プロフィール

指揮者

円光寺雅彦

1954年生まれ。桐朋学園にて、指揮を斎藤秀雄、ピアノを井口愛子の各氏に師事。
1980年ウィーン国立音楽大学に留学し、オトマール、スウィトナーに師事する。
1981年9月帰国後、東京フィルハーモニー交響楽団副指揮者に就任。
1986年より東フィル専属指揮者、
1989年同交響楽団指揮者となり、
1991年3月までその任を務める。
1989年には仙台フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者に就任し、2年連続の東京特別公演を行い大成功を納め、この演奏はCD化され、一般発売されている。外にも、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京都交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団等、日本を代表するオーケストラに客演し、着実に活動範囲を広げている。
1992年2月、スメタナホールにてプラハ交響楽団に客演し好評を博した。
1995年4月には、ドミトリー、キタエンコから招待をうけ、ベルゲン、フィルハーモニー管弦楽団に客演をし、その深い音楽性に、多くの聴衆を魅了した。
国際的指揮者として現在最も期待されている逸材である。

十束 尚宏
1960年東京に生まれる。5歳よりピアノを高柳朗子氏に、15歳より指揮を高階正光氏に師事。
桐朋学園大学音楽部指揮科に入学、指揮を故森正、小澤征爾、秋山和慶、黒岩英臣、尾高忠明の各氏に師事。
卒業後、同大学研究科に入学しさらに1年間研鑽を積む。大学3年在学中の1982年、第17回民音指揮者コンクールで第1位に入賞。
1983年、民音入賞記念コンサートとして、各地のオーケストラを指揮。7〜8月には、ボストン交響楽団主催のタングルウッド音楽祭にバークシャー・ミュージックセンターのフェローシップ・コンダクターとして招かれ、クーセヴィッキー指揮大賞を受賞する。
1984年、ボストン交響楽団に副指揮者として招かれ、研鑽を積み、新日本フィルハーモニー交響楽団第117回定期演奏会でデビュー。同年5月より1年間ベルリンに留学。留学期間中、再びタングルウッドにフェローシップ・コンダクターとして招かれる。2回のタングルウッドを通じ、レナード・バーンスタイン、アンドレ・プレヴィン、クルト・マズア、レナード.ストラットキン、ジョセフ・シルヴァースタイン等に師事した。
1985年「第11回若い芽のコンサート」にてNHK交響楽団を指揮。
1986年4月には、ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してヨーロッパ・デビューを飾る。
1887年2月には、再びストックホルム・フィルに招待された。6月、ロッシーニの「シンデレラ」を指揮してオペラ・デビュー。
1988年、ゾーリンゲン市立管弦楽団を指揮、好評を博した。
1989年4月と1992年2月にはNHK交響楽団の定期演奏会を指揮し、非常に大きな注目を集める。そのほかにも日本の主要オーケストラの定期演奏会にあいついで招かれている。
1988年群馬交響楽団の指揮者に就任、翌年4月から1992年3月まで正指揮者を務める。
1992〜97年東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者、1994年〜広島交響楽団の音楽監督。意欲的な活動を行っている。(1997年3月現在)

