらいだろうか。 古くなってもよいから床屋で後ほど読む場合が多い。 車内広告で知って購入する書籍は、週刊誌よりも他の種類の本の方が多い。 このことからすると、広告主が電鉄会社に支払っている広告料は、無駄になっていないのではと推測している。 帰宅時に疲れていて座りたいときもそうでないときも、車窓から外の景色が見えない地下路線では、退屈を紛らわせるために自分の前に座っている乗客の降車駅当て遊びをすることがある。 降車駅をズバリ推測してみるときと「少なくともこの駅までに降りる」というやり方だ。 時間帯・女性か男性・年齢・服装・持ち物など、出来るだけ多くの推測条件をピックアップする。
例えば、午後7時までで勤労主婦のように見える人だと、夕食の準備があるだろうから、それほど遠距離まで行かない可能性がある。
午後9時前後で未婚のまじめそうな女性の場合も、それほど遠距離まで行かない事が多い。
私が利用している路線は東京都内と近郊都市を結んでおり、しかも途中駅で異なる電鉄会社の路線と分岐する。 だから座っている人の持ち物や服装で、都内の駅で降りるかそれ以遠になるかも推測が付くことがある。
座席に座って寝てしまっている人であっても、この方法が使えることが多い。 眠っている人の降車駅をズバリ当てたときには「やったー」と内心喜ぶのはもちろんだ。 「絶対この駅で降りる」と自信を持って推測したのに、その駅に電車が到着しても目を覚ましそうにない時には、「何々駅ですよ!」という”念力?”を送ってみる。 偶然であろうが、目を覚まして慌てて降車する何人もの人に出会ったことがある。 立っている筆者が眠くて座席に座りたいときには、降車駅が当たりそうな乗客の前に立つようにする。 しかし、この場合には筆者の勘が鈍っているのか、ハズレになる場合が多い。 だから乗降客が多い駅や乗換駅の階段近くの車両を選んで、しかもドアーに近いところに立っていると座れる確率がぐーんと上がる。 筆者が利用している路線のある駅には、小学生が書いたらしい色々な種類の「自己虫」の絵があしらってある「人の迷惑を考えなさい」といったマナーの改善を訴えるポスターが貼ってある。 もちろん「自己中」とは「自己中心の人」という意味だ。 車内で一番トラブルが多いのは新聞や週刊誌のトラブルではないだろうか。 新聞の場合はその読み方の達人もいて、最小限の広げた面積で読んでいる人もいるが、初心者は込んでいる車内で自分の前だけ新聞を広げるスペースを確保したり、周りの人の肩や頭に広げた新聞の端を当ててしまっている人がいる。 週刊誌や漫画本の場合には、読み始めは大抵気を付けていても、読むことに熱中したり腕が疲れて来たりすると、やはり周りの人に触れてしまうことがある。 新聞や週刊誌が自分の身体にごそごそと触れるのは結して気持ちよい物ではない。 自分に触れている新聞に対して相手に注意をしたのに、再々繰り返される事に腹を立てた乗客が大声で相手を叱っていたのを見かけたこともあるし、つかみ合いの喧嘩をしていたケースも目撃したことがある。 喧嘩をするほどのことはないと思うが、周りの人に迷惑を掛けたのは新聞を不注意に広げていた人に非があるのは間違いない。 私に場合は、無言で私に当たっている新聞や週刊誌を払いのけて相手に注意を促したことはあるが、喧嘩や言い合いをしたことはない。 それにしても、若者風に表現して「むかつく」行為は他にもある。 電車内で読んでいた新聞や週刊誌・単行本から目を離すことなく、電車を降りた後も階段を上りながらこれを読み続ける人が自分の前にいたときだ。 このような行為は多分日本だけだと思うが、ご本人は一度に二つのことが出来ますよと自慢したいのだろうかと思ったりする。 「あなた一人が階段を利用しているのではないんですよ」とか、「そこまでしなければゆっくりと腰を掛けて読む時間も無いんですか?」と言いたくなる。 北海道を除く日本各地は梅雨のシーズン。 関東地方では例年になく湿度がそれほど高くない梅雨になっている。 雨が降る日は休み休みだったり、霧雨のような日もある。 梅雨のシーズンに限ったことではないが、雨の日のぬれた傘は持っている方も気を遣うが、他人のぬれた傘でこちらのズボンが濡らされるのも困った物だ。 たまにビニールのサックや専用のサックに入れて、他人に迷惑がかからないようにしている心配りがすばらしい人も見かける。 筆者の場合は、スーパーなどに置いてあるサックを捨てないで取っておき使用していたことがあるが、折りたたみに傘の場合にはぴったり来ないので止めてしまっている。 一番いいのは、駅の構内に入るところで、周りに人がいないことを確認して出来るだけ雨水を切っておくことだろうか。 防水が良く効いている傘だと、これでほとんどの水滴を除去できる。 先日新聞を見ていたら、特殊なシートを装填した雨水吸い取り装置というのが出来て、商店などに設置が始まっている事を知ったが、これはいい。 どれくらいの値段がする製品かは知らないが、電気を必要としないのでいろんなところに急速に普及すればよいと思っている。 43. 初めて目撃した政治の話をする大学生 (平成15年6月20日) 別に電車内で政治談義をすることを推奨しているのではない。 しかし昔と違って大学生達の電車内での会話内容は、女性のことやゲームのことがほとんどで、日本の政治や経済について話している学生達と遭遇することは皆無になっている。 筆者が利用する路線の沿線には10以上の大学があり、時間帯によっては通学する大学生達で車内は混雑するから、「皆無」という表現は現実とかけ離れているとは思えない。 ところが最近のことだが、3人の男子大学生が政治の話をしている場に遭遇し、思わず驚きをもって彼らを見直してしまった。 「君たちは頼もしい。 大いに政治や経済に興味を持って意見を交換して。」と内心応援してしまった。 20歳になって選挙権を得ても投票に行かない若者達の割合が非常に高いらしい。 誰を選んでも結果は同じというのが投票に行かない理由の第一位らしいが、興味がないとか面倒くさいというのがこれに続くようだ。 大学を出ても就職先が見つからなかったりする一方で、少子化と高齢者の増加で若者一人当たりの経済的負担が大きくなる一方だ。 厚生年金や国民年金を払わない若い労働者も確実に増えている。 「先行き何の保証もない物になけなしの金が払えるか」と言う考えらしい。 学資を出している親もリストラで失業してしまい、その学資もままならない親が増えている。 そう言う状況を打破する重要なパワーは、若者達に政治や経済にもっと関心を持ってもらうしかないと私は思っている。 だから、公共の場で政治や経済の話をする学生を見かけたら尊敬の目で見たくなる。 1960年代のように、赤旗を振り回し過激なデモを繰り返すのが政治に関する興味を示す行動ではないことは忘れないでおいて頂きたいが、やる気を起こして”Take Action !”が何事に置いても重要であると思っている。 42. 電車に乗ったことがない子供? (平成15年6月10日) 多くの家庭にはマイカーがある。 家族そろってどこかに出かけるときには、ほとんどマイカーで出かける。 マイカーの中であれば、子供達が泣こうが騒ごうが、たまに親が注意をするか放りっぱなしだ。 マイカーの中こそ、子供達の車内でのマナーについて最適の教育の場ではないかと思うのだが。 この教育が十分出来ていないかしていない子供なのだろうか、電車内であたかもマイカーに乗っているときのような行動をしている子供達とその親を見かけることがある。 大声ではしゃいだり、つり革にぶら下がったり、はたまた土足のままで座席に座って窓から外を見ている。 子供達より親の顔をつい見てしまう。 親は子供達に一応注意する場合もあるが、必ず注意したことを守らせるために言っているのではないようだ。 形だけで一言言う習慣が出ているだけだ。 このような子供達がそのまま大きくなって行くと、授業中にうろついたりところかまわず騒いだりする子供になる可能性がある。 悪ガキは何処の国に行ってもいる。 ただし、小学校へ行く前の小さな子供達に車内で騒がせているのは、ひょっとしたら日本だけかも知れない。 たまに若い女性が自分の髪の毛の枝毛探しをしているのを見かける。 決して見ていて快い行動ではないし、どうにも気になる行動でもある。 髪の毛全体から枝毛探しをしているのではなく、ほとんど同じ場所をまさぐっているので、何かの思いにふけっていて無意識にしている行動のようだ。
