子供の頃の真知宇君の写真

When I was a child・・・・・・・

 

共に京都の大学へ進学して、交際し結婚した両親のもとで 真知宇くんは誕生しました。

この写真は、0才児当時。ミルクを飲んでいるうちに、寝てしまいました。
夜泣きなどが一切無く、よく笑いよく眠る子供だったそうです。

 

掃除の音で起き出して来ました。赤い掃除機(ナショナル製MC-6520C)に興味を示したようです。
右手でコードをつかんでます。(はっきりいって 掃除の邪魔です)

ちなみに この赤い掃除機は、真知宇が3歳の頃になると
真知宇から「スーパーカー」と勝手に命名され、
またがってスイッチを「ブオン ブオン」などと入れられ遊ばれることになります。

 

子供の頃の真知宇

「!?♪★」、今度はカメラに気付きました。
右側のふすまは、彼の理由なき破壊行為により破れています。
彼が成長するにつれ、このふすまの破れがより広く、よりひどく
なっていくことに注目しましょう。

 

こちら(カメラ)に向かって来ます。(このあと、どうなったかは不明)

右足がコードに引っ張られてるぞ。大丈夫か?

 

 

 

その黄色いニワトリのおもちゃは、机のかどにガンガンぶつけて
遊ぶものではありません!(間違ってます)

 

取り上げられると、追い続けます。
座っているのは、同じ高さで食事するためのイス。

 

 

しかし、しばらくすると面倒になって、追いかけるのをやめてしまう。

 

 

このように、小さい頃から悪ガキでした。
後ろの部屋に、歩く訓練をするための黄色い台車が見えます。
まだあの台車に掴まりながらでなければ、歩けません。
右側のふすまの破壊が進んでいます。

 

昭和52年(1977年)9月、ついに直立二足歩行に成功!
歓喜する真知宇くん。
ふすまも彼の背の高さの分だけ破壊されることとなります。

 

 

おじいちゃんと おばあちゃんのいる函館にて。
(両親のうち一方は、函館から京都へ進学しました)
「函館みなと祭り」に参加するため、ハッピを着てます。

 

 

三輪車で祭りの函館の街をめぐります。

 

函館の大森浜(東海岸)にて。

 

 

ピアノを習い始めました。(かなりピンぼけの写真ですね)

 

保育園時代に書いた、「大仏さま」の絵。

 

真知宇くんが書いたこの絵(右上)が、
「新聞社賞」に輝きました♪

 

家の前の道路にチョークで絵を書くのが好きでした。

 

保育園の年長組の頃、遠足に行ったときの写真。
左下のウルトラマンの上着を着ているのが真知宇くん。
髪の毛がボサボサですね。

 

小学生の頃、ブロックを組み立てて遊ぶのが好きでした。
「レゴブロック」を部屋に幾つか持っていたと思います。

 

小学校3年も終わりの頃、スキー合宿に参加しました。
写真は、長野県・木島平スキー場にて。
初めてのスキー。まだ、ボーゲンで降りていくことしか出来ません。

 

スノー・モービルに興味を示して、いじっていた所、
合宿のコーチにカメラを向けられて取ったポーズ。

 

スキー合宿での食事の時の真知宇くん(右側)。
お風呂上りなのと、スキー焼けしてるのとで、ボーっとした顔になってます。
この合宿の後、春から成基学園へ行くことになり、忙しくなりました。

 

 

 

 

真知宇が描いた不思議な絵

中学3年の時に、真知宇くんが書いた絵。かなり気に入ってます♪

 

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