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教育基本法について

(教育改革国民会議 −第1分科会− 2000年6月15日提出レポート )

曾野 綾子

 大東亜戦争の被害が人命の犠牲を強いたとすれば、戦後の教育の荒廃は、精神から人間性を奪ったとい う点で、それにも劣らぬ大きい被害を与えました。

 その原因は、長い年月、民主主義の名を借りた安易な「自由放任」の姿勢にありました。民主主義は、 51パーセントの賛成の前には、49パーセントが、自分の意志が通らないことに苦しむことを基本的な 形にしています。しかしいつのまにか社会は、この原則と痛みを忘れて、「一人でも反対があったら橋を 架けない」「一人の落伍者も出さない」という形の全体主義を採用しました。これは偽の民主主義とも言 うべきものでありましょう。

 言うまでもありませんが、反対者の心や落伍者の不安を放置しておけ、というのではありません。しか し平等というのは、誰にも不幸がないことではなく、誰もが同じ学力を持つことでもありません。誰もが 不幸に耐える力を持ち、誰もが、その子供の資質にあった教育の方途を与えられることです。

 しかし、親、教師、社会、その多くは、相手から嫌われるのを恐れるあまり、易々として子供の身勝手 な要求に迎合しました。それは、決して民主主義的な姿勢ではなく、ただ自分が若い世代から嫌われまい とする、卑屈な求愛の精神から出たものと私は考えています。

 子供だけではありません。社会は多くの嘘を、決して正視しようとはしませんでした。その幾つかの例 をあげましょう。「1人の人間の命は地球よりも重い」と言う言葉は非常にもてはやされましたが、それ は全く事実に反したものです。私たちは誰もが、1人の死者も出さないようにあらゆる部門で努力してい ます。しかし9人の命を救うために1人の命を犠牲にしなければならない状況がしばしば起こることはよ くあるのです。ですから1人の命は9人より軽いと見るのが正確でしょう。だからと言って、人間の生死 を数で割り切れるものではありません。私が生涯携わって来た文学もまさにその点を衝くことを使命とし てきました。

 一方そう言っておきながら、一部の女性たちは「生む生まないは女の自由よ」と言い、その言葉もかな りもてはやされました。それは避妊を認めよということだけではなく、中絶の自由をも認めよということ でありました。もし「1人の人間の命は地球より重い」なら胎児の命も同じでしょう。妊娠22週目位ま でならさまざまな理由をつけて中絶も合法的にできる、というのは、欲しくない子供の命を中絶するの は、時期さえ誤らなければ殺人にならないということです。その期間をほんの20週間ほど過ぎて出産 し、殺して遺体をコインロッカーに放置すると、殺人に問われる。犯罪者になる。どうしてそうなのか、 ハイティーンにも、私にも理解できない問題です。たいていの胎児の生命は、6、7週まで育って中絶し なければ、90パーセントまではすくすくと育ち、確実に一つの人生を味わうことが可能なのですから。

 ここには論理の矛盾が、公然と放置されています。私をも含め何千万という人がこの論理を見聞きしま したが、おかしいとも非人道そのものだとも言わず、それを是正する運動を起こさなかったのは、恐ろし いことです。

 何であろうと筋を通さねば、教育などできるわけはありません。生命を絶てば、それは殺人だというこ とは明瞭です。しかし私は中絶しなければならなくなった人を非難しているのではありません。小説家で すから、むしろ子供をあきらめねばならなかった多くの人たちのそれぞれの理由を想像し、深く共感し、 共に悲しみ、結婚はできなくても一人の女性が子供を生んで育てることのできる制度と人間的な状況とを 作らねばならない、としみじみ思いました。しかしそれと「女の自由」を楯に、中絶するのは何でもない こと、むしろ進歩的な発想だというのは違います。理由は簡単です。性行為なしに子供は生まれないので すから。(マリアがイエスを処女懐胎した、という話以外には……)

 むしろ人間は、誰でもたやすく殺人を犯す可能性を持つのだ、ということを自覚することが人間になる ことでしょう。合法的な中絶という制度を作って、自分はあくまで平和的で進歩的な人間であり、決して 人を殺す側には廻らないのだ、と簡単に思えることの虚偽性の方がはるかに恐ろしい結果を生むと思いま す。


 信念も勇気も戦後の日本では価値を失っておりましたし、個人の責任において他と異なった判断をする ことを、人道や正義に反するという名の下に弾圧しました。その先端を切ったのが、過去には、中国のこ となら一切批判しないという態度を貫いた新聞(1紙と1通信社だけは違いましたが)報道の偏向、今な お差別語狩りに異常なまでに狂奔するあまり、歴然と言論の自由弾圧を行っているマスコミの責任はまこ とに大きいものです。彼らは大東亜戦争の時、戦意高揚に大きく働いたにもかかわらず、何の自己批判も なく、今また同じ精神の構図を見せています。しかし私はマスコミだけを批判しているのではありませ ん。真実から遠いことを、政治家も、教師も、親も、そしてマスコミも、平然と言い続けたのでありま す。

 ほんの一例ですが、政治家も公務員も「国民の皆さんが安心して暮らせる社会」などというものを約束 して平気でした。今回の選挙でも津々浦々で、立候補者がこの手の見え透いた嘘の表現をつき続けている ことでしょう。しかし現世には、安心して暮らせる場所も時間もどこにもありません。そういうものをあ ると信じ、要求し、約束する人々の精神からは、真の教育は生まれるわけがありません。

 マスコミと同じように教育者たちもまた多くの嘘を排除しませんでした。その一つは、人間が平等であ るという理想を現実と混同したことです。もちろん私たちは、誰もが、同じ程度に衣食も足り、最低限人 間らしい家に住み、教育と医療を受けられ、思想、信仰、表現、移動の自由を保証され、職業と結婚の選 択の可能な社会を望むことに変わりはありません。しかし世界の現実は、そのような理想とは、はるかに かけ離れた状況にあります。

 全地球上の人口の約3分の1が未だに電気の恩恵を受けていない、と言われていますが、電気と民主主 義とは不可分の関係にあります。電気のないところでは、民主主義は成立しません。誰かの政治的理念 を、同等に、正確に、素早く、住民が聞く手段がないからです。また選挙を素早く集計する方法もありま せん。したがってそのような土地では、今でも族長支配的な政治形態を採ることになります。