以前心理学の本かなにかで読んだことがあるが、この行動は何かに悩みがあるときに出るそうだ。
そう言う目で見ると、枝毛探しをしている女性は決まって暗い顔をしており、恋愛や仕事に関する悩みを持っている女性であろう事が見えてくる。 複雑な世の中。 悩みの多い人が増えている。 取り返しがつなくなる前に周りの人が早めに気付いて、相談に乗ってあげて欲しい。 人の相談に乗ってあげることが出来ると言うことは、自分自身の生活に余裕があることの証明にもなるし、自分自身にとっても有益な事のように思うのだが。 電車内の忘れ物は結構多い。 統計によるとその内容は千差万別で、位牌まであるという。 また、車内の忘れ物の数は季節によって変化するといい、春先や真夏・雨の日の忘れ物がダントツらしい。 筆者は過去に電車内に忘れ物をした記憶はないが、購入して紙製のショッピングバッグに入っていた小さな物が、網棚においた袋が電車の振動で倒れたときにこれがこぼれてしまい、帰宅してから無いことに気付いたことがある。 網棚の奥に落ちたためだろう、死角になっていて見えなかったのだ。 これ以外にはタクシーの中に折りたたみの傘を置き忘れたことがあった。 いずれも問い合わせをしてみたが出てこなかった。 筆者は、帰宅するときに利用する電車が途中駅が終着になってしまうので、この駅で下車して次の電車を待つ。 乗ってきた電車は一旦車庫に入ってから折り返し、向側のホームに入ってくる。 この電車を降りるときに車内を見回すことがあるが、何回も忘れ物を見つけ、駅員に届けたことがある。 もちろん駅員が乗客全員が下車したことを見回る際に見つけてくれるかも知れないので放置しておいても良いかも知れないが、軽い協力の気持ちからだ。 発見するのはやはり傘が一番多く、何かが入った紙袋やバッグ・背広もあった。 紙袋については危険物が入っていることがあるかも知れないので気を遣う。 雨が降り続いていても止んでしまっていても、乗客が手に持っている傘は本人がもてあますことが多いらしく、特に乗降口寄りの座席に座ったほとんどの人は、持っていた傘を座席横の手すりに掛けてしまう。 これが傘を置き忘れる原因の第一位かも知れない。 このような人の前に立っていて傘を掛けている人をそれとなく見ていると、「あ、この人はひょっとしたら置き忘れるかも」が見えてくることがある。 本を読みふけっている人・携帯電話をいじくっている人・居眠りをしている人などである。 案の定傘を取らないで降りてしまった人に声を掛けてあげたり傘を取って渡してあげたことが数多くある。 これから梅雨にはいるのであるが、傘がじゃまになっても必ず手に持っていることが置き忘れ防止の基本である。 ついでに、満員電車にぬれた傘を持って乗車するときには、傘に付いた水滴を出来るだけ落としておくか、巻き取っておくとか、ビニールサックに入れておいてもらえるとかしていただくとありがたいのだが。 シンガポールでは地下鉄(MRT)やバスの中での飲食は一切禁止になっており、違反すると罰金を払わされることになる。
理由のひとつは、飲食物の標準的な搬送方法にある。
すなわち、昼食・スナック・ジュースなどは、日本で言う金魚を入れるビニール袋のようなものに入れて販売しており、現地の人達は飲食物を購入して気軽に持ち歩く。
ゴミの量の削減にも役立っているかも知れない。
しかし、その構造から推測が付くように、袋の中身に対して細いビニール紐や袋自体の強度が充分ではない。
また、袋の上は完全に閉じているわけではないので、うっかり落としてしまうと内容物、特に液体は容易にこぼれてしまう。 日本の場合このような規制はなく
乗客のモラルに頼っている。
これはこれで結構なことなのだが、モラルが低下しているからだろう、床面に液体が流れた跡が残り、これにほこりが付いて真っ黒に汚くなっている電車の床をよく見かける。
乗客の靴あとがくっきり残っていたり、滑りそうになったのかスリップ痕まで見かけることもある。 早朝の電車内で飲み物と朝食を取ったのであろう。 不心得者が食べがらと空き缶をそのまま車内に放置して行ったのが折り返しの車内で見かける。 残念な様子ではあるが、どこの路線でも見られる様子ではないように思う。 要するに筆者が利用している路線の乗客の平均的なモラルが低いのではないだろうか。 それとも、最低限ホームに設置してあるジュースなどの自動販売機を総て撤去すれば改善されるのだろうか。 「元を経つ」ことになるのだが。 関東の全私鉄が5月1日から全面禁煙になった。 愛煙家には不満なことかも知れないが、たばこの匂いが嫌いな人や煙に含まれる発ガン物質のことを考えると、大いに歓迎すべき事だと思う。 東京都千代田区のように多額の人件費をかけて区内を巡回し、歩行喫煙禁止区域で喫煙している人に2000円の科料を請求するような過度とも思える禁煙措置ではないようだが、非喫煙者総てが監視員になるであろうから、それほど時間を要しないでクリーンになるかも知れない。 ただし、喫煙者を見つけても注意をしない方がよい。 すぐに切れる人が多いらしいから。 鉄道でここまでの禁煙化が進むまでにはずいぶん時間がかかった。
まず長距離列車を除く列車内での禁煙が始まりで、長距離や新幹線でも喫煙車が別車両になり、次に喫煙時間の制限・喫煙場所の制限へと進んでいった。 ともかく、これで公共の場所や人が沢山集まる場所での受動喫煙の被害が無くなったので、嫌煙家にとってはめでたしめでたしと言うことだ。 前回に続いて電車内での痴漢行為に関する話題。 一件目は何度も経験しているが、胸の豊かな女性がそれを片腕でガードすることなくこちらの背中に押しつけてくることだ。 もちろん、満員電車の中で自由に向きを変えられなかったり手に荷物を持っていたりで、ご本人の意志に反した姿勢になってしまうケースが多々あるだろうと想像が付く。 けれども、押しつけられたこちらは「オオッ」とは思うものの、同時にそちらに気を配らせておいてポケットから金品を失敬する「女スリ」ではないかと身構えてしまう。 ただし、「オオッ」と思ってそれとなく気を付けていると、太っちょのおじさんだったりして。 二件目は一回だけの経験だったけれども、電車の乗降口の横に立っていたときだった。
電車が駅に到着するたびに人がどんどん乗ってきて、立錐の余地がないくらいにぎゅうぎゅうになってしまった。
ふと気が付くと、若い女性の太もも部分が完全に私の股間に食い込んでしまっている。
私の不覚だった。 女性の横顔が見えるので相手の様子を見てみたが、あっけらかんとしている美人であった。 このあとしばらく考えていたのは、ひょっとしたらあの女性は「たまつぶし」の痴女じゃないかと言うこと。
それと、偶然に変な体勢になったとしても、全くあちらの方には関心がない純真無垢な女性だったのかなとも。 一般的に言われているのは、女性は乗降口や車両の端に立たない方がよいということ。 女性は十分注意して欲しい。 36. 若い女性が近くに来ると両手を挙げる (平成15年4月20日) 季候が良くなって乗客の衣服がどんどん薄くなってくる。 特に木の芽時には電車内での痴漢行為が増えると言うから、若い女性は十分注意が必要だ。 痴漢行為は限りなく卑劣な行為であり、絶対に許される行為では無いことは明白だが、昔は泣き寝入りが多かった女性被害者も、被害者の女性が痴漢行為に対して敢然と犯人を捕まえるようになってきたのは歓迎できる。 ただし、マスコミで話題になった誤認逮捕の例に見るように、「無実の男性」が他人が行った痴漢行為の被害者にもなりかねない昨今になった。 だから、全くそのような行為に興味がない男性であっても、疑われないような自衛手段が必要になってきている。 私は、出来るだけ混雑しない時間帯に乗車するようにしているが、それでも社内がぎゅうぎゅうに混雑することがある。
