大韓民国研究室

所長のロンドン一人旅。その顛末やいかに!?

大韓航空と私


 

94年の冬。
私は一人、ロンドンへ向かう飛行機の中にいた。
飛行機会社は大韓航空。
安いくて言葉が通じるからだった。

ソウル発東京経由ロンドン行きの便で、
エコノミークラスの乗客のほとんどはツアー旅行の韓国人。
当時の韓国は海外旅行が自由化され、
一般人もやっと外国へいけるようになったばかり。
てなわけで、初の海外に韓国人のほとんどはウカレまくっていた。

家からもってきたのであろうキムチやナムルを入れたタッパーやビニール袋が
席の間をグルグルまわる。
OBメクチュ(OB/韓国ブランドのビール)の空き缶が足下に無数に転がり、
お酒のおつまみの定番・オジンオ(スルメ)のすえたにおいが
機内いっぱいに満ちていた。

まるで慰安旅行のバスの中、そのものだったのだ。

それでもある程度の間、乗客たちはおとなしかったといえよう。
話し声はまあうるさかったものの、ちゃんと己の席に座っていたからだ。
が、時間が経つにつれ、
あっちへフラフラ〜こっちへフラフラ〜とさまよい出す人が出てきたのだ。

タッパー片手にツアーの仲間にキムチを勧めてアジュンマ(おばちゃん)は歩くわ、
体操を始めるアジョシ(おじちゃん)はいるわ。
体操だって一人で黙々とやるのならよかろう。
2人で号令をかけながら思いっきり元気いっぱいにやるのだ。
いい歳の中年オヤジたちが
キャツキャツとふざけてお互いの体をぶつけあう様は、
不気味さを通り越し、愛らしくさえ見える…。

機内はいつのまにか「ここはどこだ?」状態となった。
怒声に罵声に奇声が響き渡り、まさに韓国人のパラダイス♪
(自分の乗った車両に、
小学校低学年の騒がしいガキどもが50人くらい乗り込んできたところを想像してください)。
もう、踊る輩がいない(音楽かけられないからね〜)だけ!

大勢のやりたい放題の韓国人に囲まれ、
我われ日本人や西洋人は小さくなっていた。

スチュワーデスは黙って見ていたわけではない。
声を張り上げてお客に静かにするよう訴えたりもした。
すがりつくように哀願もした。
しかし、聞くものはいやしない。
西洋人の客に対し
「私はなにも出来マセ〜〜ン」と両手をあげ、
どうしようもないというポーズをする始末。

そんなとき。機長のアナウンスが入った。
「他のお客様の迷惑となりますので、機内ではお静かになさってください」
やさしい口調のていねいな最上級の韓国語だった。
でも、大いに盛り上がっているアジュンマやアジョシには聞こえない。
何度かアナウンスは繰り返されたが、
ちっとも静かにならん。
そして最後に機長がキレた。
「お客様!!! お静かにーッ!!! 
ちゃんと言うことをお聞きくださいーッ!!!」

言葉遣いはていねいだったが、語気は怒りマンマン。
突然の機長の一喝に、
騒いでいた韓国人たちも驚いたようで、
シュンとして静かになった。

まあ、悪評高かった高度成長期時代の日本の農協旅行も
こんなもんだったのだろうけど。

帰りの飛行機ももちろん大韓航空。

頭が痛かったので、
くすりを飲もうとスチュワーデスに水を所望した。
キリリとした厚化粧の典型的韓国美人のスチュワーデスは、
すぐに水を持ってやってきた。
さあ飲みましょうとコップを口に近づけてビックリ。
コップの中の水に大量のホコリが浮かんでいたのだ。
さては一度落としたコップに水を入れたらしい。
こんなもの飲んだら腹まで痛くなる。

スチュワーデスにコップを押し戻し私はいった(韓国語で)。
「みてください。ホコリがいっぱい浮かんでいます。こんな水飲めないです。
これ、落としたコップでしょ」

それを聞くや、
にこやかに微笑んでいたスチュワーデスの顔がみるみる変わった。
つりあがった眉はさらにつりあがり、
アイラインばっちりの目が私をにらむ。
「いいえ。ホコリ? 私には見えません。飲めますよお客様。」
スチュワーデスはコップをひったくると、
水をごくごくと飲み干した。
そして涼しい顔で「飲めましたでしょ、お客様」といって再び微笑んだ。

ひ〜。コワイよ〜。
美人って怒ると恐ろしいのね。
しかもプライド高きエリートの韓国美人。
恐ろしさ2倍2倍…。

もう一度水を頼む勇気のなかった私は、
頭が痛いのがまんした。
スチュワーデスVS私。
完全に私の負けだった。

初めてのロンドン一人旅。
思い出はたくさんあったはずなのに、
思い出すのは
韓国人たちのことばかり。
これも私の運命か…。


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