 平和というものは、一部の限られた先進国の間でのみ可能な観念で、日本人は簡単に平和を口にし、 「皆が平和を望めば平和になる」などと大人でさえ信じていますが、アフリカの国の中には部族抗争が続 き、もう数10年間、平和というものを見たことがない、という人たちもたくさんいるのです。平和を見 たことがないのですから、平和とはいかなるものかを想像することもできません。しかもそういう人たち の平均寿命が20歳代の後半か或いは30歳代で、それ以上生きることは僥倖という国があるという衝撃 的な事実は、つい先頃発表された統計で明らかになりました。

 国家も、社会も、個人も、決して平等ではありません。才能にも健康にも生まれた環境にも明らかな不 平等があります。不平等どころか、片方は人間で、片方は動物、という階級差が存在する国に、私は度々 行きました。不平不満は地球が存在する限り続くでしょう。その認識から出発しない限り、人間の平等に 向かって一歩一歩進むということはできないことです。この一言も、教師や親は言わずにごまかして来ま した。


 しかし人間の英知と、健やかな心と、共生による人生の諸相の発見は、この上なく面白いものですか ら、私たちは「あいつは変わっているけどおもしろい」とか「鈍感だから病気をしないんですなあ」とか 「とにかくあの人は優しいんですよ」とかいう具合に、その違いや否定的な要素の中に、言葉を変えて言 えば「よさの中にも悪さの中に」も等しく偉大な人間的意味を見つけることが可能なはずでした。

 しかし人々は次第に、自分の評価でものを見る力を失い、ランクづけ、分類化、平均化といった政治的 視線を、個人の生活の目標とするようになりました。

 学歴主義も、安全な職場志向も、ブランドものという名の大量生産品を夢中でほしがる若い人々のファ ッション性も、つまりは自分自身の評価を失い、評価を大衆の眼に合わせようとした結果です。本来なら ば、人間はいかなる状況の中でも、自分が生涯を賭けた好み、自分がそこにおかれた意味を発見できるは ずなのです。それを可能にするのは、他人とは違った判断をする勇気そのものです。しかしそのような勇 気も才能も習性も、教育は教えませんでした。

 皮肉なことに、禁止こそが、自分の情熱や、時には命までも賭けて手にしたいと願う道の発見につなが るのですが、戦後の教育は時には道徳に反することまで許しましたから、若者たちは、心身の飽食と放縦 の中で、みずからの責任において選ぶことの方途も意味も見失ったのです。足りない時にこそ、人はどう しても手に入れたいものを明確に発見するものです。


 そもそも教育は誰が行うかという点に注目しましょう。「教師は労働者である」と自ら宣言するような 教師などに、教育ができるわけはありません。その時点で自ら思考する能力のある教師たちは、自分の使 命と尊厳にかけて反対する戦いを始めるべきでした。

 過去にこだわるのはやめにしますと、小学校5、6年生に自我のできかける年ごろ以上の年齢の子供に は、教育の責任は次のような比率である、と教えるべきでしょう。

 50パーセント 当人。
 25パーセント 親。
 12.5パーセント 教師。
 12.5パーセント 周辺の一般社会。

 つまり「自らの教育を他人任せにするな」ということです。

 それより幼い年頃の子供に対する教育の責任は、

 50パーセント 親。
 25パーセント 教師。
 25パーセント その子の身の回りの社会。

 と私は考えています。

 いつの社会でも、どの時代でも、内外のさまざまな理由が、子供の人生に介入します。人のせいにして いれば、望ましい要素でさえその子を傷つける理由になります。

 実に教育を骨抜きにしたのは、皮肉にも戦後日本の幸運と政治の成功にありました。現在の日本に、望 ましくない要素が多くあることは事実です。それにもかかわらず日本は今なお、世界で「夢のお国」で す。

 1) 清潔な水が飲める。
 2) 餓死するような人も、乞食も、行き倒れも(例外的にしか)いない。つまり社会保障の制度があ る。
 3) 医療は誰にでも比較的すみやかに受けられる。
 4) 弱者の悪口は言えないが、強者の悪口は言える。
 5) ほとんどの人が雨の漏らない、電気、水道、暖房、浴室、炊事場などが屋内にある家に住み、テレ ビや電話などを使える。
 6) 行きたいところに行くことができ、親の出身が何であろうと、子供は自分の才能次第で、いかなる 職や地位に就くこともできる。
 7) 誰もが税金を納めている。
 8) すべての不正な人は、(地位や財力に関係なく)罰される。
 9) 誰もが教育を受けられる。
 10) 条件をやかましく言わなければ、働くところがある。
 11) 血を流すような内乱や部族の抗争がない。

 もちろん時々の例外がありますが、今までに108カ国を歩いた私の、それが実感です。

 それにもかかわらず、日本は悪い国だ、という人がいて、殊にマスコミがそうした空気を後押ししまし た。私たちはもっと子供たちに厳しい現実を教えるべきでありました。


 今までの日本の文化の姿勢は、受けることを要求することにありました。しかし人間の生活でもすべて のものが、還流する時、健全な様相を見せます。食事の摂取と排泄、呼吸においては呼気と吸気、睡眠・ 休息と勉学・労働、貯蓄と消費、日常性と冒険、喜びと悲しみ、成功と挫折。すべてこうした対立的な状 況を過不足なく与えられることによって生はなりたち、完成し、人間性は豊かな厚みを帯びます。長寿が めでたいのは、人間が幼児期と青年期と老年期と、それぞれに違った制約や才能を持つ3つの時期を全て 体験できるからです。

 私たちはそれらのどの瞬間においても、自由に心の余裕を持ってその状況を正視しつつ運命を受け止 め、自分を生かし続けるようになりたい、教育はその目的に向かって力を貸すものだと思っています。つ まり人間は順境においても逆境においても、富においても貧困においても強くなければなりません。また そのどちらの状況にもとらわれない自由な精神を持たねばなりません。しかし日本においては、順境や富 にしか、教育の意味を見いださない親と子をつくってきました。


 日本の教育は、半分を欠落させていました。

 子供たちは、飢えも不潔も、貧困も運命に放置されることも、決定的な暑さも寒さも、知らなくなりま した。

 危険はあらかじめ取り除くように処置するのは当然ですが、それでもなお、危険がなくなるということ は現世ではあり得ないのですから、危険を予測する本能、危険を避ける方法を知ることは、生きるために 必要です。

