ビブロス

あの頃は、毎日がお祭りだった。
街の中には色々な恰好をした色々な種類の人達が上手に住み分けていた。
そして色々な音楽が流れていたっけ。。。

今日は何を着て行こうか。。
お風呂上りの濡れた躰でドレッサーの前に立ち、髪の毛から垂れる雫も気にせずに洋服選び。。

「来日しているアーティストがお忍びで来るらしいわ、今日。いかない?」
M子からの電話に断わる理由もなく仕度を始めた。

赤坂にあるディスコ「ビブロス」」は1968年にオープンした老舗のディスコだ。
国内のアーティストは勿論の事、来日しているアーティストが必ずと言っていいほど行きたがるナイトスポットだった。
当時は庶民は中々入れない限られた人間の為のナイトスポットだったようだが少しずつそれも緩和されつつあった。

狭い小さな入り口を入るとまっすぐに通路が伸び、左に曲がると踊り場があった。
そして穴倉のような客席。
フロアはもうひとつ地下にもあった。
私はこの地下のフロアが好きだったな。
この地下には一つの秘密があったんだっけ。。
ブラックの多い隣りのディスコ、「ムゲン」と秘密のドアで繋がっていたんだ。
このドアの存在を知るのがこの店の常連の証。
オーナーに許された人間だけがこのドアを通じて行ったり来りできたんだっけ。
ビブロスは私達のお気に入りのディスコだった。
ラフなスタイルで遊びたい時にはうってつけだ。
一年中、ジーンズとTシャツがユニフォームのようなディスコだ。
大きな声で定評の歌の上手い歌手Mや元グループサウンズ、Tのメンバー等が出入りしていた。
私はここで三人のグループでそれぞれがボーカルをするグループのメンバーと仲良しになった。
テレビでみるよりもかなり小柄な彼をそうだと気がつく人は中々いないようで、私自身も彼から言われるまで気がつかなかった位だ。
歳は随分上なのに彼は私を見つけるといつも甘えん坊の子供のような表情をして寄ってきたっけ。
そして会うたびに「母親のような匂いがする」と言って甘えた。。
あんなに一世を風靡した彼らだったのにバンドを解散後は人気もすっかり衰退して気の毒なようだった。
テレビで彼が自らの手で命を落したと知ったのはあれから何年も後の事だった。
マンションの非常階段から宙に身をおどらしてしまったようだ。
いつも何かに怯えたような目をしていた彼の顔が思い出された。
宙は彼にとって開放の場所だったのだろうか。。。

当時、有名な外国のギタリストC.Sが来日した時には友人の紹介で同席をする事が出来た。
Sと言ったら、当時知らない人はいない程のギタリストだ。
やはり思っていたより小柄な印象があった。
そんな人もひょっこり現れるのがこのディスコだった。

地底人の住む、穴倉のような店内、二段ベットのような客席。。
人の顔も識別できないような暗い店内。中心に備えつけられた稼動式のエレベーターのような踊り場では大音響の中、無表情に身体を揺らしている。
考えて見たら、妖し過ぎる。
ここで繰り広げられた夜毎の饗宴。
ある意味幻想的なこの空間に人は何を求めに集まってきていたのだろう。
誘蛾灯のようであり不夜城のようなこの場所に夜毎人は集まり朝陽とともに去って行く。
時代の流れの中、私達に数々の思い出を残しビブロスは消滅した。

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