第九章 社会福祉とイデオロギー
 


*『ソーシャルワーク研究』Vol.22,No.2(1996)

T 社会福祉とイデオロギー

a、社会福祉とイデオロギーとの関係

 ここで社会福祉とは大きく捉えて現代産業社会の生活問題に対する社会的援助ないしサービスとする。社会福祉とはその対象者利用者から見れば、特定の場合に即したその場その場の(実存主義的)主観的なものであるが、特定の国や社会の制度として、その総体として全体的巨視的に見るならば客観的なものになる。そしてそれは時代と共に変わって行く。社会福祉とは歴史的なものである。

 社会福祉の制度にとって、価値ないしイデオロギーは重要な要素である。イデオロギーとはいろいろに解釈されるが、ここでは体制イデオロギーとして捉える。すなわち、その社会の基本的在り方についての価値選択の体系であり、それはしばしば複数であるとしても、社会的潮流としてのエトスとであり時代の精神である。それは普通〇〇主義という言葉で表される。

 イデオロギーはつい先日までは主として体制イデオロギーとして資本主義対と社会主義との対比における二極択一として用いられたが、共産主義の挫折とその後の展開によって、局面が変わり様相も複雑となってきた。本稿の目的はは社会福祉のタイプの変遷とイデオロギーとの関係を論ずることである。社会福祉の発展とその背後にあるイデオロギーの解明である。大雑把であるが、私なりにとらえた福祉をめぐるイデオロギーの対立と変動を概観し展望したい。

b、イデオロギーと福祉モデルの分類

 イデオロギーとそれに対応する福祉のモデルの分類はいろいろな学者が試みている。アメリカのウィレンスキーとルボーは早くから資本主義とそれに対応する残余的(residual)モデルと社会主義に対応する制度的(institutional) モデルの概念を導入した1)。リチャード・ティトマスは「残余的福祉モデル」「産業的業績達成モデル」「制度的再分配モデル」の三つのカテゴリに分類している2)。二分法でないので論理的に割り切れない所があるが、第二の「産業的業績達成モデル」はわが国などのような経済優先の傾向の強い状況の説明に有用であろう。

 T・H・マーシャルは社会主義と福祉国家主義と保守主義に分けた3)。ロバート・ピンカーもマーシャルの立場に近いが、制度的と残余的との二つの対極に対し、中間の第三のモデルの主体性を強調し、新重商主義的集合主義という言葉を打ち出している4)。 その他にも例えば、ヴィック・ジョージとパウル・ワイルディングは一九七六年の『イデオロギーと社会福祉』5)という本で、社会福祉をとりまくイデオロギーを「反集合主義」「消極的集合主義」「フェビアン社会主義」「マルクス主義」の四つに分類した。集合主義(collectivism)とは英国流の言い方で、資本主義を廃絶するという意味の社会主義でなく、個人主義、自由主義に立ち資本主義を認めながら社会主義的方策をとる立場である。

 同じ著者たちは、1994年の新版6)では、名称は代わったが殆ど同じ内容の「新右翼」「中道」「民主社会主義」「マルクス主義」に加えて、「フェミニズム」「グリーン主義」に分けている。この本で著者たちは各イデオロギーについて、四つの中心問題に対する考え方の違いを説明している。四つの問題とは、福祉における国家の役割、政策の可能性に対する評価、経済と福祉との関係に関する信念、理想社会の構成要素である。

 さらにヴィック・ジョージがロバート・ペイジと共編で一九九五年に出した『現代の福祉思想家たち』7)という本では、上記の六つのカテゴリに加えて、「人種/反人種主義」を挙げている。それらは、現代社会のイデオロギー対立の基本は変わらないが、女性の地位、環境保全、人種問題やナショナリズムの台頭などの新しい状況の一面をほのめかしている。
 

