ちびくまの生い立ち
〜出生から3歳9ヶ月まで〜

赤ちゃんの頃

1歳半検診から

渡米(2歳)

日系プレスクール

ハイパーレクシアとの出会い

Special Educationの申込

赤ちゃんの頃

ちびくまは1994年12月、神戸で生まれました。3,225gの元気な男の子。生後2ヶ月ごろから顔面を中心にひどい湿疹ができ、やがて全身に広がって表皮がむけ、汁が吹き出てきました。アトピー性皮膚炎です。

一時は外出するのもためらわれるほどの外観でしたが、かかりつけのお医者様の親身な治療と食事療法のおかげで、1歳を過ぎる頃にはまわりがビックリするほどきれいに治ってきました。

ちびくまは絵本が大好き。初めてもらった絵本「ぐるんぱのようちえん」が特にお気に入りで、何度も読んで読んでとおねだりしました。ちょっと大人しくてのんびり屋で、ニコニコとよく笑う、とっても育てやすい赤ちゃんでした。


1歳半検診から

アトピー以外、何の心配もなかったはずのちびくまの発達に初めて?マークがつけられたのは、1歳半検診の時です。保健婦さんの指示に従えない、保健婦さんが差し出す絵本やおもちゃに興味を示さない(私には単に人見知りをしているようにしか思えなかったのですが)、指差しをしない、意味のある発語がない、ということから、再検診を勧められました。

「念のため、時間をとってゆっくり見せてください」との保健婦さんの言葉に、軽い気持ちで再検診にいった私たちを待っていたのは、ケースファイルと児童相談所の心理判定員さんでした。ここで初めて、「ちびくまは障害の疑いがあると思われているんだ」とわかりました。

判定の結果は「視線が合うので、自閉症ではないでしょう。でも、言語面と社会性に半年から1年の遅れがみられるので、2歳を過ぎたらもう一度見せてください」とのことでした。

これとは別に、月2回、保健センターで行われる、母子教室への参加を勧められました。本当はあんまり気が進まなかったのですが、「子供のことを考えていないお母さん」と思われるのが嫌で(すごい理由ですね)、参加を決めました。

でも、やはりちびくまにとっては非常に苦痛なようでした。駐車場から建物の中に入ろうとしただけで泣き叫んだり、教室も隙あらば、という感じで脱走していました。他の親子が手遊びなどをしている時に、ちびくまと私は手をつないでセンターの廊下を散歩したり、廊下のソファーで本を読んでやったりで、ほとんど意味がない感じでした。何より辛かったのは、そこにくる心理の先生に、「この子が喋らないのは、この子にとってあなたは必要じゃないからよ。よく胸に手を当てて考えてみなさい」と言われたことでした。
帰りの車の中で、涙がボロボロこぼれて、運転が怖かったです。かかりつけのお医者様にその話をすると、「この子にお母さんが必要でなければ、誰が必要なの?どういうつもりでそんな事を言うのかわからないけど、気にしなくていい」と言っていただき、やっと気持ちが落ち着きました。

このことがきっかけで、教室や保健所に対する信頼感は全くなくなり、渡米が急に決まった時も、なんの相談も連絡もせず、引っ越してしまいました。


渡米(2歳〜)

渡米したのはちびくま2歳の誕生日から2週間後のことです。

出発前にお医者様から、「今まで身体的な発達には問題なかったし、知恵遅れや自閉症の兆候も見られないから、言葉が遅いのはあまり心配しなくて大丈夫。英語圏に行けば、さらに混乱して言葉が遅くなるかもしれないけど、1年くらいはのんびり様子をみて」と言われました。

さて、引っ越し前後から、ちびくまは数字に強い興味を示し始めていました。カレンダーの数字を指差しては「これなーに?」と言いたげにこちらの顔を見ます。「それは12」と答えてやるとキャキャと笑って、また次の数字を指差します。スーパーに行っても、天井から下がっている通路番号の看板を指差しては「これなーに?」の顔。外で日本語で数を言うのはカッコ悪いと、パパは英語で読み上げるのですが、ちびくまはわかっているのかいないのか、それで満足して次の数字に進みます。こうしてスーパーの中を何周も回ったこともありました。

そのうち、待ちに待った発語が出てきました。なんと最初の言葉は「さん(3)」。それから「なな」、その次は「じゅう」…。数字ばかりがどんどん増えていき、2歳半の頃には日英両語で100まで数えられるようになっていました。

これと平行して、ちびくまはアルファベットとひらがなもいつのまにかマスターしていました。CDで聞かせる童謡もすぐ覚えてしまいます。びっくりしたのは、どこかへ出かける時の道順まですっかり覚えていて、方向オンチのパパが運転中に道を間違えると、その途端に大声で泣きはじめ、パニックになることでした。

こんなにいろいろなことができるちびくまでしたが、2歳半を過ぎても、まだちゃんと話す気配がありません。「字が読めるのだから、知恵遅れでもないだろう。日本語に触れる機会が少ないからかも知れない」そう思った私たちはちびくまを、地元に開設されたばかりの日系プリスクールにいれることにしました。


日系プリスクールで(2歳8ヶ月〜)

ちびくまにとっては初めての集団生活。祖父母や親しいご近所の家以外に預けたことのなかったちびくまは、始めのうちなかなか私から離れることができませんでした。毎朝毎朝、プリスクールへの道だとわかるだけで大泣きを始めるちびくまに、心が痛み、何度もうやめさせよう、と思ったかしれません。

他の子供たちが園生活に慣れて、すんなりお母さんにバイバイができるようになっても、ちびくまだけはいつも泣いていました。結局、誰よりも遅く丸一ヶ月かかって、ようやく泣かずに別れられるようになりました。