   武藤 英明

1972年桐朋学園音楽大学卒業。 同学園で斎藤秀雄に指揮を学び、引き続き1976年まで研究科で学ぶ。 研究科終了後、チェコのプラハへ渡り、ズデニェク・コシュラー(チェコ・フィル常任指揮者、プラハ国立歌劇場音楽監督)に師事する。 1977年国際バルトーク・セミナーに参加し、最優秀指揮者に輝く。 以来チェコ及びスロヴァキアを中心に活動を繰り広げ、プラハ交響楽団FOK、スロヴァキア・フィルハーモニー、 プラハ放送交響楽団、プラチスラヴァ放送交響楽団、モラヴィア・フィルハーモニー他、多数の定期公演や演奏旅行などで指揮をし、国際的な音楽祭にも参加している。
1986年プラハ放送交響楽団客演常任指揮者に就任。 その年の秋、同交響楽団の日本公演を指揮し、サントリーホール・オープニングシリーズで鮮烈な日本デビューを飾った。 また、1987年にもスロヴァキア・フィルハーモニーの日本公演を指揮し成功を収める。 1990年春、スロヴァキア・フィルハーモニー定期公演の後、同フィルハーモニーとオーストリアへ演奏旅行、更にその年の春、世界的音楽祭「プラハの春」への出演を果たしその評価を確立した。 日本国内でも日本フィルハーモニー交響楽団、新星日本交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団等とも共演し好評を得ている。 活動範囲も日本を始め、チェコやスロヴァキアだけでなく、ドイツ、イタリア、ベルギー、オーストリア等にも及んでいる。
1992年春、更に1994年秋と、引き続きプラハ放送交響楽団を率いて日本公演を各地で行う。 また、1994年から1995年にかけ、チェコ交響楽団、ならびにプラハ合唱団とドイツ各都市を演奏旅行で回り。ベートーヴェン(第九交響曲)ならびに、オルフ(カルミナ・ブラーナ)を指揮し高い評価をを受ける。 1995年には更にドイツの名門フランクフルト交響楽団を指揮、ここでも大きな成功を収めた。
現在、プラハ放送交響楽団客演常任指揮者、チェコ交響楽団指揮者、プラハ混声合唱団指揮者、スロヴァキア・フィルハーモニック・ゾリステン指揮者。 名古屋フィルハーモニー交響楽団客演常任。 著書に「スメタナ弦楽四重奏が語るクワルテットのすべて」(音楽の友社)がある。

マルティン・トゥルノフスキー

1928年プラハ生まれ。プラハ音楽アカデミーでカレル・アンチェルに指揮を学び、卒業と同時にFOK(プラハ交響楽団)に指揮者としてデビュー。
56年、ザルツブルグでジョージ・セルの指揮セミナーを受講し、58年にはフランスのブザンソン国際指揮者コンクールで第1位優勝。60年代末頃迄には多くのチェコのオーケストラとの公演や客演により、チェコ屈指の指揮者として評価を得る。この時期はチェコ・フィルやプラハ交響楽団とのレコーディングの成功(モーツァルト、ハイドンの交響曲のほか、特にマルティヌーの交響曲第4番はレコードグランプリを受賞)等に恵まれ、充実した活動期であった。
1968年8月、ソ連軍の侵入以後、オーストリアへ移住。トゥルノフスキーの国際的キャリア、在任した数々のポストは実に壮観である。ドレスデン国立歌劇場の音楽監督を二期努め、どう歌劇場管弦楽団の音楽総監督を66年より68年まで努めた。75年、オスロの国立ノルウェー・オペラ劇場の音楽監督に任命され、79年から82年にはボン歌劇場の音楽監督を努めた。また、ベルリン・ドイツ・オペラ、国立シュトゥットガルト歌劇場、ストックホルム・ロイヤル・オペラ・キャピタル・トゥールーズ劇場、ウエルッシュ・オペラなど、多くのオペラ劇場の性格に携わっている。
オーケストラでは、ニューヨーク・フィルを始め、クリーヴランド管弦楽団、デトロイト交響楽団、ロンドン交響楽団バイエルン放送交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、ウィーン交響楽団ほか世界有数のオーケストラと共演している。なお、日本では、78年に東京都交響楽団と京都市交響楽団に、84年に日本フィルハーモニー交響楽団、95年には群馬交響楽団に客演している。
92年、ビロード革命後の故国に戻り、92年から96年までプラハ交響楽団主席指揮者を努めた。

ソプラノ

大倉由紀枝

国立音楽大学卒業、東京芸術大学大学院終了。
吉田美代子、柴田喜代子、柴田睦陸、ニコラ.ルッチ、の諸氏に師事。
1978年第13回民音コンクール第一位受賞。
1979年イタリアに留学、ミラノにてグァリーニ女史に師事。
1981年「カプレッティ家とモンテッキ家」のジュリエッタでデビュー
1990年2月の二期会創立40周年記念公演「お蝶婦人」ではタイトルロールを演じ、絶賛される。
また第50回芸術祭大賞を受賞した東フィルオペラコンチェルタンテシリーズ「ヒンデミット/三部作」に出演。
コンサート活動に於いては、ベートーベン「第9交響曲」を始め、小澤征爾指揮によるマーラー「交響曲第2番(復活)」「交響曲第8番(千人の交響曲)」やハイドン「天地創造」、ヘンデル「メサイヤ」ブラームスの「ドイツレクイエム」等幅広いレパートリーを持ち、
特に1986年のN響定期ネオゲル「火刑台の上のジャンヌダルク」(若林弘指揮)では聖女マルグリットを歌い高い評価を得るなど、国内外の著明な指揮者やオーケストラと数多く協演している。
実力と華を兼ね備えた日本を代表するソプラノの一人である。二期会会員。