このような場合、近くに若い女性が近づいてくると、両手をつり革か手すりに置いて私の両手の所在が周りの人に見えるようにしているし、近くに女性がいると出来るだけ近くにならないように身体の位置や向きを変えるようにしている。 もう一つ困るのは、世の中には「自意識過剰」の女性がおり、やたら滅多に自分の周りを監視したり、じろっと男性の顔を見る人がいることだ。 ひょっとしたら過去に痴漢行為の被害にあって「今度こそは捕まえてやる」という意気込みでいるのかも知れないが、「過ぎたるは・・・」の諺にもあるように、見ていて嫌な気がしてしまう。 この連載は一年で終了する予定だったが、まだ16話残っている。 電車やバスなどの公共の乗り物には、お年寄り・体の不自由な人・小さな子供連れの乗客に席を譲るための優先席がもうけてある。
これは当然のことなのだが、無視している人や「これらの人以外は座ってはいけない」と思っている人がいるのは事実だ。
混雑している時間帯にわざと優先席を空けておくことはないと思うが、ここに座る限りは、駅で乗ってくる乗客に注意して自発的に座席を立って該当者に席を譲る心構えが必要だと思う。
寝てしまうのは禁物だ。
席を譲ってくださいと言えない人もいるだろうからだ。 ある日のことだったが、小学生の子供二人を連れて家族4人で帰宅途中、空席が多い電車内で子供達を優先席に座らせ、我々親はその前に立って車窓の景色を見ながら話をしていた。 すると、反対側に以前から座っていた70歳くらいの男性の老人が、「子供を優先席に座らせて親が立っているなんて何という教育をしているんだ。」と私たちに苦情を言ってきた。 私はすかさず「空いているから子供達を座らせているのだし、優先席に座る人が来たら席を譲るように教育してあります。私たちが立っているのは座る必要がないからです。」と切り返した。 この老人は「そうですか。」と黙ってしまったが、これを聞いていた子供達は隣の車両の空席へ移動してしまった。 どうもこの老人は元教育者だったように見えたが、この人にとっては、まず「親が立っていて幼児ではない子供が座る」のが彼の教育理念に反していたのではないか。 そして、前述の通り、「優先席は空けておくもの」と思っていたのかも知れない。 どちらも一理あるようには思うが、状況から見ると、改めて相手に苦情を言うほどのことはなかったのではなかったように思う。 最近はうっかり思ったまま相手に苦情を言おうものなら、34.の話題の場合や即相手に殴りかかる人が多いようなので、注意が必要だ。 34. 二度と出会いたくない変な乗客 (平成15年3月30日) ある日の朝の通勤時のこと。
私が乗った電車が乗換駅に到着した。
反対側のホームには始発の電車が入って停車している。
この駅で下車する人と乗り換える人達で毎朝ホームは混雑する。
電車が駅に到着すると同時に、まるで押し出されるがごとく私もホームに降り立った。
ところがこの時私の前にいた40代の男が手に持っていた傘をホームに落とした。
当然この男が気付くはずなのだが、落とした傘をそのままにしてガラガラの向かい側の電車に走り込み、持っていた荷物を座席に置いて自分の座る場所を確保した。 以前の記事に書いた男と同様に、この男の目は「ひょっとしたら正常な健康状態ではない」と言うような目だったから、苦情を言ってくれた男性や私などが相手に出来そうにないのは確かだ。 どういう事なのだろうか。 同じ路線の線路の上を毎日往復している電車の運転手。 乗用車を運転して同じ経路を往復していても、必ず対向車や信号のタイミングが異なるのとは訳が違うように思える。 多分退屈になることもあるだろうし眠くなるのではないかと想像している。 「でもしか」で電車の運転手になったのではなく、「運転が好き」で運転手になったのでないと、ひょっとしたらつらい職業であるかも知れない。 前回、乗客の方が運転手よりも直前横断者を早く発見した例を書いたが、あのときに運転手はちゃんと前を見ていたかどうかは少々疑問だ。 現在運転室や車掌室は完全に禁煙になったようだが、ずいぶん以前には車掌がたばこを吸っているのを見かけたことがある。 電車の運転手はその道のプロだ。 一度に沢山の貴重な人命を預かっている。 きつい仕事かも知れないが、このことを肝に銘じて日頃の安全運転に励んで頂きたい。 前回までは車掌に関する話を書いたので、今回は運転手に関する話。 つい先頃新幹線の運転手が居眠りをしてしまって、停車位置は正規の位置より手前であったがATSが作動して安全に停止したという報道があった。 この運転手は体型に起因する健康上の問題があったらしいが、これからの春先には目を開いていても眠くなる事があるので、鉄道の運転手に限らずハンドルを握る車の運転手も十分注意しなければならない。 私は電車の先頭に乗って前の景色を見るのが好きなので、時には先頭に陣取って前を見ている。 線路のポイントにさしかかったり踏切に接近したときには、それぞれの信号が進入OKを示しているかを確認したりする。 別に運転手になった気分で見ているのではなく退屈しのぎなのだが、時には運転手の技量を評価したりもする。 また時には「確かにポイントは人間の人生を示している」と思ったりもする。 ある朝の通勤時間だったが、この日も電車の先頭に乗って前を眺めていた。
電車はちょうど駅から600mほど手前にさしかかり急な左カーブを進行していた。
この先には他の路線と合流する地点があり、駅に到着するまでに踏切が二カ所ある。 この危機一髪の光景を目撃した後、私は自分の経験を含めてしばらく色々なことを考えていた。 通常小学性は集団登校をしている。 しかしこの小学生は一人だった。 何かの理由でみんなより遅れてしまい、登校を急いでいたのに違いない。 踏切の警報機は鳴っていたし遮断機は下りていた。 この子は駅の方を見て電車が発車していないのを見たはずだ。 反対方向はカーブしているので、進行してきている電車は見えない。 で、まだ踏切を渡れると思ったのだろう。 これは大きな間違いで、まず、下りている遮断機の下をくぐるのが根本的に間違っている。 また片方向が見えないのに電車の進入方向を示す表示装置も見なかった。 幸いにも私は人身事故を目の当たりにしたことはないが、朝の通学や通勤の人が直前横断するのを年に数人見かける。 実は私も前科一犯だ。 二十年以上前のことだが、私もこの小学生と同じような行動をしてしまい、遮断機が下りている踏切を横断して数秒後に列車がカーブを曲がって進行してきたことがある。 やはり急いでいたし他のことを考えていたからで、決してしてはいけないことをなぜかしてしまった。 この後は自分の馬鹿さ加減を大いに反省すると共に、もしかしたら...がしばらくの間頭から離れなかった。 「前をよく見ていない運転手」については、次回もう一話掲載する予定。 前回車掌に関する記事を書いたが、今回も車掌に関する話。 このような重要な任務を持っている車掌だが、中には乗客、と言うよりは、車内の状態に無頓着な車掌もいる。 前にも書いたと思うが、外気温が5度くらいと寒い日なのに車内の暖房を入れ忘れていたり、寒々とした車内の送風機のスイッチを入れてしまったり、逆に蒸し返った車内なのに冷房や換気扇の運転の必要性に気付かなかったりである。 車掌室は客室と隔離されているし、本人の状態によっても感じ方が違うのは分かるのだが、ガラス越しに車内の乗客の状態を見てくれればどのような状態かは分かりそうなのにと思ったりもする。 これも車掌の重要な仕事の筈だ。 ただ単に列車のダイヤのみを守ろうとして、本来の乗客の輸送という肝心の目的を忘れているのではないかと思う人もいる。 階段近くの乗降口は混雑する。 降りる客が終わると同時にドアーを閉めてしまう。「一カ所に固まると乗り遅れる場合があります。 空いた戸口にお回りください。」とアナウンスする駅員や車掌もいるが、アナウンスがあろうと無かろうと、「皆さん学習しなさいね」を地でいったケースだ。 ある初春の日の朝のことだった。 30歳代の男性が車内から走り出てきて車掌室から発車待ちで顔を出している車掌に「おい、車内が非常に蒸し暑くなっているのが分からないのか。 冷房を入れろよ。」と怒鳴っている。 この人の顔からは汗が噴き出していてワイシャツの背中も汗でぬれてしまっている。 怒鳴られた車掌は「外気温が低いので冷房が入らないんですよ。」とやんわりと受け答えしていた。 事実、車内にいる他の乗客でこの人のように汗びっしょりの人は誰もいなかったし、車内の温度に不満があるようでもなかった。 この人は多分乗車前にかなり走り込んでいて一人だけ汗だくだったように見えた。 そうかと思うと、「駆け込み乗車は危険ですからご遠慮ください」とのアナウンスがあるのに、駆け込み乗車を試みたが失敗した客。