 ナイフで人を刺す子供が出ると、ナイフを学校に持って来ないような規則を作ればいいというほどに、 日本人は安易で姑息な考えに陥りました。しかし今なお地球上の多くの地域で、男たちはナイフなしに生 きることは考えられません。それらは枝を切り、布や皮を割き、動物の肉を分けるために必要なものであ り、結果的には人間の生命を支える不可欠な道具でした。日本のようにナイフは生命を絶つものだ、とい う考えは、まことに偏頗で、ナイフこそ生きるために必ず携えなければならない道具だということを、日 本人は全く考えられなかったのです。

 毎年、1,600万人以上もの人たちが海外へでかけて行くというのに、こうした生活の原型は、あまり学 ばれず、したがって子供たちに伝えられることもありませんでした。

 外国に行けば、途方もない思考の違いに悩みます。アフリカの多くの土地では、私たち外国人は「悪魔 の眼」を持っていると信じられています。私たちが違うと言っても彼らの文化が、長いことそう信じて来 たのです。

 言葉も通じず、文化の一致点もない土地で、しばしば握手さえも淫らと思われ、微笑さえ(悪魔の眼 で)見つめられることとして恐れる人々がいる中で、たった一つ私たちがそれらの因習と関係なく示せる 意志表示があるとすれば、それは相手国の国旗国歌に対して起立して敬意を表するということなのです が、それさえも多くの教師たちは理解しませんでした。

 日の丸は血塗られた旗だと、私は聞かされましたが、大東亜戦争の犠牲者は多く見積もっても300万人 前後でしょう。しかし戦後の日本では、実数をつかむことは非常にむずかしいことですが、産婦人科の医 師の中で、中絶数を1億と見なす人もいます。実に大東亜戦争の33回分の殺人が、行われたのです。戦争 は自分が殺されるか、相手を殺すかの切羽詰まった状況でおこなわれますが、中絶は一方的です。声を挙 げて助けも求められず、デモもできず、反対運動の署名もできない、文字通り一番弱者である胎児を一方 的に始末するのですから、これほどの残虐な行為はないでしょう。日の丸が血塗られた旗とすれば、その 血の量は、比べものにならないほど戦後の中絶の血によって血塗られています。それが、現代の常識であ りました。基本と論理を通さなければ、教育などできるわけがありません。


 試験管ベビーというものがあるとすれば、戦後の教育を受けた子供たちは、ガラス箱に保護された子供 になったというべきでしょう。外気も当たらず不快な雑音も聞こえず、食べ物は間違いなく与えられ、危 険も入っては来ない生活をよしとされたのです。

 健全な生活というものは先に述べたように、受動的(passive)に与えられるものと、能動的(active)に 与えるものとが、拮抗していなければなりません。

 また現実の生活と、観念の世界とが、過不足なく入ってくるのが当然です。しかし親も教師も、テレビ やコンピューターなどによって与えられるヴァーチャル・リアリティー(仮想的な環境から受ける感覚の 擬似的体験)に過度の理解をしましました。こうしたものは、年齢、その他の研究などの明確な目的や必 要性を持つもの以外、発達途中の子供たちにはかなり有害なものだ、という一言も怖くて言えなかったよ うに見えます。

 どんな悲惨な恐怖も、テレビの画面からはこちらに入ってきません。飢えも戦いも文字通り「絵空事」 です。ペットを飼うことは能動的な行為でそれゆえに意味があるのは、ペットは餌を食べ排泄をするから です。そこにこちらが関わらねばならないという絶対の義務的領域が発生します。しかしロボットのペッ トは、餌も要らず排泄もせず、電池を切れば、忘れていられます。そのような関係が、どれほど身勝手で 安易な考えを子供の心に植えつけるものか、私たちは考えなければなりません。それゆえ、ヴァーチャ ル・リアリティーは多くの場合有害です。

 ヴァーチャル・リアリティーは他者の存在も希薄にしました。現実に存在するのは自分一人なのですか ら、自分だけがよければいいのです。ホームレスは公共の公園や駅に寝泊まりし、学生は万引きを遊びと 感じ、欲望のためには「援助交際」をしました。

 日本の若者たちはこのようにして架空世界を信じ、現実の世界では身勝手に生きるようになりました。

 現代国語などという時間は要りません。その代わり、徹底して、書き取りを学ばせ、哲学と古典を教科 にいれるべきでしょう。そしてできれば、それぞれの自分の宗教を学ぶ時間を作って当然と思います。


 この会議に出るようになってから、私は、多くの教育に実際に携わっておられる方々が、すでに日本の 教育は手を施すすべもない危篤状態に陥っている、と思っていることを知りました。私は、重病くらいに 思っていたのですが、「そろそろ親戚の方々をお呼びになった方がいいと思います」という段階だそうで す。

 しかし私は希望を失ってはいません。日本の子供たちの悲劇は、能力があるのに、それを使われていな いことです。それは、教育を司る官僚、教師、親に、勇気がないために危険を冒すことを恐れ、失敗した 時の責任ばかり考えて何もしないからです。

 こうした現状を考えて、私は、それを打破する一つの具体的な方法を提唱します。

 抽象的な勉学と、人間が生存するための行為とは、どちらも2個の車輪のように等しく行われなければ なりません。

 最終的には、満18歳ですべての国民に、1年ないしは2年の奉仕期間を設定し、動員することです。明 確にしておきますが、これは兵役ではありません。軍事的行動や技術は全く教えません。これは文字通 り、それまで社会、親などから受けて来た恩恵を、いささかでも、社会に還元するという自然な人間的行 為です。

 しかしいきなりその段階に行くといささか無理があるでしょう。ですから次の段階で行うことが可能で あると思われます。

1) 小学校、中学校は、毎年9月初めから、約2週間、学校の必修として、各地に分散して設営された簡素 な宿舎で、共同生活をし、おのおのその年齢に合った肉体労働をする。

2) 高校生は、大学受験が終わり、就職先も決定した3月末から最低1ヵ月、できれば2ヵ月間動員する。 既に社会で働いている、同年齢もこれに合流する。国有林の下草刈り、農作業の手伝い、老人介護、な ど、健康状態や体力の差に応じて、奉仕活動に従事させる。男女の差はない。身体障害者も同じように動 員し、できる仕事をさせる。

3) 各地方に分散して、受け入れのための質素な建物は作るが、大部屋、トイレ、簡単な暖房、シャワー ぐらいは用意するが、徹底して、共同生活に馴れさせ、肉体労働に従事させる。これらの動員の補助的指 導と訓練には、海外青年協力隊員、警察、自衛隊、海外駐在員などのOBや、シルバーボランティアを当 たらせる。

