参勤終わり 江戸城をぐるり見回り  07/2/23(金) 東京都千代田区

参勤交代制により、大名は江戸藩邸に妻子を置き、一年おきに江戸と国元を往復する二重生活を
強いられた。広島藩の江戸屋敷は、上屋敷が桜田(霞ヶ関)、中屋敷が桜田(霞ヶ関)と赤坂、
下屋敷が青山、蔵屋敷が築地に置かれていた。

篤姫
陸路で嘉永6(1853)8月21日に薩摩(鹿児島)を出発、10月23日に江戸に到着した

篤姫 江戸にむかう途中
嘉永6年(1853)9月29日 京都・伏見屋敷に入り
      10月6日 伏見をたちました

北の丸公園にある科学技術館でセミナー聞きました。

御茶ノ水のホテルで一泊、翌日 お城 時計回りで見聞しました。

日本橋の「道路元標」から2時間ほどでした。

竹橋 2月23日(金)

地下鉄「土橋」

竹橋

科学技術館でセミナー

御茶ノ水のホテル 泊る

橋詰めは高札場 2月24日(土)

暖冬の冬から

一転 江戸は
冬の季節風強い日でした。

幕府は東海道をはじめとする五街道の起点を日本橋とし、
重要な水路であった日本橋川と交差する点として
江戸経済の中心となっていました。
橋詰めは高札場があり、魚河岸があったことでも有名です。

道の起点としての日本橋  日本の道100選
中央区日本橋1丁目〜港区新橋1丁目

日本橋は古来街道の起点として広く親しまれ現在も
交通の要衝として知られている。
慶長8年に日本橋が架設されて以来、
火災などによって改築すること19回を経て、

明治44年3月石橋の名橋として現在の橋に生まれ変わった。

また日本橋から銀座にかけての中央通り一帯は
近代的な街道で日本経済の中心地として今なを
活況を呈している。
日本国道路元標
道の起点としての日本橋 石造二連アーチの道路橋として明治44年に完成しました。
橋銘は第15代将軍徳川慶喜の筆によるもので、
青銅の照明灯装飾品の真鍮は東京市の繁栄を、
獅子は守護表しています。

橋の中央にある日本国道路元標は、
昭和42年に都電の廃止に伴い道路整備が行われたのを
契機に、同47年に柱からプレートに変更されました。
プレートの文字は当時の総理大臣佐藤栄作の筆
によるものです。
平成10年照明灯装飾品の修復が行われ、
同11年5月には国の重要文化財に指定されました。
装飾品の旧部品の一部は中央区が寄贈を受け、
大切に保管しています。
大手町から時計回りに歩きました

桔梗濠

二重橋
桜田門
桜田濠
桜田濠
桜田濠
歴史と文化の散歩道

千鳥ヶ淵公園

桜の古木 治療中。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑
話題の靖国神社 靖国神社
千鳥ヶ淵

菜の花咲いていました

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