電車が発車して車掌室部分が自分の前を通りすぎるときに罵声を浴びせていた人も目撃した。 日本の電車内アナウンスほど丁寧で内容豊富なものはない。
通勤時間帯には「毎日同じ路線を使用しているのでそんなに丁寧にアナウンスしなくても良いのに」と、逆にうるさく思うこともある。
駅名・乗り換え案内・禁煙・携帯電話の注意等々、初めてその電車に乗る人以外にはほとんど役に立たないのではと思ってしまう。 日本全国何処に行っても、標準語のラジオやTV放送がはびこっているので、これに聞き慣れているか標準語アナウンスの練習をしている車掌は、一応標準語らしいアクセントで車内アナウンスをするようになっているようだ。
しかし聞いていて楽しく思うのは、所々にお国なまりがどうしても入ってしまうことだろうか。
特にいつも繰り返しているアナウンスから一歩はみ出した内容だと、途端に「お国柄」が見えてしまう。 生まれ育った土地の訛というのはなかなか取れるものではなく、一応気を付けていても無意識に出てしまうものだ。 特に男性は訛の除去が苦手のようだ。 私は関西出身者だが、現在では全くそれと気付かれないようになってはいるが、たまに人と話していて関西訛のアクセントに近くなってしまっているのに気付くことがある。 文章の記述にしても、言語学者が分析すると出身地方が分かるそうだが、確かに自分が書いた文章を読み返してみると、おっこれは違うぞという表現になっていることもある。 ちなみに、新幹線に乗って西へ移動していると、静岡を超えた当たりから関西弁になる自分に気付く。 私が関西出身者であることを知っている人の前で標準語のアクセントで話すことは、何か気取っているように思われるのが嫌だからかも知れない。 くどいようにも思え、時にはお国なまりの混じった車内アナウンスなのだが、海外に行くと実に簡単か全く無い国もある。 自分で責任を持って注意しなさいと言うことなのか。 簡単なアナウンスの場合は、かえって乗客の注意喚起を促すようだ。 うっかり聞き漏らすと駅に到着した時に駅名を探すのに苦労するからだ。 普通、電車の長いシートは7人掛けになっている。
だから車両両側のシートに各7人が座っていると合計14人になる。
通路に立っている人がちらほらになるとこれらの人が一目で見渡せるようになるのだが、私の目には異様に写った光景がある。 今人は友達を求めて歩き回っている。 出会い系サイトもその一種だろうか。 孤独で寂しい人が多いからだそうだ。 でも、電話で声の会話だけやメールだけのやりとりでは、本来の人間同士のコミニケーションは出来ないように思うのだが。 「あの人も持っているから私も」で携帯電話を購入する人が多いらしい。 高額の請求書に驚嘆するのと便利さの認識は後で着いてくるのか。 ヘッド マウント ディスプレイという、超小型のLCDを組み込み、前方に投影した虚像を大画面で見るゴーグル型の装置がある。 「これを家族全員が頭に付けて見ていたとしたら、帰宅した父親が自分の家族の異様な光景に驚かせられるのではないか」という話が以前あったが、これは幸いにも実現していないようだ。 ところで、今までは小説の中に出てくる「彼女は電話の向こうでガチャンと電話を切った」という表現がだが、今後は「パシャと電話を閉じた」となるのだろうか。 病院などでの携帯電話の使用は禁止されている。 電車内での使用は「ご遠慮ください」なので、禁止よりも緩い規制と思っているのか、<誰が遠慮などするか>なのかで一向に減らない。 車掌によっては「トラブルの原因になりますので、使用しないでください」とはっきり禁止の表現をしている。 実際に乗客同士のトラブルを目撃した車掌の経験からだろうか。 私は心臓のペースメーカーや電子式の医療器具を身につけていないので、この面での携帯電話の使用による影響は受けない。
しかし、やはりいやだなーと思うのは、単純音であれメロディーであれ、ボリュームいっぱいに鳴る受信音と、キーを操作するカチャカチャ音だろうか。 キー操作のカチャカチャ音は、電車の騒音レベルに比べるとずっと小さい。 しかし、その音は独特だし車内の騒音レベルが以前より下がっているので、操作していない人にとっては耳障りな音のように思う。 大抵は付属のゲームをして遊んでいる場合だが、メールの原稿を書いていたりチャットをしている場合もある。 不思議に思うのだが、任天堂のゲーム機のキーの操作音はほとんど聞こえない。 どうして同じような機構は無理だとしても、キー操作が確実に指に伝わってカチャカチャ音がしない機構を採用できないのだろうか。 携帯電話の構造そのものに問題があるのではないかという気もする。 携帯電話の普及はめざましい。
昔はごく一部の人が1Kg以上もありそうな携帯電話を持ち歩いていたのが、軽くてポケットにすっぽりと入ってしまうサイズになり、通話可能な場所も拡大されて大都市圏の公共場所ではほぼ完全につながるようになった。 ある日のことだった。
長い編成の先頭車両の一番前の片隅で、若い女性が座り込んでいる。
気分でも悪くなったのかな?とよく見ると、携帯電話で何かぼそぼそと話している。 もう一件は超短編の深刻?な話をする男性の話。
いつもの通勤と違う路線の電車内で目撃した。 携帯電話は便利だが、話し方によっては周囲の人に自分の会話内容が漏れてしまう。
片手で口元を覆って話す人を見かけるが、緊急の場合にはそのような工夫に気が回らないのだ。 「自己陶酔型の乗客」の3回連載の最終回で、たたまに目撃する乗客で滑稽でもあり少々気持ちが悪い乗客の話。 私が目撃した20歳代の男性の場合、声は聞こえなかったが、彼の目の前にに立っている人がいなかったので、最初は彼の向かい側の人と話をしているのかと思った。 ところが向かい側にはそれらしき人がいなかった上、よく見ると顔の向きを少し左右に振って二人分の会話をしているらしいと判った。 片側を向いたときには少し微笑みながら話し、反対側を向いたときには真顔になっている。 ひょっとしたらガールフレンドとの会話を再現しているのか、実際に会ったときの練習しているようにも見えた。 いやひょっとすると、彼はどこかの劇団員で、芝居の練習をしていたのかも知れない。 同じく20歳代の女性の場合は、顔の向きこそ変えないが常に少し微笑みながら一人芝居をしている。
当然彼氏との会話に違いないが、彼女の目線は向かい側の席の人の足下近くに固定されていた。
微笑みながらの一人芝居だから楽しい内容には違いないし、涙ぐんだり怒っているわけではないので、こちらは思わず吹き出しそうになってしまった。 これらの乗客は車内の誰に迷惑をかけるわけでもない。 しかしたとえ微笑みながらの一人芝居であっても、「おかしな人」と思われてもしようがないので、気を付けた方がよいかも知れない。 ちょうど今頃の時期だったが、もう一つの「ワー信じられない!」を目撃した。 帰宅途中の電車内だったが、私は27〜28歳くらいの若い女性の前に立っていた。
何気なくその女性の方を見ると、最初は少し長くのばした手指のツメで自分の頭をかいているように見えた。
ところがよく見ると、自分の頭皮内にたまった脂をツメで絞り出している。
この人は脂性の人なのだろう。
みるみる脂が中指のツメにたまってくる。
これをどうするのか見て見ぬふりをしていると、なっなんと、親指のツメで掻き出して自分の足下に落とし始めたのだ。
そう、正に私の足下なのに。