4) このための時間と費用を捻出するため、既に時代遅れの感のある修学旅行制度は廃止する。

5) 関係各省庁が挙げて協力し、必要な予算をつける。

 なお、1年ないしは2年間の奉仕活動を設定すれば、老人介護などの問題はほぼ解消するものと思わ れます。


 教育を改革するための多くの試案は、今までにも度々出されたと思います。しかしそれが実現されなか った理由は、制度の変化を嫌う怠惰な精神、新しいことを試みることへの関係者の臆病、事故が起きた時 自分が責任を取らされまいとする卑怯さにあったと思います。

 今回の教育改革に当たって提出される多くの問題が、再び、怠惰、臆病、卑怯、によって回避されたり 拒否されるならば、私たちはそれを明らかにしなければなりませんし、その経緯を国民に告げる義務もあ るでしょう。


 教育基本法は、数カ所に曖昧な点が残されており、厳密に再検討を要するものと思われます。

<参考>

教育改革国民会議
趣旨:21世紀の日本を担う創造性の高い人材の育成を目指し、教育の基本に遡って幅広く今後の教育の あり方について検討するため、内閣総理大臣が有識者の参集を求め、教育改革国民会議を開催することと する。

日本人へ (教育改革国民会議 第一分科会 報告書収録 2000年7月26日)

第1分科会の議論をもとに
文責 曾野 綾子

(物質的豊かさと平和の中で)

 近年、日本の教育の荒廃は、見過ごせないものがある。子どもはひ弱で欲望を抑えきれず、子どもを育てる べき大人自身が、しっかりと地に足を着けて人生を見ることなく、功利的な価値観や単純な正義感、時には虚 構の世界(ヴァーチャル・リアリティ)で人生を知っている、と勘違いするようになった。

 その背景には、物質的豊かさと、半世紀以上も続いた平和があった。
 日本は世界でも有数の、長期の平和と物質的豊かさを誇ることのできる国になったが、その目的に到達する と共に、自身で考える力、苦しみに耐える力、人間社会の必然と明暗を、善悪を超えて冷静に正視する力を失 った。
 情報の豊かさは開かれた社会には不可欠のものであるが、同時に人は情報の波に溺れて、自らの存在を留め るべき錨を失った。経済の発展と共に、人間性を伸ばすことはそれほどの困難なことだったのだろうか。
 すべてはまことに皮肉な結果であった。同時にすべて想像されうる変化でもあった。

 
(善と悪の狭間で)

 戦後教育の危険性は、はるか以前から意識されていたが、ここへ来て、教育の欠陥の病状は俄かに明らかに なった。
 戦後教育は、人間が希求するものと、現実の姿とを混同した。私たちは自由を求めるが、しかし人間が完全 な自由を得るということは至難の技である。私たちは平等を願うが、人間は生まれた瞬間から、平等ではな い。運命においても才能においても生まれた土地においても、私たちは決して平等たり得ない。
 しかし私たちが自由と平等を、永遠の悲願として持ちつづけることは、当然である。
 私たちは偶然、日本を祖国として生を受け、その伝統を血流の中に受け、それぞれの家族に育まれ、異なっ た才能を受けて生きてきた。その歴史を持たない個人はなく、その個性を有しない人もいない。それはまさに 二つとない人生であり、存在である。教育はその貴重な固有の生を育て、花を咲かせる以外、最も見事な収穫 を得る方法はない。
 実に私たちは、現実のただ中に常に生きているのである。そこには限りなく善と悪との中間に位置する人生 が展開するだけである。故にこの瞬間に、悪の姿が見えても、私たちは絶望する必要もなく、次の瞬間に善の 輝きが見えても安心することはできない。その葛藤の狭間に、私たちは育ち生きるのである。
 私たちはただ目の前に存在する子どもを、あるがままにいとおしむ。
 母は幼児の間、常に子どもを抱きしめることが自然である。やがて母は目の届く範囲で、子どもを自由に放 ち、しかしじっと見守り、初歩的な生きる技術とルールを教える。そこで、子どもは初めて厳しい人生を味わ う。やがてさらに成長すると、母は子どもを意識的に離し、その子どもの全人格をかけた自由な決定を承認す る。

 
(人生の最初の教師)

 教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である。学齢期までの子どもの 躾は父母の責任と楽しみであり、小学校入学までに、既に生活の基礎的訓練を終えて社会に出すのが任務であ る。即ち、家庭においては父や母の愛と庇護とその決定権のもとにおき、団体行動に従えること、挨拶ができ ること、単純な善悪をわきまえること、我慢することなどの基礎的訓練を終えることとし、それが不可能な子 どもに対しては父母だけに任せず社会の叡智を集めて外部から助けるべきである。なぜなら子どもは、一軒の 家庭の子どもであると同時に、人類共通の希望だからである。
 通常子どもは誉められることと、叱られることとの、双方に親の愛情を感じる。誉められるばかりの子ども は、しばしば叱られるために悪いことをするようにさえなる。しかし叱る場合にも、親は心理的余裕と、その 教育的効果を落ち着いて判断できる状態にいなければならない。
 また子どもは、父と母を本当は尊敬したいのである。故に父が直面している生活の厳しさ、その成功例と不 成功例は、共にたいていの子どもが深く愛する話となる。父の職場を家族に見せる気運を社会に望みたい。
 また家庭にあるときの母は、一つの重厚な存在感として子どもの心に残る。父も母も理想ではなく、人間の 存在の証として認識されれば、それで家庭教育は成功したのである。両親は、子どもが最も理解しやすい、人 生で最初の教師である。

 
(教室で道徳を教えるのにためらう必要があろうか)

