
陪審制度Q&A
このページでは、一般的に陪審制度に寄せられる質問に関してお答えしていきます。これを読んでいただいて、より陪審制度に関しての理解を深めていただけたら幸いです。
Q1. 陪審制度と参審制はどうちがうのですか?
大きく言って、陪審制度は、陪審員が裁判官から独立して、事件事実の認定と、刑事事件の場合であれば、
それにもとづく有罪・無罪を、民事事件であれば有責かそうでないかを決定するもので、参審制は、
裁判官とともに公判を主宰し、裁判官と合議して判決をおこなう制度です。
したがって、双方の制度には、それぞれの市民の選任の方法、定員、任期、役割、権限、決定の仕方などの点で
大きな違いがあります。まず選任方法と定員ですが、陪審制度では、所管地方裁判所管轄地区の住民から
選挙人名簿などにもとづいて、毎日60人くらいを無作為抽出で選び、特定された期日に、法廷に来ていただいて、
そこで陪審選定手続を経て、定員の12人と予備陪審員の方2-3人が決められます。
他方、参審制では、いくつかの方法がありますが、現在実施されているドイツなどでは、
参審員としてふさわしい人を地域の団体や政党から推薦していただいて、そのリストから、
裁判所あるいは任命委員会が指名するようです。定員は、一人の職業裁判官に、参審員が2-3人が通常で、
3人の裁判官に9人の参審員というのもあります。任期は、陪審員の場合、一回限りの審理担当ですから、
1事件が決着すれば終わりです。早ければ1日で済むでしょうし、多少時間がかかっても、
3-4日で終わることが統計上多くみられます。他方、参審員の場合、公判1回きりという制度もありますが、
事件数というより、任期を1ヶ月から3ヶ月という風に決めていることが多くみられます。
両制度の大きな違いは、それぞれの持つ役割、権限、最終決定の方法です。陪審制度では、陪審員は、
あくまで事実認定がその仕事ですから、裁判官を交えないで自分達だけで法廷に出された証言や
物証を吟味して、原告の主張するような事実があるかどうかを全員で評議して評決します。もちろん、
事実を決定した上で、有罪・無罪、あるいは、民事では原告勝訴か敗訴かを決定します。その決定方法は、
裁判官から独立して、(多くの場合)全員一致するまで議論して決めます。この事件事実の決定に関しては、
裁判官が覆さない限り、最終決定となります。ところが、参審制の場合、参審員は一応、
素人であるが裁判官職の身分に準じますので、法廷で許容された証拠に基づいて職業裁判官とともに合議し、
最終決定をします。参審制を取っている国では、裁判官だけで単独で決定できないように、
圧倒的多数による最終決定権を制度化していることが多いですが、裁判官を向こうに回して
参審員だけで決定することはめったにありません。
Q2.日本にもむかし陪審制度があったそうですが、どのようなものだったのですか?
日本では1928年から1943年まで、刑事陪審制度が実施されていました。
この時期をみても判るように、昭和初期から第2次大戦の敗戦までの時期です。
刑事陪審の実施までは、1928年に先立つ大正年間に、在野法曹の間や
国会(そのころは帝国議会)において活発に議論されました。この時期は、
明治時代の自由民権運動につぐ、大正デモクラシーの時期でもありました。
ただ、日本の陪審制度は、大正デモクラシーの産物と言えなくもありませんが、
当時のさまざまな政治的事情の中で生み出されてきたもののようです。
たとえば、実務法曹者の間では、被疑者から自白を得るための捜査側の
強引な(強硬な手段や拷問などの)捜査方法を批判し、「官憲」(裁判官と検察)が一体となった
刑事裁判制度に対する批判と改革を求める主張があったこと。国内政治情況としては、
シベリア出兵などを間接的原因とする米騒動、労働争議、小作争議および
借地借家の賃料紛争の多発などの相次ぐ社会的不安や紛争が発生し、
社会運動や労働運動が過激化し、それが普通選挙運動運動という形に結集してきたこと。
国際的には、アジア地域における日本の拡張主義を警戒し抑制する欧米列強諸国との間に
覇権をめぐる対立があり、日本が国際社会で孤立しないように国際連盟加入を
世界にアピールしていたことなどです。政友会の原敬内閣は、陪審制度の導入を先進国入りの
必要条件として取り組みました。原敬は、陪審制度の実現を見ないで世を去りましたが、
その後の内閣によって男子のみの普通選挙制度実施と治安維持法と合わせて推し進められました。
3年間の準備期間をおいて実施された日本の刑事陪審制度は、当時の世界の先進国のものと
制度的外観は類似していても、その内容は非常に異なったものでした。
たとえば、陪審員候補者は、満30歳以上の男子で、一定額の国税を納める者に限定され、
誰でも候補者になれるものではなかったし、陪審定員は12人ですが、その評決は
単純多数決を採用していました。また、陪審法上は法定陪審事件と請求陪審事件がありましたが、
請求事件では陪審員の必要経費は被告人の全額負担とされ、陪審審理の辞退や取り下げが可能でした。
さらに陪審は、裁判官の提示した争いある事実に関する質問(問い)に対して、答える(答申という)だけであり、
有罪か無罪かの一般評決はできませんでした。しかもこの答申は、裁判官を拘束しませんでした。
そのほか、陪審評決による判決は最終で、有罪の場合でも上訴が不可能でした。
結局、陪審制度の開始当時は、盛んに陪審裁判が行われたのですが、このような被告人にとって
さまざまな制約や不利益が明らかになるにしたがって、利用頻度が低くなり、ついに1943年に、
「戦時」を理由として停止されました。ただし、この陪審制度を停止する法律には
「戦争終了後再開する」という規定があるのですが、戦後50年以上もたってまだこの陪審法は眠ったままです。
Q3.海外で陪審制度を行なっている国はどこですか?