この動作が約20分続いたが、その間、目の前に立っている私には全く気付かない様子。
何か考え事をしながら無意識の行動をしているに違いない。 無意識の行動とは怖いものだ。 神経質になる必要はないにしても、このような人を目撃すると、自分は大丈夫かな?と思ってしまう。 何か一つのことを深く考えていたりすると、現在の自分の居場所を忘れてしまう人がいるようだ。
だから無意識に平素の癖や習慣が出てしまっている人を時々見かける。
車内には自分の前の人が見ているばかりではなく窓ガラスに映っていることもあるから、多くの目があることを心得ておく方がよい。 表題のような汚い行動を無意識でしている人は、おじさんにも、大学生らしき人にも、そして若い女性にも見られた。 ほんの偶然で見かけるのだが、「アー止めてチョーダイ」と言いたくなる。 これらの人は、誰かに自分の行動を見られていると気付いていないのだが、だから、この行動は多分自宅で常習になっている行動と想像して良さそうだ。 これらの人達の家のイスやソファーはコテコテなのだろうか。 かく言う筆者、やはり鼻くそがたまって鼻がむずむずすることがあり、オフィスでは誰も見ていないのを確かめてからほじくって、ティッシュペーパーでぬぐうことがある。 トイレに行って思う存分クリーニングすることもある。 しかし、仕事に熱中している時に無意識でほじくっているのではないかと、たまに心配になることがある。 ただし、万一電車内でむずむずしてきたときには、ハンカチを取り出してそれとなく処理をするようにしているので、多分他の乗客に気付かれることはないだろうし、シートやつり革にぬすくるなんて事は絶対にしない。 一人で車を運転しているときに、周りに誰もいないと思って鼻掃除を始めると、対向車の運転手に目撃されてしまうことがある。 これと反対に、対向車の運転手が思いっきり鼻の穴に指を突っ込んでいるのを見かけるときもある。 その時々の世間の話題や流行によって、乗客が車内で読んでいる本の内容が異なってくる。 漫画本や週刊誌は別として、それがはっきりと見て取れる。 ブーム以外でも、司法試験等の国家試験が近づくと、追い込みの受験勉強のためにこれらに関する書物を開いている人も見かけるので、「あー、そろそろですか。がんばってください。」と心の中で応援する。 たとえば、パソコンブームが起こった4〜5年前は、老いも若きもパソコンの取扱説明書やWindowsの開設書を読んでいる人が多く目に付いた。
一つには「これからのサラリーマンはパソコン一つ扱えないようではダメだ!」などと会社でハッパをかけられたこともあるようだ。
パソコンが扱えないとリストラの対象に置かれるとなると、必死で独学せざるを得ない状況にあった人も多いはずだ。
私は、幸いにもこのような状態に置かれた経験はないが、電気・機械物・横文字にアレルギーを感じている人々にとっては、大変な経験であったはずだ。
学校教育の中でパソコン教育が取り入られていなかった時代の人が多いからだ。 他の例には、サスペンスものの単行本や話題の小説があると、これらを読んでいる人を見かけるようになる。
ただし、ハリーポッターが話題になっていても、原書も日本語版も持ち歩くには重すぎるせいか、これを読んでいる人をまだ見かけたことはない。 その土地の歴史的なことを子々孫々まで語り繋ぐ「語り部」と呼ばれる人達がおり、女性に多いし地方へ行くほど多いようだ。 この例は語り部さん的存在の女子高校生の話。 この女子高生は卒業してしまったのだろう、もう同じ電車で出会うことはない。 この女子高校生に「語り部さん」と名付けたのは、いつも仲の良い友達と乗車してくると、前日のTV ドラマなどの内容を友達に約20分間下車するまでの間話すからだ。 説明の途中で彼女のコメントも入るし友達の質問も入る。 ほとんどは人気俳優が出演している帯ドラマらしいが、私は見ていないので彼女の説明内容から想像するしかないが、結構要領よく話すので何となく理解できる。 ドラマだけではない。 私が見た番組が登場すると、彼女の説明の正確さと「視聴者評」がチェックできる。 語り部さんの話を聞いている友達の方は、同じ番組を見たり、見ている途中で寝てしまったり、勉強をしていて見逃した場合があるようだ。 友達は見逃した番組に関しては、短時間でビデオの早送り再生をするかのように、自分も見たような気分になるであろう。 いくら好きで楽しい番組とは言え、またおしゃべりの人であっても頭の悪い人に出来る行動ではない。 ただし、聞き手の女子高生の方が充分睡眠を取っているようだし、TVを見ないで勉強しているみたいなので、褒めるべきは聞き手の方であるような気がする。 ここ10数年の間に通勤電車の車両連結数が増えたし、時差通勤が普及してきたこともあり、超過密の状態が少し緩和されたようだ。 また過密の時間帯も短くなったように思う。 筆者が朝の通勤時に時々見かける不思議な行動をする人がいる。 彼が乗車する時間帯や乗車駅では車内は混雑していないし、乗車するときに前の人を押さなくてもゆったりと乗れる状態だ。 それでもこの人、乗車するときに必ず乗車口左右どちらかの手すりを掴むか、入り口上部の内側に手をかけて乗ってくる。 そして乗ってからはドアーなどのどこかにもたれかかった体勢を取る。 実に不思議な人だ。 この人、見たところ別に身体に不自由そうなところがあるようではないので、現在のところに引っ越してくる前か、若い頃に体験した超満員電車通勤の後遺症があるのではないかと思っている。 筆者が乗る朝の電車には高校生の乗客が多い。 声が甲高いせいもあるだろうが、一般的に女子高校生の方が賑やかだ。 特に長い休み明けの日には、つもり積もった話があるからだろうが、ひとしきりいろんな事を大声で話したり笑ったりして騒いでいる。 うるさくてむかつくこともあるが、「ま、元気でなにより」と我慢する。 ただし、ほとんどの学生が携帯電話を持つようになったせいか、最近ではこの傾向が減ってきている。 ところが、約一年半同じ車両の同じ箇所に乗り合わせた二人の女子高生。 約30分の乗車時間中、二人はほとんど会話をしない。
いつも揃って同じ電車で通学をするのであるから、二人が仲良しであることには違いないが、周りの同年代の学生達と比べるとあまりにも目立っていた。
試験シーズンになってもそれぞれが別々の追い込み勉強をしている。
お互いが何か判らないところがあったとしても教え合うこともない。
男子生徒には全く興味がないみたいで、周りの女子高生立ちは気になる男子生徒が乗ってくると目配せしたりひそひそ話をするのに、この二人は車窓の外を見ているだけだ。 この二人は高校を卒業して以来見かけなくなってしまったが、大学に進学していたら多分同じ大学を選んだろうし、就職していたら同じ職場に勤めていることだろう。 退社時の車内。 込んでいた車内も乗客が途中駅で降りてゆき次第に空いてきた。 私は乗降口に近いところに立っていたが、ふと気付くと、私の前に座っている男性客が、私の右隣の人の方をしきりに見ている。 見ていると言うよりもにらんでいるという感じだった。 その内ににらまれている方の人が気付いたようで、お互いに目を合わせていたが、この人がにらんでいる人に少し近づいて「何か用ですか」と聞いた。 そうすると、にらんでいた男が言った言葉は、「ガムをくちゃくちゃとかむな」であった。 言われた男性はけげんそうな顔をして「ガムを噛んでいるけれども音は出してないよ。 私も音を出してかむのは嫌いだからね。」と切り換えしたが、「聞こえるから言っているんだヨー」と言ってにらみ返している。 すぐ近くにいた筆者であるからこの会話は総て耳に入ったが、苦情を言われた人がガムをかむ音は、電車の走行中も停車中も全く聞こえなかったから、2メートルくらい離れた人に、しかも走行中の電車の騒音でも聞こえるほどの音を出していなかったことは確かだ。 このまま二人の会話が続けば喧嘩になってしまったであろうが、文句を言われた人が空いた座席に移動して座ってしまったので短い会話で終わった。 確かに車内で老若男女に関わらず音を出してガムをかんでいる人をたまに見かける。