   岩井 理花
東京芸術大学卒業。同大学院修了。瀬山詠子、高橋大海、河井弘子の諸氏に師事。
1985年第54回日本音楽コンクール第2位入賞。
1986年文化放送賞受賞。
1988年ノヴァラ国際音楽コンクール入賞。ティト・スキーパ国際声楽コンクール第2位(1位なし)。
1992年第1回藤沢オペラコンクール第2位。
1995年ジロー・オペラ賞受賞。
1982年「ラ・ボエーム」のミミでデビュー。
1987年よりミラノに留学。レッチェ市のポリテアマ歌劇場において「ラ・ボエーム」のムゼッタをはじめ、「ファウスト」のマルゲリータ、「蝶々夫人」のタイトルロール等を演じる。
1990年帰国。1991年上野の奏楽堂主催により開催したリサイタルで好評を博し、続くニ期会創立40周年記念公演「神々の黄昏」ではヴェルグンデでも高い評価を得た。
1993年ニ期会公演「ラインの黄金」でレオノーラ1994年若杉弘指揮鎌倉芸術館「撤羅米(サロメ)」でタイトルロール
1995年Bunkamuraオペラ/若杉弘指揮「マダムバタフライ」でもタイトルロール、
1996年ニ期会公演「ワルキューレ」ではジークリンデと立て続けに大役を演じ、いずれも絶賛される。リリコ・スピントの美声と舞台映えする容姿で次世代をになうプリマとしておおいに期待されるソプラノである。ニ期会会員。

三縄 みどり

東京芸術大学卒業。同大学院終了。
岩津範和、木村宏子、疋田生次郎、畑中更予の諸氏に師事。
1975年芸大オペラ『ラ・ボエーム』のムゼッタでオペラデビュー。これまでに、二期会公演『カルメン』のミカエラをはじめ『椿姫』ヴィオレッタ、『フィガロの結婚』のスザンナ、伯爵婦人、『魔笛』のパミーナ『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・エルヴィラ、『袈裟と盛遠』の白菊、『トスカ』タイトルロール、`『ツァイーデ 』タイトルロール、『神々の黄昏』のヴォークリンデ、演奏会形式でも『コシ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ、『ラ・ボエーム』ミミ他数多くのオペラに出演。また上演の珍しいワーグナーの『妖精』アーダ、『恋愛禁令』イザベッラでも高い評価を得ている。
コンサートではN饗・都饗をはじめ全国の主要オーケストラと数多く共演しており、ヘンデル「メサイヤ」、ハイドン「四季」「天地創造」、モーツアルト「ハ短調ミサ」「レクイエム」「戴冠ミサ」、ベートーベン「交響曲第9番」「ミサ・ソレムニス」、シューベルト「Es-durミサ」、フォーレ「レクイエム」、ドヴォルザーク「レクイエム」、ブルックナー「大ミサ第3番」(ホルスト・シュタイン指揮、N饗)「テ・デウム」、マーラー「交響曲第2番」「同第4番」「千人の交響曲」、オルフ「カムミナ・ブラーナ」、ツェムリンスキー「叙情交響曲」等のソプラノ・ソロをつとめ、特に宗教曲を得意とする。また現代曲にも意欲的に取り組み、ブリテン「イルミナシオン」(ハインツ・ホリガー指揮、イギリス室内管弦楽団)、シェーンベルク「月に憑かれたピエロ」、アルバン・ベルク「ルル組曲」等の歌唱で指揮者の信頼を得ている貴重な存在である。
また、NHK・FMリサイタルやテレビ朝日「題名のない音楽会」にも出演。唱歌・童話・日本歌曲によるリサイタルを各地で開くほか、98年CD「悲歌」」(猪本隆作品集)に参加するなど、幅広い演奏活動を展開している。