U 二〇世紀におけるイデオロギーと社会福祉の展開

a、T・H・マーシャルの説明

 二〇世紀も終わりに近づき、二一世紀を展望するようになった。社会福祉の発展を二〇世紀の大きな流れの中に大観することは意味があることであろう。

 T・H・マーシャルは現代福祉国家を一九世紀後半にその発端があるるとし、その著『二〇世紀におけるソーシャル・ポリシー』の中で一九世紀末の英国のイデオロギー状況を次のように整理している8)。この箇所は私が一九六八年に『現代社会福祉入門』(9)を書いた時、ここを読んで目を開かれた思いがし、構想とパラダイムの基礎にさせてもらった箇所である。

 「我々はここで三つの思想の流れを区別することができる。第一に純種の社会主義の流れがある。これは個人企業からなる<資本主義体制>と自由主義経済は、非効率的であり不公正であるという信念から出発する。それは一種の無政府状態であるから政治権力によって計画され方向づけられる事物の合理的秩序によって置き換えられなければならない。そのような秩序においては、すべての人々のニーズが自動的にその体制それ自身の作動によって充足されるばかりでなく、現在満足を求めてやかましく要求されているニーズの多くは存在しなくなるであろう。なぜなら、その原因、すなわち、主として生活における貧困・不潔・不衛生がなくなるからである」。「これは初めフェビアン主義者によって追及された思想の系統である」。

 「第二の流れはその当時を最も強く代表していたものである。その支持者たちは、その経済体制が多くの満たされないニーズを残し、その報酬の分配も不公正であるということを認めたが、財の生産と分配という純粋に経済的な課題においては、それに代わりうる他のいずれの経済的体制に較べても優れていることを主張した。したがって、彼らはその体制を根本的に変えようとは欲しなかつた。しかし、彼らはその体制は社会的欠陥をそれ自身ではいやすことができないと信じていたので、経済活動に干渉し、強制的に修正を施し補足する、国家の責任と権利を認めたのである。したがって、この思想の流派に属する者たちにとって、二〇世紀における最初の課題は、私企業と公的事業および統制との間に理想的なバランスが得られるまで、社会サービスを拡張し、チャーチルが社会の<集合的機能>と呼んだものを増大させることであった」。

 「第三の思想の流れの重要さはそれほどでもない。なぜならその影響は衰えつつあるからである。これは<保守党員>の思想であって、その考えによれば今の経済体制に重大な欠陥はなく、政府の主要な関心事はその経済体制が効率よく作動を続けるようあらゆる便宜と助長をはかることであった。もしすべての人が熱心に働き、子供達を世話し、病気と老齢のために貯蓄するとすれば、外部的援助が必要でありかつそれに値するケースは少数ですむのである。きびしく執行される<救貧法>は別として、公的社会サービスは労働と貯蓄への意欲を減らす傾向を持っている。したがって、福祉事業はできうる限り民間機関に任せるのが最もよいのである。これは当時最も重要な民間機関であった<慈善組織協会>の基本的な哲学であった。」

 そして「これら三つの見解は、現代社会の性格そのものに深く根ざしたものであり、したがってその背景は徐々に変化しつつあるかもしれないが今日でも生きているのである」とも述べている。

b、福祉国家の成立

 そしてそのような流れの中で成長した第二次大戦後の福祉国家の成立を論じた箇所では次のように述べている。

 「<英国福祉国家>の中心的柱は、<教育法><国民保険法><国民保健サービス法>であった。それらはそれぞれバトラー、ベヴァリッジ、ベバンというひとりづつの保守主義者、自由主義者、社会主義者の名を連想させる。世紀の初まりにおける社会政策の混在した起源を想起する時、<福祉国家>が徐々に日の目を見たとき、それが混合した血統に由来したということを見出だしても驚くにあたらない。その後の十年間に<福祉国家>が再評価の対象になったとき、その批判者は三つの政党すべてに発見された。ある批判者は原則を批判し、他の批判者は実践を批判した。そうかと思うと、他の批判者は、自分の理想に向って忠実に行動していないとしたのである。<福祉国家>の基本理念と方法を受け入れたどの国よりもそれを誕生させた国家が最も強烈な挑戦を受けたというのは奇妙な事実である。<福祉国家>はこれらの攻撃にもちこたえ、一九六〇年代の、さらに深く考察された建設的な批判に引き続き直面するのである」10)

