神社に参拝すると拍手(かしわで)を打つのはなぜ?
初詣、七五三、合格祈願などで神社に行き何気なくポンポンと手を
打って拝礼します。これは大昔からの日本人の生活習慣。
「魏志倭人伝」に「倭人(日本人)は、偉い人に会った時は手を打つ」
と書かれています。今の握手なみに、人と会えば拍手を打ったらしい。
この拍手(かしわで)は「魂振(たまふり)」と言われ、たてる音で神様を
招きよせて、互いの魂をふり動かすという神がかりの祝福の方法でした。
普通の拍手は”2拝2拍手一拝”。
七五三の参拝は”2拝2拍手祈願”+”2拍手1拝”。
出雲大社などは拍手は2回でなく、4回打ちます。

ご飯を何故「しゃり」というのか?
白米が「銀しゃり」、刑務所の麦飯が「麦しゃり」とは有名な隠語。
すし屋で「ギョク、しゃり抜き」と言えば、ただの「卵焼き」。
ではご飯のことを「しゃり」と言うのはなぜか。
「しゃり」はインドの仏教用語の梵語「舎利」から。
舎利は火葬されたお釈迦様の骨。この仏舎利は輪廻の教えによれば
周り巡って五穀にもなり、人間を助けるものと考えられました。
そして特に主食としてのお米を尊んだ日本では、ご飯を粗末にすると
仏様の罰があたると言われました。そして
仏舎利の化身としてご飯やお米を「しゃり」と呼ぶようになりました。
【ジープ】 Jeep
語源:もともとは1937年にアメリカの漫画家ECシーガーが書いた漫画「ポパ
イ」の中に登場した、小さくてタフで蘭を食用にして姿を消すことが出
来ると言うSF的な動物に付けられた『ユージン・ザ・ジープ』と言う
名前に由来している。
それから数年後、オハイオのウィルス社がパワーのある四人乗り無蓋車
を開発してアメリカ陸軍と運送契約を結んだ。
兵隊達は不格好だがどんな悪路でも走行できるタフなこの小型車に、ポ
パイの漫画に出てきたキャラクターの名前を愛称として付けたのがキッ
カケになって最終的には正式な車種名になった。

初恋の味カルピスの生みの親
明治11年(1878年)大阪府の西本願寺派の教学寺住職の長男として
生まれた三島海雲。西本願寺文学寮(のちの仏教大学)に学び、
師・前田彗雲の「世間では金銭を得ることは難しいことのように
云うが案外容易い。必要な金はどこからか湧いて来る。」
という言葉に海雲の経営理念の形成に影響し、彼は後に
「事業は金が無ければ出来ないが、正しい確たる信念に
裏付けられた事業には、必ず金が自然に集まってくる。」
と語っている。海雲は日露戦争の頃蒙古で日本軍の為に
軍馬を調達したとき、ジンギスカンの子孫の鮑(ほう)という
貴族の家に滞在した。そこで食べた酸乳で疲れた胃腸や
不眠症がすっかり治った。帰国した海雲は大正5年(1916年)
「醍醐味合資会社」を開業。乳製品「醍醐味」「醍醐素」を発売。
それらを改良して「カルピス」が誕生した。
海雲は大正八(一九一九)年、この飲み物に当時栄養分として
学者が力説していたカルシウムを加え、商品として売り出した。
商品名は誰もその意味が分からない「カルピス」というものだった。
カルピスの語源はカルシウムの「カル」と梵語(サンスクリット語)で
「最高の味」を意味する「サルピルマンダ」を組み合わせたものだった。
この名称の由来にもエピソードがある。最初ふたつの語を合わせて
「カルピル」としたがどうも語呂が悪い。
そこで「カルピス」としたところ非常にはっきりしたネーミングになった。
それを海雲が音楽家の山田耕筰に相談したところ耕筰は即座に
「カルピスがいい」と断言し、海雲も「カルピス」でいこうと決意したという。
海雲は「国利民福」の為に一身を捧げる信念の持ち主だった。 |