メゾソプラノ

青山智英子

武蔵野音楽大学卒業。愛知県立芸術大学大学院終了。オペラ研修所第4期終了。
1983年二期会公演「ヘンゼルとグレーテル」の魔女役でデビュー。
1985年カルメンシーク新人賞第1位受賞。文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノへ留学。リア.グァリーニ女史のもとで研讃を積む。
1987年二期会公演「カルメン」のタイトルロールに抜擢され、躍動感溢れる新しい魅力のカルメン像を表現し、大形新人誕生と賞賛を浴びた。この活躍に対し、第15回ジローオペラ賞新人賞を受賞。
以後、「フィガロの結婚」のケルビーノ、「コジ、ファン、トゥッテ」のドラベラ、「トリスタンとイゾルデ」(本邦初公開)のブランゲーネ、演奏会形式で「リエンツイ」(本邦初公開)のアドリアーノ、等をドラマティックな表現で演唱し、聴衆を魅了した。
その他、日本オペラ協会に「すて姫舌を噛み切った女」の主役として客演する等、次々と主要な役を的確に演じ分け、いずれも高い評価を得ている。
また、モーツァルト「レクイエム」「ミサ曲ハ短調」ベートーベン「第9交響曲」等のソリストとして数多くの主要オーケストラから招かれており、とりわけその幅広い音域と艶のある美声には定評がある。二期会会員。
   
   秋葉 京子
東京学芸大学卒業。同大学院終了。更に、ドイツ・ケルン国立音楽大学を主席で卒業。平原寿恵子、ペーター・ヴィッチ、宮廷歌手リントベルクの諸氏に師事。大学在学中からその優れた資質を認められ、以来ドイツを本拠地としてオペラ、コンサートに活躍している日本を代表するメゾソプラノ歌手である。
日本では、ワルベルク、ベルティーニ、ボド氏指揮によるN響定期公園のブラームス「アルト・ラプソディ」ヴェルディ「レクイエム」ファリャ「恋は魔術師」にソリストとして招かれたのを始めとして、小沢征爾、朝比奈隆、秋山和慶、コシュラー、アセンシオ氏等多くの指揮者のもとで「第9交響曲」モーツアルト「レクイエム」、ヘンデル「メサイヤ」、バッハ「ミサ曲ロ短調」、メンデルスゾーン「エリア」等に出演している。
オペラでは、文化庁芸術祭ビゼー「カルメン」のタイトルロールを歌い、サバリッシュ指揮「魔笛」、日生劇場「コシ・ファン・トゥッテ」、小沢征爾指揮「ヴォツェック」(日本初演)、朝比奈隆指揮「神々の黄昏」(日本初演)等数多く出演している。
ドイツではゲルゼンキルヒェン歌劇場、ブラウンシュバイク国立歌劇場、オルデンブルク国立歌劇場を経てシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州立フレンスブルク歌劇場専属第一メゾソプラノ歌手として16年にわたり活躍。
オルデンブルク国立歌劇場専属歌手時代、日本人としてはドイツで初めて「カルメン」のタイトルロールを歌い絶賛を博し、また、フレンスブルク歌劇場でも同役に抜擢され、シーズンを通して公演で成功をおさめた。このほか、オペラで「ナクソス島のアリアドネ」「サロメ」「ドン・カルロ」「コシ・ファン・トゥッテ」「トリスタンとイゾルデ」「タンホイザー」等50を越えるレパートリーを持ち、活躍をしている。
1997年5月には話題の大作オペラ三枝成彰「忠臣蔵」に夕霧役で出演した他、6月には小沢征爾指揮「マタイ受難曲」日本語詞)に出演するなど、意欲的な活動を続けている。ニ期会会員。