園に入って愕然としたのは、ちびくまは言葉が遅いばかりか、明らかに赤ちゃんぽく、社会性も随分遅れていると感じられたことです。まず、お友達と一緒の部屋にいることができないのです。常に皆とは違う部屋に1人で逃げ込んで好きな事をしているので、先生が1人べったり張り付く必要があり、園としては随分迷惑な存在だったようです。幸い開園したばかりの園で子供の数が少なかった為、追い出されずにすみましたが、そうでなければ退園を迫られていたことでしょう。身辺自立もいっこうに進まず、集団生活には全くなじめずで、周りからは、「お母さんの関わり方が悪いのでは」と言われることがよくありました。「ああしてみたら」「こうしてみたら」のアドバイスも、自分の育て方を非難されているように聞こえ、とても辛い時期でした。

それでも、ちびくまはちびくまなりに、わずかずつ進歩してきました。工作やお遊戯には参加できなくとも、部屋の隅で皆と一緒に歌を覚え、お気に入りのキャラクターの名前などを少しずつ口にするようになりました。

3歳を過ぎると、同じ年の子供たちとの差がよりはっきりしてきました。「字も読めるし、数も数えられるんだもの、単に奥手なだけよ」という慰めのことばにすがりつきながら、でも、なにかおかしい、という感じはもう否定できず、毎日インターネットで情報を探し続けました。「自閉症」「知恵遅れ」「言語発達遅滞」のキーワードでヒットする日本語サイトは全部見たと言っても過言ではないでしょう。でも、どのケースも「あ、うちの子と同じだ」と思えるものはありませんでした。英語のサイトに手を広げても同じです。「一体ちびくまはどうしてこうなってしまったのだろう。やはり私の育て方が悪かったのか」と自分を責める気持ちと、「いや、そうではない、何かの理論で説明がつくはずだ」と言う気持ちのせめぎあいで、出口の無い迷路の中をウロウロしているような時期が続きました。


「ハイパーレクシア」との出会い

3歳半になっても、ちびくまは殆ど喋らず、オムツも取れず、コップもスプーンも使えない状態で、もう何かがおかしいことは否定のしようがなくなってきました。この頃園で個人懇談があり、その席で初めて主任の先生から、地元の大学病院の小児発達クリニックを受診することを勧められました。

気持ちのうえではもうわかっていたことなのに、いざそうなってみると、ただただショックで、その帰り道はどうやって家に辿り着いたのかさえ覚えていないくらいです。ですが、もう後戻りはできない、と早速クリニックに検査の申し込みをしました。検査を受けるには事前資料として要求される質問票に記入して提出しなければなりません。自分で記入するぶんはまだいいのですが、園やお医者さんに記入してもらわなければならないものもあり、全部そろえてウエイティングリストに載せてもらうまでに1ヶ月以上もかかってしまいました。その上、検査まで最低でも4ヶ月待ち、ということで気が遠くなりそうでした。でも、心のどこかでその遅れを待ち望む気持ちもあったのでしょう。それ以外にはなにもせず、ただ淡々と日々が過ぎていきました。

質問票を提出して1ヶ月ほどした8月中旬、私はいつものように障害関係のサイトをふらふらとブラウズしていました。こんなことがもう半年以上も続いており、ネット上にも、私の求める情報は無い、というような、ほとんど諦めに近い感情を抱くようになっていました。適当にあるサイトのリンクから別のサイトに飛び、また別のサイトへ飛んだとき、ふと、American Hyperlexia Associationという名が目に留まりました。今まで、「アスペルガー症候群」「レット症候群」「脆弱X症候群」などの症名は聞いたことがあっても、Hyperlexiaという名は初めてだったので、「えー、なんだろう、これ?」と軽い気持ちでホームページを覗いてみました。
まず、"What'sHyperlexia“というコーナーがあります。 HYPERLEXIAとは
  1. 数字や文字に非常に強い興味を持ち、特に教えていないのに文字が読めるようになる
  2. 一方で言語の発達が著しく遅れており、特に言われていることの理解が困難である。

  3. その他、手をひらひらさせるなどの自己刺激運動、社会性・身の回りの処理をする力の著しい遅れ、視線が合わない、オウム返しなど、自閉症と共通の症状がみられることが多い。

読んでいて、「あっ!これだ!」と大声を出しそうになりました。そのサイトにはHyperlexiaの子を持つ親御さんの育児体験記がいくつか載っていましたが、初めて、「うちの子とおんなじだ〜!」という経験をしました。どうしてもできなかったパズルがぴったり合ったような感じです。もう間違いない、ちびくまはHyperlexiaという障害を持っていたんだ、それなら大学病院の検査を4ヶ月も待っていられない、すぐに何かを始めなくては!そういう思いが怒涛のように湧き上がってきました。


Special Educationの申込

幸い、今までのネットサーフィンで、市内にある、障害をもつ赤ちゃんの機能訓練をする施設のサイトを見つけてブックマークしてありましたので、まずそこにメールを出しました。今のちびくまの状態、いろいろ情報を調べた結果、障害があるのではないかと強く疑っていること、できるだけ早く必要な療育を始めたいことなどを書いて送ると、翌日返事が来て、ちびくまはもう満3歳を過ぎているので、その施設の対象ではないこと、満3歳を過ぎると地元のschool districtの担当になるので、そちらとコンタクトをとるように、と教えてもらいました。そこでまた同じ内容のメールを、school districtに送りました。半ば当てずっぽうで送ったメールですが無事担当者に転送してもらい、担当者から電話がかかってきました。ちょうど夏休み中だったので、必要な書類を揃えて、新学期のできるだけ早い時期に検査をしましょう、という話になりました。
こうして、ちびくまはアメリカのSpecial Educationのシステムに組み込まれることになったのです。

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