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【黄金色の道】 No,162 イフィーデル・ムーンシェイド 「……おい、お前、イフィじゃないか? 相変わらずの別嬪ぶりだなー、俺ぁ嬉しいぜ」 そこは、とある田舎町。ばったりと出くわした昔なじみの顔に、イフィーデルは呼び止められた。 牧歌的な風景の中で、いかにも目立つ二人の容姿。獣の属性を表す立派な毛並みも麗しく輝くうららかな午後であった。 一方は褐色の肌の露出する部分を呪術的な紋様で飾る、銀色の長い髪の中性的な美貌の人物。いかにも敏捷そうな引き締まった体をした、立派な尾と獣の耳を持つ以外はまるきり人と変わらない容姿のファンガーだ。じゃらじゃらとアクセサリーを着けてひらひらした服を着るその姿は、いかにも旅慣れた「変わり者」のレッテルを貼り付けられそうなはぐれ者である。普通の感性を持つファンガーなら仰天する格好である事のみは間違いが無い。 もう一方は、二足歩行する狼、というのが似合いの顕著な獣性を持つ男であった。骨格自体は人に近いらしいが、無理矢理に発声させているかのようなくぐもった発音は、獣のうなり声にも聞こえる。黒に近い灰色の濃い毛並みの、天を突くような大男はぐるぐると嬉しそうに笑った。薄い皮の胸当てと腰布のみの軽装。だが彼には立派な毛皮があるのだ。余計な飾りなど必要ない。 ファンガーとは、本来そういうものなのだ。 「ルーヴォル? ヴォルじゃないか。おやまー久しぶりだねえ」 一瞬困ったような顔をしたイフィーデルは、とりあえずのように微笑んだ。 彼はイフィーデル。 イフィーデル・ムーンシェイド。 月影に踊るしろがねのイフィーデル。それが彼の名。 ファンガーの村で育った狼族の若者は、今、旅の空に居た。 踏み固められた大通りにはぽこぽこと轡をならべてロバが通り過ぎ、遠くではめえとまぬけに羊が鳴いている。 黄金色に輝く収穫の時期。人々の顔は労働の喜びに輝いている。そんな実感を共感出来る素地の無い彼等には、ただただ、せわしい人々の姿。 せわしく行き交う人々は、尻尾もなければ毛皮もない。 ここは、人間の住む町。 道に突っ立って話しているとどうにも目立つ。視線を気にしたのか、イフィーデルは男を視線で促し、並んで歩き出した。 「さすがは俺の初恋だ、おめーのお陰で面食いになっちまって困るよ、俺ぁ」 嬉しそうに尻尾を一振りし、ルーヴォルは隣の姿をつくづくと眺める。事実イフィーデルは故郷では大変に美しい毛並みを称えられ、賞賛を受けたものだが、今更旅先で言われても昔の栄光である。 「いきなり何を言い出すんだいバカだねぇ相変わらず。そんなだから女に愛想つかされるんだ。あたしのせいにするんじゃない、甲斐性無し」 一息にすぱりと言いきったイフィーデルに思わず男はよろめいた。振り返りもせずつんと澄まして前を向いた姿はまるでつれない女のようだ。 男は人にはそれと分からないような苦笑を表情に乗せる。 「あいっ変わらず容赦ねーなおめーはよ。それよか本当に帰る気無いのか?」 「……って、あんた、帰ってるんだ」 ぽそりと言った声を拾い、ルーヴォルはくしゃりとかき混ぜるようにしてイフィーデルの頭を撫でる。 「おめーもよ、そう色々面倒な事考えねーで一度は帰れ。ガキのする事だっつって誰も気にしちゃいねぇよ。待ってるぜ? じじいもばばあも」 「ん……分かっちゃいるがね」 月の下。 銀色の光。不思議と安らげる時間。 涼しげな鉄の輪の奏でる音と、小さな素足の立てる足音……。 失った時間は、少し切なくもある。 「まだ……ムリかな。あたしにはまだあそこに帰れるだけの余裕が無いよ」 苦笑する声は少しだけ震えた溜息を零した。 明るい日差しを見上げて、目を細めるイフィーデルはのどかで堅実な人の営みの中を通り過ぎる。 もう遠い故郷。逃げ出した自分。 そこには誇らしさと寂しさと静寂がある。 暖かさと冷えた関係。資格と資質。選ばれた者の持つ相応の代償……。 幼い頃から、ただ、盲目に与えられるものをおこなった。それしか知らないという事も、別におかしいとは思わなかった。 踊る事は楽しくて、愛されている事を実感出来た。 ただ。 恐怖だけが、消えない。 その恐怖が彼を追い詰めていた。 いつかここから追い出され、居場所はなくなるのだと。 特別な自分というものは今だけで、もう見向きもされなくなるのではないかと。 それだけが、恐くて、逃げ出した。 捨てたのは自分なのだと言い訳したくて。 探しているのは、だからとても抽象的なもの。 どこに行けばあるのか、それは本当にあるのか。 分からない。 ただやみくもに求めている。 自分だけを求める、自分だけが求める、特別な場所。 「ね……とりあえずさ、ばば様に会ったら……わたしは元気です、どうぞばば様もお体を労わって下さいって……」 「ああ、伝えとくよ。そーやって思ってんなら、おめーが伝えろよ、全くしょーがねー奴だなぁ」 ぐるぐると唸るように笑うルーヴォルに、イフィーデルも微笑んだ。 「本当、しょーがないやね。情けない奴だよ、あたしは」 町の外れ。二人は別れる。 さりげなく別れの言葉もなく、遠ざかる。 一瞬だけ、瞳を見交わして……。 黄金色の季節、二匹の獣が、すれ違っただけの話。 ------------------------------------- そんな訳で旅立ってからの話。 本当は故郷の話も沢山あるんですけど、まずは出てきた理由みたいなものを片付けようかと。 今回は、実はもう一匹の方を書くのが楽しかったりした。 ああ、ケモノ、ケモノーvvv(笑) ・・・いいねえ、ケモノは(謎)。 次はまた多分故郷(過去)に戻るかな?(笑) イフィは結構ネクラだという事は決定済みだね。ははは。 1999/03/25up ma-chi as Iffydel. |