大きくわけて、ドイツ法のようにヨーロッパ大陸を中心とした法典国(市民法系)の、
裁判官と市民から選出された素人裁判官とが合議する、参審制と、イギリスのコモン・ローのように
判例を中心とした国(コモン・ロー系)の陪審制度、さらに、この双方を併せ持つ国があります。
現在、陪審制度を実施している国は、イギリスの植民地であったアメリカ、カナダ、オーストラリア、
スコットランド、さらに西アフリカのシエラレオーネ、ガンビア、ガーナ、ナイジェリアおよびケニヤ、
北アイルランドがあり、法典国でも、ロシアとスペインが実施しており、参審と陪審双方を実施している国が、
オーストリアとデンマークとなっている。但し実施されている陪審制度は、それぞれの国の特殊性を反映し、
民事と刑事陪審制度双方、刑事陪審だけ、刑事でも対象事件が限定されているもの、陪審員の資格に
制限があるなどさまざまです。
Q4.陪審員たちはどんなことをするのですか?
陪審員としての任務は、候補者になったという知らせが郵便ポストにきた時から始まります。
招聘状に記載された指定日の朝9時までに、住所地の近くにある裁判所に集合するというのが
一般的です。交通費や昼食代は支弁されます。9時ちょうどくらいから、裁判所職員による説明と
オリエンテーション・ビデオの上映があって、さらに現職の裁判官から陪審任務についての
簡単なレクチャーを受けます。それが済むと、30-40人くらいのグループに分けられて、
割り当てられた法廷に案内されます。そこで陪審選定の手続がすぐに始まり、
事件の被告(人)やその弁護人、また、検事(あるいは原告)、さらに公判に登場する予定の
証人の紹介がなされます。もし事件の当事者や証言を予定している人物と個人的関係があったり
利害関係があれば、申し出て免除してもらうことが可能です。(ただこの場合、それですぐ帰宅できる
というわけではなく、他の法廷で同じ日に予定されている別の事件の陪審候補者とされる可能性があります。)
つづいて担当裁判官からどのような事件を審理するのか簡単に説明を受けますが、
事件の内容については未だ具体的なことは判りません。ちょうど、映画のタイトルとサブタイトルを
知らされたようなものです。これについても、類似の事件の関係者であったり、被害に遭ったことがあれば
申し出て免除してもらえます。続いて、裁判官あるいは当事者の代理人(検事や弁護士)から、
取り上げられる審理に直接関係した質問を個別に受けるかもしれません。ここでは、
自分の思うままを正直に述べればいいので、無理をしたりいい格好をする必要はありません。
それが一通り済むと、抽選で番号を呼ばれますので、一応陪審席につきます。そのあと、
当事者と裁判官で何か相談があってそれから、理由もなく、結構ですといわれることがあります。
理由がないので、なぜだめなのだと思われるかもしれませんが、何らかの理由で別の人にしたい
と判断しただけなので、このことを個人的に深く取る必要性はありません。
(この段階で免除されますと、もう別の事件にまわされることはないと思いますので、
帰宅あるいは帰社が許されます)。こうして全員が決まりますと、裁判官の公正な裁判と
陪審任務に関する簡単な説明があって、休憩となります。休憩するところは、陪審室と呼ばれ、
審理のあいだの待合室兼評議室です。大抵の場合、フレッシュなコーヒーとドーナッツ
あるいはデニッシュが用意されています。公判は、検察の(民事だと原告側の)冒頭弁論から始まり、
被告側の冒頭弁論、さらに、証人による証言(尋問と反対尋問)という風に進んで行きます。
裁判官によっては、公判中にメモを取ることを認めてくれますが、そうでない場合もあります。
証人が証言していることは証拠ですので、細心の注意をして聞く必要があります。最後に、
双方当事者の最終弁論があって、その後、裁判官が、陪審室で評議すべきことは何かについての