テノール

五十嵐修

武蔵野音楽大学卒業。森敏孝、渡辺一夫の両氏に師事。
第14回イタリア声楽コンコルソシエナ大賞(第1位)及び、テノール特賞受賞。
第20回日本音楽コンクール声楽部門第2位受賞(1位該当者なし)
1980年イタリアにて、故マリオ、デル、モナコ氏に師事、ディプロマを授与される。
「魔笛」のタミーノ、「魔弾の射手」のマックス、「椿姫」のアルフレード、「蝶々夫人」のピンカートン、「トスカ」のカバラドッシ、「カルメン」のドンホセ、等他数多くのオペラに出演。
1991年2月「リゴレット」のマントバ侯爵、
   12月40周年記念公演「トスカ」のカバラドッシ
1993年11月「カルメン」のドンホセ
1994年7月「トロバトーレ」のマンリーコと立て続けに二期会公演の主役を演じ、プリモ、ウォーモとしての地位を確立する。
コンサートでは、ベートーベン「第9交響曲」、ヘンデル「メサイヤ」、モーツァルト「レクイエム」等のソリストとして、多くの主要オーケストラと共演。
針のある美声と確かな歌唱技術で高い評価を得ている。二期会会員。

   伊達 英二
国立音楽大学卒業。
1980年度文化庁国内研修員。ニ期会オペラスタジオ修了時優秀賞受賞。
1991年、第19回ジロー・オペラ賞新人賞受賞。
中村義春、久岡昇、田口興輔の諸氏に師事。
1981年ニ期会公演「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の従弟でオペラデビュー。その後「リゴレット」のボルサ、「トスカ」スポレッタ、「椿姫」ガストン、「こうもり」アルフレード、「アルバート・ヘリング」市長「黒船」書記官、「春琴抄」幇間三平「夕鶴」与ひょう等、様々な役に挑戦し研鑽を積む。
主役デビューは、1983年藤原歌劇団公演「マハゴニー市の興亡」のジムで、その力強い歌唱とエネルギッシュな演技は絶賛を浴びた。
ニ期会では1983年「椿姫」アルフレードに出演、以降「お蝶婦人」のピンカートン、「カルメン」ドン・ホセ等に出演し好評を博した。特にこの三役は得意としており、ニ期会を代表するテノールの一人として出演回数を増やしている。
1991年ニ期会40周年記念公演「神々の黄昏」(法人初演)でジークフリートを演じ、ヘンデンテノールとしても高く評価され、その資質は新たに始まったニ期会公演大野和士指揮「ニーベルングの指輪・ラインの黄金」(93年)のフロー「ワルキュレー」(96年)のジークムントでより一層開花した。その他「セビリャの理髪師」アルマビーヴァ「外套」ルイージ等を演じる。
特に、若杉弘指揮東京都交響楽団・ワーグナーシリーズの「妖精」アリンダル、「恋愛禁制」クラウディオ、「さまよえるオランダ人」エリック、「リエンツィ」リエンツィ、等のワーグナー初期4作品、大野和士指揮東フィル・オペラコンチェルタンテ「ムツェンスクのマクベス夫人」セルゲイ、「ヒンデミット/3部作」で好評を博す。
コンサートでは、「第9」をはじめ「メサイヤ」「天地創造」「レクイエム」「千人の交響曲」「大地の歌」「春の交響曲」と古典から現代へ幅広い曲目を、卓越した演奏で表現し、常に安定した演奏を行っている。
その他、NHKFM、テレビ朝日「題名のない音楽会」等の放送に出演したり、俳優斉藤晴彦のリサイタルでは司会を、またマルティン・ハーゼルベックのオルガンコンサートではナレーターを務めるなど活動範囲は幅広い。ニ期会会員。