 T・H・マーシャルは、すでに一九四九年の有名な「市民資格(citizenship) と社会階級」という論文において、市民資格の内容を公民的権利、政治的権利、社会的権利の三つに分け、英国では公民的権利は一八世紀に、政治的権利は一九世紀に、社会的権利は二〇世紀に国民のものとなったのであり、社会的権利の獲得によって英国は福祉国家となったと述べている11)

 現代社会で社会福祉といわれているものを大きく捉えると、一九世紀の資本主義社会が生んだ貧困と失業という二大社会悪に対する対応として生まれてきた社会的対策の体系である。それはその社会の全ての成員に対してその文化に応じた最低生活を保障する機構である。福祉国家主義とはその責任を国家が負うのであり、国家による公的福祉が主軸となった。

 貧困と失業という二大社会悪に対する対応として、二〇世紀はマルクス主義に基づく共産主義と福祉国家主義と呼ぶ二つの体制を持った。前者は第一次大戦を契機に世界を二分する勢いで発展した。第二次大戦では共産主義はファッシズムに対抗して自由世界と手を結んだが、終戦と共に冷戦が始まり、そして一九八〇年代末ソ連でのゴルバチョフのペレストロイカを契機とする共産主義の崩壊で大局的には終結した。

 共産主義はなぜ崩壊したか。それは大きな功罪を伴った世界的な壮大な実験であったが、大きな犠牲も伴い、人類に対して大きな教訓を残した。ある意味での経済的平等を達成したが、経済的階級をなくそうとして政治的階級がはびこった。私はその人間理解に浅さがあったのではないかと思うが、いずれにせよマルクス主義の失敗をどのように評価するかは大きな課題である。

 福祉国家を来たらすための方策はソーシャル・ポリシーの分野である。T・H・マーシャルはその目標を、一般的合意の得られやすい順に、1、貧困の削滅、2、福祉の極大化、3、平等の追及とした12)。英国では、ベヴァリッジ、R・H・トーニー、ティトマス、T・H・マーシャルやその他の人々が、労働運動とも相俟って福祉国家の手段的方策の創出に貢献し、そこに自ずから方策のセットが出来上がった13)。すなわち、ベヴァリッジのいう五巨人悪に対応して、社会保険と公的扶助の組み合わせによる社会保障制度、完全雇用政策、積極的優遇を含む医療・教育・住宅・ケアなどわたる諸社会サービス、財源調達としての相続税・累進的所得税などの再分配制度、などのセットである。
 

V 二〇世紀末のイデオロギー状況

a、福祉国家の危機と福祉見直し

 第二次大戦後、しばらく英国をはじめとして各国で福祉国家を謳歌する時期があった。ダニエル・ベルが豊かな社会の到来と楽観的に社会工学ですべてが解決するという「イデオロギーの終焉」を唱えたのもその頃であった15)。七〇年代に入り石油ショックを契機にして、八〇年代にかけて、福祉国家の危機とか福祉の見直しの声が強くなってきた。それは新保守主義の台頭と符合した。保守主義は、先にも述べたように、T・H・マーシャルが一九世紀末には重要性が薄れているとしたものであった。市場機構が経済発展には不可欠という認識が広まった。ここ一〇年の間に資本主義と社会主義をめぐるイデオロギの対立は、共産主義の蹉跌によって右に移動し、福祉国家主義は今や新保守主義と対峙しているといってよいであろう。共産主義体制は一部にのこっているが、中国のように社会主義的市場経済という従来から見れば少し奇妙な組み合わせも生じている。

 T・H・マーシャルは一九七〇年の論文「福祉資本主義の諸価値問題」16)において、福祉国家の体制(福祉国家主義)を「民主−福祉−資本主義」として表し、政治セクターは議会制民主主義(平等・多数決)、経済セクターは資本主義(自由競争・労働倫理)、社会セクターは福祉社会(ニード・利他主義)、という、各セクターがそれぞれ主体的に異なった諸価値基準を持って対峙し、バランスに立ったトロイカ体制として説明している。マーシャルは葛藤は社会の常態であるとも述べている。