詳しい説明がなされます。これは、法律的な視点から説明されることがありますので、わかりにくかったり、
眠くなってきたら、手を挙げて、そう伝えるべきです。あるいは、終了後、裁判官の説示のコピーをもらうように
要求することもできます。それでいよいよ評議になります。まず、裁判長が、
評議の進行役である陪審長を指名してくれる場合もありますが、そうでない場合は自分達で決めて、
評議を進めて行きます。どのような結論を心に持つか(心証)は自由ですが、
最初にそれをみんなの前で言わないことが大事です。一つ一つ事実に関する争点をみんなで話し合って、
合意が出るまで検討して行きます。これは大変な仕事ですが、2−3人の少数の人に
振りまわされないようにいろんな人の意見を同じ頻度で聞くことを念頭に進められるはずです。
評議が一日で終了しない場合は、夕方に、帰宅を許されます。めったなことでは、
市内のホテルに宿泊させられるというようなことはありません。帰宅にあたって裁判官から、
誰とも事件のことについて話さないようにと注意されますので、法廷を出れば、事件のことは忘れて、
何か聞かれたら、まだ評議中だから言えないといって話題を変えることが大事になります。
さて、最終の評決が出ましたら、裁判長に告げて、公開の法廷で読み上げ、
それで陪審員の任務は終了です。帰り際に、陪審員手当ての振込先の口座番号を裁判所に告げることを
忘れないようにして下さい。もっとも、陪審任務で得られる貴重な体験は、その様な手当ての比ではありません。
Q5.陪審制度になったら裁判官は何をするのですか?
裁判官の仕事は、大きく変わります。日本の場合、裁判官は、刑事だと
事実認定のための証拠の決定、事実認定、有罪無罪の決定、量刑の決定さらに判決文まで書きます。
これが陪審制度ですと、事実認定のための証拠決定と量刑以外に、陪審裁判の主宰者となります。
たとえば、陪審選定、公判前の説示、異議申立ての決定、評決に関する最終説示が主な仕事となりますが、
事実認定、有罪無罪の決定および判決文の起案の仕事はしなくて良いことになります。また、
証拠の開示は直接公判で口頭で行なわれますので、膨大な量の捜査側の調書(一件書類)を
自宅に持ち帰って精読し、心証を取るというような必要がなくなります。
民事事件だと、量刑にあたる損害賠償額の算定も陪審が行なうことになります。裁判官の役割は、
公判手続の審判者となりますので、いままで以上に証拠法を理解し、
適性手続(デユー・プロセス)の原則に従って手続上の争いを(具体的には証拠排除や証拠採用の申請について)
即決してゆく判断力と実行力が求められます。これは、裁判官の公判前の説示や評決前の説示における
説明の過不足および異議申立てに対する判断が、当事者の上訴申し立ての根拠や理由とされますので
憲法と従来の判例に反していないか細心の注意を払っておこなう必要があります。
このように陪審裁判では裁判手続や証拠力についての的確な判断力と即断力が必要されますので、
それなりの公判実務体験がないと適正な裁判の主宰は困難ということになります。
陪審裁判を実施している国では、裁判官の最終説示には神経を最大限集中します。
これは、陪審がどこを向いて行くべきか、適性かつ正確に結論に到達できるかどうかのガイドラインとなるからです。
多くの実証研究では、最終説示がわかりやすく要領を得たものであればあるほど、陪審員はよりそれを尊敬し、
遵守し、適正な結論に至るといわれています。他方、曖昧で難しく、要領を得ない、長文の理解困難な説示では、
陪審が行く先を見失って、びっくりするような不評な評決を持ってくるが多いと指摘されています。
そういう意味では、裁判官は法的な知識だけではなく陪審の事実認定にあたっての要点を、
明確にわかりやすく説明する能力が要請されます。したがって、今までのように当事者の提出した
書面の記述部分を採用しながら判決文を作成するという、従来の仕方とは違った面の実力が試されることになります。