本人がこれに気付いているかどうか判らないが、近くにいる人にとってはどちらかというと気になる迷惑な音だ。
音を出していないにしても、すごい早さでガムを噛んでいる人も見かけるが、このような人は何か深刻な考え事をしているに違いないと思っている。 他の乗客に文句を言っていた男性客。 よく見ると「ひょっとしたら病気ではないかな?」という目つきをしていたし、本人もガムを噛んでいた。 筆者は、朝晩の通勤時にはほとんど乗車する車両や位置を変えない。
だから「定点ウォッチング」をしていることになる。
特に朝の通勤時は乗車する時間も車両も同じだ。 「あの人はそろそろ定年間近かな?」と思っていると、1〜2年以内に見かけなくなるし、フレッシュ
サラリーマンも、通勤に慣れた頃に時間を変えるみたいだし、職場等が変わったのか見かけなくなる。
いつも見かける人が見つからないと心配になることもある。 別に車内をキョロキョロ見回す訳でもない。 座席に座るときにさーっと車内を見回したり、車内のつり公告を見るついでにさりげなく車内を見る。 どの人がいつも見かける人か「新人」かが分かるものだ。 未だかつていつも見かける人に話しかけたことはないが、高速で走る電車に乗っているのだから、万一事故でも起きた時には運命共同体になる。 今注目している女性が一人いる。 化粧はしているかしていないか判らないくらいで、少し神経質そうだがスゴクまじめそうなOLだが、もう二年ばかり毎朝見かける。 彼女が輝き始めるのはいつのことかなーと。 今回は車内ウォッチングの話ではなく、苦情じみたお話。 どの地方へ行ってもJRと私鉄だとか、私鉄と営団とかの路線の相互乗り入れがある。
相互乗り入れしているとは言え、路線の切り換え駅で車両を取り替えるのではなく、それぞれの路線の運転手と車掌が同一の列車に乗り換えて運行されている。 ある日の帰宅途中の車内。 次第に乗客が途中駅で降りていって車内が見渡せる状態になったとき、ドアー一つ向こうの片隅にもたれかかり母・娘二人連れの乗客の女子高生の方をニヤニヤしながら見ている男性が目に入った。 単にニヤニヤしているだけではない。 普通サイズのカッターナイフの刃を全部出して、その刃の部分を舌でなめているのである。 ぞっとする光景だったが、明らかに警察の取り締まり対象となる人だ。 親子連れの片方または両方がこの異常な乗客に気付いていたかどうかは判らなかったが、親子の方がこの異常者の横を通って途中駅で降りたが、彼はその後を追って下車しなかったから、ストーカーではないようだったし、他の乗客にも危害を加える様子はなかったので一安心した。 私は携帯電話を使用していないので、事件を未然に防ぐ警察への通報は出来なかったが、この乗客を目撃した携帯電話の持ち主はどうだったのだろう。 多分、面倒に巻き込まれたくないと言うことで、見て見ぬふりをしていたに違いない。 「XXXXに刃物」という死語があるが、この人の行動から見る限りXXXXと見られても仕方ないかも知れない。 ただし、このような人はよほどのきっかけがないと刃物を振り回さないそうだから、刃物を隠し持っている切れやすい若者の方が、もっと危険と言える昨今ではないだろうか。 朝の通勤電車で座席に座れている人は、新聞を読んでいるか居眠りをしている人が多い。 私の場合は、座席に座れた場合でも新聞を読んだり本を読んだりするのは出来るだけ避けている。 ただでもパソコンの前に一日中座って目を酷使しているのに、揺れる車内で文字を読むと更に目を酷使するからだ。 最初は目を閉じているが、その後は殆どの場合居眠りモードに入ってしまう。 ある日の朝、途中駅で前の座席の人が降りたので珍しく座ることが出来た。
居眠りモードに入る寸前だったが、私の横に座っている若い会社員の男性と、その前に立っている同年代の若い女性のただならぬ会話が耳に入ってきて、タヌキ寝入りで彼らの会話を聞く羽目になってしまった。 走行中の車内で座っている人と立っている人が十分に会話を成立させるには、お互いが顔を近づけ合うか声を大きくするしかない。 どちらにしても、少なくとも二人の会話が両隣の人に聞こえる事くらいわからないのだろうか。 もしこの女性がこのことを判っていたとしたら、彼女が彼に捨てられた腹いせに、男性に恥をかかせていたとしか思えない。 男性にまだ気があるような口ぶりだった。 夏休みが終わって、また車内が学生達で混み合い賑やかになった。 この話は、以前12両編成の先頭車両の一番前に途中駅まで立っていたころの話。 途中駅から乗ってきた二人の女子高生。 ホームでの話の続きかどうか判らないが、二人の会話のとんでもない内容が聞こえてきた。 会話の内容は、20年以上前なら酒を飲んでいる席で酔っぱらったおじさん達が持ち出すようなエロ話だったから、私は度肝を抜かれてしまった。 どんな顔をしている女子高生なのか見たい気持ちはあったが、聞いていると言うよりは聞かされているこちらの方が恥ずかしくて、聞こえないふりをしているのがやっとだった。 話の内容はとてもここで書けるものではないが、要するに「ディープスロート」とか「尺八」とか言うサービスを相手の男性にして、そのテクニックの良さを褒められたという内容だった。 相手は同じ世代の男性なのか出会い系サイトで出会った相手かは判らないけれど、ひょっとしたら後者の方かも知れない。 女子高生だから猥談をしてはいけないなんて言わない。 時代は変わっている。 しかし、最低限、場所をわきまえるだけの頭脳を持ち合わせて欲しいものだ。 また、列車の最前部と最後部はガラスと金属の壁で覆われているから、相当小さな声で話さない限りトーンが高い声がこれらに反射して、聞こえなくても良い人にまで聞こえてしまうことを、誰か教えてあげてください。 ..と思うのは男女の区別がないらしく、両足を大きく広げて二人分くらいの座席を占有している乗客を見かけるとこう思うのだそうだ。 年配の人にもいるようだが、もちろん男性ばかりで比較的若者が目立つ。 本人が自分の座っている状況に気付かないだけで、相手が女性でも「少し詰めてもらえますか」にすんなりと答えている若者もいるのは事実だ。 両足を必要以上に広げて座る理由は、「自己顕示欲が強い人」だとか「自己中心的な人」とか表現されるが、「子供の頃のおむつ離れが遅かった人」とか「いんきん・たむしを患っている人」とか、せめてもの抵抗を試みる人もいると聞いた。 「性悪」の人を除いては、その行動が本人の生活習慣(病)になっていると私は思っている。 すなわち、大股を広げて座る人は家でも職場でも学校でも同じ筈で、電車の中だけでそうしているのではないであろう。 これらの人は間違いなく尻が座席前部にあり、背骨がぐにゃっと曲がってしまっている。 若い内はよいとしても、40歳を過ぎると必ずと言って良いほど腰痛や椎間板ヘルニアに見舞われるし、もっと高齢になれば、腰椎の軟骨が片側だけすり減ってしまって医者通いをする羽目になるから、社会生活のマナーの前に自分の身体を守った方がよいのではないだろうか。 大きくまたを広げないまでも、男性の場合は本人の肩幅よりも両膝が広がっていたり、女性の場合は腰幅より広がっていたりすると、両隣の人に接触してこれも迷惑なことだ。 この場合は、尻の後部が背もたれに接していないだけでなく、着席前の体制が悪いことも判っている。 両膝をできるだけ揃えて座席の奥まで尻を付けるように着席すると、両膝に力を入れなくても先端が自然に開くことがないことを実験的に体験している。 ご興味がある方はお試しを。 ある朝のこと。 始発駅の電車に乗ったときは発車の5分くらい前だった。 車内はガラガラだったのだが少しして男女の乗客が同じ車両に乗ってきて私の向かいのシートに座った。 男性の方が身体の具合が悪いようで顔色が悪くて口数も少なく、女性が付き添って病院へ行く途中らしいと見た。 電車の発車が2分ほど遅れたが、私を乗せた電車が発車した。 電車に揺られながら考えたことは、あの男性は大丈夫だろうか?、どのような病気だったのだろうか?、そして、どうして私がすぐさま駅員さんを呼びに行ってあなかったのだろう?と言うことだった。 