佐々木正美先生講演会レポート
「子どもへのまなざし」

さる2004年1月16日、県民交流センターで行われた佐々木正美先生の講演会のレポート
です。実際の講演は2時間あまり・・・メモを取らずにいたのでかなり抜けてる部分もあると
思われますが・・・ご了承ください。
今まで、児童精神科医として、大学の小児科や、地域の保母さん方の勉強会など30数年間に
わたってさまざまな子育てに出会った中で、考えるところをぽつりぽつりと話して行きます。
また、私の講演は他者の言葉の引用が多いのですが、あくまで「著名な誰々さんが言った言葉だ
から鵜呑みにしている」というわけではなく、先ほどもご紹介しました30数年にわたる児童精
神科医としての経験と保母さん方の現場での声をとおして、実際自分の目で確認し、なるほど
そのとおりだと納得したことのみ引用させて頂いております。ですから、この点は当てはまる
という点が皆さんにとってひとつでもふたつでもあれば幸いです。

今年のお正月、久しぶりにゆっくりとした時間を持て、新聞にも目を通すことでしたが、新春の
特別寄稿として某新聞に「幸福とは何か」というテーマで5人の著名人が寄稿していました。
その中で大阪府立大学教授の森岡正博さんが、私が常々心に思っていたことを見事に言い表す文章
で書かれていたのでご紹介します。

『人間の科学技術や文明はすべての困難や苦悩から逃れることを目的とし発展してきたようなもの
である。今日、地球上の3割にも満たない人々は、有り余る物資に囲まれて、およそ餓えること
などしらず困難や苦悩から逃れることこそ、それがあたかも幸福の定義であるといわんばかりの、
いわゆる『無痛文明』の時代になりつつあるのではないか。』

私よりも23歳も若い森岡先生が、私が30年かけて思い当たったことを見事に表現されたことに
驚きました。早速、先生の著書である「無痛文明論」を買い求め、数千円する高価な本でしたが
これからゆっくり読んでみようと思っております。

ヒトは難や苦痛から逃れることこそ幸福だと思い、そのためにいざ、困難や苦痛の場面に遭遇すると
それらを排除することこそ目的になってしまいがちです。
乳幼児の健診でだいたい1歳6ヶ月ぐらいになれば、知的な発達に障害がある子どもさんを発見する
ことがあります。その後、2次健診というかたちで、私ども児童精神科医のもとへ、親御さんがいら
っしゃるわけですけれども、最愛の子どもさんに障害があるというのは、ご両親にとって計り知れな
い悲しみを伴うものです。

その告知にあたっては、こちらも十分にご説明申し上げるわけですが、その際の親御さんの反応が
30年前、20年前、10年前、そして現在、で随分変わってきたような感じを受けます。昔の親
御さんはその場で大変なショックを受けられるものの、なんとか受け止めて納得してゆかれたもの
ですが、最近はどうかすると1日がかりでご説明申し上げても、納得されない、というか受け止め
きれない、または拒否されるんです。困難よりの回避という部分が色濃くでているような気もしま
す。

しかし、大きな喜びや幸せの前にはそれ相応の苦しみがあるんです。しかし、その苦しみを超えた先
に大きな喜びがあり、また、それによって今までと違う自分自身に変化し、成長したことを知ること
ができるんです。

昨今、乳幼児の虐待が新聞紙上をにぎわせていますが、ここで気をつけて欲しいのは、死んだからこ
そ、新聞に載るのであって、死なないまでも連日のように虐待されている子どもは恒常的に存在する
ということです。
例えば、最近保育園で性器いじりをする子どもが激増しているそうです。性器いじりというのは、今
から10数年前、ドイツの学者が劣悪な保育環境の児童養護施設の調査をした際に、愛情に餓えた子
どもたちによく見られると報告されたものなんです。

ヒトは乳幼児期の愛情が不足すると、それは必ずどこかで解決しようとします。 例えば、自体愛
(自傷行為・性器いじりなど)といった形で・・。 これは、乳幼児期の愛情体験のやり直しなん
です。間違えないでください、けして成熟が早いわけではないんです。


また、大学生や高校生、ともすれば中学生が性行動に走る例をよくみかけますが、彼女らの多くが
「性行為のそのときだけが唯一、ありのままの自分自身を受け入れてもらっているという実感する
ことができる」と語っているそうです。悲しいことですね。

例えば、朝、朝ご飯をたべさせてもらえずに登園する乳幼児がいる。保護者にいくら言っても、
「時間がない」の一言ですまされている。東京ではボランティアでそんな子どもたちに朝ご飯を食べ
させるグループも存在するんですよ。悲しいことですね。しかし、子どもたちに朝ご飯を食べさせな
い親御さんは、ご自分は出勤途中でモーニングセットなんて食べていたりするんですよ。なぜ、前の
晩に少し早めに休んで、朝ご飯を作らないのか。子どもにご飯を食べさせるより、寝ていたいという
のが本音なんでしょうね。