 その考えから行くと、全体社会は大きく政治・経済・社会の三つのセクターの特性の組み合わせとして捉えられる。それぞれのイデオロギーの体制の構成と価値的対立を挙げると。政治セクターは議会制民主主義vs権威主義・権力主義(全体主義、一党独裁、軍事政権など)、経済セクターは市場経済・混合経済vs計画経済・統制経済、社会セクターは制度的福祉(福祉社会)vs残余的福祉、の対照となる。

 それを各イデオロギーに当て嵌めると、福祉国家主義は、上述のように、<議会制民主主義><市場経済・混合経済><制度的福祉(福祉社会)>の組み合わせとなり、新保守主義ないし新経済自由主義は、<議会制民主主義><市場経済・混合経済><残余的福祉>の組み合わせとなる。社会主義は民主社会主義と共産主義とに分けられ、民主社会主義は、<議会制民主主義><計画経済・統制経済><制度的福祉>の組み合わせとなり、共産主義は<権威主義・全体主義・一党独裁><計画経済・統制経済><制度的福祉>の組み合わせとなろう。

 上にも述べたが、冷戦の終結を契機に、中国などの諸国が変容し、社会主義的市場経済と銘打った<権威主義・一党独裁><市場経済・混合経済><制度的福祉(開放主義により残余的になりつつある)>の新しい組み合わせも生じている。

 
  その他かっての共産主義国では経済政策に破綻をきたし開放と銘打って市場経済を取り入れる国が増えているが、一方で一部の富裕層を生んでいるが、他方過渡期において経済セクターの破綻は社会セクターにも連動し、年金制度や雇用制度で多くの人々がインフレや国家財政の破綻によって辛惨を舐めている。

 他方いわゆる先進国のほうでも、一九九六年の六月現在の状況を見ると、ここ二〇年来福祉国家の危機と見直しが叫ばれて久しい。福祉国家批判のポイントは、一つは財政負担の問題であり、二つにはその福祉のエトスが経済や社会の活性を弱めるという仮説である。高齢社会における年金や医療のコストの増大はそれを誰がいかに負担するかの問題を大きくしている。そして福祉は経済を弱くするかについては、いろいろ議論がなされているが決定的な理論はまだないようである。

 今日ヨーロッパやアメリカの先進国では失業問題が重大になってきている。これは一九・二〇世紀の失業問題とは様相を異にしており、国際的な関連がますます大きくなり、もはや一国だけで解決できる問題ではなく、グローバルな解決が迫られている。また人間にとって仕事・労働・とはなにか、という哲学的な問い掛けも出てきている。

 ロバート・ピンカー教授は一九九六年五月来日の講演「英国におけるコミュニティケアの最近の傾向」17)という講演のなかで、福祉財源の逼迫から、医療など公的サービスの中の競争を導入する「疑似市場」化の現状を紹介している。医療のコストや老人福祉の領域での受益者負担、家族やボランティアへの依存の傾向を論じ、権利付与(entitlement) と応責義務(obligation)の境界範囲(boundary)は保守の側に移動し、国民は高負担高福祉か低負担低福祉かの二つの方向の選択を迫られていると述べている。

 わが国の場合をどう評価すべきか。戦後五〇年紆余曲折はあったが、谷間の平和の恩恵に早くから与かり、経済優先ではあったが、間もなく社会保障制度や福祉サービスも次第に導入され、それが社会的安定ひいては経済成長にも寄与し、大きく見れば、世界各国に比べてもそれほど劣らない「福祉国家」を築いて来たように思う。寿命の平均が世界でもトップであるのはそれを示していないであろうか。豊かさももうこのぐらいでよいのではないか。しかしながら、高齢化社会となり、これからは年金や医療や介護の財政的負担の問題が本格化しつつある。失業問題も遅ればせながら表面化してきた。我々は衆知を集めて「福祉国家」をより充実させなければならないが、しかし今や自国の利益ばかり追及するのではなく、世界にサービスをして「福祉国家」に加えて「福祉世界」への貢献を果たし、共存共栄を真剣に求めるべき時代なったと思う。