最終的には少し手を貸せたけれども、あの場合にはただ見ているだけではなく、すぐに立ち上がって私がアクションを起こすべきだったと大いに反省した。 また、すぐに手を貸せるようになるには、そのことを常に頭に置いておくことにも遅まきながら気付いた次第。 この経験が少し役に立った事がある。 私が座っていた右斜め前の若い女性の顔色が悪いことに気付いた。 車内が混雑していたがこの女性をチラチラ見ていると、足が崩れそうになるほどになってきた。 「これはいけない。 貧血か何かだ!」と思うと同時に、席を立ってこの女性に手を貸して座席に座らせてあげた。 「大丈夫ですか?」と聞いてあげたら、小さな声で「少ししたら収まりますので。 ありがとうございます。」と小さな声で返事が返ってきた。 私の方が先に下車してしまったが、あのような場合、あの乗客が完全に回復するまで見届けるべきだったかどうかを未だに考えている。 8.に続いて車内での居眠りをもう二例ご紹介する。 立ち寝は文字通り立ったままの居眠りだが、つり革を持ったままのスタイルや、ドアー横にもたれて寝るスタイルがある。 私も経験があるが、つり革を持ったまま立ち寝をするにはそれなりの訓練が必要だ。 膝ががくっと折れてびっくりするからだ。 訓練未熟の人が結構多いが、酔っぱらっている人はそのまま前の席側に倒れ込んだり、通路にしりもちをついてしまったりしている。
最悪はそのまま通路に寝そべってしまう酔っぱらいの御仁もいる。 お酒は適当に飲むと健康に良いとか言う。 ところが飲み過ぎたり急ピッチで飲むと悪酔いしてしまい、結果的に車内やホームで「お祭り」をしてしまっている乗客を見かける。 ひどかったのは、シートや車内を汚すまいとしたか車外の空気に触れていたからか、窓を開けて車外に顔を出していて我慢ならなくなりゲボッとやってしまったらしい。 隣の窓は閉まっていたから良かったものの、窓ガラスと車体にべっとりと跡が残っていた電車があった。 ホームで悪酔いをしてしまった人の同行者が介抱と後始末をしていたのを何人か見かけたが、一人の場合はそのまま電車に乗ってしまったりするから、駅員は後始末が大変だと思う。 ここに登場するのは良く日焼けした労務者風のおじさん。 満員電車で立っている私のすぐ横にいた。 お酒の匂いをぷんぷんさせたご機嫌のおじさんは、両隣の人に盛んに話しかけてくる。 挙げ句の果ては何を思ったか自分の預金通帳を取り出して私に見せ始めた。 「これだけ預金があるんだ...」とかの話しかけだったと思うが、預金残高の六十数万円の金額を見て、つい「沢山お持ちですね。」と言ってしまった。 するとこのおじさん、「ひとをばかにしやがって...」とか何とか言って急に怒り出してしまった。 私にとっては預金額を純粋にそう思ったのだが、ご本人はなかなか増えないとか減ってゆく一方だとかの不満があったのかも知れない。 私は黙ってしまって相手をしないようにしたが、車内の酔っぱらいには決して相手をしてはいけない良い見本だ。 可能であれば「君子危うきに近寄らず」を実行して移動した方がよい。 そうかと思うと、勇ましい乗客と哀れな酔っぱらいもいる。 私の知人で剣道の達人。 帰宅途中にホームで電車を待っているときにひつこく酔っぱらいに絡まれた。 酔っぱらいが手をかけてきたのだそうだが、持っていた傘で酔っぱらいの足をすくった。 気の毒にこの酔っぱらい、そのままホームから線路に転落してしまったが、電車が入ってきたら大変なところだったとこの達人はヒヤットしたそうだ。 これは車内でお化粧をする女性のお話。 人前での女性の化粧には色々な見方があろうが、どうしても「アブナイから止めておいたら」と思うのが、まつげを濃くしたり長くしたりするマスカラと、長くしたまつげを上向きに美しくカールさせるビューラーだ。 おじさんはマスカラは知っていたがビューラーの名前も知らなかったし、そんな訳ないのに、まつげの長さを整える器具だと思っていた。 これらの器具を使用する場所は当然目のすぐ上の場所であるのに、揺れている電車内で作業をしている姿は傍目には危険きわまりないと見えてしまう。 電車に急ブレーキがかかったり、隣の人が不用意に腕を動かしたら、目玉を突いてしまうではないですか。 他にすることを見つけて、これだけはおやめになった方がよいと思いますよ。 朝の通勤時間によく見かけた一人の女子高生。
座席に座ってほとんど毎日左手に小さな手鏡を持ち、右手でビューラーでお手入れをしていたが、「あなた、これから何しに行くの?」と言う目でしか見れなかった。
ちなみにこの女性、高校を卒業して大学に進学したみたいだが、夕方の車内で久しぶりに見かけたときも、やはりビューラーでお手入れをしていたから、何か悩みでもあるのかも知れない。 前回に続いてこれも車内で居眠りをしている人のお話。 一方ほとんどの人は頭を下げて眠っているが、頭のてっぺんが完全にはげ上がっている人のこの寝姿も、あまり見よいものではない。 隠そうとしていても丸見えにななってしまっているが、ま、ご本人が良ければすやすやお休みくださいと言うところか。 究極の居眠りは、よだれを流してしまっている人。 ほろ酔いで眠ってしまっているおじさんが、ネクタイにポトポトとよだれが落ちて証拠が残っている。 これは乾いてからでも跡が残りますよ。 若い女性でも一人見かけたが、この人は途中自分で気付いてすぐさま後始末をしていた。 何かのテレビ番組で見たことがあるが、車内で眠ってしまっている内にスリや置き引きの被害に遭いやすい。
くれぐれも寝てしまいそうなときにはご注意を。 車内で居眠りをしている人は多い。 月曜日は多いし週末に近づくほど増えるし、前夜が暑くて寝苦しかった翌日にも増える。 私もつい眠りこけて隣の人にもたれかかり叱られたことが何度もある。 最近は眠いときには一番端の座席が空いたときでないと座らないことにしている。 初めて日本へ来た外国人がこの様子を見て、「日本人はみんな車内でお祈りするの?」と冗談を言っていた。 前置きが長くなってしまったが、ある路線の午後のこと。 車内に空席が目立つ状態だったが、真向かいの座席に座った女子高校生が、座るやいなや眠りこけてしまった。 受験勉強か何かの理由でくたくただったのだろう。 ところがこの高校生の寝方がすごい。 上半身がまさにこんにゃくのようにグニャグニャになってしまっているのだ。 ほぼ左右と斜め前に45度曲がることもあれば、前方に60度くらい曲がることもある。 「アッ、転げ落ちる!」と思うことが何度もあったが、寸前で体勢を立て直して眠り続ける。 目は閉じたままだ。 ただただ感心して見ていたが、下車駅では乗り越すことなく下車していったから見上げた物だ。 毎朝途中駅から乗ってくる若いサラリーマン。 この人は学校を出てからサラリーマンになったばかりの頃から見かける。 滑稽と言っては失礼だが、この人の持ち物がすごい。 約3センチくらいの厚さの漫画本、CDプレーヤー、MDプレーヤー、PDAそして携帯電話。 これらを収納する大きな肩掛け鞄も持っている。 いくら携帯機器と言えど全重量は決して軽くないはずだ。 そうそう、ヘッドフォンとお気に入りのCDとMDディスクも数枚持って歩いている。 乗車したときには車内は満席なので乗降口近くに立っているが、必ずと言って良いほどCDかMDを装填して聞き始める。 音が漏れないタイプのヘッドフォンなので、どのような曲が彼のお気に入りかは判らない。 通勤途中に何も持たない主義の人もいれば、何かを持っていないと気が済まないか不安な人がいるようだ。 この人の場合は、学生時代の習慣が残っているのかも知れない。 ある特定の沿線の方はご記憶があると思うが、昨年の9月初旬頃に新築高層分譲マンションの広告が全車両の吊し広告に出た。 駅のポスターにも同じ物が貼られていた。 絵柄は広告の中心となる高層マンションを少し下から眺めた図柄で、その最上階の近くにピンク色の丸い輝く図形が描かれていた。 窓に反射する太陽をもじった様な感じだった。 私はどうしてあのような図柄にしたのか不思議だったし、好感は持てなかった。 この広告が出て数日した頃、そう忘れもしない9月11日。 