保育園の中で、子どもたちの遊びも変化してきています。
特にままごと遊びは劇的に変化してきました。昔は誰もがお母さん役をやりたがったが、今はだれも
やりたがらないそうです。そこで、保母が『○○ちゃん、ごめんだけど、今日だけはお母さん役をや
ってくれない?』と声をかける。そしてお母さん役の女の子はずーっと怒鳴り続けているそうです。

お父さん役にいたってはもっと悲惨?でお父さん役になった男の子は始まるやいなや、「じゃ、ぼく
はゴルフへ行ってきます」というそうです。そうでなければ何をするでもなく、ボーッとしているそ
うです。子どもたちが先を争ってやりたがる役はなんだと思いますか?"ペット"もしくは"あかちゃん
だそうです。どちらも、誰からも、無条件にかわいがられるからでしょうか。

 また、大学生と女子高生が、同棲することを親に反対されるだろうから殺そうと計画して、大学生
の方は実際、ご両親を殺してしまったという事件がありましたね。あの女子高生について、新聞社か
らコメントを求められて色々情報を頂きましたが、彼女は成績優秀、クラブ活動もそつなくこなし、
友人も多く、クラスメートの中には『学校紹介のパンフレットがあれば、表紙を飾らせてあげたいほ
どの優等生だった』と証言している者もいます。また、ご両親は教員でいらっしゃったそうです。
ご両親についての少女のコメントは『うざい』だったそうです。

この『うざい』とう言葉をどういう言葉で言い表すか私には難しいですが、家庭の中でくつろぐこと
ができなかったという意味に取れるかもしれません。
仕事柄、子どもさんのいらっしゃる女医さんや保母さん方とお話することがありますが、「おうちに
帰るときは女医さんや保母さんの顔で帰っちゃいけませんよ、子どもはお母さんに帰ってきて欲しい
んですから」と必ず言うようにしています。最近は本当の意味での「保護者」がいなくなったような
気がするんですよね。

保護者とは「母性=母」ではなくあくまで「母性=保護し、安らぎを与える立場としての親」「父性
=父」ではなくあくまで「父性=社会的な規範を教育する立場としての親」の2つの機能があると思
うんですが、最近はどうかすると、学校の成績や塾の成績に親が一喜一憂して、ともすると、学校の
先生みたいに「父性」ばっかり先走っている保護者が多いような気がするんですが、いかがでしょう
か?

父であれ母であれ、家庭の中での「母性」が確立して初めて「父性」が有効となるのだと私は思うん
です。母性の確立していない、くつろぐことのできない家庭では「父性」は効力がないと思うのです
ヒトはヒトとの人間関係のなかでしか自分の存在価値や充足感をえることはできないのです。
ですから、学校の成績とか気にする必要なんてないんです。実際、学校の成績が実社会に出てからの
そのヒトの能力と合致するなんて、誰も思っていませんよね。子どもだったら、友だちとの信頼関係
を築くことが一番大切なんです。

ヒトは 乳幼児期に、たくさん愛された経験があるとヒトを信頼するようになります。 幼児期は、
自律性(セルフコントロール)を学ぶ時期なんです。 自分が信じる人からしか、しつけられないん
です。 学童期には、勤勉性を学ぶことが大切です。それは仲間と知識・体験を共感することによっ
て 育まれます。友達同士の交流から何を学び、何を教え合うか、そういったった生き方の経験に
よって、 社会的に、勤勉に生きていけるようになるんです。

思春期は、価値観を共有できる友人と深く交わる時期です。 友人から選ばれ、選ぶ。そして豊かな
人間関係を築くことができるようになるんです。 子供の成長は、このような過程を経るわけですが
全ては、人を信じることから始まるんです。 つまりは、まず母親(養育者)との信頼関係なくして
は、その後の豊かな人間関係は 望めなんです。

様々な著名な方々がおっしゃっています。
サリバン:「ヒトは誰しもこの世に生まれてきたからには、存在する意味・価値を持っている。
そしてそれは人間関係の中にのみある。」
また世界的な指揮者のオザワセイジさんという方がいらっしゃいますが、この方ほど人との関係を
喜べ、また悲しめる人がいるだろうかと私は思います。

「友人を大切にする子に!友人から大切に される子に! 友人を愛する子に!友人から愛される子に
!」
それだからこそ、ウィーンフィルやボストンフィルのメンバーにあれほどまでに愛され、常任指揮者
を長く勤められた理由なんでしょうね。
また作詞家の阿久悠さんは 「子供時代をきちんと消化してこないと、大人にはなれない。」
ライフサイクル論で有名なエリクソンは 「ヒトは人を信じることができないと、自分を信じることが
できない。」


ヒトとして親として、子どもたちに与えることができる贈り物、それは豊な人間関係なんです。
まずは親御さん自身、ご自分の人間関係を豊かにすることが大切です。もちろん、ご夫婦の関係も。
それは散歩の途中ですれ違うヒトにおはようの挨拶をすることから始めてもよい。今日よりは明日と
いう気持ちで少しずつやっていけたらいいと思います。

何も急ぐ必要はないんです。今日よりも明日、明日よりも明後日、少しずつ変わってゆければいい
んです
以上、超長文のレポートにお付き合いいただき、ありがとうございました。(苦笑)

トップへ戻る