 個性は、学校で受け入れられる場合と拒否され理解されない場合とがあるが、それは人生の如何なる時点に もあり得る矛盾である。それゆえ理解されない苦難にいかに耐えるか、ということも、一つの学習である。も ちろんそれには、別の角度から、家庭や友人などの支持が大きな助けになるのは言うまでもない。
 人格のできていない人間は本来高等教育を受ける資格がない。善悪をわきまえる感覚が、学問に常に優先し て存在するべきものであろう。
 そのために、私たちの先人は実に豊かな遺産を残している。日本語を駆使して、複雑な心情の表現を可能に する、読み、書き、話す技術はもっと大切にしたい。芸術・文化も古来論理と感性の双方に火をともす手段と して、また時には人間を超える観念にまで私たちの想念をかき立てることを可能にする。なぜなら、人と心を 通わすことが、人間性を保ち、豊かにし、生きるに値する人生を作るのだから、そのためには、コミュニケー ションの方途が必要なのである。それゆえ、テレビだけでなく古典、哲学などの読書も、必須のものとして再 確認したい。
 教室で道徳を教えるのに、なんでためらう必要があろうか。基本的な道徳は、普遍性、明快性、単純性を持 っている。小学校においては「道徳」、中学校においては「人間科」、高校においては「人生科」として、専 門の教師だけではなく、経験豊かな社会人も協力して教える。そこでは、肉体的な生と、精神的な生との双方 の充足が、人間を満たすことを知らせる。また成長に従って人間は確実に訪れる生の完成の果てにある死を認 識できるようになる。その時、自他共に生はいかに大切であり、あらゆる失敗は補填できるが、自ら命を絶っ たり、人の命を奪ったりすることだけは、取り返しのつかない行為だということを、改めて教えなければなら ない。

 
(教師へ)

 学校は個人の所有物ではない。多数が共存することは、時に喜びであり、時に苦悩である。共存は、強制と 自由、規律と寛大の、苦悩の歴史を編みつづける。
 故に一人の子どものために、他の子どもたちの多くが学校生活に危機を感じたり、厳しい嫌悪感を抱いたり するような事態にしてはならない。当然のことながら、極めて個性的な子どもには、個別の配慮がなされるよ うにする。

 教師は、改めて徳と知識の双方を有して欲しい。そのために、教師自身が絶えず勉強を続けることが望まれ る。生徒と保護者は、その結果として、教師に人格的権威を自然に感じるようになるのが理想である。

 
(地域、社会、最後は自己責任)

 地域と社会は、教育にまことに冷たくはなかったか。テレビは偉大な影響を持つが、視聴率に迎合して、理 想を失うことが多くなった。テレビだけを責めるのは、気の毒かもしれない。子どもも大人ももっとも手近な ストレス解消の手段として、テレビに依存している。
 社会は子どもたちに嫌われ、憎まれることを欲しなかった。社会は子どもたちに迎合し続けた。しかし教育 はしばしば嫌われ、憎まれることによっても、その機能を発揮するのである。社会は必要なときに子どもを叱 る勇気を持つべきだろう。
 地球上の多くの土地で、子どもも大人も生きるために働いている。働かなければ食べられないのだ。自立し て生きることは人間の基本である。できるだけに早くから子どもには、精神的、経済的、生活技術的独立を可 能にしておかねばならない。
 教育は本来、父母、当人、社会が共同して行うものであり、そのすべてが効果に責任を有する。親だけが悪 いとか、社会が自分を裏切ったから自分はだめになった、などと言うのは口実に過ぎない。
 自分の教育に責任があるのは、まず自分であり、最終的に自分である。
 各家庭も、それぞれに個性のある教育のスローガンを持ったらどうだろうか。「人のいやがることはしな い」「甘えるな」「自分を抑える力を持つ」「自分のことは自分でやる」「いじめをするな」、どのようなこ とでもいい。進歩を前提とすれば、スローガンは毎年変わることもあるだろう。人は変化して生きるすばらし さを持つ。
 「教育の日」を制定することも考えられる。個人も家庭も学校も地域も、新鮮な思いで改めて問題点を発見 するためである。地方公共団体はそれぞれの選択により毎年教育目標を定めることが可能になる。

 
(奉仕の志)

 今までの教育は、要求することに主力をおいたものであった。しかしこれからは、与えられ、与えることの 双方が、個人と社会の中で温かい潮流を作ることを望みたい。個人の発見と自立は、自然に自分の周囲にいる 他者への献身や奉仕を可能にし、さらにはまだ会ったことのないもっと大勢の人々の幸福を願う公的な視野に まで広がる方向性を持つ。

 そのために小学校と中学校では2週間、高校では1ヵ月間を奉仕活動の期間として適用する。これは、すで に社会に出て働いている同年代の青年達を含めた国民すべてに適用する。そして農作業や森林の整備、高齢者 介護などの人道的作業に当たらせる。指導には各業種の熟練者、青年海外協力隊員のOB、青少年活動指導者の 参加を求める。これは一定の試験期間をおいてできるだけ速やかに、満1年間の奉仕期間として義務付ける。
 そこで初めて青年達は、自分を知るだろう。力と健康と忍耐する心を有していることに満足し、受けるだけ ではなく、与えることが可能になった大人の自分を発見する。障害者もできる範囲ですべての奉仕活動に加わ るから、彼らもまた新しい世界を発見し、多くの友人を得るだろう。

 私たち人間はすべて生かされて生きている。
 誰があなた達に、炊き立てのご飯を食べられるようにしてくれたか。誰があなた達に冷えたビールを飲める 体制を作ってくれたか。そして何よりも、誰が安らかな眠りや、週末の旅行を可能なものにしてくれたか。私 たちは誰もが、そのことに感謝を忘れないことだ。

 
(道は厳しいが)

 変化は、勇気と、時には不安や苦痛を克服して、実行しなければ得られない。
 私たちは決して未来に絶望していない。
 道は厳しい。しかし厳しくなかった道はどこにもなかった。だから私たちは共通の祖国を持つあなた達に希 望し続ける。

 

記者の目  教育改革国民会議の報告 高安厚至(政治部) 毎日新聞 2000年8月2日朝刊

空回りする危機意識

「奉仕」強制に違和感

 細切れ改革の詰め合わせではないか−森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」(江崎玲於奈座長) の3分科会がまとめた報告を読んだ率直な印象だ。メッセージは一方で「強制」、他方で「自由化=競争」に 子供をさらすことを求める。この対立する考え方を、相互のつながりを欠いたまま放り出すように提示した 報告だからだ。これでは国民が自らの問題として教育再生に取り組むための道標とならないのでは、との懸 念を払拭できない。

 報告に盛られた提言は、中曽根政権が1984年にスタートさせた臨時教育審議会(臨教審)や、周囲の人脈が すでに示したものが多い。「出尽くした議論で新たに提言する意味がない」と複数の委員が認める。

 中高一貫校は臨教審第1次答申で、大学9月入学は最終答申で提起された。飛び級制度、学習達成度試験 (標準学力認定制度)、やる気のある人への学校設置許可は、臨教審に先立ち、議論の流れを作った「世界 を考える京都座会」で登場済みだ。森首相が所信表明演説のキーワードとして使った「立派な人間」も、 中曽根ブレーン集団「文化と教育に関する懇談会」座長の井深大元ソニー名誉会長が強調していた表現だ。

