マレーシア・シンガポール(Malaysia ・ Singapore)


1994年、大学の友人と2人、あてのない旅に出ました。

私にとってはこれが初の海外旅行。

約3週間、シンガポールから入国し、出国するまでマレーシアをうろうろ。

主にバスを使って、シンガポールからティオマン島に立ち寄り、クアラルンプール、マラッカ、クルアン等

「ケ・セラ・セラ♪」を歌いながら、まさに「なるようになるさ」の旅でした。

詳しくは徐々に写真と共にアップしていくつもりですが、

ここではダイジェスト版をご紹介させていただきます。

    


語学力

この旅に出るときの語学力(英語)はしゃべるのも聞き取りも中学1年生のレベル以下。相手の話していることは普通のスピードではほとんど聞き取れず、知り合った人に電話で「I will write a letter」と言われたのを「ア、ライララ」としか聞こえないほどひどかったです・・。しまいには、世話になった人に「Did I disturb your trip?」(私はあなたの旅を邪魔したか)と聞かれたのを、何を勘違いしたのか「イエース」と答え、相手に変な顔をされたり。

それでもいろいろな人達と話しているうち、「When I was a child...」と文が話せるようになりました。旅に出る前、知り合いのドイツ人に「単語ではなく文で話せ」と怖い顔で言われたことがあったので、かなりコンプレックスがあったのですが、やっと文が話せるようになり、嬉しかったのを覚えています。

現地の言葉

同時に、現地の言葉(マレー語)も少しずつ教えてもらい、「テレマカシ(ありがとう)」「サマサマ(どういたしまして)」はもちろん、一番よく使ったのは「タンダス(トイレ)」・・・。そしてムスリムの友人ができたときは、お家を訪問するとき「アッサラーム・アライコム(アッラーの神の祝福を祈る言葉)」と言いなさい、と何度も戸を叩く動作と合わせて練習することになりました。きっと彼らにとって大事なことだからでしょう。

シンガポールでは英語の語尾に「〜ラ」をつけるので「It is hot today...ラ?」と変な言葉を作っていました。「郷に入れば郷に従え」、とはいっても変すぎたかなぁ。

好きな食品・マイローwithミルク

この旅で一番はまった食べ物(飲み物)は「マイロ」、要するに「ミロ」です。あの元気で強い子を作る、ネスレのミロ。ミロwithミルクを注文すると、カクテルを作るときのようなシェーカーに注ぎ、シャカシャカ振って、上の方から下の方にジャーっと勢いよく注ぐ動作を2,3回繰り返します。その間にほどよい温度になり、きちんと混ざって下の方にミロの粉がたまることを防ぐのです。これは、暑い国での熱い飲み物でしたが、かなりおいしかったです。

そして豆乳。暑くてバテた時に瓶いりorビニール入り豆乳が体にしみわたり、おいしかったです。

マンゴスチンのおいしさを知ったのもこの旅でした。あのミルクのようななんともいえない味にホウっとなりました。

バツー・ケイブ

素敵なところはたくさんありましたが、一番精神的にとぎすまされたのは、クアラルンプール郊外の「バツー・ケイブ」、ヒンドゥー教の聖地とされるでっかい鍾乳洞です。長い階段を登りきると、ヒンドゥーの祈りの音楽(praying music)とコウモリの大群・・。なんとなく神秘的なところで、お祭りの時には体に鉄の串を刺したりする信者の姿が見られるそうです。私はここで自然という名の神を感じました。

ホームステイ

旅は出会いの連続といいいますが、この時も例外ではありませんでした。語学力もなく、不安げな若い女の子二人・・・というといかにも狙われやすい格好のカモです。しかし変な人に騙されるどころか(気づかなかっただけかもしれないが)、親切な人達に本当に世話になりました。ティオマンで知り合った人が「この子達をK.L(クアラルンプール)までよろしくね」と誰かに頼んでくれ、その頼んでくれた人が責任感強く、宿探しまで手伝ってくれたり、そのまた知り合いが世話してくれたり・・。

そしてひょんなことから、ジョホールのクルアンというところに住むある一家にホームステイすることになりました。すごい金持ちできちんとゲストルームが用意されており、ボロ宿で女二人一つのベッドに寝ていた私達はここで安眠することができました。目の前には牧場が広がり、町の喧噪とはうって変わった静かな環境でのひとときでした。

トイレ

ご存じの方も多いと思いますが、東南アジアはおよそどこでもトイレは手動ウォシュレット。紙はなく、便器の横にホースがビロンとあったり、バケツがあったりします。これで(左手で)用をたした後、洗うのです。紙でふくよりきれいだし、痔のある人にはおしりに優しくていいと思うんだけど、困るのは「乾燥」でした。みんなどうしてるのかな。

紙を使うと詰まりやすいみたいで、時々紙と便が重なり合ってこんもりした便器を見かけました。ゲーっと思いながらも、切羽詰まっているとさらにその上にしちゃったりして・・。掃除の人よ、許してぇ。「有料トイレ」はああいう状況をきれいにするのが大変だから存在するのかしら。

そして少量の水で上手に流す方法も体得しました。泊まったボロ宿のトイレにはフラッシュするレバーなんてついてないから、バケツに水をためておいて、ジャーっと流します。この時、いくら水の量があっても流れないときは流れない。少しの水で流すには「角度」と手首のスナップが大切。便座にバケツの端を少し引っかけ気味にして、手首をクリっと返します。すると、便がたまるところから排水口の間に水圧がかかり、シュウーっと流れます。

夜店

K.Lの中華街近く、夜店がいっぱいでる裏通りはエキサイティングでした。「除毛クリーム」を「ガマの油売り」風口調で売っていたり。「さあさあ、寄ってらっしゃいみてらっしゃい、サーっと余分な毛が取れる魔法のクリームですぞぅ」といった感じ。実演販売はいいけど、そのうち除毛する毛がなくなっちゃうよ、売ってる人・・。

ビックリしたのはマニア向け生写真。「死体」とか「目が一つしかない赤ちゃん」とか「四肢欠損者」等の写真売り。怒りと悲しみで胸がいっぱいになりました。サーカスとかで生まれつきの身体障害者が出演させられたりする話はよく聞くけど、あれは彼らのお金を得る手段であるとも聞く。この写真もそういった他にお金を得る手段のない人達のためにあるのだろうか?それとも単なる好奇心のため?

宿

宿は二人だったのでドミトリーではなく安宿のシングルまたはダブルに泊まりました。だいたい一泊何百円かを二人で割っていました。蚊帳をベッドの端に折り込み、お姫様気分です。その蚊帳の上をヤモリが這っていたりするんだけど、虫を食べてくれるからいいや、と共存します。あっちのベッドはだいたい柔らかいので一人が動くとこっちもボヨーンと跳ね返り、酔いそうでした。

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