福祉記事拾い読み


目に付いた新聞記事について、私見を勝手に述べさせていただくコーナーです。
ご感想・ご批判等は福祉の掲示板へどうぞ。
みんなで議論しましょう。


第4回:援助職者のモラル 00.7.5
大新聞にも載っていた記事ですが、扱いが小さかったので…
7月4日付サンケイスポーツ大阪版の23面に大きく取り上げられていた記事です。
宮城県仙台市の中央児童相談所で、44歳の主任主査が、一時保護していた中学3年生の女子生徒にわいせつ行為をはたらいたとして、児童福祉法違反で逮捕されました。
それも、繰り返しの犯行であったとのことです。
この主任主査は勤務態度は真面目だったとの標記が、この記事内にありましたが、私はこれを見て、DV加害者の大多数に共通の特徴とダブらせていました。
この女子生徒は、親からの虐待がもとで児相の一保を受けていましたが、児相の職員の犯罪行為が嫌で、無断外泊を続けざるを得なかったようです。保護されたときは暴力団員と一緒だったといいます。
家庭、行政、暴力団の全てからこのような犯罪行為を続けられて、彼女の今後の人生を考えると、胸が締め付けられる思いがします。

そして何より、私の怒りに触れているのは、やはり行政職員のモラルの無さです。犯罪が行われたのですから、もはやモラルという範疇は超越しているのですが…
勤務態度が真面目で、しかも主任主査という権力も利用しての犯行です。かたや、保護される身でしかも未成年です。
彼女の訴えがどのように無視され、もみ消されてきたのか、また、彼女の行動が、どのように職員に評価されていたのか、ぜひ機会があれば問うてみたいものです。

大阪の一保でも、職員の態度を見ていると、保護される立場の人を見下しているとしか思えないような言動が目立ちます。
行政職員は、異動で、福祉の素人が、現場で自らの価値観を相談者に押し付けている現状がまだまだ多く見受けられます。
措置から契約に移行する福祉現場で、今後もこのような態度を取りつづけるなら、いつか大きなしっぺ返しを市民から受けることでしょう。(と私は思っています。)
今後の行政の綱紀粛正(あまり好きな言葉ではないです。自浄努力と表現を変えます。)を期待します。

第3回:虐待の認識

99.10.9
10月8日付朝日新聞朝刊の社会面に「長男虐待容疑 母と男を逮捕」という記事がありました。
7つの男の子に、「しつけ」と称して、殴ったり熱湯をかけたりしたということです。
これのどこが「しつけ」なのでしょうか。そして、例のごとく、母子と、同棲中の男性という、最も典型的な虐待家庭の構図です。
なにより、逮捕された2人がそろって、「しつけのつもりだったが、やりすぎてしまった」と話しているということです。
これを見て、私は、この2人は、もし長男を引き取ったら、同じことを繰り返すと確信しています。
なぜなら、2人は「虐待」「暴力」という自覚がないからです。
あくまで「行きすぎたしつけ」という、「しつけ」の枠内に居るからです。どこまでがしつけで、どこからが暴力かがわかっていない。これでは何も変わりません。

このような親は、一見、異常に見えるかもしれませんが、実際は案外多いのかもしれません。皆さんは何が「しつけ」で、何が「虐待」なのかが、はっきりと区別されていますか?
今一度、考えてみてはどうでしょうか。

第2回:役所の窓口の責任

99.10.4
大事件の影に危うく隠れてしまいそうな記事を、10月1日付の朝日新聞朝刊の社会面で見つけました。

「風の子学園」と言われて、皆さんはすぐに何かを思いつくでしょうか?
以前、広島県三原市にあった民間の施設です。
ここで1991年に、当時14歳だった少年ら2人がコンテナに閉じ込められて熱射病で死亡する事件がありました。
この事件で、死亡した少年の両親が、施設を紹介した姫路市を相手に損害賠償を求めた民事裁判を起こしていました。
そして、その判決が9月30日に最高裁判所で下されました。
判決は市に1200万円の賠償を命じるものでした。両親の勝訴です。

この判決により、「問題を起こした施設」を「紹介」した、「行政」の責任が明確にされたと言えます。
わたしの地元の大阪では、「安田病院事件」がありました。
新聞等でも報じられた通り、役所の窓口が、患者に安田病院を紹介していたという事実があります。実態を把握していたかどうかに関わらず、今回のような判決が下ったことによって、あるいはこれから同様の判決が下ることも考えられます。

「行政の窓口対応はいいかげん」というのは、一般市民の実感でしょう。
全国の自治体窓口の職員には、今回の判決を教訓にして、窓口対応のいいかげんさが招く結末を真摯に受け留めて欲しいものです。

私も、福祉の入り口に立つソーシャルワーカーの一員として、自分の職務を振り返る機会にしたいと思います。

第1回:プリケー

99.9.6
某暴力団が、連絡手段に、「プリペイド式携帯電話」を使うように指示を出したという記事を目にした。
この暴力団は、先ごろ成立した「通信傍受法」(私は盗聴法というネーミングのほうがしっくり来るのだが)対策のための手段として活用したとのこと。
この一見福祉とは全く関係のなさそうな記事を見て、私は「新聞記者もなんてことをとりあげてくれるんや」と思ったのである。
というのも、このプリケーは、DV被害女性の、有効な通信手段となる可能性を秘めているからなのである。

このタイプの携帯電話は、新聞記事にもあったとおり、まず、契約時に身分証明書が要らない。ということは、からだひとつで逃げてきた女性が、シェルターの外の公衆電話にびくびくしながら出かける必要もなくなるのである。なにより、躍起になって探す暴力夫(こうなってくるとストーカーと何ら変わりは無い)に、見つかる恐れも無く「電話回線の契約」が、自分の身分を明かさずに結べるのである。
ある意味、素晴らしく福祉的な通信契約サービスだと思う。

しかし、今回このようなことが記事になることで、恐らく警察も何らかの対抗手段を講じると思われる。もちろん犯罪を防ぐために必要な手段を講じるのは結構なことだが、このような記事のために、プリペイド携帯電話が、悪の温床のような論調で報じられ、サービスの休止につながることの無いように、切に願う次第である。
携帯電話も福祉の役に立っていることも一面としてあるということもお忘れなく。

さて、みなさんは私の意見、どう思われますか?