 教育基本法についても、初めて「改正」を正面から主張したとはいえ、問題設定は臨教審が言う「我が国 伝統文化の否定、徳育の軽視、権利・責任意識の不均衡」の繰り返しだ。

 そもそも1.21世紀に向けた創造性のあるエリート養成 2.教育の個性化・自由化(市場化)  3.道徳とナショナリズム・伝統の重視−つまり「新自由主義」「新保守主義」の組み合わせという枠組み 時代が臨教審と同じだ。

 それから15年を経た現時点の問題意識と対応策はそのままでいいのか、新たな方向性を模索する必要はない のか。報告には「これからの哲学」が見えない。前面に出るのは「改革しないと日本は滅びる、というショ ック療法が必要」という危機意識だけだ。

 17歳少年の犯罪続発や学級崩壊など、子供を巡る深刻な現実を受けて発足しただけに「哲学論議より目に見 える対策を」という姿勢も必要だろう。だが「ショック療法」で状況が改善するのだろうか。

 例えば「奉仕活動の義務化」。報告では小中学校で2週間、高校では1ヶ月の実施を義務付け、将来はすべて の「18歳」に1年間にわたる農作業や高齢者介護などの「人道的作業」に当たらせる構想を打ち上げた。そ の狙いと効果を報告はこう説明する。子供たちは奉仕を通じ「初めて自分を知る」「受けるだけでなく与え ることが可能になった大人の自分を発見する」と。

 その背景にある考え方は、社会が豊かになって自由がはんらんしたため、子供たちは自分で考える力を失った という認識だ。提案した委員の一人で作家の曾野綾子氏は「強制が全くない人生などありえない。長い人生 の1年だけ、ほんの少し自由を制限するだけだ。制限されて初めて自由をどう使うか自分で考えられる」と語る。 また、戦争のための動員ではなく「徴兵制復活」などの批判は当たらないとも強調する。

 それでも私が違和感を持つのは、「奉仕」というのは本来、自発的でなければ意味がなく、国家が強制すれば 「労役」でしかないと思うからだ。かつて個人の判断を許さず、無内容な「奉仕」を強いた「滅私奉公」と いうスローガンは、森首相が好んで口にする「座右の銘」であり、なおさら警戒感も強まる。

 委員らは「強制すべきでないというのは正論だが、子供はボランティアを知らない。大人が子供に見本を示して 子供に無意識のうちに模倣させるのが一番良いが、大人はやっていない」と言う。だから代わりに国家が− という論理だ。

 だが、子供自身が納得してモチベーションを持てない限り、どんな行動をとらせても成長の糧とはならない だろう。説得−同意というコミュニケーションとプロセスが不可欠だ。家庭や地域など、身近な世界で奉仕 や助け合いをする基盤が失われていたら、たとえ強制された空間で1年間奉仕をしても、帰ってからのギャップが 広がるだけで根付かないのではないのか。

 奉仕活動だけでなく「国家や郷土、伝統、文化、家庭、自然の尊重」を目指すという、基本法改正でも事情は 同じだと思う。豊かで自由度が増した時代の子育てには、新たなコミュニティーとコミュニケーションが必要だ。 「子供が無意識のうちに」学べるよう、大人がボランティアを率先して行う社会を目指すことが先決ではないのか。

 あえて「強制」が必要というなら、それは大人の方だ。PTA活動一つとってもそうだ。参加を渋る親が多くて どうして子供が他人のために汗を流そうとするだろうか。手始めにすべての親に、子供の学校の運営ボランティア を義務付けてはどうか。親や大人がちゃんと向き合ってこそ、子供もやる気を出す。そんな強制なら、親である 私は喜んで従うつもりだ。

正論 ノンフィクション作家 上坂 冬子(産経新聞2000年8月5日朝刊)

思いつきの教育改革案に異議あり

奉仕活動の前に必要な「個」の確立

《「共同」では教育効果なし》

 小中学校で二週間ほど共同生活をしながら農作業や清掃活動につかせ、高校生は一カ月ほど介 護の仕事を経験させたうえ、高校を卒業したらすべての国民に一年間ボランティア作業を義務づ ける教育改革案が出されたという。

 冗談じゃない。

 一億総ボランティアを目指すことが、どうして教育の基本につながるのであろうか。折しも東 京都の調査として、都内の公立小学校の児童の間に「おしゃべり、暴れる。指示にしたがわ ず」、いわゆる学級崩壊の傾向が続いていると発表された(七・二八付読売)。

 何に向かってどう生きればよいか、その手がかりすらつかめていない子供たちが社会に飛び込 んだ場合、ハタ迷惑な存在になりはしても本人たちにとって得るものなどあるはずがない。

 特に納得できないのは「共同」でという点である。「個」として方向のつかめていない子供を 集団のまま社会に放り込むという、この投げやりな方針から何かを期待するのは無謀としか思え ない。成人式すら集団で静粛に耐えられないからと、廃止に踏み切った地方自治体があるのはよ く知られている通りだ。

 その昔、ある修養団体で会員に個人の資格で地域内の見知らぬ家庭を訪問させて、便所掃除を させてもらってこいと義務づけたところがあった。もし奉仕活動による教育効果を狙うとするな ら「共同」ではなく、あくまで「個」に役割を課した場合のみであろう。

《未経験は足手まとい》

 共同で農作業に従事すると聞いて私の年代で反射的に浮かぶのは、戦時中、女学校時代に農家 の稲刈りや田植えの補助要員としてかり出されたときのことだ。男たちを戦地に送り出した農家 は、文字通り猫の手も借りたい状況だったし、私たち少女は国家の一大事に参加しているという 使命感にみちてもいた。もちろん食糧難時代に農家で出される握り飯も目当てだったことはいう までもない。需要と供給がこれほどはっきりした中での奉仕活動だったにもかかわらず、結果と して翌年は農家から“勤労奉仕”辞退の知らせがあった。

 要するに必要とされている場所では、未経験者は足手まといになって何の役にも立たなかった のである。もし、必要とされていない場所で共同作業に従事して教育効果を上げたいなら、受け 入れ側に教育に対する余程の理解がなければなるまい。つまり、あえて未熟な奉仕活動を迎え入 れるという“奉仕”の精神が要求される。いまの日本社会に、次世代の育成のために現場を提供 し協力を惜しまない姿勢が整っているか。