b、中道主義と新保守主義との対決

 ヴィク・ジョージとロバート・ペイジは前述の『現代の福祉思想家たち』(注18)という本のなかで、トーニーとティトマスは民主社会主義者(Democratic Socialist)に入れられている。そして中道主義者(The Middle Way)として、ケインズ、ベヴァリッジ、T・H・マーシャル、ガルブレイスなどが挙げられている。ロバート・ピンカーも当然ここに入る。

 従来イデオロギーの対立は資本主義か社会主義かとされ、それらは右翼とか左翼とか呼ばれた。前者は経済偏重で市場機構における自由競争と個人主義の擁護に傾き、後者は人々の生活重視で平等に傾くとされてきた。この図式は大筋では今日まで引き続き存在し、その時々の状況で振り子が右に左に揺れてきたのである。

 今日の価値対立のポイントは、大局的に見ると、振り子が右に揺れて、中道主義と新保守主義との対立が主流となっている。結局、「福祉国家」を守るものは、経済の重要性を認めつつ国民の福祉を達成をめざす中道主義で、それが生き残った感じである。それは二極原理の折衷とバランスに立つものであり、現実の姿にはかなりの幅の変動がある。しかし本来R・H・トーニーも述べるように自由と平等は一面対立し一面妥協させる必要がある19)。東洋の古典は「過ぎたるは及ばざるがごとし」「中庸は徳の至れるなり」と教えている。

 今日は中道の福祉国家主義が新しい右翼、新保守主義の攻撃にさらされているといってよい。かって『産業社会における階級および階級闘争』20)を著し、LSEの学長をも務め、現在オクスフォード大学のあるカレッジの学長を務めているドイツ生れのラルフ・ダーレンドルフは、西欧における最近の傾向を総括し、新資本主義に生じつつある傾向と市民社会への脅威を述べている。そして民主主義がその新資本主義に対応できるかどうかを問うている。また彼は世界資本主義の最近の傾向と、グローバリゼーション(世界化)の効果がそのような状況を固定化しつつあることを述べている21)。その議論の一部を紹介しよう

 「経済的世界化は新しい種類の社会的疎外と結び付くように見える。一つには所得の不平等が増大しつつある」。「新しい不平等は違った種類のものである。それは不平等化
(inequalisation)と言ったほうがよい。均等化とは反対に、ある者がトップへの途を構築することが、他の者たちの穴を掘ることになり、裂け目を作り、分裂させるのである。上位二〇%の層の所得は目覚ましく増加するのに対し、再下位四〇%の層の所得は低下する。大きな諸グループの生活機会のそのような違いは市民社会と両立しない」。
 「そのようなプロセスは、さらにより小さいが顕著な部分」としての「アンダークラス」を生む。「そのように社会的に疎外されている人々は一つの階級ではない」が、一部脱出する人がいるとしても「多くの人々は<公式の>社会、労働市場、政治的世界、より広い世界、とは接触を断たれている状況にある」。殆どのOECD諸国は五%ないし一〇%のそのような人々を抱えているのである。
 「そのような現象に加えて、グローバリゼーションの圧力の下社会的ダーウイーン主義が復帰し、その混合物はもっと致命的である。そこには少なくともヨーロッパにおいて一九世紀末と二〇世紀末の奇妙な類似が見られるのである。今や人々は野放しの個人主義の渦中にあるのである。個人々々は激しい競争の中にお互いに向き合い、最も強いものが制覇するのである。いやその成功の質がどのようであれ、制覇したものが最強とされるのである」。
 「それに対して市民社会を防衛する大衆運動はなぜ起こらないのであろうか。一九世紀末の労働運動に匹敵する二〇世紀版はどこに行ってしまったのか」「その理由は、グローバリゼーションの挑戦を見越して、個人化が市民社会ばかりでなく社会的葛藤をも変形させたのである」「本当に不利な状態にある人々、そしてそのような状態に陥ることを恐れている人々は、現在では新しい生産的勢力を代表していないばかりか、一つの勢力とさえ認められていないのである。富めるものは彼らなしでますます富むことができるのであり、政府は彼らの投票がなくても再選されるのであり、GNPは上昇に上昇を重ねることができるのである」。
 「社会的結合なしの経済成長と政治的自由か、政治的自由なしの経済成長と社会的結合か、これが現代社会の直面する選択肢であろうか」。「アジア的諸価値が新しい誘惑になっている。そこには政治的権威主義が付随している。経済的進歩が社会的安定と保守的諸価値を結合させることができるのである」。
 ダーレンドルフは、「福祉国家は変貌する必要がある。しかしそれは困難なしには行われ得ない」と述べ、「富の創出と社会的結合と政治的自由の文明的なバランスを保つにはどうすればよいのであろうか」と問い、六つの試論的な解決策示唆している。そして次のようにも述べている。「ある種の地域的諸ブロックの形成が今日世界の向かいつつある方向であると言ってよいであろう。しかしもし我々が、全ての人々の繁栄、全ての地域の市民社会、人々の住む全ての所における自由、を語るならば、結局我々は、特権的な地域だけではなく、世界全体(one world) とそれに相応しい諸制度に関心を持つのである」。