川上 洋司

東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院終了。オペラ研修所終了。
渡辺高之助、栗林義信、高丈二、L・グワリーニ、P・M・フェッラーロの諸氏に師事。
1984年から1987年までイタリア・ミラノに留学。
1985年、1986年<ヴェルディの声>国際コンクールに入選。
1986年6月トーティ・ダル・モンテ国際声楽コンクールでマリオ・デル・モナコ賞受賞。10月ベッリーニ国際声楽コンクールに第3位入賞。(1位なし)
1984年フィレンツェにおいて『ラ・ボエーム』に出演、主役ロドルフォを演じた他、1985年ミラノでコンサート形式による『ラ・ボエーム』のロドルフォを、1986年ヴァラフランカで『仮面舞踏会』のリッカルドを演ずる。
1984年から1987年までにミラノをはじめ各都市において30回のコンサートに出演する。イタリアの名テノール、カルロ・ベルゴンツィの代役として、『運命の力』でドン・アルバーロを演じ絶賛される。
1988年二期会公演『カルメン』でドン・ホセを、1989年『運命の力』でドン・アルバーロ、『椿姫』でアルフレードを、1990年『お蝶婦人』でピンカートンを、と立て続けに出演し、張りのある美声と端正な歌唱でいずれも高い評価を得ている。
1992年3月の二期会初の原語上演による『カルメン』でもドン・ホセで出演し好評を博した。1995年日伯修好百周年記念『夕鶴』ブラジル公演で大喝采を浴びる。97年2月には二期会公演『カヴァレリア・ルスティカーナ』でトゥリッドゥを演じ、更にレパートリーを広げている。98年9月には新国立劇場・二期会共催公演『アラベッラ』でマッテオ役をつとめて大好評を博す。コンサートでも活躍しており、N饗をはじめ主要オーケストラと、「第9」(ベートーベン)「交響曲第8(千人の交響曲)」「大地の歌」(マーラー)「テ・デウム」(ブルックナー)「スタバト.マーテル」(ロッシーニ)他で共演し、好評を得ている。

バリトン

多田羅 迪夫

東京芸術大学卒業、同大学院終了(在学中に安宅賞受賞)。伊藤亘行、中山悌一の諸氏に師事。
第16回ジロー、オペラ賞受賞。
1937年イタリアに留学。カンポガリアーニ、ペリッツォーニの諸氏に師事。
その後ドイツでE.グリュンマー、0.クラウスの諸氏に師事。
1975年よりハイデルベルク市立劇場にて活躍。
1977年ドイツのゲルゼンキルヒェン市立劇場と契約、数々のオペラやコンサートに出演。
帰国後、1983年二期会オペラ公演「ジークフリート」のアルベリッヒ、
1985年、オペラティックコンサート「ヴォイツェック」(小沢征爾指揮/新日フィル)のタイトル、ロールという難曲に挑み、その精緻な音楽が大好評を得た。
以後続々とオペラの主要な役に抜擢され、「ラインの黄金」及び「ジークフリート」のアルベリッヒ、「神々の黄昏」のハーゲン、「ぺリアスとメリザンド」のゴロー等で絶賛されている。
近年の二期会オペラでは、1990年「お蝶夫人」(二期会創立40年記念公演)シャープレスの情感溢れる演唱が共感を呼び、同年7月、フィンランドのサヴォンリンナ、オペラ祭にもシャープレス役で客演、国際級歌手の真価を発揮した。
さらに、1991年11月「ドンジョヴァンニ」のタイトル、ロールに主演。
1996年7月にはワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』「ワルキューレ」の要役、ヴォータンヘの主役が決まるなど、ますます活躍を続けている。
また、1991年10月、サヴァリッシュ指揮「魔笛」に弁者役で、唯一日本人男性ソリストとして出演して高い評価を得、第一人者としての定評を一層揺るぎないものとした。
新日フィルとの共演でもその実績が高く評価され、小沢征爾氏指揮「さまよえるオランダ人」のオランダ人(92年3月)、「オイディプス王」(92年9月)、「トスカ」のスカルピア(94年3月)、朝比奈隆指揮「フィデリオ」(94年11月、12月)のドン、ピツァロ等、力強い中にも芳醇な美声で聴衆を魅了している。
最近では、平成7年度<第50回記念>芸術祭委嘱作品、文化庁の新作オペラ「モモ」(ミヒャエルエンデ原作/一柳慧作曲)にマイスター、ホラおよび語り手として主演し、話題となった。
演奏会では、N響をはじめ各主要オーケストラによる宗教曲などのソリストとして、不可欠の存在であり、「第九」、バッハ「受難曲」「カンタータ」モーツァルト「ミサ曲」「レクイエム」、ハイドン「天地創造」、ブラームス「ドイツ、レクイエム」などで活躍、ドイツリートの分野でも実力を認められている。
最近の録音では、1995年秋には、J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」の独唱(イエス)がCD化され、<バッハの核心をついた名唱>と好評を博している。
NHKニューイヤー、オペラコンサートなど、テレビ出演も多い。ニ期会会員。