 かつて、カンボジアがすさんでいたころ、心ある人々は老いも若きもボランティア活動と称し て現地にかけつけた。だが、私が見たかぎり実際に成果を上げていたのは、国連から派遣された プロ(実務を研修し、報酬を保証された人々)のみであった。満員の列車の窓から降りる難民に手 をさしのべて、払いのけられた素人ボランティアもある。余計なお節介するな、そこをどいてく れという態度がありありと示されていた。ボランティアは、受け入れ側と参加する側に厳然たる 信頼関係があって成り立つものであり、無定見に善意にすがった発想は多くの場合、互いを毒す る。

 成人前に一年間の奉仕期間をもうけろというけれど、教育の基本はあくまで“個”の完成にあ り、本末転倒の奉仕活動は徒労に終わるだろう。

《屋上屋を架す行為だ》

 教育改革の案として、一億総ボランティアの呼びかけは昨今の風潮として人目を引くかもしれ ない。しかし、私には自己を失った子供たちにとっても、それを迎え入れる社会にとっても、い まの段階で教育改革の本流に奉仕活動を導入することは、基盤整備を手ヌキして屋上屋を架す愚 に思われる。「共同生活にもとづく奉仕活動」というのは、主体性を失った個人と社会にとって 新たな混乱を招くのみだからだ。一つまちがえば両者に全体主義の亜流にも似た陶酔を抱かせる おそれすらある。

 高校を卒業するとき恩師が十八歳の私たちに与えた一言は、生きる指針として今も私の頭にこ びりついて離れない。

 「諸君の前途に、どんな人生が待っているかわからないが、一人で幾日ほうり出されても退屈 せず、こころ楽しく、機嫌よく暮らしていける自分であってほしい」

 他人への献身は、一人で耐えられる自分がつかめてからだ。逆は必ずしも真ならず、現状から みて他人への思いやりが自己を取り戻すきっかけになるというのは幻想というべきだ。

 幸か不幸か社会は少子化に向かっており、雑然としたバブル時代に育った現職の教師らのあと に、多少なりとも不況や就職難を体験した教師がつづいている。いま、条件として“個”を掘り 下げる好機にさしかかりながら、論点をぼかし関心を分散させるような思いつきの教育改革案に は、はっきりノーの意思表示をしておきたい。(かみさか ふゆこ)

正論 作家 曽野 綾子(産経新聞2000年8月24日朝刊)

上坂氏の奉仕活動批判に反論する

他人への思いやりで自己取り戻せる

《奉仕とボランティア混同》

 八月五日付の産経新聞「正論」欄に上坂冬子氏が教育改革国民会議の第一分科会が出した答申 に怒りの反論を出された。

 「高校を卒業したすべての国民に一年間ボランティア作業を義務づける」ことに対して「冗談 じゃない」「現状からみて他人への思いやりが自己を取り戻すきっかけになるというのは幻想と いうべきだ」「いま、条件として“個”を掘り下げる好機にさしかかりながら、論点をぼかし関 心を分散させるような思いつきの教育改革案には、はっきりノーの意思表示をしておきたい」

 こういう文章に対して、「正論」欄が「この内容は曽野さんが作文をしたという教育改革国民 会議の第一分科会の答申にあることだから、反論を書いては」と、日本の新聞の読めない土地に いた私に電話をしてくれたのである。

 まず基本的な第一点。私は答申の文章の中で、一度も「ボランティア」という言葉を使ってい ない。ボランティアと奉仕とは深く意味するところが違うからだ。ボランティアとは自分の意志 で何かをすることであり、それは全人間性を賭けた深い選択の結果である。

 私にはイタリアの或るNGO(非政府組織)のボランティアのことがいつも胸の中にある。東欧 の動乱の中で孤立した町が食料や医薬品の不足に陥った時、彼らは小さな自家用機で物資の投下 を続けた。その最中に飛行機は地上から撃墜された。

 「危険があってもまだやりますか」という新聞記者の質問に、生き残った仲間の一人は答え た。

 「当然でしょう。そこに必要がある限り続けます」

 それが究極のボランティアの姿である。もちろん私たちのほとんどがその境地にまではとうて い至らないのだが−。

 八月二日付で毎日新聞に「『奉仕』強制に違和感」という「記者の目」を書いた高安厚至氏 は、上坂氏と違って、ボランティアと奉仕を混同してはいない。しかし「奉仕」は「本来、自発 的でなければ、意味がなく、国家が強制すれば、それは『労役』でしかない」と言う論理は、何 でも戦争中の滅私奉公のパターンに押しつける硬直した思考体系である。

《教育は強制から始まる》

 高安氏も私も、国家からさまざまな利益を受けている。教育、医療、健康保険、電力や水道の 供給、警察や消防による安全への体制などである。与えられたなら、国家にその見返りとして多 少の奉仕をすることのどこが悪いのだろう。もらいっぱなし、というのは乞食の思想だ。しかも 受け取る国家という相手はつまり同胞なのだ。

 高安氏は、「子供自身が納得してモチベーションを持てない限り、どんな行動を取らせても成 長の糧(かて)とはならないだろう」という。

 これは明らかな間違いである。教育は程度の差こそあれ、強制から始まって自発性を目覚めさ せる。個の発見は必ず他者の中で行われる。他者と共生することで、人間は共通性と個性の双方 を発見する。他者のない個はなく、強制のない自発性も厳密には存在しない。

《何年待つのか個の確立》

 私は家庭内暴力を受けて育った。子供の私はそのような暴力を肯定するいかなるモチベーショ ンもなかった。しかし私はその火宅のような家庭のおかげで、子供の時から人生を深く見るよう になった。教育は氏が言うほど、単純な結果にはならない。しかしもちろん平和な家庭が一般的 に言っていいのは間違いない。

 上坂氏に対しては、私はまず賛成を表明しなければならない。善意ばかりの未熟練のボランテ ィア活動が邪魔であることは、私も二十八年間の体験の中で知っている。ボランティア活動は 「それが楽しくてたまらない間はほんものではない。純粋に楽しくなったら止めた方がいい」と 言われているくらいなのだ。