 ダーレンドルフの絵はあまり明るいものではないが、社会的ダーウィン主義(Social  Darwinism 、社会的進化論、生物の世界の弱肉強食、適者生存、自然陶汰、の原則は人間社会にも通ずるという説)が一九世紀以来の福祉の宿敵であることが分かる。それをつきつめると経済と福祉の関係と対立の問題となる。それを調整できたるめには健全な民主主義がなければならない。その際、R・H・トーニー、ティトマスらの民主社会主義は少し遠くなったが、中道主義の後楯となっているいってよいであろう。
 
W 二一世紀の課題と展望

a、「福祉世界」主義

 以上世界の現状を見ると、いろいろな問題は継起しているが、大筋から見ると福祉国家主義は健在であり、その方向しかないというのが私の見方である。しかしもはや1国だけのまた産業先進国にのみ通用するソーシャル・ポリシーは限界が出てきたのであり、大方の問題がグローバルに関連してきたのである。

 二〇世紀の後半において民主主義先進諸国は福祉国家たるべく努力してきた。我が国も例外ではない。しかし世界中を見渡すと一応のレベルでも福祉国家を達成したと思える国々はまだ少いのである。まだそれどころでない第三世界の多くの国々がある。「福祉国家」がすべての国民に対して一応の最低生活の権利を保障するものであるに対して、「福祉世界」とはこの地球に生をうけたすべての人が、世界市民として最低生活(ミニマム)の権利を保障されるような世界になることである。世界市民資格(world citizenship) とはそのようなものを現すものであり、それを目指すものを「福祉世界主義」としてよいであろう。二一世紀にはそれを目指さなければならない。

 私は他の所(注22)でも述べたが、世界的規模で考えて切迫した問題は相互に密接に関連する三つの問題(3W)に要約できると思う。その三つの問題とは、一、局地戦争と狂気の殺戮、圧政と難民の流出(War) 、二、絶対的饑餓的貧困と人口爆発(Want)、三、地球規模の環境破壊(Waste) である。それらはもはや詳しく説明する必要はないであろうが、一、について言えば、二〇世紀は狂気の戦争の世紀であったと言ってよく、少なくとも二一世紀の前半に、戦争と圧政をなくして世界平和の達成を目指すことは理想主義的過ぎるであろうか。二、について言えば、相対的貧困はともかく、少なくとも赦しがたい絶対的貧困をなくすのは「福祉国家」の第一の目標であったのであるが、これを「福祉世界」というグローバルな視野に適用するのは当然といえないであろうか。このことは人口爆発の危機と密接に関連している。三、の地球規模の環境保全も緊急な課題である。我々は他の生物とも共生して「安心して住める地球」を確保しなければならないと思う。