    大島 幾雄
1974年桐朋学園大学卒業。
1978年オペラ研修所第1期成修了。萩谷納、伊藤武雄の両氏に師事。美声と豊かな音楽性は高く評価され、
1979年第7回ジロー・オペラ賞を受賞。同年11月より文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノに留学しさらなる研鑽を積んで、1980年に帰国した。
オペラには1975年ラヴェル「スペインの時」ラミーロでデビュー。
1976年「タンホイザー」のビーテロルフでニ期会オペラにデビュー。早くからバリトンの逸材として注目を浴びその後「フィガロの結婚」「ルチア」「蝶々夫人」「利口な女狐の物語」「ドン・ジョヴァンニ」「ファルスタッフ」等のニ期会オペラに次々と出演。
1985年には難役といわれるベルクの「ヴォツェック」タイトル・ロールで見事な歌唱を聴かせ、一躍その評価を高めた。
その後も「愛の妙薬」ベルコーレ、「ペレアスとメリザンド」ペレアス、「神々の黄昏」グンター、等の難解な役柄をこなす一方「こうもり」のファルケ等オペレッタや、法人作品の初演にも意欲的に取り組み主演するというレパートリーの広さ、硬軟とりまぜた演唱力には抜きんでたものがある。
1994年7月には、至難な技術を要する「トロヴァトーレ」のルーナ伯爵を見事に演じ、その適格な役作りと魅力的な歌唱は高い評価を受けた。10月には、文化庁芸術祭主催公演バーンスタイン「ミサ」において司祭役を熱演。
最近では本年2月にニ期会公演「パリアッチ」でシルヴァイオをつとめるなど、ニ期会を担うプリモ・バリトンとして注目を浴びている。
またコンサート歌手としても多くの実績を持ち、ベートーベン「第9」を始めとしてバッハ「ロ短調ミサ」「マタイ受難曲」、ヘンデル「メサイヤ」、ブラームス「ドイツ・レクイエム」、フォーレ「レクイエム」といった宗教曲から、マーラー「亡き子を偲ぶ歌」「交響曲第8」、オルフ「カルミナ・ブラーナ」まで幅広い作品のソリストとして国内のあらゆるオーケストラ、内外のあらゆる著名な指揮者と共演しており、その実力をおおいに認められている。
ニ期会会員。

合唱指導
   大島 博
 
熊本県生まれ。中央大学法学部卒業後、81年東京芸術大学声楽科に入学。芸大では、渡辺高之助、高丈二、中山悌一、原田茂生の各氏に師事。
 84年安宅賞受賞。86年、同大学院在学中に国際ロータリークラブ財団奨学生としてミュンヘン音楽大学に留学、E.へフリガーに学ぶ。89年芸大大学院博士課程に進学。同年第10回国際シューマン・コンクール第4位。90−91年D.フィッシャー・ディースカウに師事。同氏の推薦により、クラウディオ・アバド指揮、91年ベルリンフィル・ジルベスター・コンサートに出演したのを始め、日本及びヨーロッパ各地で、バッハ、モーツァルトを中心とする宗教曲のソリストとして数多くの演奏会に出演している。
 近年は、さらに現代音楽の分野にも活動の場を広げており、94年5月には、スロバキアの首都ブラチスラヴァにおいて、P.マルテンチェクのテノールとピアノのためのモノ・オラトリオ「イエス・キリストの黙示録」の世界初演を手がけた。
 また、ドイツ歌曲の演奏にも積極的に取り組んでおり、各地でのコンサート活動に加えて、96年からは〈ドイツ・リートの楽しみ〉と題した、ドイツ歌曲を知るためのレクチャーシリーズも定期的に行っている。95年3月、東京芸術大学より博士(音楽)の学位を授与された。日本女子大学非常勤講師。