 上坂氏がまず個の確立を、と言うのは当然だ。私はそれを戦後五十年以上も待った。しかしそ んな日はついにやって来なかった。

 昔一人の善意に溢れる進歩的教師に会った時、彼はこう言った。

 「ある日生徒が来て言うんだよ。『先生、ドアからだけ出入りできるもんじゃねぇな。窓から も外へ出られるんだな』って。ほんとに子供っつうものは、おもしろいことを発見するもんだ」

 これが自由な教育を考える一つの姿勢だったのだ。物事には、簡単な約束、つまり強制される 認識の部分が必ずある。ドアはその外側に歩いても安全な平面があることを約束している。しか し窓はそうではない。そこから脚を踏み出せば、数十階下に転落するかもしれない。運動場は歓 声を上げて走ってもいいところだ。しかし教室は静かに座って教師の言うところを聞く場所だ。 これらも強制的に場の意義を納得した上で、自発的に受け入れる認識である。それだけの約束ご とさえも、五十五年間、教師たちも親たちもしつけられなかった。個の確立は何年待てばいいの だ。

 既にあちこちの教育の場で「やや強制的な奉仕活動」は行われている。奉仕活動というものは やっていない人ほど反対する。経験すれば多数の人がそれなりの楽しさを発見する。「他人への 思いやりが自己を取り戻すきっかけになるというのは幻想というべきだ」と上坂氏は言うが、私 は全く反対の体験者を実に数多く見て来たのである。

正論 作家 曽野 綾子 (産経新聞2000年10月29日朝刊)

      再び言う。教育は強制から始まる、と。

学校での奉仕活動義務化は当然

≪どんな制度にも圧迫感≫

 教育改革国民会議の答申の中で、私が発案者として責任があるとされてい る部分、つまり学校で生徒たちに奉仕活動を義務づける制度に関して、いろ いろの意見が出尽くしたようなので、一応答えを出しておくことにする。

 反対の意見は「自発性がないものは教育的でない」「個性重視の教育と反 対方向」「とにかく強制はいけない。戦時中の動員を思わせる」「軍国主義 的方向」などというものであった。

 こういうことを論じる時、私はどうしてこうも一元論になるのかといつも 不思議に思う。

 教育は「幼い時」と「新しく或ることを始める時」には、往々にして強制 の形を取るのである。それは長じた時と別だ。

 まず小学校へ上がる。これも修学の意味を理解して自発的に学校へ行く子 など例外だから強制である。「お姉ちゃんの行くのを見ていたから」という のはましな方で、普通は何が何だかわからずにランドセルを背負わされる。 私のように閉所恐怖症があったので、教室の戸が閉められると怖くて泣き続 けだった子も、仕方なく馴れて学校に耐えられるようになる。

 家元と名のつくような家の子供たちは、それこそ有無を言わさぬ強制から 修行が始まる。数え六歳の六月六日に初めての稽古が行われる、と聞いたこ とがある。

 しつけというものもすべて強制だ。子供はお辞儀の仕方から時候の挨拶ま で、親に言われたことを意味もわからずに渋々その通りにする。左側交通、 電車に乗る時に切符を買うこと、食事の前に手を洗うこと、学校に入るのに は入試という制度を経なければならないこと、すべてこれらの制度にはうん ざりするような圧迫感がある。自発的に納得したのでもないが、仕方なく従 うのである。

 そのうちに、お辞儀が最も穏やかで簡潔な人間関係の基本だと理解し、日本では左側交通を守らねばひどい交通事故が起きることがわかる。雑菌の多 い土地に行けば手を洗う方が病気に掛らないで済む確率が高くなることを理 解し、同じ程度の学力の学生が集まる方が効率のいい勉強ができることを認 識するから、渋々入試制度を承認する。

≪不幸な体験で知る人生≫

 すべての教育は、必ず強制から始まる。イヌを、イヌという言葉で覚えさ せるのだって立派な強制だろう。私がイヌをワニと言いたい、と主張した ら、意思の伝達は損なわれ、学問の世界も混乱する。しかし異常事態でない 限り、強制をいつまでも続ける必要はない。「幼い時」と「新しく或ること を始める時」強制の形で始まったことでも、やがて自我が選択して、納得し て継続するか、拒否して止めるかに至る。

 私はピアノを習わせられたがどうしても好きになれなくて中断し、小学校 一年生から日曜毎に強制的に書かされた作文の練習は好みに合うようになっ て作家になった。

 義務的に奉仕活動をさせられて、うんざりだ、まっぴらだ、という人は必 ず出るのである。その時、その子供か青年は、自分がどのような仕事に就い て、どのような生涯を送ればいいかを明確に再発見できる。奉仕活動は「案 外おもしろかった」という人は多いが、そのような人たちは、それをきっか けに、生涯、受けるだけでなく与えることのできる精神の大人に成長する。

 人は、快い幸福な経験からも学び自己を発見するが、不快で不幸な体験か らも人生を知るのである。もちろん不快で不幸な体験が役立つからといっ て、ことさら戦争や病気や体を壊すほどの労役をさせようと思う人は誰もい ない。

≪人に尽くす生活もある≫

 やや強制的な奉仕活動は、すでにあちこちの学校や団体がやっているの だ。だからそのまましたい人だけがすればいいのではないか、という説があ るが、一九八四年から三年間続いた臨時教育審議会の時も、今度の国民会議 の時も、それではだめだ、という理由が明らかになっている。

 つまりやる気のある子は、もう既に奉仕活動の楽しさを知っている。しか し、今回の意図は、電車の中で化粧をし、ポックリ・シューズを履いて、ケ イタイを掛けながら町にたむろしているヤマンバ族とその周辺の若者たち に、どうしたら人に尽くす生活もあるのだということを教えられるかなの だ。彼らは、大人たちからは奇異な目で見られているが、しかし心根(こころ ね)は優しい子が多い。彼らに奉仕活動を通じて、優しい心をかける対象を見 つけさせるには、強制的に動員して体験させる他はないのである。

 いつかテレビで、金髪のタレント娘三人が、自衛隊に一日入隊して鬼陸曹 のしごきを受ける番組があった。私も視聴者の一人としていつ三人がやめる だろうかと内心期待して見ていた。一人はすぐ脱落したが、二人はとうとう ゴールで倒れ込むまで頑張った。そして「よくやった!」というぶっきらぼ うな一言の褒め言葉をもらって、涙が止まらないほど泣いたのである。

 改めて言っておくが、奉仕活動は軍事教練ではなく人と社会を助ける作業 にだけ適用される。しかし多分三人に二人の割で人生に自信をつけて帰る子 がでるのである。


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