 これらの問題はお互いに密接に関連しているので別々にでなく同時にアタックすべきである。福祉サイドからは二、の絶対的貧困が当面の敵であるが、それは他の問題にも全て関連し、その解決は他の問題の解決に通ずる。

 もちろん今後とも各国は自国の「福祉国家」の充実に向かって努力しなければならないが、現在福祉国家の危機と言われている、福祉のカットや、新しい失業問題は一九世紀、二〇世紀のそれとは違って、国際化とグローバリゼーションに起因するものであり、もはや発想を新しくし「福祉世界」を考えずに解決策はないといえる。世界ソーシャル・ポリシーが課題となってきたのである。

b、脱・近代主義

 前者「福祉世界主義」と関連があるが、地球全体の容量と環境問題を考えると、GNP本位や経済成長至上主義がもはや通じないのではないかと思われる。維持可能な開発 (sustainable development) ということが至上命令になった。人格尊重という意味でのキリスト教的なヒューマニズムに仏教的な自然主義的生物共生主義を加味した新しい発想が必要になってきた、特に環境問題に関連して脱(または超)近代主義という考えが必須となるのではないか。先進国では従来「衣食住」と言われていた「人間の基本的必要」(human basic needs) が「医職住」に格上げされているが、「福祉世界主義」の観点から見れば、端的に「三度の食事を自分の文化の中で安心して食べられる」ことに縮小してもよいのではないかしきりに思う。先進国での企業活動もこれからは環境保全が第一義的な企業倫理となる。これを脱(または超)近代主義と名付けてよいかどうか分からないが、先進国は自己の生活水準を一部低下させても第三世界と折り合うことが要求されるであろう。未開に戻るというのではなくてなんらかの意味で、もっと大きくもっと物質的に豊かに、という近代主義を超えることが必要になってきたのである。

c、社会福祉の倫理的含み

 最後に社会福祉の倫理的道徳的要素に言及せざるを得ない。

 ダーレンドルフが言及した貧富の二極分解などの他、犯罪や銃社会、麻薬やホームレスなどの社会問題はアメリカ合衆国に顕著である。それにたまりかねたかのように、社会学者アミタイ・エツィオーニがコミュニタリアニズム(communiarianism) 運動を提唱し注目を浴び共鳴者が増えている(注23)。一九九六年七月にはジュネーブ大学で世界大会が開かれる。権利と同時にコミュニティへの責任を果たさなければ社会はもたないことを説き、生態学的自然環境の保全と並んで、社会的倫理的道徳的環境保全を唱えている。ダーレンドルフは前述の論文でコミュニタリアニズムを一九世紀末の集合主義に匹敵するものと述べている。

 ノーマン・デニスとA・H・ホールジィは、『英国倫理的社会主義:トマス・モアからR・H・トーニーまで』(注24)を書き、英国の倫理的社会主義の伝統を論じている。その本のなかでは、社会民主主義者のトーニーやティトマスも中道主義者のマーシャルも一緒にして倫理的社会主義者としている。T・H・マーシャルは資本主義、少なくとも市場経済を是認していたので、倫理的とはいえ社会主義者に含められたことに私は初めは意外に感じた。倫理的社会主義は英国での社会福祉思想と理論の本流の感がある。著者たちによる倫理的社会主義の一端は次のようなものである。
 

 「倫理的社会主義は一つのラディカルな伝統である。それは人々には英雄的であることを求め、社会にはそれを育成することを求める。それは、全ての個人に最高に可能な道徳的達成にとっての適当な条件を創ることを目指して、個人には行為の綱領と社会改良の手引きを提供する。それは人間性の理論(人間のパーソナリティに可能なこと)と、社会の理論(人間の社会構造において可能なこと)を前提とする。」
 「この伝統は、個人に対しては良心に訴え、社会に対しては民主主義を通して、責任と利他主義という原則を一貫して繰り返す」。
 「その中の全ての道徳的に自由な人々の平等な尊敬の交わり、コイノニア(分かち合いの仲間関係)」「そのような社会では、全ての他者の等しい自由とも一致する最高の自由を持つ。」