ニューヨークの貿易センタービルにテロリストが操縦する2機のジェット旅客機が突っ込んでビルを倒壊させてしまったあの忌まわしい大事件が起きた。 日本でのライブニュースは時差の関係で12日の夜であったから、次の日にこの全面広告が出ている電車に乗ったときには、テレビで見た衝突の映像と吊し広告の図柄が全く重なってしまっていた。 帰宅途中の車内でこの広告を再度じっくり見てみたが、「まずい。 この広告はこのマンションのイメージを極端に悪くしている。 早く取り外してもらわないと気分が悪い。」と感じるしかなかった。 太陽のように描かれているとはいうものの、正に衝突した旅客機が大爆発する瞬間を容易に想像させる物だったからだ。 他の乗客もそう思ったに違いないし、当の広告主もあまりにも一致した図柄に超驚いたに違いない。 ところが数千枚はあるだろうこの広告を作り直して取り替えるには今日明日というわけには行かない。 超特急でデザインし直して印刷に回し準備したとしても最低3日はかかる。 先ずこの吊し広告を取り外すだろうと思っていたが、実際には3〜4日後に総ての広告が別の絵柄に変わった。 乗客にとってはやっと「イヤナ広告」を見なくても済んだわけだ。 もともと特異と言えるデザインだった高層マンションの広告。 このデザイナー、ひょっとしたら予知能力を持っていたのではないかと思っている。 この話は殺人・強盗・エッチな行動や話などをするアブナイ学生の話ではない。 車内でエッチな話をする学生や会社員の話などは別途このページに掲載する。 今年の4月半ばのことであったが、帰宅途中の電車内で座席に座ってうとうとしていた。
両サイドの人たちも眠りこけていた。
途中駅から乗ってきた一人は1m70位で、もう一人は1m60位の大学生か専門学校生の二人。
私が眠っていると思ったからか、背の高い方の学生がもう一人にとんでもない話を始めた。 彼らがコンピュータ技術系の学生なら、彼らの技術的興味や技術レベルの向上を禁止する気は全くない。 しかし彼らの話の内容によると、単なるいたずらでウイルスをばらまいたようだ。 ヤメテクレ! それは犯罪行為だと知るべきだ。 技術的研究のためならば、ネットワークに接続されていないパソコンで研究し、新種や亜種のウイルスが出来上がったとしても絶対にばらまくべきではない。 ウイルスソフトメーカーに売り込めばよい。 海外で自分の秀作をばらまいて逮捕された学生がいる。 背の高い方の学生の技術レベルが幼稚であることを願うしかない。 ちなみに、今年に入ってから、メールボックスを開くたびにピローン・ピローンとウイルスメール到着の警告が盛んに出るようになっている。
ウイルス防御ソフトが添付ファイルを削除できなかったからだが、警告が出るたびに即パソコンを緊急ロック。
そしてウイルスメールのプロパティを総て記録することにしている。 xxx.ac.jpも2件あるから、ひょっとしたらこのような悪質ないたずら学生がばらまいたウイルスが回り回ったものかも知れない。 どういう訳か、筆者は昔から小さな子供達やお年寄りには「もてる」ようだが、同年齢の女性にはほぼ無縁だ。 通勤帰りに東京ディズニーランド帰りの人たちに出会うことが良くある。 この日も何組みかのディズニーランド帰りの乗客がくたびれた顔をしたり眠りこけているのに出会った。 私が立っていたちょうど前の席に、一歳数ヶ月くらいのかわいい男の子を膝の上にのせた美人のママと、ハンサムなパパが座っていた。 少しするとこの男の子がむずかりだした。 楽しいディズニーランドへ行って興奮したし、よちよち歩きで疲れたのだろう。 疲れていて眠いのだろうけれども、ママの膝で眠れない。 大人でも疲れすぎると、返って眠りにつきにくいことがあるから、容易に想像が付く。 子供がむずかっても平気で放置している親が多い昨今、このご夫婦は周りの乗客に迷惑がかかるのではないかと、しきりに気を遣っている。 むずかったり騒ぐ子供を放置している親を見るとムカツクが、気を遣っている親を見ると「大丈夫ですよ」と言いたくなるものだ。 このむずかり始めた坊や、身体をねじらせた拍子に私とバッチリ目があって、
私の方を見つめ始めた。
可愛い坊やに見つめられるとこちらも何か反応しなければならない。
そこでまずウインクを送ってみた。 するとどうだろう。
この坊やがにっこりと私に微笑返しをしてくれたのだ。
そうなると調子に乗って少しおもしろい顔をしてみたら、今度は声を出して笑い始めた。
親が私たちの行動に気が付いていなかったので、これにはびっくりしたようだった。 10駅ほどの時間はすぐに過ぎてしまったが、この親子が下車することになった。 この若い夫婦、降りるので席を立ったときに、「どうもありがとうございました。 おかげで助かりました。」とお礼を言って下車していった。 こちらは笑顔が可愛い坊やと「会話」をして、退屈な車内での時間を過ごせたのだが、このように丁寧にお礼を言っていただくと実に気持ちがよいものだ。 この坊やはもう幼稚園に通う年齢になっているであろうし、兄弟も出来たかも知れない。 この親が立派ならばこそ、この坊やもすくすくと育って、友達に好かれる子になっていると確信している。 この話も電車内で見かける高校生達の話だ。 最近では高校生といえども、車内や駅で男女高校生が抱き合ったりキスをしている姿を見かけることがある。 基本的にはお互いにそこまで好き合っているので、欧米的に見ればかまわないと言えるかも知れないが、彼らの公衆面前での行動が日本の文化に合うようになるまでには、まだ50年はかかると思う。 そもそもこのようなカップルは結婚まで進み、末永く人生を共にすることはほとんど無いようだ。 今回の話は、おぼっっちゃま風の私立男子高校生とお嬢様風の私立女子高校生の仲が良いカップルについてだ。 彼らは毎日一緒の電車に乗るわけではないのだが、会話はほとんどが学校生活の話で、時によっては勉強の内容を教え合っている。
お互いにベタベタすることは絶対になく30cm以上離れている上、女性の方は男性の少し後を歩いて真横に並ぶことはない。
下車するときも男性が先だ。(西洋では逆だが。) 男性が試験勉強をしていると、女性の方は遠慮してか彼に話しかけることはしない。
先日は男性が自分の作ったチョコレートを女性にプレゼントし、その製作談をしていた。 バレインタインのお返しだろう。 古いおじさん的見方かも知れないが、彼らを男女高校生の鏡と位置づけている。 筆者の勤務先はフレックスタイムを採用しているので、朝の通勤ラッシュを避けるために出勤時間を標準より30分遅らせている。 このためぎゅうぎゅう詰めは避けられるが、元気な高校生達の通学時間とぶつかってしまう。 今後この高校生達の様子などを順次ご紹介する予定だが、今回は一人の変わった女子高校生の話。 私が乗車するのと同じ駅から急行に乗車する現在高二の小柄な女子高生。 同じ女子校に通う生徒は他にもいるが、仲の良い友達はいないみたいだ。 ほとんど毎日整列乗車の最前列で電車を待っている。 ここまでは普通の女子高生なのだが、電車がホームに滑り込んでくると、途端におばさんのような目つきと行動に変わってしまう。 まずホームに入ってきた電車がスピードを落として完全に停止するまでに、電車の動きに合わせて車内をスキャンする。 すごい目つきだ。 電車が停車してドアーが開くと、降車客が降り始めるまでに車内へ滑り込み、空席があればもちろんのこと、既に座っている人の間に数十センチでもすきまがあると、その人達をつめさせてぎゅうぎゅうでも座ってしまう。 降車駅は7つ目で乗車時間は25分くらいだ。 着席できそうな空間が見つからないときには、1車両の前から後ろまでまるで獲物を探すヒョウのような目つきで通路を移動する。 座れて初めて彼女の目つきが元に戻る。 彼女の動きをそれとなく見ているとどうしても異様に見えてしまうが、本人はスゴク真剣なようだ。 必ず座らなければならないような身体上や健康上の問題があるようには見えない。
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