 福祉の基本は自立と噛み合う連帯の思想にあり、負担責任と福祉亨有の度合は倫理道徳の係数とも言える。世紀末のためなのかどうか分からないが、オウム真理教事件に象徴されるような反社会的悪魔的な不気味な非合理性にむかう思想の流れも見える。人間性の光と闇の両面性とパラドックスは底無しの感があるが、無制限に発達する価値中立的科学技術と情報革命社会の発展をもチェックし、正常を取り戻すものは、愚直・古典的かもしれないが、率直な倫理的道徳的な感覚であろう。
 

注                          
(1) Harold L.Wilensky & Charles N.Lebeaux,Industrial Society and Social        Welfare 1958,Russel Sage Foundation.
(2) R.M.Titmuss(ed.B.Abel-Smith & KEY Titmuss),Social Policy:An                Introduction,1974,George Allen & Unwin,
   (邦訳)三友雅夫監訳『社会福祉政策』1981,恒星社厚生閣(訳27〜29頁)
(3) 後出、注(8)
(4) Robert Pinker,The Idea of Welfare 1979,Heinemann
   (邦訳)磯辺実監修、星野政明訳『社会福祉三つのモデル』1981黎明書房
(5) Vic George & Paul Wilding,Ideology and Social Welfare 1976,Routledge &     Kegan Paul
(6) Vic George & Paul Wilding,Welfare and Ieology 1994,Harvester Wheatsheaf (7) Vic George & Robert Page edited,Modern thinkers of Welfare 1995,           Prentice Hall/Harvester Wheatsheaf
(8) T.H.Marshall,Social policy in the Twentieth Century [4th ed.]1975,
  Hutchinson Publishing Group.
   (邦訳)岡田藤太郎訳『社会(福祉)政策−二〇世紀における』相川書房、        1981,1990 (訳44〜47頁)
(9) 岡田藤太郎『現代社会福祉学入門』1968,黎明書房
(10) T.H.Marshall(1975)前掲書、訳 135頁
(11) T.H.Marshall, Sociology at the Crossroads and Other Essays                 1963,Heinemann 第4章   
(12) T.H.Marshall(1975)前掲書、訳 301頁
(13) 岡田藤太郎『社会福祉学一般理論の系譜−英国のモデルに学ぶ』1995相川書房 (14) 岡田藤太郎『福祉国家と福祉社会−社会福祉政策の視点』(増補版)1991相川     書房
(15) Daniel Bell,End of ideology 1964
    (邦訳)岡田直之訳『イデオロギーの終焉』創元新社昭和44年
(16) T.H.Marshall, The Right to Welfare and Other Essays ,1981 Heineman
   Educational Books
    (邦訳)岡田藤太郎訳『福祉国家・福祉社会の基礎理論−「福祉に対する権        利」他論集』相川書房,1989(第五章)
     なお、岡田藤太郎前掲書(14)1991、第四章参照。
(17) Robert Pinker,"Recent Trends in Community Care in Britain",1996.3 未刊
(18) Vic George & Robert Page edited,(1995)前掲書
(19) R.H.Tawney,Equality with an Introduction by R.M.Titmus,1964 George         Allen Unwin.
    (邦訳)岡田藤太郎・木下建司訳『平等論』1994相川書房(第五章、第七章)
(20) Ralf Dahrendorf,Class and Class Conflict 1959 Leland Stanford Junior
   University
    (邦訳)富永健一訳『産業社会における階級および階級闘争』昭和39年、ダイ      ヤモンド社
(21) Ralf Dahrendorf,”preserving Prosperity",New Statesman & Society 15/29     December 1995,
(22) 岡田藤太郎1995前掲書
(23) Amitai Etzioni,The Spirit of Comminity;The Reinvention of American         Society,1993,Simon & Shuster
(24) Norman Denis and A.H.Halsey English Ethical Socialism:Thomas More to
   R.H.Tawney ,1988,Claredon Press.岡田藤太郎(1995)前掲書参照
 


戻る